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また始めてみました。


よろしくお願いします。

 


 午後八時を回って少し。私は照明が半分以上落とされた薄暗いオフィスの自分の席の前でコートを着込み手袋をしてマフラーを巻いて帰り支度を終えたところ。

 それからデスクに置いたバッグを肩に掛けて、いまだPCと睨めっこをしている課長に声をかけた。


「じゃ、課長。お先に失礼します」


「おう。悪かったな椎名。手伝ってくれて助かったよ」


「仕事ですから大丈夫ですよ」


「お礼に今度昼飯奢るからな」


「では赤レンガ亭の子牛のカツレツで」


「おう。任せてお…いや待て。あれ確か二千円以上するよな?」


「ディナーならそうですけどランチですからそんなには。それに課長、労働に対価は付きものですよ」


「お、おう」


「では私は失礼しますね」


「お、おう。また明日な」


 軽く頭を下げてオフィスを出てそのままエレベーターホールへ。化粧直しとお手洗いは先に済ませたから大丈夫。




 下のボタンをタッチしてエレベーターが来るのを待つあいだ、ホールの窓に映り込む自分の姿を眺めてみる。


 首を隠す程度の長さの真っ直ぐな髪は少し前にダークブラウン染めた。今の寒い季節に合っている気がして気に入っている。


 少しだけ下がり気味に整えた眉と下がっている目尻のお陰で優しい女性が映っている。と自分では思う。私がこの顔をどこかで見かけたらそういう印象を受けるからきっとそう。あとは、大きくない頭と顔。少しだけ丸い輪郭。タートルネックが似合う長めの首。

 鼻が少し鷲鼻だけどそれはご愛嬌。私はそう生まれついたんだから特に不満はない。


 今はコートを着ているから少々厚く見えるけど、薄着の季節にはなかなかの体型をしているよねとよく言われる。確かに私は身長百六十一センチ。上らか、バスト八十ろ…ウエストろ…体じゅ…


 こうして自分を見ていると、可愛いだとか綺麗だとかここが今一(いまいち)だとかそういうことを意識するよりも真っ先に思うことは、若い頃の面影が在りつつもあの頃と比べると随分大人になったなぁということ。


 性格は温厚。この優しげな顔と相まって、面倒見の良いお姉さんぽいねとよく周りに言われている。それは私もそう思う。

 人によっては、その優しげな感じが逆になんか裏がありそうだよねという人もいる。冗談なのか本気なのか知らないけど、それも私はそう思う。裏のない人間なんてそうそういないと思うから。いるかも知れないけど私は一人しか知らない。


 私はもうすぐ二十八歳。社会人になって親元を離れて六年が過ぎた。仕事はそれなりに充実しているし順調にキャリアを重ねていると思うからそれについては文句はない。これでも私は自分のチームを持っている係長だから。


 プライベートについて言えば、今は充実している。

 とは言えこの先、私たちのような人種がどういう扱いになっていくのか漠然とした不安がある。私たちの立場や生き方、暮らし方が国の意思を決定する人たちやその時の世論、風潮、時代の流行りに翻弄されてしまうように思えて怖い。


 けどまぁ、それはそれと言うことで。不安で不安でどうか神様お願いしますと朝な夕なに祈っていたって私の望む世界は訪れはしないから。


 ポーン


「あ、来た来た」



 少し遅い時間だからやって来たエレベーターには誰も乗って居なかった。

 だから私はウズウズしていた。いつか見た映画のように、ここから地下まで扉の前でボディビルダーのようにポーズを取ったままの姿で行けるかなぁと思って、足を開いて踏ん張って、腕に力瘤を作…ろうと思ったけど監視カメラがあることを思い出してなんとか我慢する。

 でも、もしもそうしたなら、カメラの向こうで気づいた人たちが、おいなんだよあの人何をしているんだ、なんてざわざわすることを想像して、それはそれでちょっと面白いかもと笑みを溢した。




 電車を一度乗り換えてさらに揺られること二十分。午後九時。私は無事に私の住む街の最寄り駅に着いた。真っ直ぐ帰ればあと七分。つまり私の住む部屋とオフィスは、ドアトゥドアで一時間弱くらいというわけ。


「さっむ」


 南口の改札を出て、さて夜ご飯をどうしようかなぁと立ち止まる。これは足を踏み出す方向を考えてのこと。家は右に、スーパーは左に、ファストフードのお店は真っ直ぐと、見事にバラけているから。

 で、本日の候補としては家にある残り物とレトルト食品。それかコンビニもしくはスーパーの売れ残ったお惣菜。ファストフードはカロリー的な意味で気が引ける。もう時間も時間だし。


「どうしようかなぁ」


 少し悩んだ結果、手間要らず、寒いから温かい物、ということで夜ご飯は帰り道にあるコンビニのおでんで済ませることにして私は舵を右に切った。





「ありゃあとあしたー」


 ピポピポピポーン


 やる気のない声と聞き慣れた音を耳にしながらコンビニを出て、鳥つくねと鰯のつみれ、それと大根ちくわぶこんにゃくが入った容器が入った袋を持って家路を辿る。


 この街に住んで七年目。勝手知ったるこの街も風景を少しずつ変えている。古い家が消えて新しい家が建ったり、畑が消えてマンションが建ったりお店が消えてまた新しいお店が開いたり。

 きっと、この星がある限り、私が消えたあともこの営みは延々と続いていくのだろう。


「ああ」


 社会から見れば私など、居ても居なくてもいい存在だと気づいてしまった…



「なーんてね」


 私は頑張って生きている。自分を卑下することも卑屈になる必要もどこにもない。

 生まれついて抱えたモノだって、隠しはするけどこれも含めて私は私。この私にも私を愛していると言ってくれる女性がいる。それだけでも私の生きている価値が十分にある。


「うん」


 真っ直ぐ前を向いて胸を張って家に向かって足を進める。

 月の無いしんしんとした冬の夜。澄んだ空気が街灯の明かりをより明るくしているような気がする。それでも見上げれば強く輝く星たちは見える。蠍に追いかけられて逃げるオリオンとか。数えるほどしか見えなくたって東京にもちゃんと星空がある。



 家はもうすぐ。あの角を曲がればそこにある築十年の賃貸マンション。けど私はその角に着く前に立ち止まってしまった。


 不意に頭を過ったさっきのやる気の無いコンビニ店員さんの声とピポピポと鳴る扉の開閉音。寒々しくしんしんとした冬の夜。街灯に照らされた歩道。コンビニから家に向かって歩く少女の私の隣を歩く女の子。


 冬が訪れる度に、私は今まで何度となくこうして家路の辿る夜を繰り返してきたのに、彼女と歩いた夜のことを思い出したのは今。


 忘れていたわけじゃないし痼りとして、或いは棘として後味苦く残っているわけでもない。

 それは彼女に恋をした夜の記憶。今はもうただの記憶の一つに過ぎないけどとても大事な私の記憶。


「ふふふ。懐かしい」


 決して叶うことはないと思っていたから気持ちを伝えようと思わなかったししなかった。


 夜空を見上げて銀色に輝く月を二人で見て、月が綺麗だねと伝えてみても、私と彼女が見る月は決して同じ月ではないことくらい私はちゃんとわかっていたから。


 それがわかっていたから好きになった瞬間から諦めていた。

 私はそれでよかったし、彼女との関係を何ひとつ変えずに済んで今でもたまに連絡を取り合う彼女は今も元気で私も元気にやっている。

 これから先も私が彼女の人生の本流に関わることはないだろう。だから私は今もこの先もその先の終わりまで彼女に幸多かれと願うだけ。


 そして今のところは彼女も幸せ私も幸せ。彼女には彼女の今があって私にはちゃんと吹っ切って前へと進んだ今がある。

 だから思い出しても大丈夫。楽しくも切なくて笑って泣いた私の青い春。その記憶。





「あれ? うっ寒っ。立ち止まるなんて馬鹿みたい。早く帰っておでん食べよう」


 せっかく思い出したんだから、今夜はその思い出に浸るのもいいだろう。きっと次から次へと出てくる筈。


「ふふふ」


 自然と笑みが浮かぶ。そして私は家へと急ぐ。



と、言うことでどうぞよろしくお願いします。


今回、タイトルが難ったです。どうしようかなとずっと悩んでいましたが、最終候補に残った二つをくっ付けることを思いつきましたっ。


読んでくれてありがとうございます。

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