真夜中を切り裂く
月の明かりも星のまたたきも見えない曇天の夜。ただ、ぽつりぽつりと街灯がハイウェイを照らしている。晩夏と初秋の間にしては風も大人しい。そんな静かな中、一台の真っ赤なヴィッツが猛スピードで闇を切り裂いていた。
他の車も平日の夜ともあってそれなりに飛ばしてはいるのだが、その車はそれら全てを置き去りにしていた。暗く見通しが悪いと言うのにまるでかまわず、エンジンを唸らせてひたすら進む。邪魔だと思えば減速せず右に左に車線変更し、まるで真っ赤な一条の閃光のように駆け抜けて行く。
会いたい……会いたい……。
ひたすらにそればかり願いながら、山尾鞠乃はハンドルに力を込め、前のめりになって運転していた。飛ばすにしても限界はある、もう少し余裕を持たないと自分も事故にあってしまうとわかってはいるのだが、一時間ほど前に入った連絡にすっかり心乱れていた。ドライブの最中はゆったりタバコをくゆらせるのがスタイルなのだが、そんな事も忘れるようにひたすら前を見て、まだ到底見えぬ目的地に心を飛ばしていた。
一時間ほど前、鞠乃は仕事を終えて疲れた身体をベッドに投げ出していた。地元から離れた場所で就職した彼女は日々の生活から道から仕事から、何から何まで手探りだった。なので一日を終えるとコンビニの食事もそこそこにベッドに倒れ込み、泥のように眠る事が多かった。今日も同じようにそうしていたのだが、突然着信が入った。
「もしもし、鞠乃? 今、大丈夫?」
「あ、うん。どうしたの真奈」
彼女は鞠乃の大学時代の親友の一人である。いつも落ちついて、周囲を観察しているような彼女が相当焦った感じで電話してきたので、鞠乃も只事では無いと察し、すぐに飛び起きた。
「あのね、落ち着いて聞いて欲しいんだけど、千歳が交通事故に遭ったの」
「……は?」
鞠乃は視界が一瞬にして暗くなったのを感じた。
「え、ちょっと、今、なんて?」
「千歳が事故に遭ったの。バイトからの帰り道、車にはねられて意識不明だって。私の友達が千歳と一緒のバイト先で、一緒に帰ってたら目の前から車が突っ込んできたって。その子は運よく何でも無かったみたいなんだけど、千歳は思いっきり飛ばされたみたいで、それで」
「千歳、が……」
詳細を聞くたびに鞠乃から血の気が失われ、今にも倒れてしまいそうだった。それでもここで気を失ってはいけないと必死に堪え、スマホを押し当てる耳に途切れてしまいそうな神経を集中させる。
「その子がすぐ救急車呼んで、千歳の親にも連絡入れてから、私のとこに連絡してくれたの。私も今、夜勤中だけどどうしていいのかわかんなくて、でも鞠乃には伝えなきゃって思ったの。だって高校時代からの親友なんでしょ、あんた達」
市川千歳は鞠乃と高校時代からの付き合いだった。彼女は常におっとりとした女の子であり、誰に対しても優しく、分け隔ての無い交友関係を幅広く築いていた。そんな中でも鞠乃と特別仲が良かったのは、鞠乃が千歳には無い強さがあったからだろう。
高校時代の鞠乃は所謂ワルという感じでは無かったが、目上の人間に対して一歩も引かない人間だった。駄目なものは駄目とはっきり言える心根、また彼女自身空手の有段者でもあったから、暴力にひるむこともなかった。だから多数の日和見な人間は彼女を怖がっていたが、千歳はそんな鞠乃の傍にいた。分け隔てが無かった千歳なのだが、周囲が気付いた時には一緒に昼食を食べ、登下校し、休み時間もべったりだった。
鞠乃もそんな千歳を最初はわずらわしく思っていた。怖がられている自分なんかと人気者の千歳が一緒にいたら、彼女に迷惑がかかるかもしれないと。なので最初は邪険な態度を取ったり、離れるように言葉ではっきり伝えてたりとしていたのだが、ある日千歳にがしっと肩を掴まれ、真っ直ぐに見詰められこう言われた。
『私はどう思われても良い。一緒にいたいのは私がそうしたいからしているの』
初めて見た彼女の芯の強さは鞠乃をもたじろがせた。そして、強い口調になったのは後にも先にもこの、たった一度きり、ほんの一言だけだった。だがこの一言の強さは鞠乃の人生の中で最上級のものとなった。それから鞠乃と千歳は互いを認め合い、高校を卒業する頃には誰が見ても、どんな事があっても切り離せない親友となった。
その千歳が事故で意識不明と聞かされ、鞠乃の心は崩れかけていた。目の前の景色がバラバラと崩れ落ち、同時に心も無くなってしまいそうな寸前、鞠乃はしがみつくようにスマホを握りしめていた。
「どこの病院かわかる?」
「えっと、藻浪西病院」
「間違いない?」
「間違いない。でも、え、今から行くつもり? 鞠乃のとこからだと四時間はかかるでしょ」
「すぐ行く」
鞠乃は通話を終えると、急いで車に乗り込んだ。
車のスピードは限界に達している。かつてないくらいアクセルを踏み込み、髪の毛一本ほどでも気が逸れると自分自身も事故を起こしてしまいそうなスピード感の中、闇夜を疾走する。もし警察がいれば即アウトだ。不慮の渋滞でもあれば突っ込んでしまうかもしれない。でも、そんな事を考える余裕があるくらいならと目の前の道路に集中していた。
鞠乃は友人が多い方ではないが、親友は千歳を含め数人いる。友達付き合いが狭い分、大切にするタイプである。そんな中で群を抜いていたのが千歳なのだが、大学を卒業してからは連絡を取り合っていなかった。だからこうして会いに行くのも、実に一年ぶりであった。
千歳、まだ生きていて。無事でいて。お願い……。
祈りを飛ばし、無我夢中で駆け抜ける。遠く目の前にいたテールランプが数秒もしないうちに迫るとハンドルを切り、車線変更し追い抜く。何台追い抜いたかわからない、普段こんなに飛ばさないし、仕事の疲れもあったから鞠乃の身体にも嫌が応にも疲れが溜まる。それでも千歳のため一刻も早くと、ハンドルに力を込めた。
「ちょっと、飛ばし過ぎじゃない」
自分以外誰もいないはずの車内、しかも助手席からの声。鞠乃は大きく目を見開き、身体をこわばらせる。叫び声もあがらないほどの驚きは呼吸を浅くさせ、前だけに集中していた意識は左側への好奇心にシフトしていく。しかしこのスピードで目を離すわけにはいかず、恐怖と驚きと好奇心のせめぎ合いに苛まれながら、前だけを見る。
気のせいだ、気のせいだ。必死にそう言い聞かせる。
「危ないよ、こんなにスピード出したら。安全運転が一番だよ」
再度聞こえる声、今度はもっとはっきり鞠乃の耳に入った。そして、だからこそなおさら彼女を困惑させた。何故なら、耳に響く声は千歳の声。つい先ほど意識が無く病院で寝ていると聞かされたばかりの、そして片道四時間以上離れている彼女の声がほんのすぐ隣から、あの頃のようにのんびりとした口調で聞こえてきていた。
幻聴だ、間違い無い。会いたいと思ってたから、疲れてるから私が生み出した幻聴だ。
鞠乃はまっすぐ前を見ながら必死にそう頭の中で反芻していた。そうでも思い込まないと腑に落ちなかったからだ。そして隣を見る勇気は無かった。多少減速して、助手席を一瞥するという選択肢はわずかに浮かんだが、すぐに強烈な拒絶を突きつけた。
「でもいいよね、夜の高速って。こんなに早いと街灯の光もマーブル模様みたいに溶け込んで、世界を忘れてしまいそうだよね。宇宙の中でここだけがあるみたい」
相変わらずのんびりとした口調と物言いに、鞠乃は僅かに懐かしさを覚えつつもあった。
「ところで、何でそんなに飛ばしてるの?」
可愛らしさの裏にある明確なすっとぼけた感じの千歳の調子に、鞠乃の心はあの頃にすっかり戻っていた。
「あんたに会いに行くためよ。だからこうして夜なのに飛ばしてるんじゃない」
「私に? 鞠乃が? ほんと? 嬉しいなぁ」
ほぼ怒鳴り声だったが、それでも千歳は嬉しそうな声で返してくる。
「でも、なんで今更会いたいって思ったの?」
「あんたが事故って危ないって真奈から連絡が入ったからよ」
「……あー、そっか、ごめんね、焦らせて」
「まったく、わけわかんないよ。あんたに会いに行こうとしてるのに、こうして話してるなんて」
「楽できたんじゃない?」
「馬鹿な事ばっかり。大体、いつも」
「ほらほら、前見てよ、危ない」
つい隣を見ようとしたら、すぐに千歳の注意が入った。鞠乃は再度前にだけ集中する。
「わかってるよ」
真っ赤なヴィッツは一瞬たりともスピードを落とさず、駆け抜けて行く。不安、焦り、後悔、懺悔、鞠乃の負の感情を全て振り払うように走っていた。ぱたりと無言になった車内は風を切る音だけが大きく響き、カーステレオから鳴っているはずの鞠乃のお気に入りの音楽は耳に届かない。
「今でも必死にこうして、会いに来てくれるんだね」
時間にして五分ほどだったのかもしれないが、鞠乃にとってはものすごく久々に千歳の声が届いたように思えた。ただ、その言葉にふっと視線が下がりそうになったけど、すぐにしっかりと前を見詰める。
「そりゃ、そうでしょ。当たり前じゃない」
「じゃあ、なんで何も言わずに遠くに行っちゃったの」
「……それは」
口ごもる鞠乃に千歳はことさら明るく振る舞う。
「あんなに一緒にいて、何でも話し合って、親友の中でも特別な存在だって思っていたのに、卒業したら急にいなくなるんだもん。ひどくない、ねぇ。私、すっごい寂しかったんだからね」
決して怒ってはいない口調なのだが、鞠乃の心に猛烈な勢いで刺さっていく。言葉が紡がれる程に鞠乃から血の気が引き、視界と心が揺れ始める。
「メールしても電話しても素っ気ないし、ラインは既読スルーだし。ねぇ、私何かしたの?」
鞠乃は黙ったまま、ハンドルに力を込める。そして追い越し車線に移る。
「私が悪かったら謝るから」
そうしてまた一台、追い抜いていく。
「鞠乃、肝心なとこは教えてくれないのは相変わらずなんだね。昔も私が鞠乃を傷付けたって後で知っても、何も教えてくれなかったもんね」
抜き去ってヘッドライトが小さくなったのをバックミラーで確認すると、また走行車線に戻る。
「……またそうやって黙っちゃって。ま、話したくないなら別にいいよ。私はこうして夜のドライブだけでも楽しませてもらうから」
ハイウェイを駆け抜ける真っ赤な弾丸は前にも後ろにも車がいなくなったのか、孤独になっていた。街灯の明かりも頼りなく、闇が更に濃くなったようだ。世界の闇の中でたった一つ残された空間のように、風と闇を切り裂く。車内のほんのりとした明かりも消えてしまったかのような、まるで自分の身体も世界に溶けてしまったのではないかと錯覚し始めた頃、鞠乃は重たい口を開いた。
「……ほんとはもう、限界だったの」
「何が? 私と一緒にいるのが?」
「うん……」
「ひっどいなぁ、嫌いなら嫌いって言ってくれれば」
「違うよ!」
ピシャリと鞠乃がその言葉を遮った。
「逆だよ。好き過ぎて、どうしていいかわかんなくなったの」
「……鞠乃?」
「私は高校二年の時から、ずっと好きだったの。ずっとずっと、友達以上に」
「あ、いや……なんか照れるね。その……どうも、ありがとう」
鞠乃の想いが届かないのか、千歳は素っ気なく返すばかり。そんな彼女にもどかしさを覚え、ハンドルに爪が食い込む。見切れる街灯の光は徐々にその間隔を狭めていく。
「千歳、私は本気なんだよ」
「私も鞠乃が好きだし、大事だと思ってるよ。大丈夫」
いつもののんびりとした口調に苛立ち、鞠乃は右手でハンドルを叩いた。
「全然違う、伝わって無い。私があんたを好きだってのは恋人にしたい、恋愛対象として好きだったって事なの」
必死に想いをぶつける鞠乃の目にうっすらと涙が浮かんでいた。そして鞠乃の想いの残響が静まってきた頃、隣から乾いた笑い声が起こる。力無くも、それは確かに笑い声。こんなに一生懸命伝えたのにまだ伝わっていないのか、それとも馬鹿にされているのかと鞠乃は悔しくて恥ずかしくて、堪えていた涙をこぼした。
「何よ、笑う事無いじゃない……こうやって笑われるのが嫌だから、離れたってのに」
「違うよ、ごめん。そういう意味じゃないよ」
「じゃあ、どんな」
それきり、車内に鞠乃のすすり泣く声がしばらく響く。こぼれた涙を手の甲でぬぐい、おぼろげながらも前を見詰める。だが、目の前はまるで街灯が失われ、世界が真っ暗におおわれたかのように何も見えない。一体自分は何のためにこんなに必死になっているのだろう、どうしてこんな思いをして向かっているのだろうかと自問自答の沼に落ちかけた頃、千歳の溜息が聞こえてきた。
「……私達、同じ気持ちだったんだなぁって」
「えっ?」
「ほら、前見ててよ、危ないなぁ」
思わず助手席の方を向こうとした途端、千歳に制された。相変わらず何も見えない暗闇の中、まっすぐハンドルを持つ。
「だから、私も鞠乃も同じ意味で好きだったんだなぁって」
「え……嘘……」
「嘘じゃないって。私も高校二年の冬くらいから、好きだった。勉強が苦手だった私の為に一緒になって残って、教えてくれたりしてたじゃない。あれ、すごい幸せだったの。かっこよくて、頼りがいがあって、その上、笑顔もすっごく可愛くて。それをすぐ傍で見てたんだもん、恋もするよ」
姿は見ていないが、千歳がいたずらっぽく、でも恥ずかしそうに頬を染めているのが鞠乃にもわかった。
「あれは、私も千歳と少しでも一緒にいたかったから、それで」
「そっか、あの時両想いだったんだ。片思いだとばかり思ってたから、とにかく一緒にいてくれるのが嬉しかったなぁ。一番幸せな時間だったかもしれない。こうね、ノートを覗き込む鞠乃の髪の匂いが好きだったんだ。すごく、ドキドキしていた」
「私も、あの時は幸せだったよ。人気者の千歳をいつも独り占めできて、優越感すらあった。千歳と一緒に同じ道を歩いてるって感覚があって、毎日が充実していた」
「じゃあ、なんで遠くへ行ったのよ。好きなら一緒にいれば良かったのに」
不意に寂しげな言葉を投げかけられ、鞠乃は僅かに視線を下げた。
「ごめん」
「ごめん、じゃないよ。ほんとに私寂しくて、どうにかなりそうなくらい寂しくて……」
重い沈黙が車内を支配する。風を切る音がその沈黙をかき乱し、冷えた空気を作り上げる。
「千歳、ごめん。私、逃げてたんだわ、全部から。自分の気持ちからも、千歳のその想いからも。でも、そんな風に寂しくさせるつもりなんて……ううん、言い訳だね、ごめん」
「謝らなくていいから、鞠乃の気持ち教えてよ。全部教えてよ。悪いと思ってるなら、鞠乃のほんとの気持ち全部教えてよ」
落ちついた、しかし芯のある確かな響きだった。こんなに強い千歳の言葉はあの時以来かもしれない。そう思うと鞠乃はゆっくりと口を開いた。
「……あの頃、私は千歳が好きだった。どうしようもなく好きで、いつキスしようか、いつエッチに持ち込もうか、そんな事ばかり考えていた。そんな事思ったの、今でも千歳だけだよ。本当だよ。毎日毎日会う度に頭の中が焼けそうなくらい想いが爆発して、抑えるのに必死だった。勉強を教えていた時だって、いつも抱き締めたかった。冗談でとかじゃなくて、すごく強く抱き締めたかった。周りに付き合ってる子はいっぱいいたけど、羨ましすぎてまともに見れなかった。だって男女ならともかく、千歳相手だもん。女同士だから、例え九割くらい好意があるなって思っても、こっちがそう思ってても踏み出せないじゃない。だから言えなかった、千歳にもさすがに言えなかったし、千歳だからこそ言えなかった。それでその思いが自分の中で抱えきれなくなって……逃げたの」
鞠乃は初めて吐き出す自分の想いを抱えきれず、その眼から涙をこぼす。
「千歳から連絡があった時は嬉しかったよ、やっぱり私を気にしてくれてるんだって。でも、その想いを言っちゃったら、あの高校時代の素敵な思い出と関係がバラバラになっちゃうんだと思ったら、もう何も言えなくなって、それで……ごめんなさい、傷付けるつもりなんて無かったの……ううん、こんなに今でも好きな千歳を傷付けてるのはわかってたけど、私はどうしても向き合えなかったの。私の心とも、千歳とも」
「もういいよ、ありがとう」
「千歳、でも」
「ほらしっかり前向いてよ、危ないなぁ」
優しい千歳の言葉に鞠乃はほんの少しだけ許されたような気になった。奥から奥から溢れ出る涙をぬぐいながら、運転を続ける。先程より、幾分かスピードは落ちてきていた。
「鞠乃、ありがとう。やっぱり今、鞠乃に会えてよかったよ。私とまったく同じ気持ちだったんだってわかっただけでも、よかった」
助手席から千歳のすすり泣きが響く。
「私も、ごめんね。好きで好きで気が狂いそうなほど好きだったくせに、ずっと受け身だった。鞠乃が言ってくれるとばっかり思っていて、動かないでいた。自分から何もしてないくせに恨むなんて、馬鹿みたいだよね。お互い、こんなにも好き同士のくせして別れちゃうなんて、ほんと馬鹿みたい」
「ほんとだね。何やってるんだろ、私達」
「でも、スッキリした。私の気持ちの整理もついたし、こうして鞠乃と通じ合えたんだから。最後の最後に好きな人と想いが通じ合えたなんて、最高のプレゼントだよ」
「……千歳、何言ってるの?」
「私はもうこれで満足、最愛の人と想いが一緒だってわかったんだから。ありがとう鞠乃、ほんとにありがとう。大好きだったよ」
「千歳!」
ばっと助手席を見ると、そこには誰もいなかった。
思わずブレーキを踏み込む。猛然と飛ばしていたせいか、ゴムの焼け焦げる匂いが鼻をくすぐった。そうして何十メートルか進んでからようやく止まり、もう一度助手席を見るが、やはり誰もいない。カーステレオからはようやくお気に入りの歌が聞こえてきた。
「なによ」
鞠乃は涙をぬぐうと、再びアクセルを踏み込む。高速を降りるまで後十分もかからない。
「なんなのよ、大好きだったよって、なんで過去形なのさ。私は今でも好きなのに」
更にアクセルを踏み込むと、ぐんと夜の世界と自分が一体となるのを感じた。
「文句言わなきゃ。ほんと、何勝手に終わらせてるのよ」
ぐんぐんとまたスピードが上がっていく。
「寝てたら引っ叩いて起こしてやる。初デートの約束もまだ決めてないのに」
溢れる涙をぬぐいながら、鞠乃はひたすらに闇を切り裂いていった。