第六章 -9
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門は閉じられた。その真ん前に駆けつけるまで、ティベリウスは十呼吸近くを要した。陽は傾いていたものの、この暑さの中、二キロほども全力で走ってきたせいで息を切らしていたからだった。
だがもう休んでいる時間もない。
門番二人に開けろと言ったが、聞かなかった。とにかくもたもたと、戸惑ったような視線を交わすばかりだ。ティベリウスはネロ家の印章をドルーススに預けてきたので、身分を証明することも困難だった。それで、門番二人をのすことを考えた。ムレナの手先であろうと、そうでなかろうと。
けれどもその時間さえ惜しかったので、ティベリウスは少しばかり横へずれることにした。どの道今や内側から閂が下ろされているに違いないのだ。ならば強引に入るまでだ。マエケナス邸は広大な庭園を備えているので、入ろうと思えば実のところ隙はいくらでもある。だがまわって戻るのも時間の浪費だ。石塀に寄り、ティベリウスは地面にグラディウスを突き立てた。抜身を塀の向こうへほうり、あとは鞘を踏み台にして、飛び上がるだけだ。
石塀の上に乗ると、ティベリウスはひととき敷地内の状況を確認した。表の庭だ。外側で門番二人が騒いでいたが、無視した。
アウグストゥス。笑顔で挨拶をするその先から、両腕を広げて近づいてくるテレンティア。その傍らに主マエケナス、ホラティウス、ムレナとカエピオ。
知った顔はそれだけだ。詩人たちの姿もほかに見えない。あるいはあれは新顔たちか。ローマ人に見えない者もいる。数十人。普通に考えればマエケナスの新しい奴隷たちなのだが、遠巻きにしながら少しずつ、マエケナスとテレンティア、そしてアウグストゥスへ輪を狭めるように寄り来る。
継父もなにかに気づいたのかもしれない。ふと足を止めたように見えた。その後ろで、奴隷たちが日除けを下ろしていたが、さらにその後ろでは、内側の門番二人が閂を差し入れたところだった。
もう十分だ。ティベリウスは石塀から中へ飛び下りたが、その直前、一人と目が合った。
マエケナスだ。
草原に下り立って歩き出せば、もういやがうえにも気づかれる。しかし一人一人、ティベリウスに気づいていくのだが、奇妙なことにだれもなんの言葉も口にしなかった。ただあっけに取られたようにティベリウスを見つめてくるだけだ。
アウグストゥスとマエケナスのちょうど中間あたりにテレンティアがいた。ほか全員と同じようにティベリウスを見ていたのだが、ティベリウスがこれまで見たことのない顔をしていた。高慢気ままのテレンティアが、まるですっかりひるんでいるように固まっているのだった。
ティベリウスは、草陰に落ちた自身のグラディウスを拾っていなかったのだが。
はっ、と鼻を鳴らして真っ先に我に返ったのは、カエピオだったようだ。それまでにティベリウスはアウグストゥスの傍らまで来ていた。
「カエサル、帰りましょう」
自分では穏やかに努めたつもりの調子で、ティベリウスは継父に言った。言いながら右腕を継父の前へかざし、来た方向へ下がっていった。正面のカエピオらからも、背後の門番からも守らねばならないからだ。
「報告申し上げるべき急用ができました。ここにいるわけにはいきません」
「ティベリウス──」
継父もまた、テレンティアと似たような表情をしていた。しかしその目を見れば、事態を呑み込みはじめていることがわかった。
「来たのか、ティベリウス・ネロ」
カエピオだけはさも愉快そうに笑っていた。
「ユルス・アントニウスが君のところに逃げ込んだ可能性もあるとは考えていた。だが君はネロ家にはいなかったな。それにしても、本当に一人で来たのか?」
ぬけぬけとよくも言えたものだ。カエピオはすぐに自分の手のひらを拳で叩いた。
「ああ、きっと大親友のルキリウス・ロングスが、なんらかの理由で来られなかったんだなぁ。残念だ」
「お前たちが彼の妻もろともに襲撃した」
ティベリウスは淡々と指摘した。カエピオはいかにも鷹揚に笑った。
「人聞きの悪いことを言うな。せっかくだから若きロングスご夫妻もこの邸宅にお招きしようと考えただけだ。そうだよな、ムレナ?」
ムレナは答えなかった。代わりに彼が右手を高く掲げると、周囲四十人ほどの男たちが一斉に剣を抜いた。
背後の継父のうめきは、テレンティアの悲鳴にすぐかき消された。かわいそうに彼女は、物々しい両者のあいだにただ一人立たされる羽目になった。なんという誕生日か。
「どこへ行くんだ、テレンティア?」
迷ったに違いないが、より身の危険を感じたのだろう。夫の側ではなく、当初の意思どおり、テレンティアはアウグストゥスの側へ走ろうとした。制止したのはムレナだ。
「こちらに戻れ。君に危害を加えるつもりはない。むしろそちらへ行けば、これからその独裁者の最期の巻き添えになるぞ」
ティベリウスも短剣を抜いていた。正直、アウグストゥスもテレンティアも守りきるのは困難であるので、彼女にはムレナの言うとおりにしてほしかった。
「なにをしてるのよ、あんたたち!」
ムレナの一団へ振り返り、テレンティアは金切り声を上げた。
「今日はこのあたしの誕生日の宴でしょ! こんなの聞いてないわよ!」
「本当にとんだ贈り物だな」
ひどく平淡に聞こえた声は、マエケナスのものだった。彼は剣を構える男らをやんわりと押しのけ、ゆっくりと前へ出てきた。そして両腕を広げた。
「おいで、テレンティア」
テレンティアはなお迷っているように見えたが、やがて夫の胸に飛び込んでいった。
「マエケナス……」
信じ難いとばかりにうめく声は、アウグストゥスのものだ。だがその先を継いだのは妻の声だ。
「これはあなたが仕組んだことなの?」
「さぁ、どうかな……」
妻を抱きしめながら、マエケナスはため息まじりに言った。男らが進み出て、また夫妻を取り囲んだ。
「馬鹿な真似をしたな、ティベリウス・ネロ」カエピオが嘲笑っていた。「どうして一人で来た? せめてもう少しお行儀良く入ってこなかった?」
ティベリウスが指摘した。「先に武器を抜いたのはそちらだ」
「君のその、なんと言うべきか、怒気と覇気に満ち満ちた姿がな、かえって運命の瞬間を早めたんだぞ。わかっているのか?」
「どの道、お前たちは我々を中に入れず、すぐさまカエサルに剣を突き立てるつもりだった」あくまで口調は沈着に、ティベリウスは言った。「ユルスとルキリウスまで仲間に引き入れんとしたのが間違いだった。お前たちはいずれもしくじり、おかげで私は間に合った」
「間に合っていない。君もここで死ぬ。継父殿の巻き添えで」カエピオはたまらず笑い声を上げるのだった。そして陰謀仲間たちへ振り返った。「諸君、歴史が変わる瞬間だぞ。光栄に思え」
「その者たちはなに者か?」ティベリウスは尋ねた。「お前とムレナの同志には見えない者もいる」
「同志だぞ。現体制に恨みを抱くという点で。まぁ、この私だけは恨みもなにもないのだが──」カエピオは余裕の体で教えてきた。「君が昨年懲らしめた農場の関係者、カンタブリ族とアストゥレス族の奴隷、ゲルマニア人の奴隷、さらに、これがいちばん多いが、亡きヴァッロが売り払ったサラッシ族の奴隷──すべて我々が買い上げて、復讐の機会を与えてやることにしたのだ。そしてもちろん、ムレナの共和政主義の友人」
恐怖のためか怒りのためか──震え出したアウグストゥスの体へ、ティベリウスはかざした右腕をそのままかけた。力を込めて、抱くようにした。
なにも心配はいらない。守り抜いてみせる。
それができるだけの月日が流れたはずだ。あの時から。
「どうしてそんなに余裕ぶっていられるんだ、ティベリウス・ネロ?」
カエピオはおかしくてならないとばかりに訊いてきた。まったくおしゃべりなやつだ。
「どう見ても逃げ場はない。君は一人だ。いったいどんな勝算があると思っているんだ? ええ? まるで自分もアウグストゥスも、絶対にここでは死なないと知っているかのようだな」
そのとおりだ。知っているわけではないが、ここでカエピオとその仲間のような者どもの手にかかって死ぬつもりはまったくない。
命に代えてもアウグストゥスは守り抜くが、自分の命に代えるような敵だとも思わない。
「その剣をアウグストゥスへ突き立てろ、ティベリウス・ネロ!」ムレナが突然大声を上げた。「そうすれば君の命は助ける! それどころか君こそ暴君を殺した英雄だ! その栄誉を与える!」
「何様のつもりか、貴様は」ティベリウスは鋭く吐き捨てた。
「どうしてだ?」だがムレナには通じない。「君は最も高貴なるクラウディウス氏の長だ! 君の一族とともにローマの共和政体は発ったのではないか! それなのに、どうしてその欺瞞の独裁者を野放しにするのか! 継父だからか? ブルートゥスの母セルヴィリアとて、暴君ユリウス・カエサルの女だった!」
「私をあの妄動の暗殺者と一緒にするな」ティベリウスの声に憤りがにじんだ。「貴様ごときが我らクラウディウス一門を語るな」
「君の父ネロはなんと思うか! 彼こそユリウス・カエサルを『暴君』と呼んだ男ではないか! そしてアウグストゥスの敵だった! 君とリヴィアもろとも滅ぼされるところだったのだから。すべてを奪われ、失意の中で没し、そしてあの世で今の君を見て、いったいなにを思うか、考えたことはあるのか!」
「だからムレナ、貴様などが──」ティベリウスは歯を剥いた。「貴様などが我が父を語るな。なにがわかるというのか。お前のような人間に理解される類の生き方はしていない。国家を担う覚悟のある者は、だれも」
「なんだと?」
「ユルスにもルキリウスにも蹴られておいて、まだわからないのだな、おのれが。ましておのれがやろうと企んだことの意味はなおさらだ。思い出すがいい。ブルートゥスらが先代カエサルに卑劣な凶刃を突き立てたせいで、ローマは十四年も内戦を長引かせた。流れなくていい血が流れた。パルティアに連れ去られたクラッススの捕虜は、もう生きて取り戻す望みが潰えたかもしれん」
「それはその男が──」ムレナが剣先でアウグストゥスを差した。「その男が──」
「ああ、この人だ」ティベリウスはうなずいた。「この人とアグリッパ、マエケナス、そして多くの志あるローマ人。彼らが守り抜いてきたローマだ。命をかけて。それをお前たちは、ただこの人に凶刃を突き立てるだけで変えようとしている。無にできると思い込んでいる。学ばない愚か者だ。怠惰で、横着で、無責任な卑劣漢どもだ!」
「くそ生意気な! ティベリウス・ネロ!」ムレナは激高した。「リヴィアの口添えだけで特権を享受している小僧が! 共和政体への裏切り者が!」
「マエケナス」もうムレナへは十分だと思ったので、ティベリウスはその向こう側の人物へ声をかけた。「教えてください。あなたのことを」
するとマエケナスは微笑んだ。「もういいのかい?」
「ええ」
妻を抱き、その背中をそっと叩きながら、マエケナスはひととき黙していた。ムレナとカエピオを見、ほかの男たちを見、正門を見、ティベリウスとアウグストゥスを見、それから邸宅そのものへ目をやった。
「……ネロ、実のところ君は一人じゃない。一人じゃないが、もう少し用意しておくべきだったな」
「それはどういう意味か?」
ムレナが問い、その仲間の一人がマエケナスとテレンティアの前に剣を突き出した。マエケナスは小さく首をすくめた。
「勘弁してくれ、君たち。妻の誕生日だぞ。こんな状態になって、あとでぼくが彼女にどれだけこっぴどくなじられるか、ちょっとでも思いやってくれたことがあるか? いっそ永遠の眠りにつくしかないのかな?」
「伏兵がいるのか?」
「大丈夫だ。マエケナスがここにいるかぎり、手出しはできん!」
「カエサル」
連中が慌て出したところで、ティベリウスは継父へささやいた。
「少し下がり、壁に背中を預けていてください。なんとかします」
「なんとか?」
「たとえば、私が三、四人始末して壁際に重ねますので、それを踏み台に塀の向こう側へ脱出してください」
さすがに継父もこれには呆れ返り、気が遠のくとばかりの色になった。「お前な……」
「もしくは、隙を見て私か奴隷が持ち上げます」ティベリウスは日除け持ちの奴隷四人のことを言った。「いずれ少しの辛抱です」
「うぉああああああああっ!」
にらみ合いは、思いがけない者の怒声で終わった。詩人ホラティウスが、マエケナスに剣を向ける叛徒に体当たりをくらわせたのである。
「マエケナスに手を出すな!」
ムレナやカエピオでさえも不意を突かれた。ホラティウスは倒れた叛徒から剣を奪い取るまでした。そしてマエケナスをテレンティアごと背にかばい、めったやたらにそれを振りまわした。
「愚か者ども! マエケナスになんたる狼藉! 許さん! それだけは許さん!」
叛徒どもの剣がホラティウスに降りかかった。彼はそれを数撃跳ね返したが、すぐに足を切られてうずくまった。
テレンティアが悲鳴を上げた。その妻ごと、マエケナスがホラティウスを抱えて伏せった。
「なぜだ、ホラティウス!」
ムレナが叫んだ。
「君だって共和政を愛しているはずだ! アウグストゥスが憎いはずだ! あのフィリッピの野でだって──」
その半身へ、ティベリウスが短剣を振りかざして迫った。
「ひっ──」
ムレナは右肩を切られてよろめいた。グラディウスだったならば今頃腕丸ごとを失っていたところだ。ホラティウスに気を取られていた叛徒らは、いつのまにか彼らの中核に飛び込んでいたティベリウスに、ようやく気づいた。
瞬く間に三人を刺し貫いてから、ティベリウスは下がった。もう一度叛徒らと相対するだけの間合いを取り、今度は向かってくる者から順番に相手をする。一人を斬り倒すあいだにさらにもう一人を貫くように、目まぐるしく立ちまわる。足りない分は鞘で防ぎ、さらに足裏を敵の下腹に埋め込む。さながら巨大イカと化した手数だ。だが背後に──アウグストゥスのところに一人たりとも暗殺者を通すわけにはいかない。
しかしムレナの友人らはともかく、北と西の元蛮族どもは強かった。屈強で、戦に慣れていた。本来一対一であっても攻めあぐねる相手だ。ムレナやカエピオが支給したのだろう武器も、彼らの手に馴染んでいるようだ。ティベリウスの短剣もまた持ち主にこのうえもなく馴染んでいるが、刀身の長さの不利は否めない。
これほどの人材を仲間として集めていたとは、ティベリウスにとって予想外だった。ムレナの仲間はほとんどが、先代ユリウス・カエサルの時がそうだったように、軍事経験のある元老院議員といった、ローマ人だと思っていたのだ。あの時実行犯は十四人いたとされるが、陰謀とは関わる人数が多ければ多いほど露見する危険が高まる。首謀者であるムレナがアウグストゥスだけ殺せばいいと考えているなら、さほどの人数はそろえないだろうと思った。
見通しが甘かったらしい。ムレナは少なくとも一百人隊相当の戦力を用意していた。カンタブリアやサラッシ出身の男ならば、個の力では軍団兵をしのぐだろう。ヴァッロの売り払った奴隷とはいえ、いったいどこからこの人数を買い上げる資金を用意したのか。承諾の有無はさておき、マエケナスの財産を利用したとしか思えないが──。
「ティベリウス!」
継父の声だ。ティベリウスは振り向きざまの一撃を、鮮やかな金髪のゲルマニア人へ見舞った。そして飛びのく間際、腕や足に切り傷を負うのをかすかに感じたが、かまわなかった。すぐに次の敵が飛びかかってくるからだ。
日除け持ちの奴隷二人が、ティベリウスを囲む屈強な敵の一人に捨て身でしがみついていた。奴隷とは平時であるかぎりそうなのだが、武装していないのだ。残る二人は急ぎ塀の下に四つん這いになり、アウグストゥスを向こう側へ逃がそうとしていた。
「ティベリウス!」
だが継父はほとんど動いていなかった。動けなかったのかもしれない。
「だめだ! お前を残しては行けない!」
「カエサル──」
馬鹿なことを言っていないで、さっさと行ってくださいと叫びたかった。どうしたというのか、継父は。自分の立場を忘れているのか。
だが継父は、ティベリウスが予告どおり壁際に蹴り飛ばした一人の敵へ寄り、なんとその手から剣を拾い上げた。ひどく震えているのが、ティベリウスの目にもわかるというのに。
「カエサル! なにを馬鹿な──」
「どこの親が、殺される子どもを見捨てるものか!」
その瞬間、ティベリウスはまったくの無防備で敵の只中に立ちつくしてしまった。愛用の短剣さえ、手から滑り落ちるところだった。
投げ槍が二本、その両脇をすり抜けて叛徒を貫かなければ、間違いなく斬り刻まれていただろう。
「感動してる場合か、この大馬鹿野郎!」
「兄上! 助けに来たぞ!」
見れば、ルキリウスとドルーススが石塀によじ登っていた。後者は意気揚々とご機嫌に見えたが、前者は激怒していた。
「もう一度ぶん殴られたいのかな、この学ばない男は!」
もう一本投げ槍を放り、ルキリウスは石塀から飛び下りた。足下から抜身の剣を拾い上げ、さらにもうひと振りを我が腰から抜き放ちながら、たちまちティベリウスの横へずんずんとやって来た。
ドルーススもすでに下り来て、槍を振りまわして敵の群れを退がらせた。ルキリウスはまずティベリウスを斬り殺したそうに見えた。
「どうして人の話を聞かないのかな、君は? ぼくは『ぼくが行くまで待ってて』と言ったよね?」
「着いたらちょうどカエサルが門をくぐり抜けたところだった。仕方なかった」
「仕方なくない! 君は大人しく待ってるべきだったよ!」
「大人しくしていた。一応待とうともしてみた。向こうが先に剣を抜いたんだ」
「君がどうせまた百獣の王みたいな空気を噴出させて歩いたんだろ? とはいえ、いいかい? 君はヘラクレスじゃないんだから、一回でも刺されたら死ぬ。わかる? そういう意気は、万の軍勢を従えてからやりなさい」
「お前だってシュエネでやった。もっと大規模で」
「そうだよ! だからお返しに大馬鹿野郎だって言ってんの! まったく、こっちはまたしても君に多大な貸しを作りたくなくて、無我夢中で奮闘してきたってのに、肝心の君が先に討たれでもしたら、なんのために生き延びてきたんだか! このぼくは!」
「わかった、ルキリウス」
ティベリウスは小さくため息をついた。短剣を鞘に収め、代わりにルキリウスの手からグラディウスを受け取った。
叛徒どもは動かなかった。ドルーススが槍でけん制していたためもある。ティベリウスとルキリウスが、しゃべりながらも一切隙を作っていなかったためでもある。
「水はあるか?」
「君ね、ぼくがどれだけ気の利く男だと思ってるの? 君の妻じゃないんだよ」
右手で自分の剣を構えながら、ルキリウスはほとほと呆れ果てるとばかりに空いた左手を腰へ下げた。
「まぁ、あるんだけど」
飲みかけの水筒を、ティベリウスへほうった。叛徒らへ目線を据えたまま、ティベリウスはその中身を飲み干した。
「……ドルースス」
「ユリアたちなら大丈夫だぞ」ドルーススがにやりと教えた。「ユルスと首都長官に任せてきた。兄上、ぼくはずっとこんな大暴れできる機会を待っていたぞ!」
「来る途中でばったり出くわしてね」ルキリウスが言い訳した。
水筒をつかんだまま、ティベリウスは手の甲で口元をぬぐった。
「お前はカエサルを頼む」ルキリウスに言った。そして水筒を高く放り投げた。「ドルースス、行くぞ!」
「おう!」
クラウディウス兄弟が叛徒の群れの中へ飛び込んでいった。