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世界の果てで、永遠の友に ~古代ローマ・ティベリウスの物語、第三弾~  作者: 東道安利
第四章 アラビアのルキリウス
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第四章 -21



 21



 アマニレナスの大剣を続けざまにかわし、時にやむを得ず受け流しながら、ルキリウスは自らの死という現実に直面していた。まずまもなくアマニレナスに肉体を真っ二つにされるに違いないが、もしも仮にこの女巨人を倒し得たとして、どうなる。母親の一騎打ちをじれったそうに見守っているアキンダとテリテカス。彼らをも斬り捨ててみせると? もう体力の限界であるのに?

 それさえやりおおせたとして、すでにこの本棟はメロエ人の手に落ちている。ローマ側は基地内のほかの建物に籠城し、この場所の奪還は総督の本隊に委ねられる。退路はない。それどころかメロエ兵のど真ん中に、ただ一人でいる。

 当然捕虜にされる道もない。数多くの同胞を傷つけた相手を、女王ほか王族にまで剣を振るった敵を、メロエ側が生かしておくわけはない。

 つまり、どう転んでもルキリウス・ロングスはここで死ぬしかない。

 今頃になってその真理に思い至り、愕然と打ちのめされるのだった。女王の重い一撃を受け止めるたび、死が迫りきた。

 呆れたことに、剣闘士試合の場で強敵と相対したときでさえ、ルキリウスはこれほど光のない絶望を覚えたことがなかった。勝てばいいと思っていた。そして、勝つ隙が必ずあると思っていた。所詮、自分の力次第でなんとかし得る事態だった。

 過酷なアラビア遠征の只中にあってさえ、ルキリウスはこの暗闇を知らなかった。死にそうだとは思った。いっそ楽になりたいとさえ何度も考えた。けれども胸の奥で、ローマ軍は生き延び得ると見なしていた。それが軍団であり、仲間というものだ。彼らと共にならば、最悪の事態を避けるために、できることを見出し得た。そして、たとえ死に瀕したとて、決して一人ではなかった。

 今、まったく自分の力の及ばないところで、ただ一人きり、ルキリウスは死を迎えようとしていた。

 どんな強者でさえ、最後には死ぬ。ヘラクレスもアキレウスもそうだった。ましてや少しばかり剣に慣れただけのちっぽけな人間風情が、自分で自分をこのような事態に放り込んでおいて、生きておれるはずがない。

 なんて馬鹿なことをしたのか。

 だがもはや遅い。戦場で相対した敵に、そのような言い訳は一切通じない。容赦なく斬り刻まれるだけだ。

 せめてこんな絶望に気づかなければよかった。気づくほんの一瞬前にでも、ただあっけなく殺されておけば幸せだった。

 そうしていれば、こんな孤独など知らずに済んだのに──。

 アマニレナスの大剣を流しきれず、ルキリウスは弾き飛ばされた。床に倒れ、うずくまり、それでも懸命に立ち上がろうとしたところを、アキンダとテリテカスに蹴り飛ばされ、また伏せった。

 母親の「余興」に、息子二人は手出し無用を言いつけられた様子だった。ならば足は出してもいいと思ったのか、とにかく武器だけは床に突き立てて、ルキリウスの退路を塞いでいた。いずれこの二人が母親の言いつけを守らず、刃を背中に突き立ててきたなら終わりであるのだ。

 ルキリウスもまた剣を床に突き立て、体重を支えながら、じりじりと立ち上がった。

 アマニレナスはまだ笑っていた。

 自分の力の及ばない現実など、ルキリウスはとっくに知っていたはずだ。父の二度の身代わり。その死。ただ頑迷にも認めまいとしてきただけだ。できることがあったはずだと。まず自分が、父本人が、家族が、友が──。

 ──ルキリウス家の家訓は、友人の役に立つべからずっていうんだけど。

 ──結局好きに生きて、好きに死ぬしかないならば、家族も友も持つべきではない。

 ただだれの力も及ばない現実というものを拒否したかっただけだ。そして、それを激しく恐れていただけだ。

 それなのに気づけば、家族も友も増えていて。彼ら全員を守りたいと思っていて。

 傲慢にも、自分の力の届かない領域に足を踏み出して。背負って見せると意気込んで。

 その矢先が、この現実だ。ルキリウス・ロングスこそ真っ先に死ぬのだ。自業自得だし、まったくの幸いではないか。

 必ず戻ると、本心から約束した。この先の未来をもう少し歩みたいと思った。そのすぐ後に──。

 死ねるか! 

 死ぬわけにいくか!

 嫌だ! 死にたくない!

 剣を握りしめ、ルキリウスは駆け出した。最後の力だ。

 だがどれほど強烈に願おうと空しいものだ。個人の思いの強さだけでどうにかなるならば、世界のほとんどの人間は死なずに生き長らえているだろう。

 ルキリウスのくり出した一撃は、女王に弾かれた。だがこれは囮だ。その隻眼の死角へは、アマニレナスといえど正確な攻撃をくり出せない。そしてどうしても警戒する。死角に入られまいと必ず体をまわし、剣を払ってくる。その横薙ぎを、ルキリウスはすんでのところでかわす。だが女王に斬り返しはさせない。横薙ぎの剣が止まらないうち、ルキリウスは同じ向きへ剣を渾身の力でもってぶつけた。

「ヌウゥッ!」

 女王の体がまわる。いかに頑強な下半身といえども、自らの勢いのままねじられては耐えられない。クジラが宙を回転し、腹から地面に落ちた。その影響に巻き込まれまいと飛びのいたルキリウスは、背中を壁に張りつけた。本当にクジラの頭にしか見えない、巨大な臀部が揺れていた。

 ルキリウスはその喉元に剣を突きつけようとした。そうだ、この女王を人質にすれば、まだここから脱出できるかもしれない──。

 しかしルキリウスにとって不運だったのは、うつ伏せゆえに女王が我が身の状況を理解していなかったこと、そして母親の窮地を見て、案の定アキンダとテリテカスが襲いかかってきたことだ。それぞれの武器を振り上げて。

 まずテリテカスが斧を投げつけてきた。それを回避するや否やアキンダが剣を振り下ろしてきて、さらに女王が噴火のごとく飛び上がって起きた。

 ルキリウスは飛ばされた。それこそ頭を中心に高く宙をまわった。アキンダもまた同じようにあ然と宙に浮いていたが、大剣の追撃が来たのは、ルキリウスのほうへだけだった。

 致命打は回避したが、まともに受けたグラディウスは粉々に散った。ルキリウスは床へ仰向けに叩きつけられたが、もう両腕の感覚がなかった。

 あとはひたすらボールのように弄ばれるばかりだった。腕が動かないので、せめてもの防御もできなかった。アキンダが蹴り上げ、テリテカスが踏みつけにしてきた。

 女王がなにかがなっていた。手出しをした息子たちを叱りつけていたのか。頭に血が上った息子たちが足を止めたのは、どれくらい経ってからだろう。

 いずれルキリウスは、もう体が激痛を感じているのか、それとも麻痺しているのかもわからなくなっていた。頭を鷲づかみにされ、吊り上げられた。似ていたのは、屠殺された獣肉でしかなかっただろう。かろうじて目をこじ開ければ、カンダケ・アマニレナスのいかつい顔が見えた。

 彼女は、どこか遺憾げなまなざしをしていた。

「オ前ハ、勇敢ダッタ……」

 そう言って、ルキリウスの首元に大剣を添えた。

 カエピオのたわ言は、これでめでたくも大外れとなった。トラシュルスの無邪気な占いでさえ、運命を読み得なかった。いったいなにをおびえていたんだ、ルキリウス・ロングスは。未来よりもまず、散りばめられた現実への示唆を、もっと真剣に考えるべきだった。

 トラシュルスによれば、誕生時の星位において、ルキリウスは太陽を乙女座に持つものの、多くの星が蟹座に集っているという。

 当の蟹とは、友人であり怪物であるヒュドラのため、果敢にもヘラクレスに挑み、気づかれずに踏みつぶされてしまったと伝えられる。

「言うな」

 あの日、ムセイオンの図書館で、ルキリウスは子どもへふさわしくないきつい口調で制してしまった。「だからお兄ちゃんはお友だちや家族をとても大事にする人だね」などという月並みなことを、絶対に言われたくない気分だったのだ。あの時は。

「……ぼくが次の試合で死にそうかどうかだけ占ってくれればいいから」ルキリウスは急いで取り繕った。「あと、そうだな……長生きするかどうかとか」

「お兄ちゃんはお爺ちゃんなるまで生きるんじゃないかな」

 トラシュルスはルキリウスの不安定ぶりに頓着した様子もなかった。じっと膝下の星位図を見つめていた。

 ローマ社会では、六十歳以降を老人と見なす。だとしたら結構な長生きだ。

 だが問題はそこではない。

「それで?」ぎこちない笑みを作りながら、ルキリウスは問うたはずだ。「それでどうなる? ぼくはどうして死ぬ?」

 トラシュルスは顔を上げた。そのまっすぐな黒目を見て、ルキリウスはいよいよと覚悟を迫られる心地がした。

 だが問題はそれですらない。自分がいかに死ぬかなんて些末なことだ。

 問題はその結果だ。

 ──気をつけて。

 星読みの終わりに、トラシュルスはただそう言った。

 だが今となっては、全部取り越し苦労だったわけだ。

 ティベリウス。

 女王の手の下で、ルキリウスはうっすらと笑う。

 こんな取り越し苦労のために会えなかったなんてな。

 三年だよ。まさかあれが最後のお別れだったなんて、ぼくだって思わなかったよ。

 ぼくは自分の呪いを解いたつもりだった。

 でも現実は、こうやって破滅していくわけだ。こんな果ての地で、独り。

 でもいいんだ、それは。ぼくの力不足だったんだ、やっぱり。

 うぬぼれた。身の丈に合わないことを望んだ。それだけだよ。

 けどさ、ぼくにしちゃあよくあがいたもんだと思わないかい?

 ティベリウス、君にもう一度会えなかったことだけが心残りだよ。

 ずっと一緒にいたかった。いつまでも君の隣でおしゃべりしていたかった。そのための三年だったはずなのに。

 ねえ、ティベリウス、

 君もぼくにたくさん手紙をくれた。

 でもぼくは……君の声を聞いていたんだろうか──。

 大剣が一閃し、そして翳った。ひゅうと空を切る音がした刹那、その太い腕をかすめ、女王の喉元になにかが生えた。

「ウガァッ!」

 詰まるような悲鳴を上げ、女王は体を折った。両手はおのずと喉をかきむしるしかなかった。

 ルキリウスは床に落ちた。大剣と、ほかのものも同様だった。

 それは、槍の柄だった。穂先を後ろにした槍。

「ヌアアアッッ!」

 アキンダとテリテカスが怒り狂った。剣と斧を振り上げ、猛然と駆けていった。

 ルキリウスが次に見たのは、胸にⅠ字型の傷を負って、よろめき下がるアキンダの姿だった。そこへ巨体のテリテカスがまるで破城槌のように飛んできた。アキンダどころかアマニレナスもろともにひっくり返った。

 これで終わりではなかった。次々、山々と、メロエ人が宙を飛んできて、女王と王子の上に積み重なっていくのだった。その全員がすっかりのびていて、何人かは血を流しているように見えた。

 さながらそれは新しいピラミッドだった。いかにアマニレナスでもさすがに動けない。もう取り戻したかもしれないが、空気も奪われていた。

 だが女王は懸命に人山を動かさんとした。さながら巨大な亀のように首を伸ばした。

「ダレダ!」

 隻眼が問いかけた。

「オ前ハダレダ! アリ得ナイ! ココマデ一人デ──」

 その上にもう一人を放り投げた後、やけにゆっくりと聞こえる足音が近づいてきた。それはルキリウスの眼前を通りかかり、ふとかがんで槍を拾い上げた。そして主なき大剣へ不信いっぱいのまなざしを投げかける一方、ルキリウスへは、じっとりと不平不満に満ち満ちた目線を寄越すのだった。

 ルキリウスはまばたきも呼吸も忘れていた。

 死んだのだとしたら、それも合点がいった。

 死に際に見る幻のティベリウスとは、ルキリウスが覚えていたよりも大きく見えた。顔つきもあどけなさが薄まり、少しばかり角が目立っていた。しかしそれは確かにティベリウスで、赤みがかった茶髪も、大空のような碧眼も、日に焼けそびれた白い肌も、まさにそのものだ。ずっと見惚れてきた、揺らがぬ姿。冒しがたい気品をたたえ、均整の無欠である精悍な肉体になって、有無を言わさず周囲を呑ます獅子の威風をまとって、ティベリウス・ネロはルキリウスのすぐ傍らに立った。

「ルキリウス」

 その唇からは、積年の思いがほとばしった。

「この大馬鹿者が」

 それこそ、最期の際にあこがれた友の声だった。

 だが、ルキリウスはまだ現実を認められなかった。

「…………あのさぁ、ティベリウス」体が震え出した。「死に際の幻くらい、もうちょっとあったかい感じにしてほしいなぁ……なんて……」

「寝ぼけるな」

 幻のティベリウスは、槍を構えて翻った。

「お前を連れ戻しに来た。いつまでも帰って来ない馬鹿は、この手で始末するしかないとな」

 そして槍を薙ぎながら、階下から押し寄せるメロエ勢に向っていった。

「………………え?」

 ルキリウスの声は、だれにも聞き取られずに空しくなった。

「ええぇぇぇえええええええええええええっっっ!」

 次の絶叫もまた、空しいことに変わりなかった。

 ティベリウスはメロエ勢を続々薙ぎ払っていた。だれだ、剣こそ世界の戦士の標準としたのは。今から全員槍に持ち替えるべきだ。さもなくば、全員ティベリウス・ネロの槍の錆だ。もしくは柄のさかむけだ。どこの無責任者が、彼に槍を持たせたんだ?

 とにかくティベリウスは、槍の間合いに一切敵の手を入れなかった。ありとあらゆる方向に幾多の弧を描きながら、刹那まっすぐ貫いた。そうしてあらかた階下に押しやったのだろう。ルキリウスのところへ駆け戻ってきた。立てないと見るや、投げ飛ばすのとたぶん同じ要領で、肩に担ぎ上げた。

 ルキリウスは悲鳴を上げた。

「ちょっと待って! 待って、ティベリウス!」

「馬鹿を言え。死ぬぞ」

「いや、おかしい! 絶対的におかしい!」

 のたうつルキリウスにかまわず、ティベリウスは廊下の奥へと早足で進んだ。メロエ女王その他が憎々しげにうめいていたが、もう一顧だにせず扉をくぐり抜けた。

「おかしい! おかしいったらおかしいっ!」

「うるさい。少し動くな」

「だっておかしいでしょ!」

「なにがだ」

「なんで君がここにいるの!」

「さっき言っただろう」

「君は今ローマにいるはずだよね!」

「いない」

「いや、いるはずだ!」ルキリウスはわめいて言い張った。「よりによって、エジプトにいるわけがないよね! カエサルが許可するはずがないよね!」

「ちゃんと黙って来た」

「だめでしょうが!」

「途中までは許可を取ったぞ」

 ティベリウスは自信満々らしい。後ろに気を配りつつ、着実に歩みを進めながら、やはりわけのわからないことを言っている。

「マウリタニアだ。ユバとセレネが自国でも結婚式を挙げるというので、私も招待を受けた」

「なに言ってんのかな!」

 ルキリウスは思わずへし折られたような角度へ首を曲げた。

「マウリタニア? ローマより遠いよね? 世界の西果てだよね?」

「同じアフリカだぞ」

「端と端! おまけにここずっと南! わかってる?」

「わかっているからここへ着いたのだろうが」

 ティベリウスはため息をこぼした。

「街道が整備されている。船もある。ただ東へ向かえばいい。快適なほどだったぞ。なによりユバが、通行証を出してくれたので」

「本当にマウリタニアから来たの、君は?」

 ルキリウスは目玉がはち切れそうだった。

「ほとんどエチオピアまで? 一人で? やっぱり頭がおかしいんじゃないの! ついでに体もおかしいよ! なんでできると思ったのかな? ヒスパニアでなんか変なもんでも食べて、背中に羽が生えたとでも妄想して──」

「いちいちうるさいやつだな、相変わらず」

 角を一つ曲がると、ティベリウスはルキリウスを下ろした。まだ腰を抜かしているところへ、容赦なく人差し指を突きつけてきた。

「私はアラビアに行きたかったのだ! せっかくだから! それなのにお前ときたら、アラビアから帰ったその足で、今度はエチオピアへ向かったという! いったいお前はなにをしているのか! 帰るどころかどんどん首都から遠ざかり、気づけばもう三年だ! 帰る気がなかったのか? やれ投獄された、剣闘士になった、恋に落ちた、子守りをした、遠征に行くことになった、村に閉じ込められた、少しも幸福でないアラビアで迷子になった──この間、私の言葉はすべて聞き流したな! ああ、そうか、やはり帰る気がないんだな? だがもうお前の意思などどうでもいい! 限界だ! 連れて帰る! 迎えに行く! もうどこにも行かせん!」

 ティベリウスの猛烈な説教を、ルキリウスはただあんぐり口を開けて聞いていた。

 最後など、かなり恥ずかしい一言を述べたことを、わかっているのだろうか。

 大勢の足音が近づいてきた。忘れていたが、ここはメロエ勢に占拠された砦であるのだ。かの女王らしきすさまじい咆哮も追いかけてきた。

 ティベリウスはまた苛々と吐息をこぼした。それから肩を貸してルキリウスを立たせ、また足早に進み出す。

 二人の行く手には、光のあふれる扉があった。

「……ねぇ、ティベリウス」

 まだ夢見心地のまま、ルキリウスはまぶしさにまぶたを伏せた。それでもあたたかな大きい肩と、纏われるなじみある空気が、新しい現実を教えていた。

 これがあの世への道でもかまわないと思った。

「ここ、確か三階くらいだと思ったんだけど……」

「ああ、お前がわざわざ上ってきたんだからな」

 ティベリウスは相変わらずしつこい性質だった。

 足下の感覚が変わった。なお進み続けながら、ルキリウスは少しずつ目を開けた。

 どこまでも抜けていく、色濃い秋空。接するは黄金の大地。満々とエメラルドの水をたたえるナイル川。

 二人は今、砦から突き出た露台にいた。形状はむしろ桟橋に似て、エメラルドの水の上まで伸びている。

 ルキリウスは今やちょっとした未来を察しつつあった。やはりあの世への道で間違っていないらしい。

「ここは、なにかな? 見張り台かな?」

 声も、頬肉も、引きつっていた。

「ナイルを見渡すのだろうな」ティベリウスの声は事も無げだった。「もしかしたら増水期はここまで水が来るのかもしれん」

「……いや、さすがにそれはないでしょ。水はずっと横へ広がっていくんだよ」

 ルキリウスは一応指摘した。

 ティベリウスはルキリウスを抱き上げた。

 もはや観念するしかなかった。メロエ勢が扉口から今にもあふれ出てくるところだ。

「目を閉じろ」ティベリウスが忠告した。「歯を食いしばれ。舌を噛まないように」

 それは無理な話だった。

 ティベリウスは露台の端から飛んだ。この世の終わりのような悲鳴を上げながら、ルキリウスはそれに同道した。

 二人分の水しぶきとは、この露台まで届くのだろうか。






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