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世界の果てで、永遠の友に ~古代ローマ・ティベリウスの物語、第三弾~  作者: 東道安利
第四章 アラビアのルキリウス
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第四章 -17



 17



 八月末、まだ暑さが残る時期ではあるが、母リヴィアがローマに帰ってきた。田舎好きで、長旅にも耐える強い身体をそなえた母だが、三年も離れていてはさすがに首都がなつかしくなったらしい。久しぶりにカエサル家へ帰ると、はりきった様子で夫を待つ用意を整えにかかった。友人たちとの交流も再開し、さらに増えた各地からの留学生たちの世話も焼いた。

 この時まで、アグリッパ一家は新居を確保し、引っ越しを終えていた。クイリナーレの丘の麓であるので、パラティーノの丘からはだいぶ離れてしまう。しかしアグリッパの仕事という点で考えれば、建設中の水道やマルスの野にほど近い。

 一方カエサル家の主は、まだ帰ってこないようだ。今もアオスタにいて、体調が思わしくないらしい。しかし妻リヴィアを先に行かせたくらいだから、大事ではないのだろう。

 ヒスパニアでは、やはりカンタブリ族とアストゥレス族による散発的な反抗が起こっていた。とはいえごく小規模のまま、ことごとく鎮圧されているという。一方ゲルマニアからは、すでに勝報が届いていた。ヴィニキウスがゲルマニア人を破り、ライン川のガリア側に無事帰還したとのことだ。昨年殺害されたローマ商人の復讐が果たされ、兵たちは「インペラトール」の呼称を叫んだ。ヴィニキウスは、それをカエサル・アウグストゥスに捧げる歓呼とした。

 日頃のお気楽な言動にも関わらず、ヴィニキウスは将軍として優れた指揮を執ったらしい。

「だったら最初からヒスパニアで本気を見せてくださいよ、将軍」とピソは苦笑をこぼした。「あの風貌で、中身がスパルタ人。後進の育成に熱心すぎだ。マルクスやネルヴァは大丈夫だろうか?」

 その二人からも、九月早々、無事でいるとの手紙が届いた。もうすでにライン川の軍団基地に戻ったので、あとは早くも冬営みたいにして過ごすのだと。ティベリウスはメッサラから、息子直筆の手紙を見せてもらった。

『元気です。でもしんどかったです。もう少しで、父上がマルケッラとぼくを結婚させそびれたことを、忘れるところでした』

「恨みがましい」父親は嘆息した。「しつこい。あの子にこんな一面があったとは」

「マルクスは怒るでしょうが──」と断ってから、ティベリウスは微笑んだ。「うらやましいです。マルクスとあなたが、遠慮のない関係で」

「そうだな」メッサラも思わずのように笑った。「ちょっと前まで、あれは君に妬いていた。私が実の息子より目をかけているじゃないかとな。いや、お前はまずティベリウスより勉強してみせてから言えと、口喧嘩したものだった」

 このような関係が、実の親子ゆえに展開されるものだとしたら、ティベリウスも経験していた。せっかくそばにいてくれるようになった母と、無用な言い争いをしてしまうのだ。

「それはこちらの問題です。母上はカエサル家の方なのですから、口出ししないでください。ネロ家の家父長は私です」

「その言い方はなんですか」母は憤慨するのだった。「お前はカエサルにもそのような無礼な口を聞くのですか? まだ十七歳であるのに、家のなにがわかりますか。どうして素直に教えを受けないの?」

「必要ないからです。余計なお世話です」

「お前のために良かれと考えたことが、どうしてわからないの?」

「母上! ぼくはわかるぞ! わかるからぼくにはその梨をちょうだい。キュウリは嫌だ。兄上はキュウリばっかり。お客さんも飽きる」

 こういう時、ドルーススが面白がる感じを出して割り込んでくれるおかげで、母子の関係は大事にならずに済むのだった。

 母が今夜の宴席に出すようにと持ってきた品々──とりわけ今年の初梨は、やけにおいしかった。おいしかったが、なんだか母に頼りたくなかった。

「今日はどこへ行くのですか? だれの家に招かれるのですか?」

「なぜいちいち母上に伝えねばならないのですか? だれの家だっていいでしょう! どうせ奴隷たちに探りを入れるくせに」

「こうやって正面から尋ねているでしょう! まさかそのトーガのまま行くつもりですか? 食卓の作法は覚えましたか? まだ葡萄酒は極力口にしないように。泊めていただくのはご迷惑でしょうから、早めに帰るように。どうしても留まる場合は、後日きちんとお礼をお持ちして──」

「わかっています! わかっていますったら!」







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