表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/104

第一章 -6



 6



 翌日は、また肉体鍛錬を休んで、競技会の準備をしなければならなかった。もう四日後だ。

 その仕事が終わった後、ティベリウスはアグリッパを訪ねることにした。競技会に関する助言を求めるほかに、いくつか聞いてみたいことがあった。彼の家は、カエサル家やネロ家と同じくパラティーノの丘にあるので、帰り道だった。マルケルスはそのまままっすぐ家に帰ったが、ドルーススはついてきた。目当ての玄関をくぐると、メッサラ家のマルクスが、肉体鍛錬を一足早く終えて帰ってきたところらしく、アトリウムの内池に顔を突っ込んでいた。

 奇妙なことに、この家はアグリッパとメッサラの共同所有とされていた。元はマルクス・アントニウスの所有だったそうだが、近くにアウグストゥスの家があるために、二人は仕事場として利用することにしたらしい。アグリッパは自身の建築工事に携わる技術者たちをここに寝泊まりさせていた。メッサラは彼の後援する詩人や各分野の教師たちを住まわせていた。両人とも別に自分の家は持っていたのだが、いつしか利便性と快適さのために、家族もこの邸宅で暮らすようになっていた。アグリッパはポンポーニアのいない元の家に住み続けるのが辛かったのかもしれない。娘たちのために、環境を変えたほうがよいと考えたのかもしれない。

 少なくともカエサル家と比べれば広く新しい家なので、二人はお互いの生活空間を分けることはできているそうだ。それでもマルクスはたびたびティベリウスに謝った。おどけた態度で、しばしば笑いをこらえながら。

「実に誠に申し訳ない。君の最愛の婚約者殿と、ひと足早くひとつ屋根の下で暮らしてしまって──」

「……いや、ティベりん、待って。怒らないで。殴らないで。ぼくの気持ちも考えてほしい。人妻になったマルケッラと同じ家に住まなければいけないぼくの気持ちを──」

 この日は、ドルーススが早速マルクスの上に乗り、そのまま内池に沈めようとしていたので、ティベリウスはお供の奴隷に頃合いを見て止めるようにのみ言い置いて、家の奥へ進んだ。バシャバシャとうるさい背後を無視しながら中庭に出ると、十歳の自分の石像に出迎えられ、思わず顔を逸らした。

 仕事用の邸宅であり、元の所有主アントニウスの像は、目につくかぎり壊されてしまったので、ここにはネロ家のように先祖の像は並べられていない。それでもアグリッパは、わざわざ娘の婚約者の像だけは、以前の家から移動させてきた。春色に彩られた花冠まで、頭に載せられていた。

 これではマルクスに顔を合わせるたびにからかわれるのも仕方がないとさえ思った。さらにこの日は、ティベリウスはまずマルクスの母カルプルニアを見舞うつもりで家の者に案内を頼んだが、そこへヴィプサーニアが大喜びの様子で駆けてきた。

「ティベリ様ーー!」

 ちょうどその時間に来てしまったのだが、彼女は今度こそとはりきっていた。

「一緒にお風呂に入りましょーー!」

 すべての用事が済んだ後、ティベリウスは中庭の片隅にしゃがんで、ヴィプサーニアをなぐさめなければならなかった。またも彼女は無邪気な楽しみを家じゅうの奴隷たちに引き留められたのだった。

「ヴィプサーニアはずっと楽しみにしてましたのに~~……」

 がっかりしている六歳の婚約者を、なぐさめたいものの、ティベリウスはどうしたらよいのか皆目わからなかった。悲しむ姿には自分でも驚くほど胸が痛んだ。元気づけることができるならばなんでもしたいと思った。ヴィプサーニアの喜ぶ顔が見たかった。だがなにができるのだろう?

「結婚したらいくらでも──と言えばいいよ」というマルクスを、先ほどもう一度内池へ転がした。「チューしてあげればいい」というドルーススも追い払った。ティベリウスは途方に暮れた。涙ぐむヴィプサーニアの傍らで沈黙したまま、トーガの下で卵石を握りしめた。

 だれかの詩の一節が、かろうじて頭をよぎった。

「ヴィプサーニア……」らしくもなくおずおずと、幼い婚約者の顔を覗き込んで、ティベリウスは話しかけていた。「その……がっかりさせてすまない。……その代わりと言ってはなんだが、今度一緒に出かけるのはどうだろう? お花が綺麗だろうから、近くの野原にでも。お父上の許可を取って。私の馬に乗せるから……」

 ヴィプサーニアが顔を上げた。





 翌日の勉学の場は、アポロン神殿に設けられた。カエサル家ゆかりの若者たちは、奴隷も含めてそろって教師ネストルのあとについて出かけた。といってもカエサル家のすぐ隣だった。

 神殿は、昨年アウグストゥスによって奉献された。アポロンは、アクティウムでの決戦に赴くにあたり、アウグストゥスが勝利を願った神である。それまでかの神のローマでの地位は、最高神ユピテル(ゼウス)には当然としても、ギリシア伝来の他の神々に比べて決して高くはなかった。国家においていやがうえにも目立つ戦、あるいは作物の豊穣を司る神ではなく、芸術の神とされてきたためだろう。しかしアウグストゥスが自身の守護神としたために、急速にその人気が高まった。若くて美貌のアポロンと、アウグストゥスその人を同一視する信仰が生まれつつあった。

 アポロン神殿には図書館が併設されていて、ネストル一行の勉学の目的地はそこだった。ローマでは二つ目の公共図書館であり、一つ目は先代カエサルの推進により、現在アシニウス・ポリオが館長を務めている。

 そういえばティベリウスは、できたばかりのこの図書館の館長を知らなかった。継父が解放奴隷のだれかにでも任せているのだろうか。

 館内には、ラテン語とギリシア語の書物が所狭しと棚に詰め込まれていた。アウグストゥスが手配したのだろう神殿奴隷たちが案内役を務め、来訪者の求めに応じて書物を探す手伝いをしていた。書物の管理ばかりでなく、彼らは写本作りもせっせと行っている様子だった。

 ギリシアの神殿奴隷となると、神聖な場を借りて売春を行っている者も多いのだが、アウグストゥスともあろう人がそうした振る舞いを許すはずもなかった。それでもローマのどの神殿も恋人たちの逢引きの場になるのは毎日のことだ。ましてアポロンとは美を愛し、色恋沙汰に熱を上げた神である。

 だからということなのか、昨年の奉献の際、アウグストゥスはここで「ローマの美女の競技会」なるものを開催してしまった。平民から貴族まで数多くの有志が自分の妻や娘を自慢しに訪れ、ついでに新しい神殿を見学していったが、アウグストゥスが自身の推薦で出場させたのは、妻リヴィアと友人の妻テレンティアだった。

 ティベリウスは生きた心地がしなかったのを覚えている。ドルーススまでが「ヤヌス神殿の扉をもう一回開けにいくぞ!」と騒いだものだ。

 テレンティアとは、富豪マエケナスの妻なのだが、以前からアウグストゥスの愛人疑惑がささやかれていた。ローマ一の美貌と謳われ、実際に美しくはあったが、同じくらいその性格も有名だった。マエケナス邸の詩人たちは言う。

「マエケナスなんか同じ奥方と千回も結婚しているじゃないか」

 当時母は三十歳だったが、テレンティアは不明だ。一、二歳若いのかもしれないが、そもそも年齢公表が必須ではない競技会だった。

 継父がなにを考えていたかはわからないが、競技会は混沌を極めた。美貌はともかく、さほど気丈夫ではなかった乙女たちは、開催前に辞退したり、途中で逃げ出したりしたそうだ。居たたまれなくなったのか、その場で失神した少女もいたという。アウグストゥスだけが無邪気に、妻と女友達だけでなく、姉オクタヴィアにも出場してほしかったと残念がっていたそうだが、そんなことをして家庭内がどういう状態になるか、本当に思い至らなかったのだろうか。アウグストゥスは四十歳になる姉の年齢を少しも気にせず、その美しさを昔と少しも変わらず絶賛するのだが、さすがに夫アントニウスを亡くして以来、公の場に出ることを避け、二度と再婚もしないと決めている姉に、これ以上何事も強いることはできなかった。

 結局競技会は、「一流の域に至ったならば、美とは優劣つけがたいものである。あらゆる芸術作品と同様、貴石と同様。諸君らはエメラルドとガーネットとサファイアの美を決し得るか」という一元老院議員の言葉で無事に締めくくられた。アポロンよりマルスが暴れまわるような事態は回避できたが、人気を得ていたのはリヴィア、テレンティア、そしてスクリボニアの長女コルネリアだったようだ。まだ十代半ばほどのコルネリアのためにも、このように終わってなによりだ。

 ティベリウスは見ていられずにドルーススたちとキュベレ神殿にこもっていたのだ。思いもかけず自分の臆病さも思い知らされる羽目になって、二度と女の競技会などごめんだと思った。

 妻や娘の良さは、当事者だけがわかっていればいい。それが十四歳の持論だ。

 でもひょっとして女たちの側も、自分の美しさを存分に誇りたい気持ちがあるのだろうか。男どもがギリシアのオリュンピアで、大昔から強さと肉体美を競い合っているのと同様に。

 ネストルは通例、ふさわしいと思う作品を一巻借り出す。生徒たちに朗読させ、書板に書き取らせ、暗唱を求め、解釈を議論させ、さらには個々で自身の作品を制作することも促す。まずは模倣でもかまわないから、と。無論、生徒たちの年齢も習熟度も不揃いなので、助手たちも使いながら、それぞれの上達に合わせた指導を試みていた。

 この日の学習主題は「現代詩」だった。まずはネストルが、ローマの子どもならだれもが授業で学ぶヴェルギリウスの作品をおさらいさせた。彼の『牧歌』と最近出版されたばかりの『農耕詩』は、どちらもラテン詩の最高峰の地位を、後世を待たずに盤石にするだろうと評価されている。これらを超えるものがもし現れるとしたら、それはほかならぬヴェルギリウスその人が新たに生む作品以外になかろう。すでに詩人は次作に取りかかっており、壮大で、史上比類ない傑作になることは疑いもない──ネストルはそう教えた。

「さて諸君、ヴェルギリウスの詩に関して、一人ずつ所感を述べたまえ。気づいたことや、疑問点も歓迎である」

「先生、この第四歌の、偉大なる世紀に生まれる一人の『子ども』とはいったいだれのことでしょうか?」

「ヴェルギリウス殿は予言者なのでしょうか?」

 その後は、ヴェルギリウスを指針としつつ、各人が教材を選んで学習する時間となった。

 ティベリウスはティブルスの詩を手に取ったが、この人物はメッサラの後援で頭角を現している優れた詩人である。マルケルスは、疑い深そうな顔をしてコルネリウス・ガルスの作品を一巻持ち出した。ティベリウスと話し込もうとしたものの、途中で妹たちに囲まれて、朗読をせがまれてしまった。妹たちは兄の美しい声を聴きたがったのだが、マルケルスはかなりうろたえた調子だった。ガルスの詩の一部には、どうも妹たちに語るには憚られる「大人の愛の表現」が盛り込まれていたらしい。彼は顔を真っ赤にしていたが、ティベリウスにはどうにもできなかった。ユバはヘリオスとセレネとプトレマイオスに易しいラテン詩を選んで、ゆっくりと教えていた。しかしさりげなく自作の詩を混ぜていたのを、ティベリウスは見逃さなかった。ユルスもそれに気づいたらしく、首を振りながら、コッケイウス・ネルヴァや留学生たちと一緒に、ギリシア詩の朗読を行っていた。この一行の中では、応用の到達度だ。マルクス・メッサラもその集団に加わっていたが、マルケルスのあたりが気になって集中できていないらしかった。ドルーススは妹のアントニアと朗読対決を行っていた。親切なグネウス・ピソの弟ルキウスが審判役を務めてくれていたが、どうしてもアントニアのほうがすらすらと読めてしまうらしく、悔しがっていた。代わりにありったけの情感を込めてホラティウスの詩を大声で読み上げ、アントニアを笑わせようと一生懸命だった。汗を流す甲斐あって、これにはなかなかに成功していた。

「ドルースス、もう一回さっきの魔女とカカシとおならのところを読んで!」

「お前はそこばっかだな!」

 ホラティウスは、富豪マエケナスが後援している詩人の一人であり、老若男女、庶民から貴族まで、最も親しまれる作品を書き上げる人だろう。取り上げる題材の違いはあるが、ヴェルギリウスと肩を並べる傑出した才能の持ち主とされる。気の好い人物で、ティベリウスやドルーススとも顔見知りだった。後援者のマエケナスは、アウグストゥスの左腕とされる人物だ。継父が彼に会うべく出かけると、二人が邸宅内で話し合っているあいだ、ホラティウスはよく連れ子たちをかまってくれた。

 ホラティウスはマエケナスを世界のだれより敬愛していた。ヴェルギリウスのことは「わが心の半分」と呼んでいた。

 ティベリウスは個人的に、マエケナス庭園のすばらしさには感嘆するばかりであるものの、詩人たちの集まりとしては、マエケナスの会よりメッサラの会のほうが肌に合う感じがしていた。それはメッサラ・コルヴィヌスがクラウディウス・ネロ家と似た背景にある古い貴族の当主であることも大きいと思われるが、一方マエケナスにはなにか、一風変わったところというか、飄然とした奥の窺い知れなさや、常識の一線を越える危うさのような、超越した解し難さがある気がするのだ。もっともそれこそが、優れた芸術を生む環境に必要なのかもしれないが。継父が右腕のアグリッパと並べて、左腕として頼りにする理由も、有能さは無論として、そういったマエケナスの人柄にあるのだろう。

 ティベリウスはグネウス・ピソにルキリウスを加えて、ティブルスの詩の解釈を突き合わせていた。それから列柱の影の位置を確認し、勉学の時間が終わる頃合いを見計らって、ひっそりと完全に話題を変えた。昨日アグリッパから聞いた内容を、自分の中でのおさらいの意味も込めて、分かち合うべきだと思った。

「なに? ヴィプサーニアちゃんとの逢引きには、どこの草原がおすすめかって? うん、ぼくん家の奴隷が、マルスの野の向こう側のあたりで、アネモネの花の群生地が見ごろだとか言ってたけど」

「まだ結婚前なのにけしからんな。よくアグリッパ殿が承知したな。しかしまだ彼女は六歳なのだから、簡単に触れたり摘んだりして楽しめるカタバミの類が良いと思うが」

「だからいったいどこでそんな話を聞いてくるんだ!」

 パラティーノの丘に、私生活の静謐などないらしかった。ティベリウスはかっかしながら木の枝を振りまわし、自分と神殿の壁とのあいだに非常に大雑把な世界地図を描いた。アグリッパの家に置かれている図面を見覚えてきたもので、現在は彼の監督の下、各地の測量が行われている最中だという。もう十年ほどかかる見通しであるものの、完了した暁には、自分を含めローマ市民すべてが世界というものを見ることができるようにしたいと、アグリッパは楽しみにしていた。

 まず二人へ、どこにどの国とローマ属州があるかを説明した。二人は地図の縁にしゃがんでいた。

「グネウス」ティベリウスはまだうなりがちに言った。「カエサル・アウグストゥスが元老院議員を千人から六百人に減らしたのは知っているな?」

「ああ。ぼくの父上は歓迎していた。無能なうえに強欲な奴隷上がりばかりでなく、ラテン語もろくにわからない蛮民まで議場を闊歩していた。あいつらがいなくなってくれるとな」

「うぅ……」ルキリウスがうめき、泣きだしそうに見えた。

 グネウスの言葉は厳しいが、実際、神君カエサルが自派の拡大を図って、元老院の意味もわかっていないガリア人たちを大勢議員にしていた。アウグストゥスはその過剰な議員たちを四百人削減した。アグリッパとともに就任した監察官の職には、それを実行する権限があった。穏便な説得と強硬手段の両方がなされたという。ふさわしくない者がいなくなり、古き良き元老院が回復されるのを、グネウスの父のように喜んだ議員が大半だった。

 ティベリウスはうなずいた。心の平静を取り戻し、心痛をこらえるルキリウスのことは無視した。

 ルキリウスは元老院議員になる野心があることを、ティベリウスに公言していた。本心は知らないが、そのためにティベリウスの友だちになるのだと主張していたのだ。彼にとって、議員数の削減とは元老院への門戸が狭められることを意味していると思われ、実際アウグストゥスはそのつもりなのだろう。古き良き共和政も復活させるのだから。

 ティベリウスは木の枝先で、ローマの位置を差した。

「実のところそれだけじゃない。カエサルとアグリッパはローマの軍団兵も削減した」

 そこへ、マルケルスがやってきた。彼はティベリウスを見て、微笑んで、物問いたげな顔をした。その顔のままグネウスを見て、ルキリウスを見て、そこで止まった。

 ルキリウスが腰を浮かせかけたが、そのときドルーススが彼の背中に飛び乗った。

「ぐえ」

 十一歳にしては大きい体格のドルーススだが、そんなこともルキリウスのことも気にしていないらしかった。ルキリウスの肩上から、彼はマルケルスにのみいつもの不遜なふくれ面を見せた。お前にはやらないぞ、という意味だ。

 マルケルスもこちらのほうは見慣れていたので、苦笑を返しただけだった。すでに妹たちに見せる落ち着いた兄の顔になっていた。マルケルスにとって、ドルーススはまだその段階であり、ましてルキリウスを奪おうなどという考えは毛ほどもなかっただろう。彼はぴたりとティベリウスの隣に陣取った。

「軍団兵の削減は当たり前だろう」

 グネウスが何事もなかったように応じた。

「戦争が終わったんだ。義務から解放するときだ。土地や戦利品を与えて退役させるものだろう」

「そのとおりだが、それだけではないんだ」マルケルスへ微笑んでから、ティベリウスはグネウスに向かって言った。「軍団兵は五十万人もいたらしいが、これを国家は常時保持することはできない。だから削減する。およそ三分の一にするそうだ。そのうえで、カエサルは属州各地に配備することを考えている。つまりローマの常設軍が増えるんだ」

 こうした話を、マルケルスはいずれ叔父からでも教わるはずだが、グネウスと分かち合うのは良いことだろうか。軍事機密を話すことにならないか。

 しかしグネウスは元老院議員の子息である。来年には属州で従軍することもほぼ決まっている。国家防衛の戦略について、現状を知っておくべきであるし、国家を担う人材に成長するならば、今後も考えていくべきだ。無論、ティベリウスとドルーススも、そう遠くないうちに軍事に関わるだろう。

 もしかしたらごく近いうちにかもしれない。アグリッパはそれを見越して話してくれたのだ。

「そもそもローマに常設軍なんてあったのかい?」

 こうぞんざいな感じで訊いてくるルキリウスを交ぜたのは、完全にティベリウスの恣意だったが。

「四個軍団のみ。あとは必要に応じて編成していた」

 ところが、必要に応じて編成する軍団を、だれよりも編成した神君カエサルによるガリア遠征以来、ローマは内乱続きで軍団を調整することができなかった。一方で、ローマが担う世界はこの一世紀あまりで大きく拡張した。もう四個軍団と有事の編成だけでは国は守れない。だが五十万人を永遠に保持することもできない。平和になったからこそ、考えるときだ。どのくらいの規模の軍団兵を、どこへ配置するか。彼らの退役と募集をどうするか──。

 ティベリウスがこのように説明すると、マルケルスがなぜか輝く目で「ティベリウスはやっぱりすごい」と言ってきた。ドルーススは当たり前とばかりに「兄上は長老なんだぞ」と言った。ティベリウスはただアグリッパから聞きかじっただけだからと話し、きまり悪く感じだ。自分の話し方は偉そうに聞こえてしまうのだろうか。

「五十万人がピンとくるわけじゃないけどさ」ドルーススを乗せて地面にうずくまったまま、ルキリウスが疑わしげに言った。「それでも足りなくないかい? だってこの世界には、少なくとも四千万人が暮らしているんじゃなかったっけ?」

「だが国家は軍団兵の生活をまかなわないといけない」ティベリウスは結局自分の調子でしか話せなかった。「もう戦争で相手国から戦利品なんて期待できないんだ。だから国家が軍団兵に給料を払わないといけない。退役まで。そのために国庫の中身と国家防衛の必要戦力を、ぎりぎりのところで見極めなければならないと、カエサルとアグリッパは頭をひねっている」

 一個軍団はおよそ六千人で、軍団兵の退役までの期間は、十六年で考えているとのことだった。十七歳で志願した場合は三十三歳で退役となり、結婚して第二の人生を歩めるときだ。決して楽ではない軍務だとしても、長男以外の男子には、大きな成功の機会の一つになるはずだ。

「それで五十万人の三分の一か」グネウスも普段よりさらに難しい顔をしたが、機嫌を損ねているわけではなかった。「属州の隅から隅までとはいかないな。どこに配備するつもりなんだ?」

「まだ検討段階だそうだが、カエサル・アウグストゥスが元老院から一部属州の統治を引き続き任されていることは知っているよな?」

「ああ」

「叔父上は元老院から困難な属州を一任された」

 そう言うマルケルスは誇らしげであり、少し心配しているようにも見えた。

 共和政への復帰を宣言したアウグストゥスへ、元老院はその尊称ばかりでなく、一部属州の統治を任せた。そのすべてが、ローマの属州となってまだ浅く、いつ騒乱が起こってもおかしくはない土地や、蛮族や非友好国と接する国家防衛上の要衝だった。そうなれば必然、この「アウグストゥス属州」にこそローマ軍団を配備するだろう。

 今やローマが担う世界は、西はヒスパニア、東はシリア、北はゲルマニア、南はアフリカどころかエチオピアまで途方もなく広い。まず本国ローマがあり、果てに東方のポントスやカッパドキアといった同盟国があり、このあいだに「元老院属州」と「アウグストゥス属州」が存在する。属州総督の任命権は、その名称のとおりだ。

 そのことに思い至ったグネウスは、思わずのようにマルケルスを見つめた。ほぼ全軍がアウグストゥス属州に配備されるならば、実質はその人の指揮下にあり、彼の思いどおりに動かせる軍団になるのではないか──とでも言っているようだった。実際、元老院はアウグストゥスに「前執政官上級命令権」なるものを与えた。これはすなわちローマ全軍の「最高指揮権」を意味するのではないか。

 ましてこれとは別に、エジプトという世界一豊かな国が、「アウグストゥスの私有地」として存在するのだ。

 マルケルスは身を小さくしているように見えた。

「叔父上は元老院の第一人者だよ」それでも彼は叔父の弁護を試みた。「だれよりも優れた良識のある指導者だから、元老院は信頼しているんだ。叔父上でなければ任せられないって」

 ティベリウスは──たぶんグネウスも──統治困難だからといって第一人者に丸投げし、一方で豊かで楽な属州だけを担うとしたら、元老院とはそれでいいのか、国家の指導者たる誇りと責任感はいったいどこへ行ったんだ、と思うが、これで致し方ないのかもしれないとも考える。一少年の意見としては、困難な地域であればこそ、アウグストゥスやアグリッパの経験と見識が信頼できる。能力と先見性のない者に任せては、国家が大惨事になる。

 どちらの属州であれ、いずれ総督は元老院議員から任命はされるのだ。

「ローマ軍団兵とは別に、属州民から志願兵も募集するそうだ」ティベリウスは先を続けたが、マルケルスへの矛先を和らげたいという意識もあった。「その者たちに退役後、ローマ市民権を与えるという条件で。それがうまくいけば、軍団兵は五十万よりずっと少なくて済むかもしれない。ぼくが興味あるのは、いったい世界のどこにどれくらい軍団を配置するのが効率良く適切かということだ。カエサルが下す賢明な判断が待たれるが、ぼくだったらまずシリアに四個、ライン川に六個、イリリアに五個、マケドニアに四個、でもヒスパニアとアフリカにも置きたいよな。足りないかな……」

 実際に考えているのは、アグリッパだろう。継父は自分は不得手ゆえと、軍事をもっぱらアグリッパに任せている。木の枝をあちこちに移動させながら、ティベリウスは自分の机上の空論ぶりを内心で嘲笑った。まだまだ未熟で、知らないことだらけだ。もっとアグリッパから学ばなければ。そして、現場経験も積まなければ。

「ファビウスが従軍していたエジプトの軍団だが、今後も同じ場所に置き続けるのだろうか?」

 グネウスはあまり気を逸らされていなかった。ティベリウスより早くマルケルスが口を開いた。

「エジプトの安定とエチオピアとの防衛線を守るために必要だよ。人々の安全と利益を守るためだよ」

「でもあの国はローマのものではなく、アウグストゥスのものなんだろう?」

 グネウスは、そのつもりはなかったかもしれないが、マルケルスに鋭い目線を向けていた。

「つまり軍勢も、富も作物も、あの人の私物だ」

「そんなことないよ!」マルケルスの声が大きくなり、ティベリウスはまずいと思った。「叔父上はきちんとみんなのために使うよ。軍勢も、情勢が落ち着いたなら、必要な数以外は置かないよ」

「そう思う」とティベリウスは同意した。必要以上に置いたならば国庫も自分たちの財産も尽きてしまうから、継父とアグリッパは今考え込んでいるのだ。

 けれどもグネウスもまた意地になりつつあるように見えた。「みんなのためにいくら使おうと、あの人のものだろう。どうにでもできるってことじゃないのか、これから子孫代々。元老院議員は皆本国に資産を持っているが、これでどうあがいても第一人者にはかなわないわけだ。世界一豊かな私有地だものな」

 この指摘を聞いて、マルケルスは泣き出しそうな顔になった。

 グネウスの父親は、共和政主義者であり元老院派であり、ゆえに神君カエサルと敵対関係にあった人だ。十五年前のフィリッピの戦いで敗れるまでは、アウグストゥスとも敵対していた。神君カエサルを暗殺した、ブルートゥスとカッシウスの軍勢に組みしていたのだ。特にマルクス・ブルートゥスは共和政の理想を追求し続けた男として、一部では今も英雄視されている。

 息子のグネウスが父親とまったく同じ思想を今後持つかはわからないが、頑固で自他ともに厳しく、不正を許せない性格だ。このような男は、甘い汁を与えてやり過ごすことができない。

 けれどもアウグストゥス当人にならばともかく、叔父の後継者になるに違いないからと、マルケルスが矢面に立たされるのは気の毒だ。アウグストゥスのことは、第一人者の権威に加えて、戦勝というこれまでの実績が、ある程度身を守ってくれる。しかしその甥は、若くてさらに心優しいゆえ、アウグストゥス本人よりよほど組みしやすい相手とされてしまう。

 けれどもティベリウスは、マルケルスを擁護する言葉を探しあぐねた。こうならないように、マルケルスのいないところで話しはじめたのだった。

 マルケルスを守ることが自分の役目であるのに──。

「コルネリウス・ガルスのものかもね」ルキリウスがにやりと、たぶん気を利かせて言った。マルケルスの様子に気づいていないふりをしていた。「彼は『俺から軍団とファラオのお宝を取り上げるなぁ!』って駄々をこねているのかもしれない。エジプトはもう俺のものでいいだろ、と主張したいのかもしれない」

「ち、ちちち、ち、違う! ……違うよ…………」

 思いがけず別の声が飛び込んできて、ティベリウスたちは全員飛び上がった。それぞれ首をあちこちに動かしたが、それらしき存在は見当たらなかった。

「あっ!」

 するとドルーススがようやくルキリウスの背中から飛び降り、神殿の階段にまわって、その側面の柱に近づいた。蔭からほっそりとした男を引っ張り出した。

「あっ……ああっ……」

 男はうろたえていた。まるで日向に出たら体が溶けてしまうとでも信じているようだった。手を引かれながら、おろおろとドルーススを見、ティベリウスたちを見、口をぱくぱくさせてなにか言おうとして、大きくよろめいた。

 下のティベリウスたちは慌てた。世界地図を踏みつぶしながら両腕を掲げ、その男が転げ落ちてくるのを防ごうとした。男は空いている右腕をおぼれているように振りまわしたが、なんとか階段に両膝をついて留まった。四人が下から押しやり、ドルーススが上に引っ張り上げ、それから改めて階段を下りて、その男を連れてきた。

 男は長めの明るい髪の毛をぐしゃぐしゃにしていた。人間はこんなに色づけるのかと思うほど赤面していたが、怒っているためでも慌てているためでもなく、ただひたすらに恥ずかしがっているらしいことが窺えた。左手をドルーススにつながれていたが、右手で顔の半分くらいはせめてとばかりに隠そうとしていたのだ。

「……ええと、あなたは……?」

 思わず心配しながら、ティベリウスは尋ねた。

「……あ……そ、その……あ…うぅ…………」

 五対の視線にさらされながら、男はテントウムシにでもなってしまいたいと願っているようだった。ティベリウスは左右のルキリウスとグネウスを見たが、どちらも遠慮のない怪訝なしかめ面をしていた。マルケルスはもう少し礼儀正しい気遣わしげな表情をしていたが、話しかけるつもりはなさそうだった。

「ええと……」困りながら、ティベリウスは思い出そうとした。「なにかが……違っているのですか?」

「ガ、ガ、ガルスは……!」その男も言うべきことを思い出したようだ。「ガルスはそのような男ではないんだ! 軍団や財宝や……エジプトを我がものにしようだなんて……そんな……そんなことは──」

「兄上」ドルーススは男とつないだ腕をぶんと振った。「この人はヴェルギリウスだぞ」

 ティベリウスたち四人は絶句した。

「き、きっと誤解があるんだ!」ヴェルギリウスはティベリウスたちが黙り込んだ意味を誤解した。「私はガルスがどういう男か知っている! 彼は……決して皆の話しているような男ではないんだ。わかってほしい……」

「ドルースス」失礼ではあったが、ティベリウスは驚きのあまりヴェルギリウス当人の発言を気に留めなかった。「お前はどうしてこの人のことを知っているんだ?」

「兄上が競技会の準備に行っていた時、ホラティウスが紹介してくれたぞ」ドルーススは不貞腐れ気味に答えた。「ヴェルギリウスは泣きべそをかいていて、ホラティウスは笑っていたぞ。ホラティウスはいじめっ子だな」

「違う…! 違うよ……。そんなんじゃなくて……」

 ヴェルギリウスは新たな誤解へ対応を迫られ、あわあわ、おろおろと、上下左右のあらゆるところを見た。

「ホ、ホラティウスは……私の話に取り合ってくれなくて……」

「館長なんて無理だって言ってるヴェルギリウスを、ホラティウスはからかってたんだぞ。代わりにやってくれと言っても、『とんでもございません、初代アポロン。私はあなたのニンフで恐悦至極』とか言って、裸になって追いかけてたぞ」

「とんでもないニンフじゃん」ルキリウスが呆れた。

 ティベリウスは今度は聞き捨てなかった。「ちょっと待て。館長だって? ヴェルギリウス殿が?」

「あれ、ティベリウスは知らなかったの?」マルケルスが目をしばたたいた。

「名前だけ! 名前だけだ! ……カエサル・アウグストゥスに頼まれて、いつのまにか……」

 赤面して汗だくで、ヴェルギリウスは右手を振りまわした。

 ティベリウスたちが詩人ヴェルギリウスと面識がなかった理由は、噂に聞くとおりのようだ。極度な羞恥心の持ち主で、人前に出たがらない。ローマ最高の詩人でありながら、それに気づいた市民に駆け寄られると、いつも泡を食ったように逃げ出してしまうという。普段はナポリの家にこもり、後援者であるマエケナスの邸宅にさえめったに姿を見せないらしい。たまたま鉢合わせたとしても、来客の気配だけでどこかへ隠れてしまうのだろう。

 そんな人物ゆえ、彼の作品を通じて大いに尊敬の念を抱くものの、半ば精霊と同じに思われた。伝説上の人物なのだ。

 実物の彼は、「伝説」に聞くとおり、美女の競技会に参加したどの乙女よりも乙女らしかった。四十歳を過ぎているはずではあるが。たぶん世の中の乙女の概念はどこかで現実とずれてしまっているのだろう。

 恥じらいで死んでしまいそうだが、愛する者のためなら勇気を振り絞る。心は曲げないし、折れない。

「ご無礼をお詫びします。ヴェルギリウス殿」ティベリウスは尽くすべき礼のために気を取り直した「そのうえ我々は、あなたの仕事の邪魔をしてしまいました」

「い、いや、そうじゃない。そうじゃないんだ……」ヴェルギリウスのほうはまだ落ち着けなかった。「コルネリウス・ガルスの名前を聞いて……居ても立っても居られなくて……」

 ティベリウスはドルーススを除いた三人と目線を交わした。だれもが知っていた。ヴェルギリウスの作品『牧歌』では、コルネリウス・ガルスのために最後の丸々一歌を捧げていた。それ以外にもガルスの名前を出し、そうでなくともガルスを描いていると読める部分がいくつもあった。

 彼がガルスに厚い友情を抱いているのは明らかだ。友情か、それ以上のなにかだ。

「お気持ちはお察ししますが、ヴェルギリウス殿」グネウス・ピソは決していつもの調子を変えなかった。「巷の噂はさておくとしても、私たちは信頼できる友人から、ガルス殿の振る舞いを聞いております。私たちはあなたの作品を先程も朗読しましたが、果たしてガルス殿は、あなたのあれほどの愛を受けるに値する人物なのでしょうか?」

 これには、先日ガルスを非難していたマルケルスでさえ、びくりと身をすくめた。グネウスは手加減もしなかった。

「き、君たちは知らないだけだ!」ヴェルギリウスはそれでも抗弁した。「報告にしろ噂にしろ、それはガルスという人間の真実を表してはいない」

「私たちの友人は彼をその目で見ました」グネウスが言った。

「それでもなお、話が誇張されていないとは言えないはずだ」詩人は言い張った。「人はだれかに上手く伝えようとしては、往々にして必要以上に強い言葉を使うのだ。それに君たちの友人は、だからガルスを懲らしめてほしいとでも伝えたのか?」

 これにはグネウスもマルケルスもわずかに目線を逸らした。

「そのはずだ」ヴェルギリウスはようやく満足そうなうなずきができた。「きちんとガルスを見た人ならば、そんなことは願わない。ガルスはカエサル・アウグストゥスからの任務をやり遂げた。それこそが真実だ。あれほど有能な男はいないんだ」

「……でもエジプトから戻ったたくさんの人が、ガルス殿の話をするんです」マルケルスは悲しげな顔で言った。「ひどいことばかりです。叔父上に対して、とても無礼だと思います」

「それは誤解なんだよ、賢いマルケルス」面識はなかったのに、ヴェルギリウスはマルケルスのことをちゃんと知っているようだった。彼に身を乗り出して訴えた。「ガルスという男を実際に見てほしい。そうしたら必ずわかるはずだ」

 マルケルスは困ったようにティベリウスを見た。実のところ二人とも、コルネリウス・ガルスを見たことならばあった。親しく話したことはなく、悪印象はなかったが、現在の悪評を否定できるほど良い印象もなかった。

 詩人の震える右手が、マルケルスの肩に置かれていた。汗であっというまにトゥニカが濡れるのが見えるようだった

「叔父上がまもなくガルス殿を呼び戻してくださるでしょう」マルケルスが思いやるように言った。「そうすれば市民のみんながガルス殿のことを理解できる。ガルス殿も自分の主張を述べられる。誤解があれば解けるように」

「ああ、私も一刻も早くそうなることを願っているよ」

 ヴェルギリウスのうなずきは、自信に満ちていた。ガルスの人間性に絶対の信を置き、最悪の事態を想像だにしていないことが、ティベリウスには見て取れた。彼は寂しそうな微笑みすら見せたのだ。

「もう四年以上、ガルスに会えていない。そろそろあのなつかしい顔が見たいよ。私にかの地まで旅をする勇気があったらよいのだがね……」

 見るからにヴェルギリウスは、船に乗ったとたん、船乗りたちに仰天し、恥ずかしさのあまり海に飛び込んでしまいそうに見えた。

「どうしてですか?」やるせないとばかりに、マルケルスもグネウスと同じような質問をしていた。「あなたほどの人が……古の英雄の美徳を知って、今も叔父上のようなすばらしい人と親しくしている人が、どうしてそこまでガルス殿を愛するのですか?」

「私の力不足が悔やまれる」ヴェルギリウスは苦笑になった。「もっと彼の美徳を伝えられる詩が作れたらいいのに。でも優しいマルケルス、君にはわかるはずだ。友へのなにものにも代え難い思いが。スキピオとラエリウスしかり、キケロとアッティクスしかり、アウグストゥスとアグリッパしかり──」

 マルケルスの顔が険しくなったことに、ヴェルギリウスは気づいただろうか。彼はかまわず微笑んだように見えた。

「君とティベリウス・ネロしかり、だね?」

 マルケルスはそこでにっこりした。

 ぶぅ、とドルーススがうなり、ヴェルギリウスの手を振り放した。

「……なんか、すいません。ぼくが余計なことを言ったせいで」

 ルキリウスがとうとう謝ったが、まるで割り込むようでもあった。ヴェルギリウスは無邪気そうな輝く目を向けた。

「えっと……君は?」

「ルキリウスと言います。ルキリウス・ロングス」伏し目がちに、彼はぼぞぼぞと名乗った。「ところで、我がルキリウス家には代々家訓が伝わっております」

「……ロングス家ではなく、ルキリウス家なのかい?」

「ええ。正確にはこれから代々になる予定なんですが、史上偉大な詩人殿を前に畏れ多いことを承知の上で、ここで発表させてください。すなわち、『友人の役に立つべからず』」

 それだけ言うとルキリウスは踵を返し、どこかへ行ってしまった。

 ヴェルギリウスもティベリウスたちも、ぽかんと立ちつくすばかりだった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ