第四章 -8
8
《日付は十月一日》
親愛なるティベリウス・ネロ
えっ、祖父さんと叔父貴は、もうローマに帰ったの? 見事ぼくと、本当に行き違って? 祖父さんら、ぼくがアレクサンドリアで死んだと思ったの? 試合で負けたきり行方不明になったから? そんであきらめて──というか、せっかくはるばるインドから運んできた品々を早く売りさばきたくて、さっさとローマに帰ったの?
それで君と話したの?
そんなことある? ぼく一応一家の跡継ぎで、長男なんだけど。なに、アラビア遠征とかいうものが成功したら、また関税が上がるとでも心配した? 孫がそれに参加しているとも知らずに。
まぁ、無事に帰ってきたならよかったよ。ほっとしたよ。
それなのに、もうすぐ八十歳になるはずのうちの祖父さんは、来年にはまたアレクサンドリアに来るつもりだって? ぼくを迎えに? 君にそう言ったの?
ティベリウス、君も忠告してくれたね。「香料の道探しになんて行くな。単独行動を取るな。お前の状況では、どう考えても危険だ」それから、すばらしい一節を引用してくれたね。「無事任務を終えたんなら、余計な道草を食わないで、さっさと家に帰りたまえ。もう一年長居しようとか、戦争を最後まで見届けようとか、要らない熱意を見せないように」
根に持つ男だなぁ、相変わらず。
ティベリウス、確かに軍団副官の任期は一年だ。でもアエリウス総督はぼくを解任しないと思う。なにしろ異国で孤立している真っ最中だ。それになにより、まだなんの任務も終えていない。始まってさえいない。
でも祖父さんには頼んでほしいな。来年の春、元気だったらまたエジプトに戻ってくれって。
コルネリアをさ、なんとかしてアラビアから送り返そうと思う。
なにもかも上手くいっている時、人はその幸いを自覚しない。思いもかけぬ災厄に見舞われて、初めて幸いであったと振り返ることになる。「不幸中の幸い」とは、その災厄がまだ取り戻せる程度だった時に人が口にする言葉だ。
アグリッパがパンテオンを奉献した。万神殿──すべての神々へ捧げる聖所という意味だ。九月のアウグストゥスの誕生日に合わせて市民にお披露目する計画だったようだが、十月にずれ込んだ。神殿自体、当初はアウグストゥスを讃えるものにする予定だったらしい。けれどもアウグストゥスは、外国に留まりながらも、ローマ市民の意識に敏感だった。
「生きながらに神になったのは、あなたが初めて」
詩人ホラティウスがそのような一節を作りかけたらしい。
エジプトでは「神の子」であることが統治上の手段になるが、ローマ本国ではそうはいかない。いかに抜きん出た立場にいようと、アウグストゥスは元老院と市民の第一人者。それ以上ではないということになっている。
結果、「なぜここで万神へ捧げる建造物を?」という疑問が湧いてこないではなかったが、ローマに神々の祝福があるに越したことはない。すでにサエプタ・ユリアも完成していた。初めてアグリッパの名を冠する公共浴場も完成間近だ。市民たちは日々マルスの野のにぎわいに誘われていた。
この日、ティベリウスはフラミニア競技場で午後の鍛錬をしていた。ふと周囲の様子がおかしいことに気づき、振り返ってみると、どす黒い煙がもくもくと上がっているのが見えた。
カピトリーノの丘ではない。それを覆い隠さんばかりに、すぐ後ろのパラティーノの丘から上がっている。どう見ても浴場で薪をくべる煙ではない。火災だ。
嫌な予感がして、ティベリウスは競技場の外へ飛び出した。燃えているのがアグリッパとメッサラの家だと聞いた時には、すでに猛然と走っていた。マルスの野の人垣をかき分け、完成し立ての建造物らも押しやろうとした。
水道工事に出かけて、アグリッパは留守でいるはずだ。昼間に立ち寄った時は、マルケッラも赤子を抱えて母親の家に出かけるところだと言っていた。だがあの家には──。
「ヴィプサーニア!」
大声を上げながら、ティベリウスは丘を駆け上っていた。
「ヴィプサーニア! どこだ!」
「……ティベリ様?」
火災現場のほとんど真ん前まで来たとき、後ろから小鳥の鳴くような声がした。振り返ると、少しばかり頭に灰をかぶっている少女が、ぽかんとした様子で見つめてきていた。
「ヴィプサーニア……」
安堵のあまり、ティベリウスは膝に手をついて脱力した。だがすぐにまだ気を抜くのは早いと思い立った。
「無事か? 怪我は?」
小さな肩を、加減もできずにつかみ寄せていた。
「わたしは大丈夫です」顔を歪めるでもなく、ヴィプサーニアはきちんと応じてきた。「ラミアに呼ばれて、すぐにお外に出ました」
ラミアはヴィプサーニアの世話係だ。ティベリウスはもう一度深くため息をついてから、ヴィプサーニアを抱え上げた。ティベリウスが突っ走ってきたせいなのだが、こんなところにいるべきではなかった。消防隊による仕事で火災は収束しつつあるが、まだ鎮火はしていない。家が崩れ落ちるかもしれない。
ヴィプサーニアの頭を注意深く手で覆いながら、ティベリウスは現場から下がった。
「家族でほかに行方のわからない者はいるか? 奴隷たちは?」
肩の上で、ヴィプサーニアはふるふると首を振った。
ラミアのいる場所まで戻った。そこではドルーススも追いついてきていて、さらにマルクス・メッサラも愕然とたたずんでいた。彼はティベリウスと競技場へ出かけていたので、巻き込まれずに済んだ。母と姉も、丘の下の別宅にいるはずだ。
「ティベリ様の像が、まだお庭に……」
ヴィプサーニアがうめいた。ようやくのように涙声になった。
「そんなものはいいんだ」ティベリウスはそっとヴィプサーニアの背中を叩いた。「君が無事ならいいんだ」
「四つ葉のご本……」
「また探しにいこう」
何度でも請け合うという思いで、ティベリウスは彼女の背中をさすった。風向きの変化を気にしながら、さらに場所を移した。焦げ臭さが弱まると、自分もまた鍛錬後の汗臭さそのままであったことに気づき、遅ればせながらヴィプサーニアを下ろした。
するとアグリッパとメッサラ・コルヴィヌスが、あんぐりと口を開けたまま肩を並べているところに出会った。
「いや、面目ない」
その後、アグリッパ一家はしばらくネロ家で寝起きした。火事はアグリッパのせいではないし、日頃大いに世話になっていることを思えば、この程度では千分の一の恩返しにもならないとティベリウスは思うのだが、彼は恐縮するのだった。
この件について、二週間程度で、アウグストゥスから手紙が届いた。冬を前に、すでにタラゴーナを出て、継父はガリア・ナルボネンシスに入ったようだ。メッサラには見舞金を出し、アグリッパにはカエサル家で暮らすようにと書かれてあった。確かに今は主もその妻もいない家だ。
礼を述べながら、アグリッパ一家はまたぞろぞろと短い距離を引っ越していった。
「君は幸せ者だね、ティベりん」
マルクスがつぶやいた。左手に草花入りの新しい書物を抱え、右手をティベリウスへ向けて大きく振り、歩きだそうとしてよろめくヴィプサーニアを、ぼんやりと眺めていた。
「ぼくばっかり災難続きで、不公平だよなぁ」
彼らの家はほぼ全焼した。玄関付近の、それこそティベリウスの像などは、内池がそばにあったためもあって焼け残ったのだが、屋敷の奥のほうは手の施しようもなかった。
火事の原因はわからず仕舞いだったが、失火ということにされた。人口の多いローマではたびたび発生する災厄であるので、アウグストゥスとアグリッパは各地区に消防隊を組織させていた。その備えのために延焼せずに済んだ。
しかし放火の可能性もなくはなかった。市民たちは──必要はないのだが──見舞金を携えて来ながら、ひそひそとささやき合った。元はアントニウスの所有する家だった。彼の呪いだ。もしくは神々の嫉妬だ。その気さくな人柄のため、これまでだれにも嫉妬されずに出世してきたアグリッパだったが、さすがに新規建造物を続々と並べる近ごろの活躍ぶりには、神々も思うところがあった。嫉妬深くて気まぐれであるのが、神というものだから。神をなだめるために神殿を建てるという意味もあるのだが、万神をなだめるなどできなかったわけだ──。
彼らはアグリッパをなぐさめるつもりでそう言うのだったが、実のところは妬みもあったのだろう。あるいは、アウグストゥスがいないので、彼らの「思うところ」がアグリッパに向かった可能性もある。
ティベリウスは帰ってきてから気づいたのだが、首都ローマでは、西方でのアウグストゥスの活躍を、必ずしも評価している人ばかりではなかった。騎士階級が平和のおかげで商売が順調であるからと満足げである一方、一部の元老院議員や一般市民、あるいは芸術家たちは懐疑的であるようだ。
まずヒスパニアへ遠征に出かけたこと自体、彼らは不満だった。どうしてまた戦争をするのか。せっかく閉じたはずのヤヌス神殿の扉をまた開けるのか。平和の訪れとは嘘だったのか。
そしてアウグストゥス一人が抜きんでていく国家の現状にも、批判的なまなざしを注いでいた。詩人たちの一部が、遠まわしにであれ、指摘しはじめているようだ。覇者として平和を謳歌するローマ、その一面に抱える矛盾。
たとえばホラティウスも、内心はヒスパニア遠征に反対なのだろう。彼は戦地から帰還した友人を祝しながら、一方で戦に駆り出される戦士の悲哀、そして敗者の無念を詠み込んでいた。彼自身がフィリッピの野で敗者になった経験があるためだろう。
そしてコルネリウス・ガルスとは、あまりにもあからさまで侮辱的に、国家の矛盾を暴露した人だったのかもしれない。アグリッパにもなれず、マエケナスにもなれず、国家の第一人者と仲違いするしかなかった男の末路──。
そこまで考えて、ティベリウスは首を振った。マルクスの怪訝な視線に追われながら、自邸の中へ戻った。
いずれ今後は、パラティーノの丘の見回りを強化しなければならないだろう。
十月末、北から勝報が届いた。テレンティウス・ヴァッロがアルプスのサラッシ族を完全制圧したとのことだ。彼は相手方の成人男子八千人を奴隷として売った。アルプス西側の山越えの道がこれで平穏になり、ライン川上流への現時点での最短経路が確保された。ローマ側の麓に、ヴァッロはアウグスタ・プラエトリア──アオスタという植民市を建設した。元老院はその市に、アウグストゥスに捧げる凱旋門を建造すると決議した。
この知らせを、首都の民とほぼ同時に受け取ったのだろう。アウグストゥスはここで、ヤヌス神殿の扉を閉めてよかろうと、元老院に書面で提案した。四年ぶりのことで、戦争の終結を意味した。
アラビア遠征が進行中であるはずだが、あまり公にされていないらしく、市民の口の端に上らなかった。一方、また別の友人がアラビア遠征に加わっているらしく、ホラティウスはひっそりと言及していた。今度はその身を案じるよりも、非難の詩だった。富に目がくらんで戦争に行くなんて考え直すべきだ、と。
まずもって金儲けとは軽蔑の対象であるらしい。文学より算数の計算練習に熱中する子どもは、物欲に取りつかれた社会の産物と非難されるほどだ。
ティベリウスは黙り込むしかなかった。戦士たちが富もなにもない荒涼とした大地で病に苦しんでいるなど、彼らには知りようもない。
彼らにとって、戦争や遠征とはそういう認識なのだろう。
一面では真実だ。戦争は悪であり、金になり利益になると思うからそれを仕掛けるし、参加しようとする。
だが、それだけだろうか。防衛上の戦略という面、そして統治再編という面では見られないだろうか。無論、戦争だけが手段ではないし、戦争以外の手段も必ず求められる。しかしだれもなにもやらないでいては、それこそ平和が脅かされるのだ。首都は確かに平和だ。何百年も戦場になっていない。けれどもそれは、外地にいる戦士たちが、血を流し汗をぬぐい、不断の努力で担っているからこそ維持されている。
ただしかし、アラビア遠征に限っては、戦地の現状はともかく、防衛という大義が成り立ち難い。ホラティウスが正しいのかもしれない。
アウグストゥスの進言どおり、ヤヌス神殿の扉は閉められた。ところがそのわずか数日後、今度はさらに北のライン川から、ローマ商人がゲルマニア人に殺害されたという知らせが届いた。国境をまたいで彼らは取引をしていたのだが、無防備であるまま襲われたという。これはローマが必ず復讐しなければならない事態だ。ヤヌス神殿の扉は、またたちまち開けられることになった。
嫌気が差すとぼやく市民がいても仕方がないが、彼らは首都で平穏に暮らしていられるだけ、やはり幸いだ。
アウグストゥスはまだガリアに留まっていた。年内には帰ってこないつもりのようだ。
十一月、ティベリウスはマルクス・メッサラとコッケイウス・ネルヴァを見送りに出た。この二人もまた軍団副官として赴任するのだ。昔から運動全般に苦手意識を持つネルヴァは、軍事に関わることにあまり乗り気でなく、学者か弁論家として身を立てることを考えていた。しかし結局傷心の友人をほうっておけないという理由で思い直したらしい。ため息をつきながら荷造りしていた。
当のマルクスにその気持ちは伝わっていないらしい。彼は彼で、ネルヴァを支えてあげなければとはりきっていた。
「おい、そんなたくさんの本を持っていってどうするんだ? これでアルプスを越える気か?」マルクスは呆れ返った。
「一年も本を読めなきゃぼくは死ぬ」とネルヴァが断言した。
「君の荷物の重みで氷が割れるぞ。……ああ、そうか。いざという時の焚きつけになるな」
「そんなことしたら、君を谷底に突き落とす」
というのも、二人の赴任先はゲルマニアであるのだ。この冬はアオスタに滞在し、春にはヴァッロが安全を確保した道を通って、ライン川流域の軍団基地へ向かうという。先の事件への復讐行が計画され、総司令官はヴィニキウスが務めるとのことだ。ルキウス・ピソは、年下の友二人のために、注意書きを作成して手向けとした。
『その一、司令官に現地の名物を与えないこと。その二、ゲルマニアのどんぐりは美味いなどと言い出したら、もうあきらめること──』
十七歳の誕生日を迎える少し前、ティベリウスは初めて元老院議場に立った。クリエンテスからの要請を受けての仕事だった。昨年から今年にかけて、アジア沿岸で地震が頻発していた。被害の大きかった地方の市民が、援助を求めてローマを訪れた。彼らのパトローネスとして、ティベリウスは元老院へ支援を要請したのだった。
とはいえ、すでに支援はなされていた。地震被害の一報を受けるや、アウグストゥスが個人的に寄付金を送ったのである。相当な額の自腹を切ったのだが、それも一つや二つの市ではなかった。ティベリウスはこれほどに迅速な対応を成し得た継父に舌を巻くばかりだったが、それに続く形であれ、ネロ家の家父長として国家からの公的支援を求めた。覇者ローマが担う地域は途方もなく広大で、今後も災害は起こるだろう。国家としてもティベリウス個人としても、対応を覚えておかなければならない。
災害地への支援要請とは、先のアルケラオス王の弁護とは性質が異なる。ともかくティベリウスは慎重に準備した。なにしろアウグストゥスに言われたように、有罪が無罪でなくとも、万一にも却下ないし不十分な支援となっては、被災民が困る。
師であるメッサラに改めて指導を求めた。パウルス・ファビウスにも意見を聞いた。若いながら彼は、このところ弁論家として活躍していた。
「らしくないぞ、ティベリウス。もっと自信を持て」
励ましてから、ファビウスはしばし目をしばたたいた。そして首をかしげた。
「……ひょっとして、自信がありすぎるように見えるのが悩みなのか?」
「私に味方される者は、かえって気の毒に見えるらしい」
ファビウスに腹を立てたのではないが、ティベリウスは少しむすっとした。
「今回はそれでいいだろ。支援を求めるんだから」ファビウスは吹き出した。「……冗談はさておき、失敗するはずがないよ」
それは、正直ティベリウスも同意見だったが、ともかく学ばねばと思うのは、ファビウスの弁論姿勢だった。彼のような柔らかさがティベリウスには欠けていた。優しさと情熱で聞く者の心を動かす。その一方で論理的で説得力もある。そのような弁論をどうしたら展開できるのだろうか。
ファビウスはメッサラと顔を見合わせた。二人は苦笑した。
「ティベリウス」なだめるように両手をかざしながら、ファビウスが言った。「すまん。いや、決して先輩ぶるつもりはないんだけどな。でも君は、無理にぼくを倣う必要はないよ。こう言っちゃなんだが、考えてもみろ。生粋の貴族氏の家父長であるところの君が、市民に同情を求めるような情感たっぷりのお話をしたら? 彼らは絶対に君の正気を疑うぞ。クラウディウス・ネロ家はどうしてしまったんだ? なにか悪いものでも食べたのか?」
「君の家も貴族だぞ。メッサラ先生だって」
「そのとおり。でも家風というものがあるんだ。わかっているはずだ」
つまりファビウス氏やヴァレリウス氏にもまして、クラウディウス氏とは貴族意識の塊で、傲岸不遜の気風であると言われているわけだ。ティベリウスはさらにむくれ顔になった。実際否定できないのだが、そうなってはおそらく自分は弁論家に向かないのだろうと思った。「大衆に訴える」ということができないのだ。「理解されるように話す」ことができないし、内心したくもないと思っているのだ。
けれどもクリエンテスはパトローネスを選べない。同じクラウディウスでも平民氏のマルケルス家に頼むことにしようとか、そういうわけにもいかない。
「ティベリウス、そこはちょっと甘えてもいい」メッサラはそう忠告した。「長い歴史があるんだ。元老院も市民も君のクリエンテスも、クラウディウス・ネロ家とはどういう気質かを案外わかっている」
別にわかられたくもないと内心で思っているネロ家家父長は、これにも不満顔になった。
「あっちはあっちで、君に期待するところというものがあるんだ」メッサラは気にした様子もなく続けた。「けれども、まぁ、せめて言葉だけは、少しわかりやすいものを選んでおこうか。年相応に。大丈夫。そのうち見た目が追いついてくるまでの辛抱だ」
ティベリウスが差し出した原稿を、メッサラが手早く修正していった。その目線を追いかけて、ファビウスはこらえきれずに笑いこけていた。
「『加うるに属州税免除とは、被災民が安居して復興を展望するに必須の要請であり──』これが十七歳の言葉か! ティベリウス、白髪のかつらをかぶって議場に入れ! ぼくの忠告はそれだけだ!」
ファビウスの言うとおりにはしなかったが、無下にされるはずもない要請は無事受諾され、ティベリウスは元老院議場での初仕事を終えた。あとはドルーススと二人、このまま静かな年末を迎える──かと思いきや、継父から手紙が届いた。
「リヴィアがお前たちを恋しがっている。今年は年の瀬くらい一緒に過ごそう。フレジュスまで来られるか? お前には仕事も来ていてな。ほら、昨年地震に見舞われたトラッレイスの市民を覚えているな? 復興の過程で周辺諸市ともめることになって、お前を頼ってきた。それからテッサリアの市民も──」
両市民ともネロ家のクリエンテスだ。アルケラオス王と同様、第一人者の法廷での裁決を求めて訪れた。
「案外頼られているんじゃないか」ピソが笑いながら見送りに来た。「ファビウスの仕事を取ってやるくらいになれ」
「さすが私の弟子」とメッサラが誇らしげにうなずいてくれる真ん前で、ティベリウスとドルーススは各自の部屋をひっくり返さんばかりに猛然と荷造りをしていた。
兄弟二騎は、翌日にはアウレリア街道をひた走った。重たげな荷馬車を従えてえっちらおっちら北を目指す新任軍団副官一行を追い抜いて、あ然茫然とさせた。
《日付は十一月十六日》
親愛なるティベリウス・ネロ
手紙で君の誕生日を祝うのは三回目だ。もうそんなになった? 信じられないな。
来年はどうなるかな? ぼくはあのメロエ人と同じくらい日に焼けて、もう君に気づかれなくなっているかもね。
白い骨にだけはならないようにするから、心配しないでくれ。
遠征軍はなんとか持ち直した。今年一年はさりげなくなかったことにして、来年はようやっと行軍開始だ。旅日記を書くからね。いよいよもう届くのが無理なんじゃないかと思うけど、お楽しみにね。
ああ、クラウディア号も元気だよ。まだ食べていないよ。
そのうちぼくの中での君のご尊顔が、このラクダとすり替わるかもね。怒らないでね。