第四章 -7
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《日付は七月二十日》
親愛なるティベリウス・ネロ
呆れたことに、ぼくらはまだレウケ村にいる。なんとなんと、ここでとんでもない軍事機密を君に暴露するが、本年のアラビア遠征は中止になった。
君が四月の暮れに書いてくれた手紙が、このあいだ届いた。メリダにいること。最果ての海を見たこと。きっと今頃はローマに帰り着いたね。
ところで、君がカッパドキア王をこてんぱんにのしたとかいう話まで、聞こえてきたんだけど。君ね、もうちょっと王様の面子ってやつを考えてあげなって。こんなところにまで噂が届くだなんて、どれだけ容赦しなかったのさ? お気の毒に。
我らが勇敢なる遠征軍に話を戻すけど、栄光への道が一歩も進まないうちに途絶えた理由は、もう真夏に入ってしまったってことだ。兵たちの病気が収束する気配もないまま。別にどうせ待ち受けるは灼熱の砂漠なんだし、だったら冬に行軍しても良さそうだと思うだろ? 寒暖差で、夜はとんでもなく冷え込むらしいよ。熱々のお風呂を用意しても、出た瞬間に風邪を引くらしいよ。今でさえ底抜けに具合が悲惨な二個軍団に、耐えられるわけがないよね。
一応断っておくと、これはナバテア人の話ではなくて、ユダヤ人から聞いた話だ。だからどうなんだ、いい加減にしろって? ぼくもそう思っているよ。
現住民のだれかを味方につけて、色々教えてもらうのがいちばんだと思う。これから侵略しようって側の人と手を組むなんて、無理難題だとは思うんだけどさ、神君カエサルだって、一応現地の協力者を手配してから、ブリタニアに乗り込んだんでしょ? 上手くいったかはさておき。
けれどもここにいるとね、なんであれ、アエリウス総督の下へ行く前に、シュライオスに遮られる感じなんだよ。言語のせいもあると思う。ナバテア人は、この幸福のアラビアに住む人々の一部の言葉を理解している。それなのにこっちは、彼らの通訳なしに現地人がなにを言っているかわからないってんだから。
コルネリアは言語の勉強もし始めたよ。今や立派な軍医の助手、むしろ顧問だ。ぼくなんかよりよっぽど役に立っている。彼女が持ち込んだ薬草の粉末が、流行りの病気に効果を発揮しているようなんだ。けれども悲しい哉、この暑さだ。現地のなけなしの水や植物を口にするしかない。それでまた具合が悪化、薬で持ち直すのくり返しだ。もちろんミュオス・ホルモスへ追加の補給を頼んでいるよ。コルネリアの薬草も、アレクサンドリアからさらに取り寄せる。
暑さの頂を越えるまでがしんどいと思う。でもそこを持ちこたえたら、もしかしたらぼくらはなんとか態勢を立て直せるかもしれない。
ぼくは変わらず元気だ。なんとか香料の道の探索を目論んでいる。ナバテア人の監視をくぐってさ。まるでぼくら、彼らの捕虜だよ。
でも言い訳すると、この暑さだし、総督はナバテア人を頼りきりだし、コルネリアを連れて無事に帰ってくる自信がない。まして彼女をここへ置いて出かけるなんてもってのほかだ。彼女が女の子であることが第一。彼女が消えたらくたばる兵が続出するだろうことが第二。たぶん後者の理由で、ぼくより彼女が消えたなら大騒ぎになると思う。
ぼくの軍団副官の仕事は、村に引きこもっているだけになるんだろうか?
君が色々とヒスパニアの話を書いてくれたように、ぼくもアラビアの風土や現地人の実態なんかを伝えたかったんだけどな。
あ、ラクダには乗れるようになった。かわいい。ローマへ連れて帰りたい。頼もしくて惚れてしまう。案外速くも走れるし、文句も言わず粗食に耐える。ぼくらに乳まで飲ませてくれる。
でもこの愛しきラクダをね、いざとなったら遠征軍一行はお肉にしていただく腹なんだよ。
いずれティベリウス、ぼくはまだあきらめていないから。アラビア旅行記も、クラウディア号の運命も。
夏から秋の終わりまで、豊かに彩られた日々がローマで過ぎていった。アグリッパの帰国を待って八月、マルケルスとユリアの結婚式が執り行われた。初々しい新郎新婦を、家族と友人たちは拍手喝采で祝福した。ローマにおける結婚式とは、外に披露するより内輪の行事である色が強いのだが、元老院議員をはじめ、騎士階級の名士、それにクリエンテスらが祝いに駆けつけた。市内のあちこちで、市民たちも宴の場を設け、二人の門出を祝う名目で、大いに飲んで食べて歌うのだった。好き勝手に奏でられる音楽で、市街は満ちた。パラティーノの丘は花の丘になって、そのかぐわしいにおいをティベリス川の風が運んだ。
外はともかく、結婚式とその宴自体は、夕方から新婦の家で催される。内でも外でも、だれもが浮かれて幸せに見えるのだが、当の十七歳と十三歳は、いささか戸惑っている様子だった。
「なぁに、結婚式など、三回もすれば慣れるもの」
とすでに酔っ払った元老院議員のだれかが声をかけ、すぐに引きずられて去った。だが確かにローマ人にとって結婚式とは、その程度の認識でもあった。一生に一度きり、永遠に添い遂げることが約束される場である──そう頑なに期待している者は、親類、来客陣にもさしていない。当事者でさえそうかもしれない。
しかし無論のこと、末永く夫婦でいるに越したことはない。ましてアウグストゥスの甥マルケルスと実娘のユリアとは、その契りの永遠を頑なに期待されるしかない組み合わせだった。
マルケルスは始終顔に笑みを固めていたが、ユリアのほうは困惑を隠せていなかった。結婚することはずっと前から決まっていたのだが、いざその日が来ても実感が湧かないらしい。「なんとお美しい」と称賛されても、なんのことやらと言わんばかりの顔をしていた。母スクリボニアと女奴隷たちが、懸命に彼女の気持ちを盛り上げようとしていた。
「とてもお可愛らしいですよ、ユリアお嬢ちゃん。白い薔薇も顔負けだ」
アグリッパがそう優しく声をかけた時、ようやくユリアは笑みに近いものを浮かべた。
実際、微笑まずとももう少し自信のある仕草をしたなら、ユリアは非常に美しい花嫁だった。そのヴェールが上がる瞬間、来客らは歓声よりもまず息を呑んで見とれるのだった。当人がそれを実感していないのが惜しい。
ティベリウスとドルーススは、付き添いとして花嫁に侍って誇らしげなアントニアとヴィプサーニアへ、こっそりと手を振り返すのだった。二人はそれぞれ十一歳と八歳になった。
「兄上……カエルだ……」
ドルーススさえ、無念そうにつぶやくのだった。気負いたっぷりの二人には誠に申し訳ないが、ユリアと並べるとまだまだ洗練されていないのを認めるしかなかった。人間とは残酷だ。
まあ、ネロ家兄弟にとっては、それぞれ世界一愛らしい存在であるのだが。
中庭や柱廊にまで、所狭しと臥台が並べられていた。新郎新婦がやってくると、友人たちはこぞって冷やかした。慎重に薄めた葡萄酒を飲ませながら、美しい新妻のための賞賛と、妬み嫉みを言い連ねた。メッサラ家のマルクスは、どこで聞いたのか、それとも現場を見ていたのか、「ティベリウスに結婚を申し込むマルケルス五歳」を独りで演じて笑いを取った。その口直しとばかりに、ネルヴァは真面目に自作した祝いの詩を読み上げた。ファビウスは友人代表として演説した。
宴の最後には、皆がカエサル家の門の外に出て、すぐ隣のマルケルスの家の前に集まった。新郎が新婦を抱き上げて、新居の門をくぐっていく。それを見届けて、結婚式は閉じられる。
照れながらもマルケルスは、しかとユリアを腕に抱えて、自邸の中へ入っていった。拍手はその後もしばらく鳴り止まなかった。
このような一日の終わりが、さほど間を置かずに、あと二度続いた。次はユバとクレオパトラ・セレネの結婚式だ。
これより前、元老院はユバの王位を承認した。ユバはヌミディア王を降り、新たにマウリタニアの王位に就くことになった。
このようになった理由は、ヌミディア地方の不安定さにあった。ユバの故国であるのだが、未だに反ローマの機運が残っていた。そのうえしばしば砂漠の盗賊団が荒らしに来て、東隣りのアフリカ属州からローマ軍団が出動する事態になった。ローマ本土に近いこともあり、なにかあれば即首都へ影響が出かねない。ましてユバとは、生来学問と旅好きで、言うなれば、戦争沙汰を任せるには心もとない人物なのだった。
ヌミディア王位にいた三年間、彼はこのうえもなく誠実なローマの同盟者であり続けたのだが、傍目には何度もはらはらさせられたローマ側だった。傍目ではなくそのうち実害も出かねず、当事国とその周辺の住民たち、そしてユバ本人のため、ヌミディアはローマの元老院属州となることが決定された。この春、早くもユバはアウグストゥスのところへ赴いて、戴冠を受けたのだった。
マウリタニア王国とは、ヘラクレスの柱を挟んで、ヒスパニアの真向かいに位置する。先王は、アクティウムの海戦の少し前、アグリッパに敗れて没していた。
ユバは、新妻セレネを連れて、世界の西果てへ向かうのだ。ローマから遠ざかりはするが、ヒスパニア南部という繁栄した土地がすぐ近くだ。これまでよりも安全でいられるだろう。平穏な時代の王として、ユバらしい統治にきっと落ち着いて取り組めるだろう。当人のまなざしもまた、最初の挫折にめげず、希望に輝いて見えた。
なにより頼もしいのは、セレネの存在だ。エジプト女王クレオパトラの娘というばかりではない。すでにギリシア語とラテン語を使いこなすその教養の高さは、十五歳にして抜きんでている。両親譲りの度胸ばかりでなく、聡明さも備えた彼女は、ユバにとって最高の伴侶だ。すでに息のぴったりと合っている会話は、結婚式のずっと前からで、まさに運命の出会いだったのだろう。二人の仲の良いやり取りは、自然と周囲の者さえ心地よく巻き込んで、楽しませるのだった。
結婚式の場で、セレネは自ら参列者たちに、四年間友人でいてくれたことへの感謝を述べてまわった。養母であるオクタヴィアとは、とりわけ涙を流して抱き合いながら、言葉を尽くしていた。両親の仇の妹であるのに、セレネはこれまで恨み言の一つも言わなかったそうだ。
感謝の涙であり、別れを惜しむ涙でもあった。セレネはユバとともにマウリタニアに発つが、そこへほかの家族を連れてはいけない。兄弟のヘリオスとプトレマイオスとも離れ離れになる。アントニウスとクレオパトラの息子をアフリカの大地に置くとは、まだ危ういと考えられるためだ。本人たちがどう考えようと、反ローマの象徴に担ぎ上げんと企む輩に狙われるかもしれない。
ヘリオスとプトレマイオスは、今後もオクタヴィアの家で暮らしながら、ゆくゆくはユルスの家父長権下に入ることになっていた。その兄ユルスがいないことも、新婦の心に悲しみを差していた。
「国への道すがら、ヒスパニアに寄ってみよう」
ユバが──やはり性癖を改めず──提案するのだった。
「それで会えなかったとしても、近々国へ招待しよう。遊びにくるのはきっとかまわないよ。ヘリオスもプトレマイオスも」
義兄弟たちへ優しく、彼は微笑んだ。それから承認を求めるように、アグリッパへ目線を送った。アグリッパは困った笑みになったが、うなずきを返した。アウグストゥスにかけ合うことを考えているのだろう。
ユバは顔を輝かせた。
「元気でね、弟たち。そしてマルケルス、ティベリウス、私たちもまた遊びにくるからな」
それは、どう考えても疑いようのない近い将来だったので、ティベリウスも釣り込まれるようにうなずいたのだった。今度はもっと遠く西へ行くはずなのだが、また気がつけば目の前にいそうだ。
ユバとセレネをオスティア港から見送った後、ほぼ同じ顔触れが、もう一組の結婚式に出席した。妹のほうのマルケッラが、クラウディウス・プルケルに嫁いだ。
挙式後の夜、ティベリウスはネロ家の庭に二次会の場を用意した。マルクス・メッサラをなぐさめる宴だった。
「あんなおっさんのどこがいいんだ!」
マルクスは涙ながらにわめいた。十七歳が飲むべきではない量の葡萄酒をすでに干していた。式と合わせて二度ばかり吐かれた後、ティベリウスは家の奴隷に命じて、杯の中身を果汁の水割りにすり変えた。この時期はちょうど新鮮な葡萄が収穫されるので幸いだ。
「どうしてぼくじゃ駄目なんだ? なんでいい年してぱっとしない、財務官止まりのじいさんのところへ行くんだ?」
「マルクス、よしなよ」ネルヴァが冷静にたしなめた。「君は下品な酔っ払いと変わらないぞ。名門出の立派な大人を悪く言うもんじゃない」
「ぼくだって名門の家だぞ!」
「知ってる。君を見ていると忘れそうになるけど」
「だいたいプルケルの父親は自分から平民になった癖に、なに息子はしれっと元の名前に戻ってるんだよ? そのまま平民として華々しく散ればよかったのに! あんないつもぼーっとした、退屈そうな野郎──」
「マルクス」ネルヴァは枕を投げつけた。「プルケル殿はユルスの兄上だよ!」
「なんでプルケル家を断絶させておかなかったんだぁ~っ、ティベり~~ん!」
マルクスはティベリウスへ抱きついてきた。
新郎プルケルは、ティベリウスのネロ家と同じ、貴族クラウディウス一門に属する。ネロの勇敢という意味に対し、プルケルとは美男という意味が古語にある。最近まで執政官級の人物を数多く輩出し、ネロ家よりも栄えていると言えた。ところがプルケルの父親が、平民派閥に与するために貴族をやめるという前代未聞の行動に出た。彼は名をクローディウスと改めたのだが、その時に後のアントニウスの妻となるフルヴィアと結婚した。二人のあいだに生まれた息子は、したがってユルスの異父兄になるのだ。
プルケルはマルケッラより二十歳上の、三十五歳だった。ここまで財務官を務めたなら順調な出世であり、彼を老人呼ばわりしては、アウグストゥスやアグリッパはどうだという話になる。マルクスは失恋の傷が癒しがたくて、各方面に失礼を働いている。
けれどもそれを許すために設けた宴だ。ごく親しい友人しか呼んでいなかった。ティベリウスは今夜くらい好きにさせるつもりだ。ネルヴァだってあえて監督役を務めているのだろう。いつもどおりの対応ではあるのだが、今夜は野獣の飼育係でなければ、犬の飼い主に見えた。
トーガをマルクスの涙と鼻水で濡らされながら、ティベリウスはいささか意外の気持ちでいた。そして遅ればせながら彼を、本気で気の毒がった。彼は昔からマルケルスの妹たちに好意を寄せていた。マルケッラ姉妹と姉のアントニア、その三人のだれかであればだれでもいいとばかりに言い寄り、一度ならず妹のマルケッラからは平手打ちをくらわされていたのだ。それでも一切めげた様子なく、いつもお調子者であったので、今日この日までティベリウスは、この友人がどれほど真剣にマルケッラを好いていたか知らなかったのだ。
ティベリウスには失恋の経験がない。しかしマルクスの気持ちの一部分はわからないでもない。マルケルスが三歳年下のユリアと結婚したのだから、自分とマルケッラではだめなのか。家柄も、ヴァレリウス・メッサラ家とクラウディウス・プルケル家なら同格だろう。そしてプルケルとは、確かに父クローディウスとはおそらく正反対であろう、とても大人しい男だった。気の強いマルケッラが苛々してしまいそうだ。それとも案外ぴたりとはまるように上手くいくのだろうか。
父上がちゃんとぼくを推しておいてくれなかったからこんなことになったんだ……と、マルクスは父親への恨み言まで吐いていた。
マルケッラは自分で結婚を決めたわけではない。後見人であるアウグストゥスが選んだ相手だ。甥と娘の婚姻は別として、彼は姉のほうのマルケッラにも二十歳以上年長のアグリッパをめあわせた。まだ少女である姪たちには、すでに社会的地位を築いている成熟した男が夫にふさわしいと考えているようだ。特段の事情がなければ。
ティベリウスは、実父ネロもリヴィアと二十七歳も年が離れていたので、夫婦の年齢差が話題に上ると複雑な気持ちになる。果たして自分の親ほども年の離れた伴侶を持つとは、どういう思いで日々を過ごすのだろうか。新しい父親? 新しい娘? 一方、男女の年齢が逆になる話は聞いたことがない。
残念ながらマルクスには、他の側面でも希望がなかった。姉のほうのアントニアもまた、実のところかなり前から、定められた婚約者がいるのだ。十歳年上の。となるとあとは妹のアントニアを望むしかないが、その場合ドルーススとの決闘が必要であると、仲間内のだれもが承知している。
「考え方を変えろ、マルクス」ピソが明るい調子で忠告した。「二十歳差の夫がふさわしい──ということはつまり、君はマルケッラの娘と結婚できるかもしれないぞ」
マルクスはぴたりと泣くのを止めた。ティベリウスにのしかかったまま、しばしその新しい可能性について見当しているようだった。
「…………それでもぼくは、マルケッラがいい~~っ!」
結局また号泣を再開した。ティベリウスはため息をついたが、マルクスの一途さには一段と感心した。
「……だいたいその二十年のあいだ、ぼくはなにをして過ごせばいいのさ?」
いや、そうでもないのか。
「男を上げるんだ」ピソはさらりと言った。「そして可愛い子を探せばいい。つき合うぞ」
好みの奴隷を探すでもいい。娼館で贔屓を見つけるでもいい。男をなぐさめる手段は豊富に用意されている。
もちろん新しい恋を見つけることもできる。結婚して、合わなければ離婚することもできる。けれどもさすがにピソは、今のマルクスに新しく真剣な相手を探せとは言い難かったのだろう。
ところで、そういうピソ本人は結婚しないのだろうか? 二十三歳と適齢で、候補には不足しないと思うのだが──。
「まさかマルクス、君はティベリウスみたいな奇特な振る舞いはしないよな?」
「それは無理」
「ピソ!」
ティベリウスはマルクスをピソに投げつけた。
宴をお開きにし、泣き疲れたマルクスには寝床も用意した後、ティベリウスはいささか気が立った状態で、自室に入った。握り拳を膝に置き、しばらく苛々と待ち構えたが、この結婚式の後にはなにも来なかった。
母リヴィアが気を利かせたつもりらしい。マルケルスとユリアの結婚式の後の晩、ティベリウスの部屋の扉が叩かれた。半ば眠りかけていたティベリウスが、いったい何事かと思って出てみれば、そこにほぼ裸の娘が一人だけいて、あんぐりと口を開けた。状況を理解するまでしばらくかかった。理解する否や、ティベリウスはその娘を追い返してしまった。なにもせず。
同じことが、ユバとセレネの結婚式の後にも起こった。ティベリウスはプロレウスを呼びつけ、母の奴隷たちを並べ、真夜中に怒鳴り散らした。呼んでもいない者を勝手に家に入れるな。二度とこんな真似をするな。娘に罪はないのだから、支払いはして二度と家の敷居を跨がせてはならない──。
プロレウスにはどうしようもなかったのだろう、黙ってうなずいたのだが、母の奴隷クロリスは口答えした。
「……ですが坊ちゃま、ではどうなさるおつもりですか? そのう──」
「余計なお世話だ!」
怒鳴り散らしたティベリウスに原因があるのだが、こういう話とはなぜか友人間で広まるのだ。いちばんからかいたがりのマルクスが、ユバの結婚式のあたりからは傷心でいたので、まだましな具合だったのかもしれない。
生真面目な母親とは、良かれと思って時々こういう気をまわすらしい。このようなことこそ母親にかまわれたくないという気持ちがわからないのだろうか。
「いつまでも子ども扱いは無用です。余計な世話を焼かないでください」
そんな手紙を送りつけて、ティベリウスとリヴィアはしばらくのあいだ、海をまたいで喧嘩をした。