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世界の果てで、永遠の友に ~古代ローマ・ティベリウスの物語、第三弾~  作者: 東道安利
第四章 アラビアのルキリウス
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第四章 -3



 3



 アグリッパの第二十軍団と挟み撃ちにし、第二軍団はアストゥレス族の企みを粉砕した。武装した大勢が泡を食って散っていったが、さして逃げ切れなかった。間を置かず、第二軍団は陸から、第二十軍団は海から、西へ西へとアストゥレス族を追撃した。

 ランケアという町が、アストゥレス族の本拠地だった。第二軍団が眼前にしたとき、すでにその町は激しい炎に包まれていた。

 若き軍団副官と元軍団副官は、揃って茫然とその光景を眺めていた。まだ距離はあったが、灼熱を肌に感じるようだった。人々の悲鳴も届いている気がした。

「兄上、あれはなんだ?」

 ドルーススまでが、自分で馬を駆ってついてきていた。

「……カルタゴの最期って、あんな感じだったのかな。スキピオ・アエミリアヌスが見たっていう」

 グネウスの弟ルキウスがつぶやくように言った。兄のほうは鼻を鳴らした。

「いい気味だ。当然の報いだ。蛮族の分際で、ローマ軍の不意をつこうとしたのだからな」

 グネウスの言うとおりの名目でもって、ランケアは火の海になっていた。第六軍団の長カリシウスが、アストゥレス族を許さなかったのだ。自分たちの冬営地に迫っていた敵を打ち破って後、カリシウスはまっしぐらに軍をランケアへ向かわせた。さながら矢のように、逃げる敵さえ追い抜く勢いだった。そしてランケアに到着するや否や、その住民全員に報復するように命じた。老若男女を問わず。彼にしてみれば、アストゥレス族は卑劣な裏切り者だった。今か今かと身構えていた時がついに訪れたのだ。

「生死は問わぬ。奴隷はカンタブリ族で足りている」

 カリシウスはそう命じて、軍団兵を町へ突入させたという。アラケルムと違い、住民には降伏の選択肢を与えず、自害する隙さえほとんど与えなかった。なぜならカンタブリ族と違い、アストゥレス族はローマの公敵とされていなかったのに、背後をつくような真似をしたからだ。

 しかし実際のところ、ランケアに戦闘員がどれほどいただろうか。そのほとんどが三ヶ所のローマ軍冬営地の同時襲撃に駆り出されたはずだ。思いがけずローマ軍に迎撃され、逃げ帰った者もいただろう。だが彼らはランケアに帰っただろうか。ただ逃げるにせよ、再起を企むにせよ、周囲の山や森に身を隠す者も多かったのではないか。

 つまり今ランケアでむごい目に遭っているのは、多くが戦士らの家族であり、非戦闘員なのではないか。

「やりすぎじゃないのかな……」

 マルケルスが泣き出しそうな顔で言った。ユルスとレントゥルスも同じ表情だ。ピソは険しい顔で炎をにらんでいた。

 それでもあの町は確かにアストゥレス族の本拠地だ。ローマの支配を拒むならば、いずれ陥落させねばならない。カリシウスと第六軍団は、前年からずっと包囲網の最西を担当していた。カンタブリ族と呼応してアストゥレス族が蜂起しないか。そうなっては厄介なので、ずっと目を光らせてきたのだ。挟み撃ちにされる危険に身を置いていることを認識しながら、おそらくこれまで様々に対策を講じてきたし、一度ならず一触即発の事態もあったのだろう。

 彼らにしてみれば、ようやく有害因子を始末できる機会だった。いっそここで根絶やしにしてやりたいのだ。

「ご無事でなにより、第二軍団」との使者が、カリシウスから届いた。すでに第四、第十軍団も、無事企みを粉砕してここに集結し、ランケア攻撃に加わっているとのことだった。「お疲れのところ恐縮だが、第二軍団は町からの逃亡者を片づけてくれると有難い。一匹残らず」

 こんなに気の進まない任務はないと言わんばかりの顔をして、レントゥルスとユルスは軍団兵らと出かけていった。元軍団副官とその従軍者は軍営に戻った。

 アグリッパが来ていた。

「これでよかったんでしょうか?」

 ティベリウスが尋ねると、彼はなんとも言えないとばかりに首をかしげた。

「少々性急だったと思う。かえってアストゥレス族をまとめて制圧し難くなったかもしれない。だがこれでしばらくは、彼らも大人しくせざるを得ないだろう」

「残党がうるさくならねばよいがな」

 アンティスティウスが言った。他人事のようだが、彼もまた後任が到着したので、すでに最高司令官代理の立場を下りていた。ティベリウスのように引き継ぎがてら同行していたのであって、本年の総司令官はカリシウスであるのだ。

 アグリッパは微苦笑を浮かべ、ティベリウスの肩を叩いた。

「いずれにせよ、坊ちゃん、君はもう甲冑を脱いでいいんだよ。帰り支度をする時だ」

 二週間後、マルケルスとティベリウスは、予定どおり冬営地で競技会を主催した。戦車競走は大いに盛り上がった。軍団兵らは我が所属の戦車を、拳を突き上げて応援した。たらふく食べて飲んで、それから大声で歌っていた。ティベリウスは、とにもかくにも彼らの笑顔を見ることができて良かったと思った。ランケアの惨状も、この時だけは忘れていられた。前年ヴェリカで負傷したガレヌスも、仲間たちと肩を組んで大笑いしていた。まだかすかに足を引きずっているが、しばらくは輜重隊で仕事をし、今年のうちに戦線復帰を目指すそうだ。

 アウグストゥスはローマ軍の退役を十六年と定めた。十七歳で志願したなら三十三歳で任務を完了し、退職金を手に第二の人生へ向かう。

 彼ら全員が健勝で退役を迎えられることを、ティベリウスは願った。

 最後はマルケルスが、緊張しながらも真心を込めて、戦士たちに感謝とねぎらいの言葉を贈った。

 ヒスパニアの軍団とはこれでお別れだ。いつかまた共に戦う日が来るだろうか。

 戦禍の傷跡をぬぐうように、辺りでは一斉に花のつぼみが弾けていた。

 ティベリウスたちは帰途に着いた。







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