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第二章 -2



 2



《日付は同年九月二十二日》


ルキリウス

 以前にお前は全編たわ言の手紙を私に送りつけた例があるので、先だっての手紙もどれくらい信用に値するか考えている。まず事実のみを数えることにすれば、お前は我々が首都を発つ少し前、家庭教師を一人新たに雇い入れていた。元剣闘士だ。数ヶ月前、私が父を記念する競技会の折、招集をかけた男だ。引退していたところを、カエサルと私で無理を言って参戦してもらったのだが、今度はお前の家庭教師になるそうだ。いったいいつのまに彼に目をつけていたのか。お前は彼の剣の錆にされたいのか? 確かに今は妻に先立たれ、娘も嫁いだところだが、彼がどうしてお前の話に乗ったのか、理解に苦しむ。

 お前がおそらくは旅支度をしていることも気づいていた。フラウヴィア殿が気の毒だが、お前の言うとおり、嫁ぎ先での幸福を見つけられることと思う。母リヴィアとオクタヴィアはさみしがるだろうが。

 お前がなにを企んでいるかは知らない。いつだってお前は肝心なことを言わないのだ。次に顔を合わせる時まで、私はなにも信用しないと考えてくれていい。

 ところで、お前とまわって踊った覚えはない。お前が一人でまわっていただけだ。あのスブリキウス橋でもな。

 我々はガリア・ナルボネンシスに入った。今はアルルにいる。冬までにはさらに西のナルボンヌまで進む計画だ。両都市は、神君カエサルが退役兵を植民し、新たに整備した。私の亡き父がその任務を担当したので、この機会に訪れることができてうれしく思っている。ほとんどローマと変わらず豊かで活気がある。カエサルに伺ったところ、関税も通例どおり五分に設定されているそうだ。ガリアのほかの属州では、経済力を考慮して、この半分だ。

 お前が旅路で元剣闘士となにをしているのか知らないが、こちらはカエサルから様々なことを学べて、非常に充実している。実のところカエサルは、ヒスパニア遠征のためだけに首都を出たのではないとわかってきた。カエサルは、西方全域の統治体制を整えようとなさっている。

 ここで詳細は書かない。本当を言えば、私もまだカエサルのなさることを見ている最中で、まだ全容が見えない。だが興味深くて仕方がない。すでに初めての土地にいるが、もしかしたらナルボンヌ以外のどこかにも寄り道するかもしれない。お前もガリアの奥までは見たことがなかろう。一緒に来るべきだった。

 身のまわりに目を移せば、正直、まだ遠征に出た感じがしない。従軍するドルーススは当然としても、母までが一緒にいる。ほかにもカエサル家総出の旅の様相を呈しており、いないのはアグリッパくらいだ。

 以前の従軍時のほうが、緊張感があった。あの時も家族がブリンディジまでは同行したが、先がどうなるかわからないという不安があった。敗北したら、カエサルとアグリッパが二度と戻らず、自分たちの命も危うく、以前の生活を完全に失うという恐怖だったと思う。実際、アクティウムでは戦争の残酷さを知ることになった。

 そうであるのに、今は呆れるほどに気楽なものだ。遠足だ。気を引き締めなければならないと思っている。来年は従軍ではない。武器を手に戦場に立つのだ。人殺しをする覚悟を固めねばならない。そしてアグリッパがいない分、カエサルとマルケルスをしかと守らねばならない。

 このように書くと、お前がまた怒るのだと思う。だが以前に約束したように、私は二度とあのような事態を招きはしない。だからなにも心配しなくていい。

 私がお前の手紙を信用しないように、お前も私の言葉を信用しないのではないかと思うが、だったらやはり一緒に来るべきだった。ここにはグネウス・ピソもいるのだ。そのうえルキウス・ピソも。彼曰く、軍団副官は何度務めても良いそうだ。レントゥルスも来たがったが、次の年になった。お前の分まで心配する気満々に見えるし、そうなる因がこちらにあるのも認めるが、あの二人は私に過保護だと思う。

 ともかくいずれ、次に顔を合わせれば真実がわかる。ルキリウス、私は必ず帰る。だからお前も必ず無事に帰るように。

 ほとんど世界の両端に分かれようという今、手紙がどれだけ届くかは私もわからないが、時々はペンを執るつもりだ。今後、必ずなにかが待ちうけているはずだからな。

 明日はカエサルの誕生日だ。お前のはもう終わったよな。どこでどうして迎えたことやら。

この手紙を読む頃には、きっとアレクサンドリアに到着しているのだろうな。





 ティベリウスはしたためた手紙を係の奴隷に託した。アウグストゥスの公的・私的手紙と合わせて配達する手筈が整えられる。ティベリウスはそろそろ自分のための連絡手段を用意したいと思っているが、奴隷一人では多大な負担をかけることになろう。しかしアウグストゥスの連絡網に便乗するにしろ、大して重要性のない私的な手紙であるなら気が引ける。

 このアルルはローヌ川下流の果てに位置し、船ですぐ地中海に出ることができる。アレクサンドリアとは海路二週間から一カ月の距離だという。

 この都市にいるかぎり、穏やかな日々を過ごせそうだ。夏の暑さがまだしぶとく残っているものの、冬は温暖だというから、しょっちゅう体調を崩しがちなアウグストゥスの健康のために良いことだろう。

 けれどもアウグストゥスは、このアルルでのんびり過ごすことは考えていないようだ。それはこの年の最終目的地であるナルボンヌに急ぐためではない。来月の一日、通例より二ヶ月延期させたガリア部族長会議に出席するのだという。開催都市はリヨンで、ローヌ川を北へ約二百キロ遡る。

 すでにこの時期に毎年患う鼻炎で苦しげなのだが、大丈夫だろうか。仕事の合間、リヴィアに寄り添われながら、真っ赤な鼻をして白湯をすすっていた。そして外で我が家と変わらず走りまわる子どもたちを、目を細めて眺めるのだった。

 ルキリウスへの手紙に書いたように、身のまわりを見渡せば、遠征に出た感がないのだった。母とドルースス、それにオクタヴィアも、マルケッラと二人のアントニアも、ユリアも、ユルスも、ヘリオスとセレネとプトレマイオスもいる。ほかの留学生たちはさすがに別の家に任せてきたが、ユバまでいる。五月にいったん自国に戻ったはずなのだが、いつのまにかまたいた。帰らなくていいのだろうか。初めてのガリアをすでに目を輝かせて歩きまわっているが、彼は本当にヌミディアの王なのだろうか。

 オクタヴィアたちはマルケルスの見送りであるので、冬前に引き返す予定らしい。しかし母は、年明けて戦が始まってもずっとこちらにいるようだ。アルルに着いても荷解きもせず、リヨンにも同行するという。ティベリウスは、もう軍営の只中にでも行かないかぎり夫と離れるつもりはないという、母の断固たる決意を感じた。

 三十六歳の誕生日には、入植した退役兵やアルル市民が大勢祝いに駆けつけた。アウグストゥスともなれば、誕生日は公的行事だ。夜にはくたくたになっていたが、ようやく家族から順繰りに接吻を受けて、幸せそうだった。

 そして翌日の夕方には、リヨンへ向かう船に乗った。






ルキリウスからティベリウスへの「全編たわ言の手紙」は、1作目『ティベリウス・ネロの虜囚』第四章 ー4に載っております。

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