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プロローグ4話 さよなら、また会いましょう

本日二話目

 夜になると、この村はすっかり静かになる。街頭なんてないもんだから、21世紀の夜とは比べ物にならない。本物の闇って奴は、本当に怖い。一寸先は闇なんて言うけれど、本当に30センチ先が見えなくなるとこんなにも怖いものかと思う。

 ただ、今夜は綺麗な満月だ。中秋の名月とは言わないが、別れを告げるのにはいい日だ。

 「私」はあまり乗りきではないようだが。まあ、当たり前か。わざわざ夜に出かける必要なんてどこにもないんだから。非常識だ。今までのキャラとブレ過ぎている。


 だけど、仕方ない。ぼくの中で出た答えっぽいものは今にも壊れてしまいそうで、すぐに彼女に伝えてしまわないと、風に飛んで行ってしまうだろうから。


 こんな時間に来たぼくを、おばさんは呆れた顔で迎えてくれた。もう少しで寝るところだったんだろう。おじさんは不機嫌そうだった。


 「こんな夜更けに悪いんだけど、ローラ呼んでもらえる?仲直りしに来たんだ。

 安心してよ、おじさんおばさん。出ていく前の記念に、可愛い子に唾つけとこうってんで来たわけじゃないんだからさ」


 ぼくが軽口をきくと、二人から交互にありがたい拳骨を頂いた。おじさんはぼくを机を挟んだ正面の席に座らせて、じっとこっちの顔を覗いてきた。

 おばさんがローラを呼んでくる間、ぼくたちは一言も言葉を交わさなかった。目を見ても、相手のことは分からないと「私」は言う。

 そうかもしれない。でも、そうやってお互いが勘違いし合うことで何かが生まれるってことが、きっとそこら中で起きてるんじゃないのかな。


 「……アレン?」


 「やあ、こんばんは、ローラ。ちょっと外に出ない?今夜は月が綺麗だよ」


 ローラは寝巻の上にローブみたいなものを巻いて、少し乱れた髪を手櫛で梳いていた。彼女の少し赤みがかった目元を見つめて、ぼくは言った。

 ローラがおじさんの方を一瞥すると、おじさんは少し間を開けて小さく首肯した。


 外にでると、やっぱり満月が空に輝いていた。ちょっと薄みのかかった緑色の月が、秋の始まりにはとても相応しく思えた。

 ぼくはローラを彼女の家の玄関に繋がる階段に腰掛けさせて、なるべく軽やかな調子で話し始めた。心臓は、バカみたいにうるさかったけど。


 「急にごめんね。でも、明日発つ前に、もう一度話しておきたくてさ」


 ローラはうつむいて、こくんと一度だけ首を振った。


 「色々考えたんだ。約束って何だっただろうって。でもごめんね、結局思い出せなかったや」


 「……いい。そんなのあの日に分かってた。アレンにとっての私って、私にとってのアレンじゃなかったのよね。

 ……こんなときまでごめん。嫌な子で。来てくれたことはホントに嬉しい。

 でも、それが余計つらいよ……」

 彼女は静かに涙をこぼした。あの日の時と彼女の流す涙は全然違うものだった。そのことは分かった。それは、自分と他人との距離を永遠に感じるときの悲しみだった。ぼくたちが、人間同士がそれぞれのたいせつで繋がれない時の哀しみだった。

 ひとの一番もろくて、綺麗な部分。そういうものに触れたとき、「私」はどうすればいいのか分からなかった。

 ぼくは少し待って自分の気持ちを落ち着けてから、なるべくゆっくり話始めた。できるだけ彼女に伝わるように。内容じゃなく、ぼくの気持ちとか、心ってやつを。それが、岩に水に沁みるように、少しでも彼女の心にぼくのたいせつが届いてほしかった。


 「あのね、ローラ。実はね、今日は謝るために来たんじゃないんだ。自分勝手でごめんよ。ただ、君と話したかったんだ。きみとぼくとで、随分いろいろな経験したじゃないか。それをきみと、ただ、話したかっただけなんだ」


 「……なにそれ。ヘンなの」

 

 ローラはちょっと顔を上げると、ズビッと鼻水を吸った。口は尖がるし、眉はしかめられている。そして、その顔のまま少し笑った。

 ブサイクだけど、その笑顔はぼくが見てきたなかでも、格別に暖かいものだった。


 それから、ぼくたちは他愛もない話を繰り返した。

 いじめられてた頃のこと。

 ローラがよくわからない謝罪をしたこと(そう言うと、ローラはぷりぷり怒った)。

 村長宅での解散の勉強のこと。ぼくがいくら教えてもローラは理解しなかった。

 二人で行った虫取り。

 初めての畑作業でローラがふざけてきて、ぼくも一緒に盛大に怒られたこと。あの時の拳骨は全く容赦がなかった。

 自警団の練習についてきたローラが、いつの間にかぼくの実力をあっという間に追い越してしまったこと。

 嫌なこともあった。不作が二年続いたこと。その年の冬は、とにかく二人でくっつきあっていた。

 ポルコ達が今度はローラを狙おうとしたこと。それを二人で返り討ちにしてやったこと。

 ローラが他の女の子たちと険悪になったこともあった。ぼくも「私」も碌に手助けしてやれなかった。最終的には、ローラとリーダー各の子でキャットファイト(ライオンファイトだと当時のぼくは感じたが)でケリがついた。不良漫画の世界かよと呆れたが、ぼくはかなりホッとした。


 ぼくたちはどれくらい話しただろう。話がひと段落つく頃には、星座の位置が少し傾いていた。秋を告げるような冷たい風が一陣、ぼくたちの首筋を撫でていった。

 ぼくたちの間には、まだ壁はあった。だけど、その壁を越えてお互いの暖かさを感じ取ることが出来ていたと思う。ぼくはそう信じたかった。

 

 「ねえ、アレン。わたし分かったわ。あなたにヘンな期待してたのがバカだったのね。

 勘違いしないでよ。これはあんたへの宣戦布告なんだから。

 きっといつかあなたはわたしとの約束を思い出すわ。その時には、わたしの方が約束を破っちゃうかも。そのときに、せいぜい後悔すればいいわ!そうなった時のあんたの悔しそうな顔、それを思うと笑っちゃうの!」


 ローラは、満開の笑顔でそういった。月に照らされたその顔を見ると、今が昼間なんじゃないかと勘違いしちゃうんだ。そう、ぼくはその顔が見たくて満月の夜に君を尋ねに来たんだ。

 ローラは軽やかに階段を駆け上って、彼女の家の扉を閉めた。閉まったドアがきい、と小さく鳴くと、彼女が狭い隙間から顔を出した。


 「おやすみアレン。また明日」


 ぼくの返答を聞かず、彼女は家の中に消えていった。彼女のいた空間にむかって、また明日、とつぶやくと、軽い靴底を家の方角に向けた。

 家に帰る途中、重力が30パーセントほど軽くなったみたいだった。そんなふわふわした感覚が、今は全然気持ち悪くなかった。

 

 家に帰ると、母が泣いて待っていた。父はお不動さんのような顔つきで、ただいまを言い終わる前にぼくに拳骨を食らわせた。

 ぼくが事情を説明すると、父は眉間の皺を取って首肯した。母は泣き止んだが、今度は呆れたような、どこか気の毒そうな顔で私の頭をはたいた。

 その後ベッドに入ると、すぐに意識が闇の中へ落ちていった。

 その日、めずらしく夢をみた。暖かくて、だけど無性に胸が痛んで、心臓を取り出してかきむしりたくなる、そんな夢だった。


 


 出発の日は、幸いにも晴天に恵まれた。村の皆がぼくを見送ってくれるみたいだ。ポルコ達もいるのを見ると、何だかおかしかった。

 彼らともまあそこそこあった。

 今日くらいはいいだろう。ぼくは彼らに近づいた。


 「やあ、ポルコ。今日でお別れだね。色々とあったけど、ぼくはそんなに君のことが嫌いじゃなかったよ。まあ、これからも元気でいてくれよ」

 

 「俺は嫌いだね。今日は清々するかと思ったが、ふん。やっぱりお前の顔はムカつくな」


 そういいながら、ぼくたちは握手をした。ポルコは親父さんに殴られたが。ぼくがそれを笑っていると、彼に睨まれた。うん、こういう関係だって悪くはないさ。別れの時にはね。


 おとうと、いもうと達との別れはちょっと辛かった。一人がぐずりだすと、集団で泣き始めてしまったから。ぼくもちょっと泣きそうになった。なんだ、ぼくって案外慕われていたんだな、ってそう思えた。

 特殊なシチュエーションに感情が振れただけなんて、そんな風に思う必要は感じなかった。


 血のつながった家族とは、案外あっさりとしたもんだった。

 兄さんたちからは特に何にもなかったな。まあ、男兄弟なんてそんなものか。一応、兄さんたちが結婚する時には、都会の流行り物を送るように念押しされたが。

 父さんはいつも通り無口だし、母さんともここ数週間は散々話しをしてきたからか、涙ぐんではいたが、いつもと大して変わらなかった。多少の小言は愛嬌だろう。 

 でも、別れ際、二人に抱きしめられたときは流石にウルっときた。

 ぼくは果たしていい息子だっただろうか。あんまり頷けない。両親に対する感謝は、どう伝えればいいんだろう。「私」はやっぱり役に立たない。正直、感謝も大してしているのか自信がなかった。こころの握手を、ぼくは彼らに差し伸べただろうか。仕送りとかそんなもので処理することが正しいとは思えないが、かといって何かをしようとする意欲も、ぼくには薄かった。

 せめて、そのなにかって奴を頭の片隅で常に考えておきたいと考えている。

  

 あとは村長と自警団長から一言ずつもらって、それで別れの挨拶はお終いだった。ローラの姿はどこにも見えなかった。

 ちょっと、いや、かなり残念だったが、昨日夜更かしさせたのはぼくだ。自業自得ってやつか。背負った荷物が背中で重さを増した。

 ローラの両親には、彼女によろしく、元気でやってくれ、と伝言を伝えた。彼女にも手紙を送るだろう。一度か二度は。そして、それでぼくの感じている義務感みたいなものとはお別れだ。


 そろそろ出発するぞ、と商人のおじさんがぼくらに声をかけた。彼にお礼を言うと、馬車の隅に荷物をいれた。その荷台は、彼が都会で仕入れた商品は全てはけて、この村から仕入れたわずかな干し肉と、ウマの飼い葉だけの綺麗なものだった。

 殆ど空っぽな荷台につまれた、ぼくとわずかな荷物。今更不安が足元から這い上がってきた。なるべく軽やかに荷台に飛び乗ると、ぼくはおじさんに馬車を出してくれるように頼んだ。


 「待った、その馬車待ったーーーーー!!!」


 馬に最初の鞭をいれた瞬間、村から女の子の大声が聞こえてきた。ウマの嘶きが響く中で、収穫前の小麦みたいな髪の毛を靡かせて、ローラが走ってきた。


 「ちょっと、出るの早いわよ!碌に挨拶もできないじゃない!」


 ローラは止まった馬車に追いつくと。はい、これ。と手紙と一輪の花をぼくに手渡した。


「さよならなんて言わないわ!また会いましょう。たまには帰ってきなさいよね!もし帰ってこないなら……それは手紙よんで頂戴」


 フフフん、と彼女は得意げに胸を張った。その姿に自然と笑みがこぼれた。

 こっちに走ってくるときはあんなに綺麗に見えた髪は、今ではいつものみなれた、こげ茶色なんだから不思議だ。


 「そうだね、ローラ。また会おう。

 そういえば、言ったことがなかったけれど。太陽が照らすと光る君の小麦色の髪。あれ、とっても綺麗だよ」


 ローラは顔を真っ赤に染めて、アレンのばか、と叫んだ。ぼくは大きく笑った。

 ちょっと苛立った声で、おじさんはもういいか、と聞いてきた。

 出してください、とぼくが返すと、鞭の音と一緒に車輪が土に轍を刻み始めた。


 さようなら、と村に叫んだ。

 また会おう、とローラに叫んだ。

 ぼくたちは、お互いの姿が小さくなるまで、しばらく見つめ合っていた。




 村の姿が見えなくなると、ぼくはローラから貰った手紙を開いた。


「またね。わたし、あんたがかえってきないので、ゆうめいに、ハンターにでなってやろうんだから。まってろなさい」


 汚い字で、誤字だらけで、そう書いてあった。

 きっとこれが宣戦布告なんだろう。


 望むところさ。ぼくはきっと商人として成功する。そのときには、彼女に言ってやるんだ。お客さん、お望みのものはございますか、なんでも揃えてみせましょう。ってね。

 

 吹く風に、背中が軽くなった。ぼくのほほを濡らす東風が、草原へと帰っていった。 


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