プロローグ1 アレンし10歳()
「アレンのばかー!!!!」
ぼくの前で音が爆発した。子供特有の敏感な耳がビリビリと痺れている。目の前の癇癪さんはぼくよりも背が高く、そのよくとおる声にぼくは本能的に背筋を丸めた。ちょっと猫みたいだと思う。ぼくはすこしだけ猫が嫌いなのに。
ぼかん、という音を立ててぼくの頭を上から叩いた彼女は、ちょっと信じられないくらいに目から涙を流して泣き出した。
「アレンは、、、あ、あた、あt、しの、、いうこと、きいて、れば、、いいの、、のーーー!!!」
泣きじゃくりながらいうもんだから、何を言っているのか分かり辛いが、そういうことらしい。一歳年上の女の子。今年11になるんだから、彼女の精神年齢は男子中学生と同程度のはずだが、ときたま彼女はこうして感情を爆発させる。
考えてみれば当たり前のことだ。中学生のころの「私」は彼女よりどれだけ落ち着いていただろうか。彼女よりもひねくれていたことは確かだが。
「ねえ、泣かないでよローラ。ぼくは変なこと言ってないだろ…「言ってるもん!!!」」
さて、困った。癇癪を起した子供、特に女の子の対処法は、「私」もしらない。こういった時に、20後半になって結婚もできない。どころか、姪にすら碌に会いに行かなかったロクデナシの人生経験の薄さを恨んだりする。まあ、こんなに大きな姪っ子はいなかったのだが。
一向に泣き止む様子のない彼女を見つつ、ぼくは現実逃避としてボンクラの「私」をなじり始めた。
大体5歳頃からだろうか。ぼくの中に「私」が存在しているのをぼんやりと自覚し始めたのは。コミュニケーションは感情の交換だけでなく、論理の交換をすることもあるのだと「私」は知っていた。「私」は時々顔をだすと(大抵は口喧嘩のときだ)、ぼくの口を使って言葉を発した。同年代の子供たちは、そのころ「私」が話す言葉を理解できなかった。「変な呪文を使う」ぼくに対して、彼らは数の力でぼくを黙らせようとした。つまるところ、暴力である。
子供たち同士の遊びは、大人の目に入らないところで行われた。親や兄たちは労働で忙しいのだ。子供たちの定番の遊びは木の枝を使った騎士ごっこ。一番ちょうどいい太さ、そしてなるべくまっすぐな枝を見つけてきた子供がリーダーになる。ごっこ遊びのそれがいじめへと変貌したのぼくらが6歳になったころだ。
ぼくをいじめようとするのは全部で5人だった。ぼくはいつも山賊だった。たまには敵国の将軍もやってみたかったが、彼らはそれを許さなかった。
「私」はどうやら体を動かすコツを一つだけ知っていた。緊張をしないこと。力まないこと。始めの内はかなりいたい思いをした。手加減を知らない同世代の暴力をまともにうけた。遊びがいじめに変わったその一度目は、下手したら死んでいたかもしれないといま思い返せばゾッとする。
だけど、4度目からひとりかふたりを撃退できるようになった。予想外だったのは、難易度の上がったゲームに彼らが夢中になったことだ。遊びの一つだった騎士ごっこが、毎日のように繰り返される。
その中で、ぼくは段々と撃墜数を増やしていった。子供のうちから体の効率的な動かし方を知っている子はすくない。そんな彼らに対してなら、「私」の思考力は兵器として機能したのだ。
いじめがやむのはほどなくしてだった。一か月も要らなかったと思うが、ぼくがこども同士の交流に嫌気を催すようになるのには十分すぎた。
「私」の言葉に理解を示したのは、寧ろ大人たちだった。が、おとな達にとってのぼくは異物だった。子供の身なりでときたま大人よりも大人っぽい言葉を操る「私」は、かれらの心にさざ波を立ててやまない存在だったのだ。端的に言って気持ち悪かったのだろう。
両親と姉はぼくに愛情をもって接してくれたが、兄たちがぼくに複雑な感情を持っているのは分かった。村長はぼくに目をかけてくれたが、彼の好々爺然とした顔の裏から、ぼくを将来的に奴隷のような身分で村の運営を任せようという意図が見えた。
7歳になる頃にはぼくは立派に村の鼻つまみものになっていたのだ。そんな中、ぼくがたいして歪まずに成長できたのは……
目の前で鼻水をたらしながら泣いている、この少女のおかげなのだろう
「アレンのばか!なんで村からでるなんていうのよ!!」