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親友に誘われてVチューバ―になった話。

作者: あかいき

「~であるからして~。」


退屈な講義を聞き流し、黒板の文字を淡々とノートに書き写してい

く。大学二年生にもなればもう慣れたものでさらりと書き終わる。

先生は今話すモードだ。この先生は一度話始めるとなかなか終わら

ないし講義と関係のないことにまで広がる。

内容は面白いときもあればどうでもいいと感じることもある。今日

の話は後者のようだ。

今日は来る時間がギリギリになってしまい窓辺の席がとれなかった。

窓の外を眺める、という暇つぶしが出来ない。

それでも癖で視線が窓に向かう。

居眠りしている者や先生の話に聞き入っている者、その向こうの窓

辺の席に見知った顔があった。

幼馴染で親友の山内奈々(やまうち なな)。

彼女とは示し合わせたわけでもないのによく講義が被る。

なので特に驚くこともなく今日も一緒だったかとぼんやり彼女の横

顔を眺める。

彼女は真剣にノートをとって…いるように見えるがあれはおそらく

落書きだろう。

彼女は絵を描くのが好きで中学高校で美術部に所属し、SNSでフォ

ロワーは八千超えと中々の人気者だ。

描き終えたのか彼女が顔をあげ、私の視線に気が付いたようで目が

合う。ぱっと花が咲くように可愛らしく笑った。

つられて私もほほ笑むと、丁度チャイムが鳴った。


「あんこちゃ~ん!見て見て!次の動画の絵、こんな感じでどう!?」


休み時間になるやいなや先ほど描いていた落書きを見せてくる。


「うん、かっこいい。いつもありがとうね、『わたもう』せんせ。」


「えっへへ~!こちらこそだよ~!『あずき』さんの歌が聴けるな

ら私いくらでも描いちゃうんだから!」


『わたもう』というのは奈々のSNSでの名前。ペンネームというやつ

だ。由来は幼少期に綿毛をわたもうと読んでいたことらしい。

『あずき』は私のSNSでの名前。本名が宮森杏子みやもり あんこ

なので、あんこから連想してあずきにしたのだ。

私は動画投稿サイトで『歌ってみた』というジャンルで活動してい

る。既存の曲を歌って投稿するという文字通りのジャンルだ。

始めたきっかけは奈々に勧められたから。


元々音楽が好きで部活も中学は吹奏楽部、高校は軽音部だった。

高校からギターも初めて、練習に奈々はよく付き合ってくれた。

ある日二人でカラオケに行った帰りに奈々が突然きり出した。


「あんこちゃん、歌ってみたやらない?」


「急だね。」


「ずっと思ってたんだよ、あんこちゃんの歌、めちゃくちゃ好きだー!

って!だから、もっといっぱいずっと聞きたいー!ってさ!」


「…う、嬉しいけど、マイク持ってないし、MIXとかできないし

さ…。」


「大丈夫!マイクくらいなら奈々がプレゼントする!MIXは始め

は他のMIX師さんに頼めばいいよ!ね?お願い~!奈々が全力

サポートするから~!」


「…はぁ、わかったよ。そこまで言うならやってみる。あ、マ

イクも自分で買うから。」


「やった~~!!でもマイクは奈々が買う!ありがと~の気持

ちとして!」


*


全力サポートする、という奈々の言葉に偽りはなくいろいろと

助けてもらっている。

主に動画用のイラスト作成。もちろん報酬は払っている。

奈々はタダでいいなんて言っていたけど流石にそこまで甘えら

れない。それでももらえないなんていうから普段請け負う依頼

の半額、ということで落ち着いた。

助かってはいるがやっぱり申し訳ない…。

正当な報酬なんだから遠慮せず受け取ればいいのに、奈々は変

に頑固で謙虚だ。趣味で描いてるだけだからプロみたいにお金

をもらうのは忍びないなんて言う。

元々請け負っていた依頼の値段もクオリティに見合わず、安い。

その半額なんて破格も破格だ。

家が裕福でお金に困ったことがないからなんだろうけど、もう

少しがめつくなってほしい。

イラスト以外にも知り合いのMIX師へ取り次いでくれてスムーズ

に依頼ができたり、サイトへの投稿のやり方を教えてくれた。

MIXというのはボーカル音源とカラオケ音源を聴きやすく混ぜる

こと。必要に応じてエコーをかけるなどの加工も施してもらう。

MIXは歌ってみたに必要不可欠な作業だ。

するとしないとでは雲泥の差が生まれる。

奈々に紹介してもらったMIX師さんは初めて一年くらいの人だった

がとてもセンスがよく、一年なんて嘘でしょ…というクオリティ

に仕上がっていた。聴いたときの感動今でも忘れられない。

今は基本的に自分でMIXをしているが特別な動画や力を入れたい

動画はそのMIX師さんに頼んでいる。



「あんこちゃん聞いてる!?」


しみじみと思い出に浸っていると奈々の大声で我に返る。


「ごめん、聞いてなかった。」


「も~!だから、今日うちに来てほしいって話!今日はバイトない

よね!?」


「ないけど…なんでまた急に…。」


「むふふ~。それは来てからのお楽しみ!だよ!奈々は今日あと1コマ

だけどあんこちゃんは?」


「私はあと2コマある。」


「りょーかい!待ってるね!」


お互い手を振って席に戻る。



退屈な授業を終えて奈々と食堂で待ち合わせ。

自販機で買ったカフェオレを飲みながら奈々はやはり絵を描いていた。

声をかけるとがばっと顔をあげる。


「お待たせ、奈々。」


「ん?おおっ!?もう一時間経っちゃった!?」


「ふふ、相変わらずだね。」


時計を見て慌てて片付け始める奈々に思わず笑ってしまう。

ど~ゆう意味~?と頬を膨らませる奈々。


どういう意味だろうね?と濁して食堂の出口に向かう。


「あっ、待ってよ~!」


まだ不満そうではあるが特に追及はせず奈々も後に続く。

そうして私たちは奈々の家に向かった。


「とうちゃ~く!」


大学を出て歩いて十分。奈々の住むアパートに到着。

他愛のない話をしていればあっという間の距離だ。

来るたびになんていい立地なんだと少し羨ましく思う。


「お邪魔します。」


「はい、いらっしゃ~い。」


奈々がスリッパを出してくれる。

ふわふわのくまを模した可愛らしいデザインのスリッパ。

玄関に敷かれたマットも淡い桃色で端に花が刺繍された

これまた可愛らしいデザイン。

スリッパをはいて部屋に上がる。

するとふわっとアロマのいい香りがする。

インテリアも淡い桃色と白色のもので揃えられており、

こまめに掃除もしているのか散らかった様子もない。

まさに女子の部屋といった感じ。自分ではこういうものを使わない

ので気持ちは彼女の部屋に来た彼氏だ。

何度来てもそわそわとして落ち着けない。


「それで、見せたいものって?」


「むふふ~!ちょっとまってね、今パソコン起動させてるから。」


にやにやしながらパスワードを素早く打ち込む奈々。

パソコンの周りだけは漫画やゲームのグッズに囲まれている。

前に来た時よりも増えているな…。

それにしてもパソコンの中に見せたいものがあるということは

イラスト関連のことだろうか。

パソコンが起動し、奈々は一つのファイルを開いた。

少し重いのか黒い画面が映され中心に白い円がくるくると回る。


「ふふふ、あんこちゃん。最近奈々がはまってるジャンル、な~んだ?」


「え?え~と、確か…。」


突然の問いに首を傾げつつ答えようと口を開くと同時に黒い画面が

ぱっと白くなる。


「Vチューバ―…。」


「ぴんぽん!!大正解!」


得意気にウインクをかましてくる奈々。

しかし私はそれに反応する余裕はない。

映し出された画面には所謂live2Dアニメーションの女性キャラ。

live2Dとは2Dの立ち絵の髪を揺らしたり瞬きや口パクができるよう

にしたりして3Dよりも低コストでキャラクターを動かせる画期的なものだ。

最近流行っているVチューバ―にも多く利用されている。

Vチューバ―というのはバーチャルユーチューバーの略称で、リアルの顔出しや

声のみではなく二次元のキャラクターを作りそれを使ってユーチューブで

活動することだ。

大人の男性が美少女キャラで活動することをバ美肉というらしいがそれは

おいておこう。

流行っている、と言ったが私はあまり詳しくない。

奈々がハマり熱弁され、おすすめだという数名をなかば強制的に見せられた

くらいだ。

しかし、まさか自分で作ってしまうとは…。


「これ、描いたの…?」


「うん!」


画面を指さし恐る恐る尋ねる。

すごいな…とまじまじとデザインを見てみれば藍色の長いサイドテールに緑のリボンに

赤紫の丸い髪飾り。

和風のデザインで着物をアレンジした服装。

クール系の美女、というキャラクターで全体の色合い、雰囲気からして

どうしてこれを作り、”いいもの”として私に見せたのかが分かってしまう。


「奈々、もしかして…。」


「ふふふ、あんこちゃん。Vチューバ―にならない?」


キラーンと効果音が付きそうなどや顔で言い放つ。

予想通りの言葉に私は頭を抱えた。



とりあえず座って話そうと促して背の低い丸い机を挟んで座る。

奈々は座る前に冷たい麦茶を用意してくれた。

それを一口飲んで大きく息を吐きだす。

向かいでにこにこ笑っている奈々にじとっと目を向ける。

微塵も断られると思ってないな…。


「やらないよ。」


ここはきっぱり断るべきだ。

また一口お茶を飲む。

私の言葉に固まる奈々。

パチパチと大きな目を瞬かせて漸く理解したらしい。

ガタッと机に手をついて身を乗り出す。


「ええっ!?な、なんで!?」


「Vチューバ―は分かんないから。」


「やること今までとそんな変わんないよ!?歌ってみた動画出して

たまに配信とかするだけ!簡単!」


「界隈に詳しくないし…。奈々前キレてたじゃん。

流行ってるからって参入する特にVに詳しくないけど声がいいから人気

出たVチューバ―に。」


「あ、あれは違うの~!奈々がひねくれ厄介オタクになってた時期~!

今はその人も好きだよ!お願い~!有名歌い手さんも何人かVに

なってたりするし、逆にV になってから伸びた人もいっぱいいるし!」


なんて訴えながらじわじわ近づきぎゅっとしがみつく奈々。

うるうると涙目の上目遣い。くっ…自分の強みを分かってるな…。

捨てられた子犬を連想させるこの目線に私は弱い。

絆されまいと視線を逸らす。


「V チューバ―のことなら奈々が教えるし、これまでみたいにいっぱい

協力するから…。あんこちゃんのために一生懸命作ったの。

あんこちゃんが使ってくれないなら日の目も浴びずにゴミ箱行きなの…。」


「奈々…。」


だんだん小さくなる声。

絵を描かない私でもあれを作るのがどれだけ大変か想像できる。

ましてや奈々は初めての挑戦だったはずで、試行錯誤もたくさんしただろう。


奈々の肩を叩く。


「もう…わかったよ。奈々が頑張って作ってくれたんだもの。

使わないともったいないよね。」


「ほんと!?」


がばっと顔をあげた奈々。

さっきの涙目はどこへやら、にこにこと嬉しそうに立ち上がり再びパソコンの

前に連れていかれる。

あまりの切り替えの早さに呆然とする。


「…奈々。まさか、嘘泣き…?」


「ふっふ~ん、なんのことかな~?あんこちゃんに二言はないよね!

さあさあ説明することはたくさんあるよ!」


楽しそうにスリープモードになっていたパソコンをつける奈々。

その後ろで、してやられた…とうなだれる私。



「…と、こんな感じになります!」


結局泣き落されVチューバ―デビューが決定してから一時間。

使い方やどんな動きがどのキーでできるのかの説明を受けた。

パソコン内蔵のカメラで私の顔の動きを認知させて連動させる

こともできるとのこと。


「よくできてるね…。奈々が見せてくれた企業Vチューバ―?

のlive2Dに引けを取らないよ。」


「え~?それは褒めすぎ!でもめちゃくちゃ調整頑張ったから嬉しいなあ。

ふふ、楽しみだな。この子が動いてあんこちゃんの声で活躍するの。」


「活躍できるかは分からないけどね。」


「もう、何事も前向きに!あんこちゃんならあっという間に登録者十万人

なんだから!」


奈々はポジティブすぎだよと苦笑いする。


「あ、そうだ。大事なこと忘れてた。奈々、これいくら払えばいい?」


「…へ?」


「へ?じゃないよ。まさかまたタダのつもりだったの?」


「うん…だってこれは依頼されたわけじゃないし…。

奈々のわがままで押し付けてるようなものなのにお金なんてとれないよ。」


押し付けてる自覚はあるんだなと的外れなことを思いながらため息を吐く。

この子はどうしてこうも欲がないんだ…。


「いい?奈々。確かに押し売りに近くなっちゃうけど、私は奈々の

技術を認めてるし尊敬してる。価値あるものを対価も払わずに享受するなんて

愚か者がすることだよ。

私は奈々が私のために一生懸命作ってくれたこれに価値があると思うから

正当に相応な対価を支払ったうえで使いたいの。」


まっすぐ目を見て語りかける。

奈々は自分を過小評価しすぎなのだ。


「でも…。」


「でもじゃない。奈々が値段決めないなら相場調べて勝手に支払うよ?」


「だ、だめだよ!相場だと十万くらいはするよ!?」


「…十万か…。」


一瞬悩むが、かっこつけたこと言った手前まけてほしいなんて絶対言えない。

さっきの奈々のふざけた格言ではないが、私に二言はないんだ。


「…貯金もあるし、分割払いならいける。」


「早まらないで~!待ってね、考える!値段考えるから!」


本気で分割払いなら月いくらかを計算しだした私の腕にしがみつく奈々。

う~んと暫く唸っていたが何か思いついたようで顔をあげた。


「出世払いでどう!?」


名案!とばかりに鳴らない指パッチンを決める。

私はおそらくとても怪訝な表情を浮かべていることだろう。


「待って、聞いて、あんこちゃん。」


おもむろに計算を再開しようとした私を止める。

聞くだけ聞こうと視線を向ける。


コホンと一つ咳払いをして奈々は話し出す。


「ユーチューブの収益化は分かるよね?」


「審査が通れば広告がつけられるやつだね。私も一応通ってるし

分かるよ。」


「だよね。そして視聴数が増えれば広告収入も増えるわけです。

さらに配信にはスーパーチャットという機能があります。」


「投げ銭機能…だっけ?」


確か、配信中にお金と共に色つきコメントを送れる機能で自分の存在を

配信者にアピールできる機能だ。

投げる額で色が変わるのでぱっとみでいくらの投げ銭をしたのか

わかってしまううえにコメント欄にそのまま出てくるので視聴者にも

見えてしまう。


「そうそう!略してスパチャって言うんだけど、まあこれもできる

ようになるにはいくつか条件があって…。

ううん、一旦それはおいとこう。

つまり何が言いたいかって言うと、そういうので得た収益で奈々に

焼肉奢る!それが値段!」


なるほどその収益の何割かを奈々の収入に、という話かと思えば

まさかの焼肉。

そういうことじゃないと何度目か分からないため息がでる。


「ええっだめ!?」


「だめっていうか…。そんなんじゃ十万相当にはならないでしょ…。」


「いやいや、食べ放題みたいな安いとこじゃなくて、ほらあの~叙々苑!

とか!」


「叙々苑でも十万円分も食べないでしょ。」


「うう…いい案だと思ったんだけどなあ。Vチューバ―として

人気が出てからお代もらうの…。」


「まったくもう…。そういう方法をとりたいなら収益の何割かを

奈々の取り分にする、とかでいいでしょ。」


「なるほど!いいねそれ!そういえば絵師さんが直接運営してる

Vチューバ―さんもそんな感じでやってるって言ってたかも!

あっ、でも…。」


「はいはい。でも禁止。それで決定ね。」


まだ何か言いかけた奈々の言葉をぴしゃりと遮る。

不満げな表情を浮かべたが私がね?と圧をかければ渋々頷いた。


その後の話し合いで奈々の取り分は三割と決めた。

案の定一割でいい奈々と半々にするべきという私の押し問答となった

が間をとって三割になったのだ。

話し合いが終わるころには外はもう暗くなり始めていた。


「もうこんな時間か。そろそろ帰るよ。」


「あ、うん。もろもろのデータ送っとくね!」


最後に氷がとけきって薄く、ぬるくなった麦茶を飲みほして立ち

上がる。

お邪魔しました、と声をかけ奈々の部屋をあとにしようと扉に手を

かける。


「あんこちゃん!」


呼び止められて振り返る。


「今日はありがとうね!奈々が絶対あんこちゃんをスーパーVチューバ―

にしてみせるから!」


一瞬ポカンと呆ける。

真剣な奈々の目を見て思わず吹き出してしまう。


「ふっ…。何それ。」


「わ、笑わなくても…。」


赤くなる奈々に今度はニッと笑いかける。


「楽しみにしてる。私も頑張るから、二人でスーパーVチューバ―

目指そう。」


パッと明るく笑って奈々は元気にうん!と返してくれた。

ここからしがない絵描きとしがない歌い手の挑戦が始まった。



時は流れて数ヶ月、肌寒い季節となった。

あれから奈々にVチューバ―界隈のことをいろいろ聞いて、

実際に配信を見たり、自分でも調べたりするようになった。

数が多い分、好みのVチューバ―は必ず見つかる。

気づけば歌の上手いVチューバ―数名にハマってしまっていた。

いつかコラボなんてできたら…と妄想することも多くなった。


そして私は無事Vチューバ―デビューを果たし、ぼちぼち活動している。

現在チャンネル登録者数はもう少しで五千人。

歌い手の頃の最高人数の倍以上の人数が早くも登録してくれている。

元々応援してくれていた人、Vチューバ―を始めてから見てくれ

ている人、どちらもとても大切な視聴者さんだ。

再生回数や高評価もじわじわと増えてきていて、見てもらえている

という実感がわく。

評価される、というのはやはり嬉しいものだ。

最近は配信回数も増やして動画の投稿も頻繁にできるよう努力して

いる。

その分奈々に頼むイラストも増えて出費もかさむ。

大学に通ってバイトもして…となると少し活動を控えなければとは

思うが増えていく再生回数をみてはすぐにそんな考えはなくなる。


「あんこちゃん、次のラフできたよ。」


「ありがとう奈々!うん、最高。このまま進めて大丈夫。」


授業の休憩時間、奈々に頼んでいた次の動画のイラストのラフを

確認する。正直いちいち確認せずとも奈々はいいものを描いてく

れるんだから勝手に進めてくれていいのに。


前にそういったことを言ったことがあったが確認は大事だからと

取り合ってくれなかった。

確認なしで進めてくれればもっと早く仕上がるのに…。

まあ、奈々もこだわってくれているだろうし困らせることを言って

作業が滞るようなことがあっては元も子もない。


「ねえ、あんこちゃん。ちゃんと寝てる?昨日も遅くまで配信

してたでしょ?顔色悪いし、さっきの授業もずっと寝てたし…。」


「大丈夫大丈夫。それよりさ、今の絵と同時進行で依頼していい?」


「…いいけど。」


「よかった。ほら、もうすぐ登録者五千いくからさ。

五千人記念!みたいになんかやりたくて、やっぱり歌ってみたが

無難かなって。配信もしようとは思ってるんだけど。」


「…そっか、分かったよ。曲決まったら教えて。

奈々、今日もう授業ないから帰るね。」


「ありがとう。分かった。じゃあね。」


手を振るが奈々は振り返してはくれず、スタスタと早足で出て

いってしまった。

最近の奈々はなんだか暗い。

最初の頃は登録者が増えたら一緒に喜んでたのに今はよかったね。

の一言だけで全く嬉しそうじゃない。

むしろ増えたことを報告する度悲しそうな顔をする。

依頼のしすぎで疲れてしまったのだろうか。

奈々に頼りきりなのもよくないし他の絵描きさんに依頼することも

視野に入れるべきかもしれない。


授業が終わり帰路を急ぐ。

帰って動画の編集とやりかけのMIX作業もしなくては。


「そういえば…。」


ふと、最近奈々と学校以外で会わず、会話も依頼に関すること

だけだと気づく。

足を止めて今日の奈々の様子を思い出す。

心配そうに眉をハの字にして俯き加減で…。


「馬鹿だな…私。」


前よりも目に見えて人気になれているという感覚で一番大事なことを

を忘れていた。

調子に乗って間近にあるかけがえのないものをないがしろにして

しまっていた。


再び早歩きで歩き出す。

さっきとは違う目的で、早く家に帰りたい。


帰宅し、真っ先に手にとったのは安っぽいギター。

高校生のときに買ったものだ。

配信で弾き語りをしたいと思い引っ張り出してきたのだ。

奏でるのは歪な旋律。

どこかで聞いたこのあるリズムをつなぎ合わせたような不愉快な

音色。

それは高校時代にオリジナル曲を作ってみようなんて言ってなんと

なくで作った…作ったと言えるかも微妙な曲。

奈々はこれを好きだと言ってくれた。

なんだか癖になる曲だと、もっと聞かせてほしいと。

改めて自分で弾いてみてもあまりの酷さに笑ってしまうほどの出来だ。

こんな曲を褒めてくれて、誰よりも早くに私を見出して背中を

押してくれた存在。

彼女がいなければ私は歌ってみたなんて投稿してないし、Vチューバ―

にもなってない。

今があるのは全部奈々のおかげだ。

奈々が一番近くで一番のファンでいてくれたから私は続けてこれた。

そんな彼女にあんな顔させるなんて、Vチューバ―以前に親友失格だ。


一通り奏でて形ばかりの楽譜を書く。

五千人記念の曲は、視聴者に、奈々に向けた感謝を綴ったオリジナル

ソングで決定だ。


それから配信、動画の頻度を減らした。

代わりに作曲の時間が出来てしまったが前より健康的な生活を

送っている。

奈々もほっとしたようで最近は元通りの明るい奈々に戻りつつある。

ただ、オリジナル曲を作ると決意してからもう一ヶ月も経っている。

思うように仕上がらず、いろいろ調べてはみているが進捗は芳しくない。

Vチューバ―のキャラクターを作ったときの奈々もこんな風に行き詰まる

こともあったんだろうな…。

こんなとこでくじけまいと気合を入れてギターとパソコンに向き合う。


さらに一ヶ月経ち、すっかり寒い日が続いている。

気づけば登録者は五千人なんてとっくに超えて六千人と数百人

となっていた。

最近は著しく増えるようなことはなく緩やかに増えている。

作曲の方も少しつかめてきて大分マシな仕上がりになってきたと

思う。


「あ~んこちゃん!」


「うわっ!?」


ぼんやり窓の外を見ていたら首筋にヒヤッと冷たいものが触れる。

奈々の手だったようだ。最近はすっかり明るい奈々に戻っている。

私も奈々が大人しいと調子が出ないから元気になってよかった。


「ねえねえ、今年のクリスマスどうする?」


「あ~そういえばそんな時期か。」


オリジナル曲にかかりきりでイベントものに意識がいかなかったな。


「歌う?何か歌う!?」


「そうだね、歌いたいねえ。」


「そうこなくっちゃ!曲決まったら教えてね!」


それだけ言って自分の席に戻ると何やら描きはじめた。


多分、クリスマス衣装のデザイン案でも出しているのだろう。

改めて私は幸せ者だな、なんて思う。


「あ、そうだ…。」


最近仲良くしてもらってるVチューバ―の友人から歌ってみたの

コラボをしてみたいねと話していたことを思い出す。

誘ってみるか。


二つ返事でOKをもらえて、デュエットのクリスマスソングを歌う

ことが決まった。

何気に配信のコラボは何度もしたが歌ってみたのコラボは初めてだ。

早速奈々にLINEで依頼をすれば文面でも荒ぶっていることが分かる。

今日も絶好調のようで安心した。

そうして完成した動画をクリスマスイブに投稿。

コラボは大成功。またやろうと約束した。


実はこの友人は作曲もする音楽系Vチューバ―。

彼の方から話しかけてくれてコメントを送りあううちに仲良くなったのだ。

なので思い切って作りかけの曲を送って意見を聞いてみた。

するととても的確なアドバイスをくれた。

それから何度か意見を求めて、曲が完成するころには一年が終わろう

としていた。



「あとは歌詞か…。」


曲に合わせて歌詞を考えるのはなかなか難しい。

とりあえず入れたいフレーズを書き出していく。

これもゆっくり考えるしかなさそうだ。


「あんこちゃ~ん!あけおめ!」


今日は一月の一日。奈々と初詣に来ている。

年越し配信をしたせいで少し眠い。

ひとまず手のお清めをして参拝。

何を願ったのか聞かれたが秘密と流しておみくじを引きに行く。

結果は私が末吉で奈々が大吉。


「きゃ~!!初めて出した!大吉!大吉だよあんこちゃん!」


「ふふ、幸先いいじゃん。」


香具師で出ていたベビーカステラを買って食べながら帰路につく。

今日は奈々の家にお泊りだ。


さらに一月が経った。


「で、できた…。」


漸く曲が出来上がった。

登録者数はもう八千人を超えている。

これまでは配信で触れる程度でちゃんとしたお祝いはしていない。

今までの分も感謝をいっぱい込めて歌いあげよう。

そして、真っ先に聴いてもらいたいのはもちろん奈々。

私は録音の作業にとりかかった。


「お邪魔しま~す!」


完成した曲を聴いてもらうために奈々をうちに呼んだ。

いつか奈々が私をVチューバ―にしてしまったときのように見せたい

ものがあると誘って。


「いらっしゃい。」


「なんだか久しぶりかも、あんこちゃん家くるの。」


「確かに大体集まるのは奈々の家だもんね。」


「ね~。それでそれで!?見せたいものって?」


期待の眼差しで見てくる奈々に少し緊張しながら曲を聴いてもらう。

奈々は真剣に聴いてくれた。

曲が終わってもしばらく呆然と画面を見つめ続ける奈々。

少し不安になり恐る恐る声をかける。


「な、奈々?」


「あんこちゃん…。すごい。」


「え?」


「すごいよ!これ!あれだよね、高校のとき弾いてた不思議な曲!」


がしっと両手を握られキラキラとした表情で興奮気味にまくしたてる。


「よくわかったね。」


「わかるよ!奈々の大好きな、あんこちゃんの曲だもん。」


なんて優しく微笑みながらいうから照れくさくてさっさと本題に入る。


「で、でね、これを遅くなっちゃったけど八千人記念動画にしようと

思ってるからイラストをお願いしたくて。」


「そういうことならまっかせて!!絶対最高傑作にするから!」


頼もしい言葉と共にこうしてられない!とそそくさ帰ってしまった。

慌ただしい親友の背を見送る。今から仕上がりが楽しみで笑みが漏れる。


数日後奈々からイラストが送られてきた。

宣言通り今までのどのイラストよりも力が入っているのが分かる。

今回はちゃんとした動画作りを専門にしている動画師さんに依頼した。

それから一週間が経ち完成した動画を奈々と二人でみてみる。

とんでもなく素晴らしい出来だった。


「すごいね…。」


「ね…。」


感動で言葉が出ないとはこういうことなんだな…。

早速投稿する。概要欄に視聴者さんへのメッセージを打ち込む。

一通りの作業を終えて、二人で一息つく。


「ねえ、奈々。」


「なあにあんこちゃん。」


「いままでありがとう、これからもよろしくね。」


「もう、改まってどうしたの?もちろんだよ。」


二人顔は見合わせてクスクス笑う。


「そうだ、登録者一万人行ったら叙々苑奢るよ。」


「突然だな~。いいの?もう一万人なんてあっという間だよ?」


「私に二言はないよ。」


「ふふ、何それ~。」


くだらないことで笑いあえるかけがえのない親友とこれからも

歩んでいこう。

楽しいことも、私の魅力も教えてくれた君のことをせめて笑顔に

できるように、私は明日も歌を歌う。

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