とってつけたような愛を叫ぶ
彼女の名前は高杉。
高杉 葵。
中学からの同級生。
少し背が高く、男友達のように接する程、ぱんっと竹を真っ二つにしたような性格で、白黒ハッキリしていて、誰からも好かれて、何で僕なんかと親しいのか解らなくなる。
家が近所で、幼稚園は同じだった小学校は学区違い、通り1本挟んで別の学区だった、中学になって再び巡り合わせ、高校を出て、大学に入り、僕は医学部、彼女は理学部。
お互い忙しくてやり取りと言えば主に高杉からの一方通行とも言えるSNSが送られてくるだけだ。
僕から返信したことは殆ど無い。
強いて言うのなら、中学の卒業式の後、クラスの皆でボーリングだかカラオケだかに行くときに高杉は僕を誘ってきたが、それにだけ僕は行かないと短い文面を送っただけで、彼女からは、そっか、でも私は高校一緒だし構わないかな、また入学式にねと可愛いらしいのだろう顔文字まで付いていた気がする。
入学式早々、人の輪の中心に居る高杉と、それを遠巻きに見詰める僕という構図は変わらず。
変わらず、接点を持たずつかず離れず、彼女はただ一方通行の会話を続けていく。
そんな折、一度だけ酷く傷付いたという顔をして僕を見ていたことがあった。
文化祭で一緒になった子と付き合うようになって初めてのデートで街中で彼女はまた人の輪の中心で、それなのに酷く傷付いたという顔をしていた。
それはとても一瞬で、良いな~デート!と茶化そうとする周りを僕達から遠ざけて、私も彼氏欲しい、こーゆー人が良いとさっと誰も傷付かずに離れた。
その子とは大学に入る直前まで付き合っていたが、どちらも地元を離れた大学に行くことになり別れた。
そうして大学に入って、高杉もそこに居た。
当たり前のように人の輪の中心で、当たり前のように僕に一方通行の会話を投げつけてきた。
ねぇ、聞いてる?といった事は聞かれずに本当に一方通行の会話を楽しそうに続けていくのだ。
理学部本当男の子しかいなかった。とか
サークル活動の話
僕はたまたまカフェラウンジで席についてぼーっとしていたら、高杉がA定食のトレーを持って座って良い?と話しかけてきた。
こんな声だったかな。
ふっと見上げた高杉が全然知らない人のように見えた。
綺麗だなと。
染めてない深い茶色い髪がカフェの窓から差し込む日に透けて何か、なんとも言えないが教会のステンドグラスを彷彿させた。
ぼぅっとしていたから、その言葉が音になって零れ落ちていたことを、見開かれる目と赤くなる目と頬と耳が伝える。
あっと口元を覆い、僕は何て言葉に出してた?!と僕の方まで赤く染められていく。
この空気に耐えられず、僕は慌てて教科書を纏めて席を立ち上がって駆け出した。
何、僕は何を呟いたのだ。
思い出そうにも記憶に無い。
若年性健忘症か?いやいや、呟いたという事実は知っている、身に覚えがございませんは出来ないのだ。
やってしまった。
暫く走って、何度か階段を登って、廊下の端で座り込んだ。
久しく見ていなかった高杉は、何処にでも居る女の子では無かった。
薄い化粧だろう。
それだけなのに綺麗に整い、光でさえまるで一部のようで、あぁ、なんでこんな事を今更知ったのかと自分で自分を悔やんだ。
そうだ、悔やんだのだ。
知らず通り過ぎれば、何てことは無くても、知ってしまったらとてもじゃ無いが止めるをどうする。
いや、一方通行の会話は見ないことにすれば良いだけだ。
ポケットから端末を取り出して特定の名前からの通知をサイレントにした。
知らなければ熱病に冒されることは無い。
忘れてしまえば見なかったことにしてしまえば、何時もと変わらないのだからと。
動悸のような胸を鷲摑みにして、何もないただ白一色の廊下に吐息を吐き出した。
焦げ付くような吐息を吐き出して数カ月後。
夏のさんざめく太陽が大地を焦がしていく。
自分達の大学は地元交流の一環で夏の間医学部生は救急看護の詰め所で簡単な怪我人の初期対応を行うのが習わしだ。
医療行為にも満たない手当てをして、酷ければ病院に回すだけ、バイト代もでないとなればお鉢が回ってくるのは、暇だろ?と言っては押しつけられる僕のような人ばかりだ。
夏の太陽が恨めしくなるほど青白い一団の向こうに、高杉を見つけた。
暇だから参加すると今は焼きそばを焼いている。
溌溂とした顔がお客さんを引き付けて離さない。
そうして眺めていて、僕は一人クーラーの効いた詰め所から外を眺めて独りごちる。
何で、高杉のこと気になるんだろ。
何でなんめ当たり前だ。
美人だし。
性格も綺麗だし。
は~っと机に額をガツンとぶつけて、冷えた部屋の床を見詰める。
好きだ。
あれからも一方通行のメッセージは飛んでくるが、その中にはあの日の言葉を尋ねる物は無く、やはり、一方的な話が続けられていて、僕はどうしたって言葉を紡ぎ出すことが出来なかった。
そうしていく中で、夏は残照を残し消えていき、僕らは社会へと放り出された。
数年早く社会に出た高杉からは相も変わらず一方通行の会話が流れてきて、僕は、僕はと言えば。
医者になるはずが、医者に治療を受けている。
あと何回、高杉からこのメッセージを貰えるのだろう。
ぼんやりと落ちる点滴を眺めながら、僕は静かにそっとやって来る陰を見て見ぬ振りをした。
年末が近づき、医者から一時帰宅しても良いと言われたが、成る程、どうやら残りの炎は僅かばかりなのだなと思い知って、僕は静かに荷物をまとめ、実家では無く、誰も知らない宿に数泊した。
豪華な食事は殆ど食べられず、僕は手持ちの薬を飲み、畳の上で見慣れぬ天井を眺めていた。
そうしているウチにサイレントにしていた端末が点滅を繰り返した。
履歴、高杉
履歴、高杉
履歴、高杉……………
メッセージではなく着信がもう何十回と続いていたらしい。
留守電は設定していないからメッセージが入ることは無く、ただ、そこに高杉の名前だけがつらつらと並んでいた。
「ぷっ………」
と言う機械音のあとに僕の名前を呼ぶ高杉の声。
「…………私、そこに行ったらめいわく、かな?」
何処に居るの何をしているの?!
きっと、聞きたいだろう言葉をぐっと飲み込んで高杉はその言葉を続けたのだろう。
「高杉……………」
「うん?」
「あ、あの…」
「まった、直ぐに行くから、顔見ながら話して」
意志の強い声に僕は、今どこに居るか簡単に手短に答えて、それから四半日後に高杉は自分一人で運転してきて、僕を抱きしめた。
あぁ、暖かいなと思うと、つぅっと涙が零れた。
「高杉……………」
彼女はただ抱きしめて、それ以上、責めることも無く、ただ、人のぬくもりを与えるかのように抱きしめてくれた。
病気が解ったのは、勤め始めて最初の健康診断だった。
若いから、叩ききれなかった細胞は余計に増殖して、僕を支配していった。
呆気なくも闘いに敗れ、僕は医者から患者になり、医療って何なんだろうと考える日々を送っていた。
医療って何なんだろう。
戦うことに疲れた僕に襲う言葉を前に高杉はそっと囁いた。
「お、憶えてないかな?小学生のころ、私のこと救ってくれたんだよ低学年のころ苛められてて…学校違ったけど、通りの向こうからこっちに走ってきてくれて、何してんだ!って…あの時からずーっと私、貴方のこと神様か何か………崇拝するように好きだったの…だから、医療って何かって聞かれたらね、愛する人に愛してるって伝えるための時間稼ぎだって思う、よ?」
しがみついたままの高杉の言葉は耳を震わせ、僕はただ、しっかりと高杉の腕の中で、初めて嗚咽を上げた。
「あ…つぃ…」
抱き着いたまま寝起き、人の体温の心音の心地よさとは裏腹に、人一人分の余分な熱量は体を気怠くも心地よくさせる。
熱い。
汗をかいて張り付いた髪を掻き上げて、しがみついたままの高杉の腕をそっと布団の中に押し戻し、温泉へと向かい、僕は廊下から見える雪と海を見詰めた。
波の音、高杉の心音に似てる。
揺らいで戻る心地良さ。
ふっと目を閉じて、僕は振り払うように歩き出して湯を浴び部屋に戻った。
高杉は部屋のシャワーでも浴びたのか、薄い化粧に洋服を着ていた。
「あの…」
「?」
「昨日の…愛を伝えるための時間稼ぎってあれ…もう少し、高杉と居たいから、言わなくても…………いい?」
もう精一杯だ。
こんなに心臓が痛くなったのは何時振りだ?そうだ、余命宣告はされてないが病名を伝えられた時より、今の方が遙かに心臓が痛い。
これは、病だ。
バクバク奏でる心臓は伝えただけで痛いのに、高杉のふわっと笑った顔に、指先まで痺れるような痛みを伴った。
僕は、僕の人生は。
悪くないと思いながら、彼女が泣き笑う顔を見ながら、彼女の手を掴んで、ようやく何年も経っているその言葉を、まるで、明日燃えるゴミの日だからとでも言うかのように呟いた。
「…………あいしてる………」