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GLITTERS2 -霧降る山と夕暮の竜-  作者: 黒崎江治
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第七話 隠者の庵 -3-

「レザリアでオヴェリウスが言ってたことによると」


 昼食を終え、蜂蜜入りの茶を飲みながら、ハキムは再びアルテナムの話題を口に出した。


「魔術師は皆、オヴェリウスの末裔らしい。千年経ってるから今はどうか知らんが、思想みたいなモンは受け継がれてるのか? 学院はアイツにどういう態度を取ってるんだ?」


「僕もそのあたりは気になります。彼らはオヴェリウスと彼の帝国に関する探究を禁忌とした。それは秘密のままにしておくためなのか、独占するためなのか」


 トーヤも長く心の内にあったらしい思いを述べた。メサ導師は神妙な顔でそれに答える。


「正解は両方。学院を創始したのは、オヴェリウスの直系と言われる魔術師であり、アルテナム滅亡後に、この地を治めた王だった。しかし彼はオヴェリウスの血を継いでも、その野望を継がなかった。


 王はアンデッドの生成をはじめとする恐るべき魔術の災禍が再び起こらないよう、グランゾール、およびその周辺地域に散った魔術と魔術師を管理することを思い立った。


 その思想を継承する学院の魔術師は〝伝統派〟と呼ばれます。そう、派閥があるのです。学院の影響力が増大するにつれ、腐敗が生じました。オヴェリウスが持つ古の知識を探究し、それを利用とする一派が現れます。〝復活派〟とでも呼ぶのでしょうね」


「あの、メサ導師。じゃあ私に刺客を放ったのは……?」


「どちらかが味方であると期待するのは間違いですよ、エリザベス。金鉱を秘密にしたい者にとっても、独占したい者にとっても、勝手な盗掘者が厄介者なのには変わりありません。ヘザーの次に差し向けられた追手は、もしかしたら私かもしれなかったのですよ」


 メサ導師の黒い長髪が僅かにざわめいた気がして、ハキムは身震いした。


「……それが分かっていたとしても、きっと私は学院を出たでしょう」


「あなたは賢いけれど、少しばかり思慮が足りませんね。とはいえ、暴かれてしまったものは仕方がないし、私はもう追放の身。これからは、広がりかねない災禍をどう防ぐか、それを考える方が建設的でしょう」


 彼女はどんな魔術を扱うのだろうか。もしそれと対峙することになっていたら? 


 前者の問いについて、ハキムたちはすぐ答えの片鱗を見ることになった。



 翌日の夕方。割れた鍋をリズの魔術で直せるか、ハキムたちが屋外で試そうとしていると、村の方角から数騎がやってくるのが見えた。領主の兵だ。


「何用ですか」


 近づいてきた兵たちの前に、メサ導師が厳然とした態度で立ちふさがった。


「メサ殿。ご無礼をお許しください」

 隊長らしき男が言う。


「何用かと聞いています」


「貴女が匿っている、そこの罪人を捕えに。彼らは西の遺跡を暴き、ラルコーの牢を破り、兵士に攻撃を加えました」


 彼らは導師が何者かは知っているようで、また言葉遣いは丁寧だったが、態度としては、あまり尊敬しているように見えなかった。


「彼らは私の教え子とその友人です。そして彼らの罪状が故無きものだと私は知っています。引き渡すことはできません」


「導師……」


「今は黙っていなさい、エリザベス」

 彼女はぴしゃりと言った。


「我々はヴァンドル閣下直々の命でここに来ている。もし抗えば、実力に訴えなければなりません」

 騎兵は誰もが武装していて、明らかに荒事を想定の内に入れていた。


「……そうですか」


 話し合っても埒があかないと判断したのか、メサ導師の声が一段と低く、重苦しいものになった。


「私にとって、青虫が薬草園を害するのも、武器を携えた不埒者が平穏を乱すのも同じことです」

「なに?」


 彼女が放つ謎めいた言葉の迫力に、兵たちがたじろぐ。


 ハキムはメサ導師の背後から、彼女の髪がざわめくのを見た。リズが魔術を使うときと同じように、エーテルが身体の周囲で渦巻いている。


 リズの纏うエーテルは、燃え盛る高いエネルギーを感じさせるものだった。しかしメサ導師のそれは、もっと恐ろしく、昏く、なにかを奪い去るような、異質なものだった。


「私は平等にもたらす(、、、、)者。ヴァンドルの命であなた達が来たのならば、彼にこう伝えなさい。もしお前が盟約を忘れたのならば、また死体の山を見ることになる、と」


 気づけば彼女の足元から、黒いなにかが出現していた。それはいつかレザリアで見た不定形のルトゥムにも似ていたが、それよりもはるかに危険なものであることが、ハキムには直感で分かった。


 黒い何かは数千の蛇のようになって、騎兵たちの足元へ迫る。馬が怯え、激しくいいなないた。


「私を殺したいならば、学院の賢者を三人連れてきなさい。話がしたいだけならば、一人でも結構です」


 その言葉を聞く兵士たちは、もうすっかり士気を喪失しており、ほとんど硬直状態にあった。首を絞められたような表情で、声さえ出さなかった。


「分かったなら、帰ってよろしい」


 メサ導師が黒い蛇を退かせると、何人かは今まで呼吸も忘れていたかのように、苦しげな様子であえいだ。身体が動くようになると、彼らは隊長の命令を待たず、馬首を翻して一目散に逃げていった。


「おお、怖い怖い」


 兵士たちに比べれば幾分か気楽だったが、それでもハキムは恐ろしい思いをした。彼女が敵でなくてよかった。


「メサさん、大丈夫なんですか」


「ひとまずは大丈夫ですが、これ以上踏ん張るのは難しいでしょう。あなたたちも、ここを離れた方が良さそうですね」


「……巻き込んじまって悪いな。師匠」


「巻き込んだ? いいえ、私はあなたたちが生まれるずっと前から、当事者だったのですよ」


 導師は不敵に笑い。灰色のローブを翻して庵に戻っていった。



「これから領内を移動するのは危険です。一旦、守り人たちを頼るのがいいでしょう」


 ハキムたちが荷物をまとめ始めたとき、メサ導師が言った。


「けど、排他的な連中なんだろ?」


「ここから最も近い集落は〝コモ氏族〟のものです。以前私は、彼らの族長を治療したことがあります。私の名前を出せば、悪いようには扱われないでしょう」


「分かったよ。ついでに夕暮の竜とやらも見つけて来るぜ」


 ネウェル人と共にいれば、ラルコー領主との戦争に巻き込まれる危険がある。それでも、平原を騎兵に追い回されるより多少は安全なはずだ。


 また新たなる旅路に思いを馳せつつ、ハキムたちは庵で最後の夜を過ごした。翌日の朝、戸口でメサ導師に別れを告げる。


「導師。ありがとうございました」


「エリザベス。ハキムとトーヤに迷惑をかけてはいけませんよ。ぐっすり眠って朝早く起きるには、渡した薬草を寝る前に飲みなさい。それからもちろん、無礼はいけませんよ。匿ってもらうのですから、礼儀正しくなさい。女性らしくしろとまでは言いませんから」


「はい、はい……、分かりました」


 礼を言ったリズだが、小言には気まずそうに返事をする。その様子を見てトーヤが笑った。


「メサさんはどうするんです」


「私のことは心配無用。少し情勢を見てくることにします」


 そしてハキムたちは数日分の食料と水、薬草、多めの防寒具、野営の道具、そして少しばかりの銀貨を持たされて、メサ導師の庵を出発した。


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