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GLITTERS2 -霧降る山と夕暮の竜-  作者: 黒崎江治
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第三話 城塞都市ラルコー -3-

 ハキムは過去に一度、ラルコーを訪れたことがあった。そのときはほとんど通過するだけだったので、あまり都市の様子をじっくり見たわけではなかった。


 改めて観察してみると、ずいぶん古い街だという印象を受ける。街並みからは、長く戦乱に晒されてきた都市特有の傷跡や忍耐が感じられた。防壁を突破された場合に備えてなのか、石畳が敷かれた街路は曲がりくねり、容易に中心部へと到達し辛いようになっている。


 このあたりは雪こそあまり降らないが、冬の寒さは厳しい。そのため建物の窓は小さく、壁は分厚く丈夫そうだった。そういう造りのせいか、城塞都市という性質も相まってなのか、街全体にどこか閉鎖的で、よそ者を寄せ付けないような雰囲気が漂っていた。


 馬に乗せられたハキムたちは南の門から市街に入り、中心部を経由して、古い城を改築して作られたらしい牢獄へと連行された。


 牢獄に送られる、というのは大抵の犯罪者にとって幸運である。なぜならば、その場での惨殺を避けられたということだからだ。統治機構が未成熟な領内の場合、権力者や兵士の独断で、ほとんど手続きを経ずに罪人を葬り去る、ということが往々にしておこなわれている。


 牢獄で審判を待つ間、友人や有力者からの――主に賄賂による――援助が受けられれば、そのまま、あるいは微罪で放免されることもある。もしくは審判の結果無実が証明され、晴れて自由の身になる、ということも考えられる。ただしこれは滅多に聞かない。


 今回については、ラルコーの領主が冷徹さで知られるヴァンドルであること、それと拘束の経緯や告げられた罪状が少々不可解であることを考えると、おそらく何かしらの陰謀が働いている。となれば、あまり穏当な処置は期待できない。


 ハキムたちは手首を拘束されたまま乱暴に馬上から降ろされ、牢番に引き渡された。そのまま地下へと連れ込まれ、ハキムの拘束だけが付け替えられる。鋼鉄の手錠だった。


「おいおいおい。俺だけ差別かよ」


 棍棒を持った牢番は、ハキムの抗議を無視し、三人をまとめて一つの房に押し込んだ。押し込まれる前の短い間で、ハキム牢獄におおよそ二十ほど房があることを確認した。房と廊下を隔てるのはいずれも鉄格子。内部には多くの囚人がいた。


 盗賊団か何かがまとめて捕まったのか、それとも都市全体の治安が悪化しているのか。対する牢番は六人か七人。夜は多分、もう少し減るだろう。


「服が……服が気持ち悪い」


 油まみれのリズが言った。房に入れられても、油まみれなのは変わらない。


「ハキム……、これは大丈夫なのか?」


 トーヤは傍らにいるらしいアヤメをなだめながら言う。彼自身も慣れない状況に戸惑っているようだ。


「大丈夫だ。算段はついてる」


 ハキムは二人を動揺させないよう、あえて鷹揚な仕草で、拘束された手首を枕代わりにして冷たい床に寝転がる。とはいえ、この態度がはったりだというわけでもない。自分が盗賊として今まで生き残ってきたのは、こういった状況を何度も切り抜けてきたからだ。


「俺は玄人だ。明け方を待とう」



「なぜ彼らは、レザリアのことを知っていたんだろう。僕らがそこにいたということを」


 蝋燭の火だけが屋内を照らす真夜中の牢獄。陰気に湿った房の中、トーヤが囁き声で言った。


「ヤツらはレザリアじゃなく、西の遺跡と言った。多分、誰かから命じられただけで、詳細は知らされてないんだろう。学院の息がかかってるのは間違いなさそうだが」


 学院の本拠はキエス王国にある。そこでの影響力はもちろんとして、彼らは南の国々にもその長い指を伸ばしつつある。レザリア発見、そして崩壊以降、学院の動向は分からない。しかし指を咥えて成り行きを見守っている、ということはないだろう。


 それにあのとき領主の兵たちは、リズではなくハキムの名前を筆頭に挙げた。捕まえるための方便なのか、あるいはレザリアの深奥に至った者としての自分たちに目を付けているだろうか。


 とはいえ、脱出しなければならないのは変わらない。


 ラルコーのどこかで、明けの鐘が鳴った。日の出まであと一刻ほどだ。


「さて、そろそろ始めるか」


 ハキムは錠を嵌められた手を首元に這わせ、衣服に縫い込んであった二本の針金を取り出した。


「ちょっと時間がかかるから、壁になっててくれ」


 リズとトーヤの陰に隠れて、ハキムは針金を口で咥えた。唇と舌でそれを操りながら、手錠の鍵穴に差し込み、操作する。


「……器用ね」


 さすがにちゃんとした道具を使い、手が自由な状態でやるよりも時間は掛かる。しかし手錠の鍵というのは大きさの都合上、かなり単純な構造になっている。それにハキムにとってこういった状況は十分想定できるものなので、普段から準備も練習も欠かしていない。


 程なく、ハキムの両手は自由になった。外れた錠は音が出ないよう、ゆっくりと地面に置く。


「次はどうする?」

「まあ落ち着け。縄を解くが、まだ大人しくしてるんだ」


 ハキムはきつく結ばれたリズとトーヤの拘束を解いた。


「寝たふりをしてろ」


 それから、隠し持っていた亡霊の指輪を嵌める。つけた人間の姿を透明にする、魔術的なアーティファクト。


 一体どこに隠し持っていたのか、と言いたげに、リズが意外そうな顔をする。レザリアではそれほど見せる機会はなかったが、盗賊には鍵開け以外にも、色々な能があるのだ。


 牢番が巡回してくれば、すぐハキムがいないことに気づくだろう。焦ってはいけないが、あまりのんびりともしていられない。


 二本の針金を手に持ち替え、今度は房の鍵を開ける。鉄格子や扉は丈夫だが、こちらの鍵もそれほど複雑ではなかった。音が出ないよう、慎重に作業する。


 扉を開き、ゆっくりと外に出たハキムは、まず隣の房を覗いた。男が二人、だらしない姿勢で寝転がっている。爪の先で鉄格子を弾き、こちらに気づかせる。


 男の一人がこちらを向いた。しかしハキムの姿は、指輪以外見えない。彼がネズミか何かだろうと無視を決め込む前に、ハキムは囁き声で話しかける。


「おい、聞こえるか」


「……誰かいるのか?」


「声を落とせ。俺のことはひとまず妖精だと思え」


 男は眉をひそめる。この状況と言い方では無理もないが、とりあえず今は妖精で納得してもらう。


「俺は鍵を開けられる。外に出たいか?」


 ハキムがそう尋ねると、男は戸惑いながらも、神妙な顔で頷いた。


「分かった。今から開けるが、機会があるまで房からは出るなよ。騒ぎも起こすな」


 そう言って、ハキムは男が捕らえられている扉の鍵を開ける。牢番がいる場所の様子を見つつ、同じような手順で、もう四、五組の囚人たちに声をかけ、房の鍵を外していった。


 全員を解放するのは時間がかかるから、ひとまずはここまでだ。十四、五人もいれば、牢番たちを圧倒するのに十分だ。


 ぼちぼち派手に行動を起こそうか。ハキムがそう思ったとき、房の一つに覚えのある顔を見つけた。


「おい」


 鉄格子を爪の先で弾く。寝転がって目を閉じていた男が、うっすらとまぶたを開いた。茶色い髪をしたこの垂れ目の優男とは、以前ラルコーを訪れたとき、一緒に仕事をしたことがある。


「〝ふくろう〟のジョウイだな?」


 暗い場所でも目が利くのを活かして、夜に潜む盗賊。彼は仲間内で〝梟〟とあだ名されていた。


「確かにそうだが、幽霊に友達はいないぜ」

「俺だ。ハキムだ。〝マスターキー〟のハキム」


 その言葉を聞くと、ジョウイは若干であるが目を見開いて驚きの表情を作った。


「お前……死んだのか? 可哀そうに」


「悪いが、冗談言ってる暇はないんだ。鍵を開けてやる。出たいなら手伝え」


「一つ貸しか?」


「利子はおまけしといてやろう」


「よし、乗った」


 ハキムは房の扉を解錠すると、一旦リズとトーヤのところに戻った。


「ハキム、そろそろ巡回が来そうだ」


「ああ。いい加減動こう。さっき確認したんだが――」


 鉄格子を隔てて会話していると、牢獄内に大声が響いた。


「おい! 一人逃げようとしてるぞ!」


 ジョウイだ。早すぎるぞバカ、と心の中で呟いたハキムだが、ここまでくればもう後戻りはできない。


 棍棒を持った二人の牢番が、詰所から慌てて走ってくる。ハキムはそのうち一人の足を払って転倒させた。


「全員出ろ!」


 ハキムは亡霊の指輪を外し、叫んだ。


 あらかじめ鍵を開けておいた房から、十人以上の囚人たちが飛び出してくる。他の牢番たちもすぐ異常に気づいたが、不意の強襲に有効な対処ができない。ある者は殴り倒され、武器を奪われる。ある者はすっかり肝を潰し、職務を放棄して逃げ出した。


 牢獄内に怒号と叫び声が響く。囚人たちは死に物狂いである。大人しくしていても、重罪が待つだけ。厳格な統治が、ここでは裏目に出たことになる。


「私たちの荷物は?」


 混乱を極める状況にやや気圧されつつ、房を出てハキムと合流したリズが言った。


「詰所に置いてあったのを見た。そいつを回収して、とっととおさらばだ」


 そのうち、誰かが外に繋がる扉の鍵を奪ったようだ。囚人たちが牢獄から出ていく気配がする。


 そしてハキムたちも遅ればせながら、牢獄から脱出することにした。牢番と相打ちになった囚人が二、三人倒れていたが、彼らまで助ける余裕はない。じきに騒ぎを聞きつけて、増援がやってくるだろう。


 詰所、といってもテーブルがあり、囚人に与える食事や、棍棒などの道具が置かれているだけの場所だ。ハキムたちはそこに置いてあった、自分たちの荷物を回収する。


 じっくり検分するためなのか、テーブルの上にはハキムたちの所持品が、一つ一つ丁寧に並べられていた。これだけを見ても、彼らにとってハキムたちが特別な囚人だったのだということが分かる。


 それにガラス球やハキムが持つ不壊の短剣、火鼠の手袋は、一見それほど価値のありそうなものには見えないので、このどさくさでも奪われてはいなかった。しかしレザリアで得た金貨を入れた袋は、さすがになくなっていた。


「クソ、泥棒め」


ハキムは毒づいたが、そのほかの物品はほとんどが無事に、ハキムたちの手元へ戻った。


「こいつも、とっといてやったぜ」


 地上に向かう階段の陰から、ジョウイが長刀を差し出した。


「ありがとう。君はハキムの友達か?」


 刀を受け取ったトーヤが言った。


「友達ってほどじゃない。だが、それも悪くないな」


 ジョウイはにやりと笑ってから、ふとリズを見つめた。


「美人さんがいるじゃないか。どうだい、俺と逃げるかい?」


「やめとけ、消し炭にされるぞ」


「盗賊って失礼な奴ばっかだから、嫌い」


 リズが憮然とした表情で言った。


「けど、少し気になることがある。ジョウイ、少し顔貸してもらえないか」


「いいぜ。だが、まずはラルコーを出てからだな」


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