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GLITTERS2 -霧降る山と夕暮の竜-  作者: 黒崎江治
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第二十六話 夕暮の竜 -2-

 ハキムたちは階段を下り、陽光の届かない内奥を目指す。埋められていた地下空間は、ハキムが予想していたよりもはるかに広かった。松明の灯が小さいため全貌は分からないが、どうやら円筒形をした巨大な塔であるようだ。


 そしてはじめ直線の階段と思われていたものは、塔の内壁に沿った螺旋階段だった。幅は広く、左手にある壁は光を反射しない黒色の石。ハキムたちはそれに触れながら、恐る恐る先へ進んだ。右手には何もなく、ただひたすらがらんとした空洞である。


 塔の直径は五十歩か、それとも百歩近くか。距離の感覚を失わせるような、不思議な建築だった。一体どうやって造ったのか、ハキムには想像もつかなかった。


「もし落ちたら……どこまで落ちるんだろうねこれは」


 トーヤの声も、底抜けに深い闇へと吸い込まれる。何階分下りたのだろう。さすがにハキムも気味が悪くなってきたころ、階段の先に小さな光が見えた。


「……出口か?」


 それはかつて見たことのある、青白いエーテル光ではなかった。むしろ窓から差し込む陽光のような、温かみのある白色だった。しかし先ほどまで地上で浴びていたような、赤みがかった夕暮の光ではなかった。


 何にせよ目指すべきものを見つけたハキムたちは、心なしか歩調を早めて階段を下った。ふと気づいて上を見ると、光は見えない。扉は閉じてしまったのだろうか。


 向き直ってさらに下ると、光の方向から音が聞こえてくる。いや、これは声だ。大勢の人間が何かを話し、囁き合っている。キエスかラルコーの兵? それとも守り人たち? 話し方や雰囲気からすると、そのどちらでもないように思えた。


 リズやトーヤもそれに気づいたようで、不思議そうな表情でハキムに目配せする。不審には違いないが、この期に及んで尻込みしてはいられない。ハキムは注意を払いつつ進み、ついに光のもとへと到達した。


 果たして光の源は窓ではなく、開け放たれた扉だった。そして向こう側に見える景色は、ネウェルの広大な山地ではなかった。


 そこは市街だった。それもラルコーと同じか、もっと大きな都市の中心市街だった。なぜこのような場所からこのような景色が見えるのか理解できず、ハキムはしばし扉の前で立ち尽くしてしまった。


 扉のすぐ向こう側では、人が生垣のように並んで、奥にある何かを見物しているようだった。ハキムが近付こうかどうしようか迷っていると、見物していた群衆の一人が振り返り、ハキムを発見した。


「おい、何をしてる!」


 その男はハキムに腕を伸ばし、その手を掴んだ。咄嗟に反撃しようとしたハキムだが、男に悪意がないのが分かって、短剣に伸ばした手を引っ込めた。


「君たちが出ないでどうする!」


 手を引かれ、そのまま群衆の中に取り込まれる。追ってきたリズ、トーヤ、ソニアも同じようになっていた。ハキムは戸惑いながらも、ひとまずは逆らわないことにした。


 やがてハキムは人の生垣から、石畳で舗装された大通りに放り出された。よろめきながらその真ん中に出てみると、右手には巨大な門があり、その奥には城がある。左手からは大勢の兵士たちが、群衆に手を振りながら歩いてくる。


「おい、リズ。どうなってる」

 ハキムは群衆からまろび出てきたリズに尋ねた。


「私に聞かないで。……でも、ここは多分、現実じゃない気がする」


「なら、幻?」


 追いついてきたトーヤが言った。幻術ならば、以前レザリアで経験したことがある。しかしハキムの知覚だけでは、今見ているものが現実なのか幻なのか、正確には判断ができなかった。


「どうだろう。こっちを害する意思は感じないけど。ソニア、あなたにもこれが見える?」


 呼びかけられたソニアだが、都市の光景に心を奪われ、目を輝かせながら辺りを眺めている。ハキムたちにとってはさほど珍しくもないが、ネウェルで生まれ育った彼女にとって、ここは初めて見る都会の景色なのだ


「すごい……」


 状況を把握しきれないハキムたちがそのまま佇んでいると、兵士の一群がすぐそばまでやってきた。彼らの一部は兜を被ったままだったが、中にはそれを脱ぎ、小脇に抱えている者もいた。


 彼らの髪は守り人たちと同じ濃い金髪で、よく見れば群衆もほとんどがそうだった。顔立ちも総じて、守り人たちによく似ていた。


 兵士たちが着けている防具は使い込まれて、傷やへこみがあるものも多かった。傷を負っている兵士も少なくない。それを見れば、彼らが何か激しい戦いから帰ってきたのだということが分かった。


 兵士たちの先頭には、兜に赤い羽根飾りをつけた隊長らしき人物がいた。彼はハキムたちに向かって、よく通る大声で怒鳴った。


「ほら、しゃんとせい! 功を挙げたからといって、浮かれてはいかんぞ!」


 隊長はハキムたちの肩や尻を叩き、前に進むよう促した。四人はそのまま兵士の群に追い立てられるようにして、わけも分からないまま門をくぐることになった。


 ぼうっとしていると、ついつい流されてしまう。ハキムは努めて冷静さを保ち、改めて周囲の景色をよく観察した。


 この街はそれなりに大規模だが、なんというかどこか無骨で、大雑把な感じがする。粗削り、という表現が適切かもしれない。人々や兵士たちの装いにしても、あまり洗練されていない感じがした。木材と石が組み合わされた門や、城も同様だった。


 門を通過すると、左右には装飾された武器防具を身に着けた兵が、ハキムたちを出迎えるようにずらりと並んでいた。その向こうには、開け放たれた城の正面玄関がある。玄関の前にはゆったりとした衣服を纏い、立派な髭を蓄えた壮年の男がいた。


 その男は城の主であるようだった。頭には陽光に煌めく黄金の冠がある。兵士たちは彼の前で立ち止まり、居住まいを正した。


「勇敢な戦士たちよ。我はそなたらの輝かしい武勲と、無事の帰還を言祝ことほぐ。皇帝オヴェリウスの残した悪しき魔術の芽を残らず摘み取るまで、戦いは終わらぬ。しかしアルテナムの残兵たちを打ち負かし、我らの王国が独立を回復したこの日は、歴史に刻まれる栄光の日となるであろう!」


 ハキムの背後で、兵士たちが歓呼の声を上げた。


「皆がこの日を忘れぬよう、祝宴を開く。各々戦の疲れを癒し、しかるのち、王国の復興に尽力せよ!」


 どこかでラッパが吹き鳴らされ、太鼓が叩かれる。喜びに沸いた民衆たちが門の内側になだれ込み、若い女性が兵士の手を取って踊りを始める。その渦の中、ハキムたちはまだ困惑を胸に立ち尽くしていた。


「アルテナムとの戦?」


 トーヤが呟く。彼はソニアが離れないように、その手を掴んで引き寄せていた。


「アルテナムはオヴェリウスと一緒に滅びたんだろ? ここは千年前の世界か? ……おい、リズ。どうした」


 ハキムはリズが神妙な顔をして、城を詳細に観察していることに気がついた。


「……ここはキエスかもしれない」

「なに?」


「私は故郷で、これに似た様式の遺跡を見たことがある。ここはキエス王国よりずっと昔に在った国なんだ。アルテナムと同じか、それより少しあとの時代」


 城はやや不揃いな石が積み重ねられ、藁や土壁で補強された、実用一辺倒といった風の建築だった。丸い見張り塔を除けば、建物自体が何かの土台であるかのような、ずっしりとしたシルエットを持っている。


「だとすると――」


 トーヤが言いかけたとき、ハキムは彼たちの傍らに並び、共に城を見つめている青年がいることに気がついた。


「勇敢なる戦士よ。そなたは父上の言葉を聞き、なにを思った?」


 その青年はトーヤと同じか、それよりも少し若いくらいの年齢だった。耳まである髪は民や兵士たちと同じく濃い金色。父と言ったからには、彼は先程演説した王の息子なのだろう。青年はゆったりとした深緑のローブを纏っていて、王族というよりも魔術師に見えた。


「なにを?」


 青年はトーヤに話しかけているようだ。


「ああ。父上の姉――私の伯母上――はレザリアに居て、オヴェリウスの傍に侍る魔術師だった。聞いた話によれば、父上は伯母上と幼少より仲睦まじく、離れる際には互いに大層嘆き悲しんだそうだ。


 父上は魔術の芽を摘み取ると言った。しかし果たして伯母上は、邪悪な人間だったのだろうか?」


 問われたトーヤは少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。


「鋭い刀も使い手とその心根によって、罪なき人を殺める凶器にも、大切な人を守る武器にもなります。きっとそれは魔術も同じことで、たとえ恐るべき死の魔術であったとしても、善き人が使えば善き魔術に、悪しき人間が使えば邪悪なものになるでしょう」


 答えを聞いた青年は満足そうに頷き、トーヤを正面から見据えた。


「……そうだな。それはおそらく正しい。そなたのような正しき戦士が我が王国にいること、私は頼もしく思う。さあ、遠慮せず祝宴に加わるといい。今日の騒ぎは善き騒ぎだ」


 そう言うと青年は踵を返し、城の玄関から屋内に入っていった。彼のローブは重さがないのではないかと思うほど、ふわりとゆるやかに翻り、あとにはほんの少し冷たく、そしてわずかに腐臭を孕んだ空気だけが残った。


 ハキムたちは互いに顔を見合わせてから、この不可解な幻の出口を探そうと話し合い、城をぐるりと回って調べさえしたが、結局、何の手がかりも見つけることができなかった。


「……さっぱり分からん」


 ハキムはそのうち、真面目にやっている自分がバカらしくなってきた。


 こうなれば、幻術にでもなんにでも付き合ってやろう。ハキムはほかの三人を誘って、いよいよ盛り上がり始めた祝宴に加わることにした。そして、酔った兵士や若い女性とひとしきり騒いだあと、いつのまにか眠ってしまったのだった。


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