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GLITTERS2 -霧降る山と夕暮の竜-  作者: 黒崎江治
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第二十一話 仔竜の道にて -1-

 守り人たちは結局、集落を放棄することに決めた。この場所はカダーヴ峠に近すぎ、再度の襲撃が予想されたからだ。しかしそれは居住地として、という意味であって、集落が無人になるわけではなかった。戦士たちはここに残り、防衛拠点として敵を牽制することになった。


 人々が住居を去る際、持ち運びのできないテントは解体されて、急造の防柵や櫓の材料になった。もともとお世辞にも豊かな場所には見えなかったが、今はただひたすらに寒々しい風が吹き抜ける、荒涼とした拠点になってしまった。


「さて、俺たちはどうするかね」


 ハキムたちはかつてテントだった建材に腰かけながら、今後の方針を検討していた。時刻は昼近く。日の出まで漂っていた濃い霧も、今はすっかり晴れていた。


「次も援護できるとは限らないからね。寝不足だと調子が出ないし」

 今も寝不足なリズは、朝からずっと不機嫌だった。


「ハキム。少し考えたんだけど」

 トーヤが言った。


「なんだ」


「敵はネウェルを攻略するつもりがないんじゃないだろうか」


「あんなにたくさんいるのにか?」


「向こうが兵を集めれば、こっちも兵を集めないといけない。もしかすると、それが目的なのかもしれない。その証拠に、峠の砦にいる兵は積極的に侵攻してきていない」


 その言葉を聞いていたリズが、トーヤを先回りするように言った。


「守り人たちの目を峠に向けている間に、夕暮の竜を探すつもりなんだ」


「多分、そういうことだと思う」


 なるほど。ハキムは以前抱いた違和感の回答を得たような気がした。もし竜の両眼を揃えることで、夕暮の竜の所在を知ることができたなら、わざわざネウェル全域を占領する必要はない。竜の瞳に固執する守り人たちを砦におびき寄せ、消耗させ、釘付けにしておけばいい。


 その間に、少数の部隊で夕暮の竜を手に入れれば、目的は達成される。


「俺たちがここで踏ん張ってる間に、夕暮の竜を奪われたら間抜けだな。けど、それを邪魔なり横取りなりするには、土地勘か手がかりが必要になる」


「はい。アイデア」

「どうぞ、先生」


「ソニアに道案内を頼むのは?」


 トーヤの反発を予想して、ハキムは彼を見た。


「僕は賛同できない。危険だ」


 当然、そう言うだろう。


「でも、マリウスには頼めない。彼はここに残るから」


「他にも人がいるだろう」


「忘れたの? 夕暮の竜を私たちが手に入れるとしたら、守り人たちは全員敵になりかねない。もし秘密が漏れたら……」


 リズとトーヤの意見が対立するのは珍しいことだった。とはいえずっと見物しているのも不毛なので、ハキムは適当なタイミングで仲裁に入る。


「やるかやらないかは、本人に決めさせればいい。危険っていうのは正しいよ。けど、父親を殺した相手の鼻を明かすチャンスがあるのに、それを奪うってのも残酷な話だろ」


 ハキムはソニアの年齢であれば判断ができる、と考えていた。大抵の子供は、大人が考えるより自分のことを理解しているし、自分の選択を受け入れる能力も、十分に持っているものだ。


 ひとまず議論を落ち着かせたハキムは、集落の中でソニアを探した。彼女は男たちが立ち働く広場近くで、マリウスと共にいた。


「言うことを聞きなさい、ソニア。叔母さんたちと一緒にいるんだ」


 どうやら、集落を離れるよう促すマリウスに、ソニアが抵抗しているようだ。


「ここにいれば戦いに巻き込まれるぞ。お前は足手まといになる」


 ソニアは険しい表情のまま、無言で自分の足元を見ていた。マリウスはハキムたちに気付くと、ばつの悪そうな顔をして、肩をすくめた。


「このとおり、頑固なんだ。兄に似たのか……」


 父が討死し、頼りの叔父とも離れ離れ。ソニアに他の親類がいるのかどうか定かではないが、それはなんとも寄る辺ない身の上で、この場所を離れたくないと思うのも無理はなかった。


 ハキムが彼女に話しかけようとすると、トーヤが軽くそれを制した。彼自身が前に進み出て、ソニアと目線を合わせるようにしてしゃがみこみ、彼女の小さな両肩に手を置いた。


「僕らはこれから、夕暮の竜を探しに行く」

 トーヤは密やかに、しかし力強く囁きかけた。


「けど、僕らはこのあたりに慣れてない。案内が要る」

「……夕暮の竜を?」


「そうだ。でもそれは危険な役目だ。昨日の夜より、ここに留まるより恐ろしい目に遭うかもしれない。けれど、もしソニアにやってもいい気持ちがあるなら、僕らはそれを頼みたい」


「……」


「もちろん、無理にとは言わない。本当なら、やらない方がいいとも思ってる」


 その言葉に対して、ソニアはかぶりを振った。


「お父さんが守ろうとしたものを、私の知らないところでどうにかして欲しくない。トーヤたちにあげてもいい。だから、私もそこについて行く」


 彼女ははっきりと意思を示した。確認の必要も慰留の余地もなかった。


「……分かった」


 トーヤはソニアの肩から手を放して立ち上がり、ハキムたちを振り返った。


「僕たちで守ってあげよう」

「当たり前でしょう」


 様子を見ていたマリウスが、ハキムを見て言った。


「頑固さというのは誤りだった。この子は誇り高い。兄と同じように」


「俺は時々、頑固な人間の方がましだと思うこともあるけどな」


 何はともあれ、ハキムたちは新しい道連れを得た。しかしあまり悠長にしてはいられない。積極的な攻勢に出ていないとはいえ、カダーヴ峠に集結した勢力は、守り人たちを全滅させうる。アンデッドたちはどこから襲ってくるか分からず、学院の魔術師たちも底が知れない。


 夕暮の竜を先に見つけるのは、キエス=ラルコー連合軍が先か、自分たちが先か。竜の瞳を揃えた敵方が先を行っているのは間違いないが、これは単純な徒競走ではない。せいぜい、うまく出し抜く方法を考えるとしよう。



 守り人たちは集落に三百の戦士を残し、戦えない女と子供、そして老人を二つの集落に避難させることになっていた。それらはいずれも西方にあり、距離は徒歩で四、五刻といったところだ。


 ネウェルのどこを探索するにせよ、旅の用意は欠かせない。ハキムたちはメサ導師の庵を出発したときと同じような装備を整え、軽量の保存食を多めに持つことにした。もしかすると、数日間の野営が必要になるかもしれないからだ。


 通常の装備に加え、トーヤは守り人の弓を、ソニアも練習に使う小振りの弓を持つことになった。


 今はもう午後だが、日没を過ぎれば再び夜襲を警戒しなければならなくなる。避難する人々も、すでに大半が集落を離れていた。


 出発の前、ハキムたちが集落の辺縁で経路を確かめていると、メサ導師が通りかかった。こちらを探していたようで、小袋を持って近づいてくる。


「発つそうですね。夕暮の竜を探すと」


「ああ。秘密にしといてくれよ」


「ついていきたいのは山々ですが、私にはこの場所ですることがあります。探索は不得手ですしね」


「まあ、老体に山歩きは堪え……、なんか、若くなってないか? 師匠」


 陽光の下で見る彼女は、ここ数日よりもなぜか若く見えた。


「気のせいでしょう」


 多分、深く詮索しない方がいい事柄なのだろう。ハキムの傷が、ほとんど異常な速さで回復していることも含めて。


「餞別代りに、薬草をいくつか分けておきましょう。痛み止めと、身体を温めるものと、外傷に効くものと……」


「ああ、ああ。それぐらいで十分だ。師匠も気を付けてな」


「ハキム。夕暮の竜が見つかるにせよ、見つからないにせよ、貴方たちは遠からず何らかの真実に至るでしょう。それといつまみえてもいいよう、覚悟をしておきなさい」


「……ふうん」


「エリザベス。貴方はもっと思慮を持って魔術を使いなさい。注意深く練り上げ、タイミングを間違えなければ、あなたの魔術は何より強力です」


「はい。分かりました。導師」


「トーヤ。そしてソニア。誇り、信念、そして執着に殉じるかどうかは個人の自由です。しかし常に貴方たちに心を配る仲間がいることを忘れないように」


「……肝に銘じます。メサさん」


「もしかすると、しばらく会うことはないかもしれませんね。貴方たちの探索行が実り多きものとなりますように。……本当に薬草は要りませんね?」


「大丈夫だ。ご心配なく」


 それからメサ導師はソニアに優しく微笑みかけると、また集落の方へ戻っていった。その確かな足取りが離れていくのを、ハキムはなんとなく心細く思った。


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