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GLITTERS2 -霧降る山と夕暮の竜-  作者: 黒崎江治
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第二話 城塞都市ラルコー -2-

 元いた町を離れ、まずは馬車で東南東に七日。グランゾール最大の都市であるゼントヴェイロに向かう街道を進むと、やがてゴンドラ川という大河に行き当たる。


 そこで進路を北に変え、ゴンドラ川を四日ばかり遡っていくと、やがて左手にネウェル山地が見えてくる。そこでゴンドラ川を離れ北東に三日行けば、グランゾール北限の都市、ラルコーに辿り着く。


 旅の開始にあたり、まずハキムたちは自らを傭兵だとうそぶいて、東へ向かう隊商に便乗させてもらうことにした。ハキム一人ならばあまり使えない手だが、いかにも剣士然としたトーヤと、妖しげな雰囲気のリズがいれば、嘘にも多少の説得力が出る。


 便乗にあたってこちらは金を払う必要がなく、もし道中に危険があればそれに対処する。そして実際に襲撃などがあれば、別途で隊商から手当をもらう。ハキムがまとめた契約はそのようなものだった。


 ゼントヴェイロの近くではじめの隊商と別れ、違う隊商を見つけてまた同じような契約を結ぶ。こちらは交易の中心地なので、北へ向かう隊商を探すのにはほとんど苦労しなかった。


 したたかな商人との交渉は少しばかり面倒だったが、実際に襲撃があったことを考えると、結果として悪くない取引だったと言えるだろう。



 野盗の襲撃から一日半、ハキムたちは再びのんびりと馬車に揺られていた。


「リズ、いいものやるよ」


 ハキムは荷物の中からおもむろに小袋を取り出し、リズに手渡した。


「なに? これ」


 彼女はそれを見て、怪訝な顔をした。袋の中には黒い玉がいくつか入っている。


「ウンコだ」

「は?」

「ウンコ」

「……」


「と言っても、ただのウンコじゃない。動物のウンコを材料にした煙玉だ。もう乾燥してるから、そんなにウンコ臭くはないはずだぞ」


「ウンコウンコうるさい」


 騒いでいると、トーヤも袋を覗き込む。


「昨日の晩にねてたのはこれかあ。道理で臭いと思った」


「材料が手に入ったから作ってみたんだ。火を使う必要があるんだが、リズならいちいち火種を探す必要がないだろ。いつか役に立つから、とっとけ」



「ずっと持っておくの嫌だなあ」

 リズをひとしきりからかってから、ハキムはごろりと寝転がった。荷台の半分は麦の詰まった袋で占められている。隊商はこれをラルコーで売却し、北方から運ばれてくる毛皮や石炭を買うのだ。


 馬車は既にラルコーの領内へ入っていた。明日の早いうちにはラルコーに辿り着くだろう。そこからメサ導師の庵までは、徒歩で一日の距離だ。ハキムは窓から差す西日に目をしばたたかせながら身を起こし、ぼちぼち野営の準備をしておこう、と考え始めた。


 荷物を漁っていると、レザリアで手に入れたガラス球がごろりと転がり出る。改めて手に持ってみると、内部がわずかに発光しているように見えた。


「……ん?」


 それをしげしげと眺めていたとき、ハキムの耳はこちらに近づいてくる馬蹄の音を捉えた。少なくとも三、四騎。馬車ではなさそうだ。不穏な気配を感じたハキムは、ハキムはガラス球をしまい、やや姿勢を正した。


 厳めしい男の声が何かを命じて、馬車が止まる。襲撃という風ではない。


「領主の兵みたいだ」


 窓から顔を出したトーヤが言った。


 領主の兵。隊商にとっては安全を確保してくれる存在だが、ハキムにとっては野盗より厄介な連中だ。面倒なことにならなければいいが。


 しかしそういう期待は、往々にして裏切られる。一台目と二台目の馬車をあらためた兵たちが、隊商の最後尾に回ってきた。


「そこの連中、降りろ」


 長時間の巡視に適した軽量な革の鎧と兜は、騎兵たちがラルコーの兵であることを示していた。彼らは馬車の後部を囲むようにして馬を停め、高圧的に命じた。


 ハキムはリズ、トーヤに目配せしながら、兵たちを刺激しないよう、ゆっくりと馬車を降りた。隊長らしき口髭の男が、騎乗したままハキムを見下ろして言う。


「盗賊ハキムと、その仲間だな」


 ああ、案の定面倒なことになった。ハキムは心の中で渋面を作った。


「アンタら、別の人間と間違えてるよ」


「誤魔化しても無駄だ。裏付けは取れている。お前たちの足跡そくせきも」


「……しょうがねえ。じゃあな二人とも。短い間だったけど楽しかったぜ」


「アルムの遺跡で盗掘を働き、宝物を不法に持ち出したのは、お前たち全員だ。これ以上無駄に長引かせるつもりなら、その生意気な口を縫い合わせるぞ。盗賊ハキム、魔術師エリザベス、剣士トーヤ。ラルコー領主ヴァンドル閣下の名において、その身柄を拘束する」


 誤魔化しや交渉や取引には、一切取り合わないという意志のこもった、有無を言わせぬ口調だった。ほかの騎兵たちはいずれも短槍で武装していて、油断なくハキムたちを見据えている。


 馬の乗り方からしても、よく訓練されている。アルムあたりの弛緩した兵たちとは、だいぶ印象が違う。


「ハキム」


 リズが耳元で囁いた。彼女の金髪がほんの僅かにざわめいて、その周囲でエーテルが渦巻く気配を感じる。


「やめとけ。野盗を焼くのとはわけが違う」


 ハキムの首には現在、金貨三十枚の懸賞金がついている。これは確かにそれなりの金額ではあるが、誰もが血眼になって追うほどのものではない。


 しかし、もし直接領主の兵に抵抗し、殺害すれば、額は一気に跳ね上がる。三人まとまっていればもう三倍だ。これほどになると、この地域では常に密告や裏切りを警戒しながら行動する羽目になる。当然、領主の兵たちにも顔が知られる。


 それに、たとえ今をうまく切り抜けられたとして、ここはもうラルコーの領内。領主の騎兵に追い回されながら、遠くまで逃げるのはほとんど不可能だ。


「安心しろ、こういうのは初めてじゃない(、、、、、、、)


 ハキムはリズを安心させるように、小さく囁き返した。それから両手を挙げ、騎兵たちに無抵抗を示す。ここは一旦従って、あとで隙を見つける方が上策だ。


「お手柔らかに頼むぜ」


 多少の戸惑いと不安を漂わせながら、リズとトーヤもそれに従った。


 

 ハキムたちは両手首を拘束され、あらかじめ用意されていた馬に乗せられた。当然、武器の類は没収される。金貨やガラス球も奪われてしまった。


 魔術師であることがバレているリズは目隠しをされ、身に着けている赤黒のローブには油がかけられた。万が一にでも魔術を使い、油に引火すれば、彼女は松明のように燃え上がってしまうだろう。


「臭えなあ」


 ハキムはリズと同じ馬に乗りながら、彼女がずり落ちないよう、その身体を支えていた。


「黙ってなさいウンコ野郎」


 機嫌が悪い。


 ハキムたちを乗せた馬は、荷を引く隊商よりよほど速く進んだ。そして日が沈むか沈まないかのころ、丈の低い草原の向こうに、堅固な防壁に囲まれたラルコーの姿が浮かび上がってきた。


 ラルコーは城塞都市として知られている。ネウェル山地の麓に位置するラルコーは、北のキエス王国と、グランゾール中央部、そして南部のゼントヴェイロを結ぶ交易路の中継地点である。同時に、グランゾールへ南下してくる敵勢力に対する、重要な防衛拠点でもある。


 キエス王国とグランゾールの領主たちは、歴史上たびたび衝突を起こしてきた。今でこそ活発な交易がおこなわれているものの、もともとこの二つの国は異なる民族で構成されており、どちらかと言えば奪ったり奪われたりの、友好とは程遠い関係だったのだ。


 潜在的な敵勢力は、キエス王国だけではない。山地に住む〝ネウェル人〟たちも、ラルコーの領民たちにとって無視できない存在だった。


 彼らが積極的に平地へと進出することはなかったが、起伏のある土地を自在に移動するネウェル人の山岳騎兵は、彼らの領域に侵入する勢力を容赦なく排斥した。


 そういう軍事的な緊張を孕んだ地で、ラルコーは要衝として発展してきたのだ。現在の人口は、およそ三万を数える。


 その領主であるヴァンドルは〝冷たい火〟の異名を取り、領地の厳格な経営で知られていた。盗人は手を斬り落とされ、反逆には死が待つのみ。ハキムのような犯罪者にとって、ラルコーはあまり仕事のしやすい土地とは言えなかった。


 しかしまあ、捕まってしまったのなら仕方がない。首ではなく腹を括って、なんとかする方法を考えるほかないだろう。


 やがて一行は都市の城門に辿り着いた。紫紺色の夜が迫る中、交代した歩哨がかがり火を灯す。ハキムたちはそれを横目に、ラルコーの市街へと入っていった。


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