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GLITTERS2 -霧降る山と夕暮の竜-  作者: 黒崎江治
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第十三話 夜に駆ける者 -2-

 それから一刻ほど馬に乗っていると、はじめは豆粒ほどに見えたラルコーが徐々に近づいて来た。このあたりになると見張りの目があるため、慎重に進まなければならない。ハキムたちは麓近くにある森に隠れるようにして、さらに南進する。


「俺なりに役割分担を考えた」


 ハキムたちは森の出口で馬を停め、木に繋いだ。ここからは見張りの目を引かないよう、徒歩で行くことにする。防壁までは片道で半刻の距離だ。


「防壁の中へは一人で行こうと思う。リズ、トーヤ、マリウスは、外で情報を集めながら、敵を混乱させてくれ」


 ハキムは軽くした荷物からガラス球を取り出し、リズに手渡した。


「それは別にいいけど、本当に大丈夫?」


「信用しろ。俺は本職だぞ」


 リズはガラス球を受け取り、改めてハキムの手を握った。


「分かった。気をつけて」


「そっちもうまくやれ」


 ハキムはその地点で三人と別れ、まずは単身でラルコーに向かった。



 陽射しを防ぐという建前の茶色いフードを目深に被り、ハキムは草原を横切って街道に合流する。街道に沿って流れるのは、ウィロウ川と呼ばれる小さな河川だ。


 それはネウェル山地に源流を持ち、ラルコーの市街にも流れ込んでいる。こういった川はしばしば整備・拡張され、都市民の生活に利用される。


 防壁の北側には、傭兵たちのキャンプがあった。先日牢獄から脱出したときはゆっくり見る暇もなかったが、なるほど、これは確かに戦争の準備だ。


 市街に入って治安を悪化させかねない傭兵たちは、ひとまずは防壁の外側に留め置かれていた。一定期間の契約でどれだけカネをもらうか、戦闘があった場合に手当が出るのかは、時と場合と、リーダーの交渉力によって異なる。


 キャンプは現在、そこそこの賑わいを見せている。多分、昨日か一昨日にコモ氏族の襲撃を終え、血の臭いと略奪品を携えて戻ってきた傭兵たちだろう。


 余所者ばかりのキャンプならば、自分もそれほど目立たないはずだ。ハキムは一旦この場所でチャンスを窺いながら、具体的な計画を練ることにした。


 何気ない素振りでキャンプに立ち入る。そこにはざっと百程度のテントが、雑然とした感じで並んでいる。辺りではむさ苦しい傭兵たちが武器の手入れをしたり、酒を飲んだり、賭け事に興じたりしている。


 この場所には傭兵だけではなく、食料や日用品を扱う商人や、薄布だけを纏った娼婦などもいた。急造の居住地という意味ではアルムに似ていたが、殺伐さの度合いではこちらの方が上だった。


 さて、商人に化けるか、荷馬車に隠れるか。はたまた夜の防壁をよじ登るか。壁の内外を繋ぐ、脱出用の抜け道はあるだろうか? あるかもしれないが、見つけるのは容易でないだろう。


 ハキムが考え事をしながらウィロウ川の近くを歩いていると、革のベストを着た男が転がっているのを見つけた。寝ているのでも死んでいるのでもない。濡れた布で頭を冷やしているのだ。


「また会ったな、ジョウイ」


 ハキムは立ったまま、男に声をかけた。ラルコーから脱出して以来、彼はまだこのあたりをうろついていたようだ。


「よう、ハキムか。今日は透明じゃないのか?」


 声を聞いたジョウイは顔面から布を取り去り、にやりと笑ってみせた。頬のあたりには、殴られたような痣がある。


「ここの連中は喧嘩っ早くていけない」


「王子様気取りなんかするからだ」


 ハキムもあまり人のことは言えないが、ジョウイの腕っぷしはお世辞にも強くない。下手をすると、普通の男よりも貧弱なぐらいだ。それでも女性が絡むと、彼は相手が屈強な男だろうと喧嘩を挑んでいく。


 以前彼が語ったところによると、どうにも苛められている女性、特に娼婦は見過ごせないのだそうだ。おそらくはその生い立ちと関係あるのだろうが、ハキムはそこまで深く聞かなかった。


「ふふ。これでも五回に一回ぐらいはいい思いができる」

「バカだなあ」


 懲りない男は大儀そうに身を起こした。ハキムはその隣に腰かける。


「で、今日は何を企んでるんだ?」

 ジョウイが尋ねた。


 事情を話そうか、どうしようか。ハキムは一瞬迷ったが、よく考えてみれば、ハキムはラルコーに詳しくない。このあたりに長くいたジョウイに力を貸してもらえば、盗みをするにもなにかと都合がいいかもしれない。


 ハキムは澄んだ水流に目を向けながら、何気ない風に言った。


「竜の瞳を盗もうと思ってる」

「竜の瞳?」


「ネウェル人たちの宝なんだそうだ。昨日の明け方に集落が襲撃されて、それが奪われた」


「ネウェル人からヴァンドルが奪って、ヴァンドルからお前が盗むのか」


「なんの因果か、そのネウェル人から頼まれたんだよ。このままだと氏族を挙げてラルコーを襲わなきゃならなくなるから、その前に取り戻してくれって」


「なんか面倒臭え仕事。よく引き受けたな」


 ジョウイは手を頭の後ろで組み、再びごろりと転がった。それでも興味をそそられたのか、仕事について尋ねてくる。


「竜の瞳ってのは、どんな宝なんだ?」


「こんくらいの、黄色い宝石らしい」


 ハキムは左手の拳をジョウイの目の前に差し出す。


「でかいな。琥珀か?」

「さあ」


「ふーん……」


 いつまでも腹を探っていては埒が明かないので、ハキムは単刀直入に助力を頼むことにした。


「ジョウイ、手伝ってくれ」

「そう言うと思った」


 優男は笑った。提案は予期していたようだが、それほど嫌がっている風ではない。


「貸しが一つあるだろ。牢獄での貸しが」


「それをここで持ち出すか。深淵アビスに落ちるぞ卑怯者」


「もう落ちた。が、ちゃんと戻ってきたぜ」


 市街で鳴った鐘の音が、防壁の外側まで聞こえてくる。ジョウイはこちらの本気を推し量るようにして少し黙ってから、大げさにため息をついた。


「確かにチャンスではあるな。ヴァンドルの目は今、外に向いてる。あとは計画と分け前次第だ」


「竜の瞳は俺が貰う。他は全部やるよ」


「それはちょっと不公平じゃないか?」


「瞳が手に入ろうが入らなかろうが、そこにあろうがなかろうが、瞳以外はお前のものだ。不公平じゃない」


「……まあ、それでもいいか。手に入らなくても、文句は言うなよ」」



 太陽が沈む少し前、ハキムは防壁の北西でリズを見つけた。


「なんかいいもんはあったか?」


「商人に聞いたんだけど、市街の大通りに、守り人の捕虜が晒されてるみたい」

 リズが言った。


「囮みたいに言うのは気が引けるけど……。解放すれば、兵隊の気を引くために働いてくれるかも」


 先般の襲撃を生き延びた守り人の一部は、捕虜としてラルコーまで連行されたようだ。おそらく夕暮の竜について何か知っていないか、尋問するためだろう。しかし、一旦利用価値がないと判断されれば、彼らを生かしておく必要はない。このタイミングを逃せば、捕虜の生還は絶望的だ。


「こっちは早速、今夜忍び込む算段をつけた、やり方はまかせるから、なるべく混乱させてくれ。大体、明けの鐘が鳴る半刻前にしよう」


 もしハキムならば、足手まといになる捕虜は見捨てるだろう。しかしそれではマリウスが納得しないだろうし、何から何まで指図するのは、いささか仲間への信頼に欠けるというものだ。


「分かった。二人にも伝えとく」


 さて、ここしばらく本格的な盗みからは遠ざかっていたが、勘は鈍っていないだろうか。ハキムはぐるぐると右肩を回してから、夕日に照らされるラルコーの防壁を見上げた。


 そしてフードを被りなおし、傭兵たちのキャンプへと戻る。動き出すのは、辺りが完全に暗くなり、時刻が真夜中を回ってからだ。


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