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GLITTERS2 -霧降る山と夕暮の竜-  作者: 黒崎江治
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第一話 城塞都市ラルコー -1-

 グランゾール中央部から北へ向かう街道は、ネウェル山地が近づくにつれ段々と細くなっていく。始めは豊かな森や肥沃な田園を横目に見ながらの旅だったが、やがてそれは丈の低い草地に代わり、ときおり見かける集落は、中央部のそれに比べて貧相だ。


 空気も徐々に乾燥してきて、いかにも荒涼とした辺境、という趣になってくる。


 今の季節は初夏を少し過ぎたころ。陽光は日々その勢いを増しつつあるが、ほろや木陰の下にいれば暑さは感じない。


 旅には都合の良い晴天が続く中、ハキムは馬車の荷台でゆるく胡坐あぐらをかきながら、幌に開けられた窓からすぐそばに見える、深い針葉樹の森を眺めていた。


 山地から吹き下ろす新鮮な朝の空気が、植物の香りを運ぶ。しかしここ二、三日嗅ぎ慣れた匂いの中、ハキムは灰と煙、そしてかすかな獣臭のようなものを感じ取った。


 臭いのもとが気になったハキムは、荷台の左側ににじり寄り、窓から顔を出して前方を確かめた。


 三台が連なった馬車の左前方。ハキムは木々に紛れた数人の影を見つけた。御者もそれに気づいたのか、馬を停めようと速度を緩める。不穏な気配に動揺したらしい馬がいなないた。


「リズ、トーヤ。どうやら仕事だ」


 ハキムは傍らに置いてあった装填済みのクロスボウを掴み、小柄な身体を翻して荷台の後方から飛び降りた。長刀を持ったトーヤと、先ほどまでうとうとしていたリズがそれに続く。


 粉っぽい地面を踏み、改めて進行方向に目をやると、クロスボウや手斧で武装した五人の盗賊が、先頭の馬車に襲い掛かろうとしているところだった。先程嗅いだ臭いは、盗賊たちが野営した場所から流れてきたものらしい。身体に染みついた獣臭は、彼ら、そして犠牲者の脂や血によるものだろう。


 情け容赦のない野盗バンディット。都市を渡り歩く商人たちが最も恐れる存在だった。彼らは荷を奪うばかりか、楽しみのために人を殺す。


 少しでも容姿の整った者がいれば、男でも女でも慰みものになる。これは嘘か本当か分からないが、半分モンスターのようになっていて、人間の肉を食う者もいるとかいないとか。


「リズ、後衛のヤツらを頼む」

「うん」


 ハキムはその場で立ち止まり、数十歩の距離にいる野盗の一人に狙いをつけた。無防備な獲物を前に油断し、側面を晒した標的に向けて、クロスボウのクォレルを放つ。


 ひょう、という風切り音を発しながら飛翔したクォレルは、野盗の脇腹に深々と刺さった。汚らしい髭面の男は身体を曲げて倒れ、内臓を貫かれた苦痛にのたうち回る。


 ハキムはクロスボウをその場に捨て、既に前方へと飛び出していったトーヤを追った。


 低い姿勢で疾走したトーヤは、二呼吸のうちに敵一人の間合いに飛び込み、抜刀と同時に刃を閃かせた。陽光に一瞬煌めく見事な鋼は、それを防ごうとした手斧の柄を叩き斬り、そのまま相手の胴体を左下から大きく薙いだ。


 朝の空気に真っ赤な霧が舞い、鮮血の臭いが辺りに広がった。


 その様子を見て、二人の野盗がクロスボウの装填を急ぐ。しかし発射の準備が終えられることはなかった。半透明のプラズマが熱をまき散らしながら飛来し、彼らに襲い掛かったのだ。後方から放たれたリズの魔術だった。


 致命の高温に曝された野盗の髪や衣服は燃え上がり、手指や耳鼻などの末端は、濃い色の煙を出しながら急速に炭化していく。脂が染み込んでいるせいか、火の勢いは心なしか強い。


 森からの急襲で優位を確信していたであろう野盗たちは、あっという間に四人を失った。


「ひ、ひ……!」


 そしてたった一人残った盗賊はすっかり戦意を喪失し、武器である斧さえその場に落として、転がるように森の方へと逃げ出した。ハキムは腰からナイフを抜いたが、思い直して投げずにおいた。汚らしい野盗の死体を増やしたところで、何の得にもならない。


 ハキムは足元の呻き声に注意を向けた。脇腹にクォレルが突き刺さった盗賊と、トーヤの斬撃を浴びた盗賊はまだ生きていた。しかし傷の位置と深さからして、息絶えるのは時間の問題だろう。それよりも、隊商にけが人は出ているだろうか。


 馬車を振り返ると、荷台の側面に一本、御者の肩に一本、クォレルが突き刺さっていた。盗賊たちのそれとは違い、こちらは致命傷ではない。ハキムとリズでクォレルを引き抜き、傷に応急手当を施した。


「あぁ、アンタら、強いんだな。ありがとうよ」


 クォレルを受けた中年の商人は、はじめすっかり動揺し青ざめていたが、治療が済むといくらか落ち着きを取り戻し、ハキムたちに感謝を述べた。


 馬も多少は怯えていたものの、ひとまず運行に大きな支障はなさそうだ。瀕死の野盗を街道の脇に除け、ハキムたちは再び北を目指した。残された死体は、森の獣が片付けてくれるだろう。


 ◇


 時を少々さかのぼる。


 ハキムたちが地底に墜ちたレザリアの探索を終えたのが、ひと月前のことだった。


 かつて栄え、そして滅びた帝国アルテナムの首都から、ハキムたちはある物を持ち出した。それは渦巻く星屑を内部に封じ込めたような、拳大のガラス球だった。宮殿の最上部に鎮座する、黄金でできた天象儀の中心にあったものだ。


 何か重要な役割を持つアーティファクトだろうと予想されたが、その正体は未だ不明なままだった。


「決死の探索だったのに、成果がこれだけとはなあ」


 その後、探索の舞台だったアルムの街から山を越えた先にある町で、ハキムたちは一晩の宿を取っていた。夕食の皿が片付けられたテーブルの上で、ハキムはガラス球を転がす。


「すごい価値があるかもしれないって言ったのは、ハキムじゃないか。それに、ちゃんと金貨も手に入ったし」


 トーヤがハキムを元気づけるように言った。


 この柔和な顔をした剣士は、没落した家を建て直すという目的を持っている割に、カネへの執着をあまり表に出さない。


 その代わり、死んだ妹に心の深いところで執着していて、ときおり突飛な言動を取ることがある。しかし何日も行動を共にするうち、ハキムはそれを当たり前のものとして受け入れつつあった。


「あるかもしれない、じゃ困るんだよなあ。俺たちが価値を知らないと、交渉ができないだろ」


 ハキムはなんとかこのアーティファクトを鑑定し、うまく売却する方法がないか、と考えていた。しかしこのアーティファクトには、身に着けると姿が消えるとか、熱や冷気を通さないとか、そういう分かりやすい効果がない。


 魔術の素人が見れば、ただの綺麗なガラス球にしか見えないのだ。このままだと、売値は同じ大きさの水晶にも劣るだろう。


「この町で少し調べてみて、分からなかったら〝ゼントヴェイロ〟まで行ってみようか?」


 トーヤの言うゼントヴェイロとは、このあたりの地域――〝グランゾール〟と呼ばれている――で最大の都市だ。二つの大河が合流する地点に在るゼントヴェイロには、多くの物や人、そして情報が集まる。そういう場所であれば、魔術的なアーティファクトに詳しい人間がいるかもしれない。


 旅費はかかるが、遠路はるばる向かってみるのもアリか。


 ハキムが首のうしろをこすりながら、次なる行き先に思いを馳せていると、入り口の扉が開き、リズが外から戻ってきた。


「おう。目当ての物は受け取れたのか」

「まあね」


 リズは右手に持った小さな巻物を振って見せた。


 夕食を食べ終えた直後、自分宛に書簡が届いていると知らされた彼女は、別の宿までそれを取りに行っていたのだ。


 ハキムたちと同じテーブルについたリズは、紐をほどいて封を剥がし、高級そうな羊皮紙でできた巻物を広げる。


 それは短いメッセージのようだったが、読み始めてすぐ、リズはその表情を曇らせた。


「誰からだ?」

「あー……なんというか」


 彼女の態度は曖昧だ。説明し辛い関係の人物だろうか? とつい疑ってしまう。


「学院の人なんだけど」

「学院?」


 今度はトーヤが眉をひそめる。学院といえば、リズにたびたび刺客を送り込んできた組織だ。レザリアで出会った魔術師ヘザーには、ハキムたちも危うく殺されかけた。


「と、いっても多分敵ではなくて。私も前に少し、師事してたことがあるし……」


 要するにリズの師匠格ということだ。しかし彼女の態度からして、あまり親しい間柄というわけでも、書簡を受け取る心当たりがあるわけでもないようだった。


「メサ導師は、〈貴女がまだ五体満足であり、古の廃都で何かを知ったのならば、私の庵を訪れなさい〉、と」

「それ、罠じゃないのか」


 ハキムは率直な推測を述べた。


「違うと思う。彼女は既に、学院を去っているから」

「追放されたってこと?」


「詳しくは分からないけど、多分そう。今考えると、レザリアが発見されてすぐのことだった」


 レザリアの主であり、アルテナムの皇帝であり、〝到達者〟の称号を贈られたオヴェリウスについて探究することは、学院において固く禁じられていた。だからこそ、それをしようとしたリズには刺客が放たれたのだ。


 このメサとかいう魔術師も、探究する側の人間だったのだろうか? それとも、もっと真相に近い人物?


「どういう人間なんだ」

 ハキムは尋ねた。


「メサ導師は学院に九人いる〝賢者〟の位を持った……今は持っていた、か。とにかく最高位の魔術師なの。穏やかな人だけど、恐れられてもいた。直接話したことはあんまりないから、人柄は詳しく分からない」


 知識が豊富で頭は切れるが、超然とした態度で、迂遠な言い回しをする皮肉屋。ハキムが賢者という言葉に抱くイメージは、おおむねそのようなものだった。


 そもそもリズとの付き合いがあるとはいえ、魔術師という人種はハキムにとって未知の部分が多かったので、あまり積極的に会いたいとは思えなかった。とはいえ、性格が合うか合わないかで面会の判断するわけにはいかない。


「行ってみるか、リズ」

 考えた末、ハキムは言った。


「いいの?」

「お前のためっていうよりも、このガラス球について聞くためだ。偉い魔術師の先生なら、何か知ってるかもしれないだろ」


 トーヤもそれに賛同した。


「ゼントヴェイロで詳しい人を探すよりいいかもしれないね。そのメサさんの庵っていうのは……」


「ラルコーのあたり。知ってる? 二人とも」

「また遠いなあ」


 ハキムは頭の中で地図を展開した。


 グランゾールとそれに隣接する地域は、ちょうど左を向いた馬の頭と似た形をしている。目、頬、首筋にかけての帯状の地域がグランゾール。山脈を挟み、それより東が〝ナーフ高原〟。口と鼻のあたりは乾燥地帯の〝ラウラ〟。頭頂部と耳が〝ポート公国〟。たてがみが〝キエス王国〟。


 リズが言ったラルコーはたてがみの根元、つまりグランゾールとキエス王国の境を、少し南下したところにある。


 今いる場所からの距離は、地図上ならばそれほどでもない。しかし実際には、グランゾール、ポート公国、キエス王国にまたがる広大な山地をぐるりと迂回しなければならないため、馬車でも軽く十日以上の道のりになってしまう。


 ハキムは旅費とその間の生活費を天秤の片方に、ガラス球について得られる情報をもう片方にかけた。レザリアで得た黄金はおよそ金貨三十枚分。贅沢をしなければ、三人でふた月は食いつなげるが、節約するに越したことはない。


 とはいえ、道中や行った先でカネを稼ぐ方法もないではないし、旅費を節約する術もそれなりにある。


「まあ、このまま燻ってても仕方ないしな」

 ハキムは決断した。


「じゃあ、次の目的地はラルコーだ」

 トーヤが言う。


 こうして、ハキムたちはアルムを遠く離れ、北方の都市ラルコーへと向かうことにした。


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