中島のケジメ
主人公以外からの視点は書かないようにしようと決めていました。ですが、前話であまりにも中島の心境が変化し、違和感しかなかったので、急遽中島視点の話を書きました。
幕間にしようか悩みましたが、この話は蛇足とは言えない気がしたので、順当な話数に入ります。
主人公が知る以上の情報を知りたくなければ、この話は飛ばしてください。
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「涼介、ちょっとヒルデと二人きりにしてくれないか?」
俺は涼介に落ち着く時間を作ってもらう事にした。
ユキの事をヒルデと話し合わなければならない。それと、変わり果てた姿で戻ってきた涼介の事もだ。
「魔王」と呼ばれ、あの化け物達と一人で渡り合っている俺の友達。二人とも別々の異世界に飛ばされて、それでも尚、涼介と巡り会うことができたのは、奇跡……ではなく、運命なのだと感じている。こんな事を言えば、涼介は馬鹿にするんだろうけど。
「わかった。外で待ってる。グレース! リリナを連れて来てくれ」
「かしこまりました! すぐ参ります」
それと、涼介と一緒に来たグレース。涼介は隷属させたって言ってたけど、特に奴隷のような扱いをしているわけじゃないみたいだ。
……涼介に、そんな事出来るような度胸なんか無いか。でも、世界平和の為とか言って、単身で死地に飛び込んで行くような無茶はするんだよな。
「じゃあ……」
涼介は、そう言うと静かにドアを閉めた。
静かになった部屋で、俺は腕の中で泣いているヒルデを解放した。
「中島様……すみません。私が泣いているから……」
自分を落ち着かせるために人払いをしてくれたと感じたのだろう。でも、そうじゃない。俺も、時間が欲しかったんだ。
「良いんだ。俺だってみっともなく泣いてる」
声には出していないが、涙袋はとうに決壊していた。ユキが消えてしまった瞬間を思い出そうとするたび、目の前が滲み、思考を妨げる悲しみに襲われている。脳が熱い。涙を止めようと上を向いたり、瞬きをしたりするのだが、引いたはずの悲しみは、押し寄せては引いてを繰り返していた。
少しの間、俺は自分とヒルデが落ち着いて話ができるようになるまで時間を置いた。できるだけ自分は泣くまいと頑張ったのだが、泣いているヒルデを側で見ていると、下を向いて涙を隠すのが精一杯だった。そのまま、しばらくの時間、悲しみが落ち着くまでかかったと思う。そして、ヒルデが少し落ち着いた頃、俺はヒルデをソファーへ促し、隣に腰掛けた。
「中島様は、これからどうされるおつもりなのですか?」
会話は、ヒルデから切り出された。
以前から涼介の力になりたいとヒルデに話していたからだろうか? これから俺が何をするのか不安になったのかもしれない。でも、これから、わかって貰えるかはわからないが、俺の気持ちを伝えなきゃならない。
「涼介は、来てくれとは言わないだろうから、勝手について行こうかと思ってる」
「そう……ですか。それは、私も……連れて行って頂けるのでしょうか?」
ヒルデも一緒に行きたいようだ。
ヒルデはいつも、涼介の話になると「そうですね」と、一言肯定してくれていた。もっと、わかりやすい人助けを想像していたのだろう。しかし、今起きた出来事からして、涼介は倫理や固定観念の外側にいる。戦い……と表現できるかもあやしく、多くの人々が求めているであろう簡単な正義ではない。
悪者は強く倒せない。人類に対して許せない悪事を働いたわけでもないし、恨まれてもいない。しかし、気の持ちようで星を破壊してしまう。そんな、わかりにくい悪との戦いなんて、誰もしたいとは思わないだろう。
「なんで一緒に行きたいんだい? 死にに行くようなものかもしれないんだよ?」
「……だからです。アレンも二十歳を超え、自立しています。幼かったユキは……もう居ません。
私は、中島様と一緒に居たいのです」
ヒルデはいつも感情を素直に表現する。そんな真っ直ぐな彼女だからこそ、俺はいつのまにか惹かれていってしまったのかもしれない。
でも……もし……涼介について行くのなら……それは……
「……嬉しいよ、ヒルデ。愛してる」
「私も、愛しております」
改まって言うと恥ずかしい。ヒルデの思いが、俺の悲しみを埋めていくのがわかる。
しかし……これからやろうとしている戦いは、報われる事は無いし、基本的な行動理念は先延ばしだ。そんな戦いに、ヒルデを連れて行くのはどうなのだろうか? 考えたところで、明確な答えは見つからない。普通の人からすれば、行くこと自体間違っていると言われてもおかしくはない。
「君は一緒に行きたいと言ったけど、この戦いをどう捉えているんだい?」
「……わかりません。涼介様がやっている事は、戦いと言えるのかも疑問です」
これはヒルデの言う通りで、戦いと言うには内面的過ぎるきらいがある。
「戦いと言ってはいるけど、その言葉に大した意味はないんだ」
「では、どうしたいのですか?」
そこに尽きる。どうしたいのか? 涼介はどうしたいのか? そして、俺はどうしたいのか?
「ヒルデ……これから話す事を理解して、実行し切る意思が無いのならば連れて行くことは出来ないよ」
「わかりました。教えてください」
「そうだね、まずは、涼介がやろうとしてる事は、人類の未来のために、奴らの近くで対策を考え対応し、最後の日を先延ばしにするといった戦いなんだ」
「はい」
これが今、涼介がやり続けている事だ。
きっと、この世界の誰に話したところで、理解されないだろう。実際、俺もちゃんと理解しているかと言えば、理解しているとは言い難い。
「そして、俺は、そんな涼介の力になりたいと思っている」
「はい。ずっと仰っておりましたのを聞いていましたので」
「そうだね。……じゃあ、どうすれば、涼介の力になれるかな?」
ヒルデは考える。
そして、この質問の答えは、無いと結論付けた。
「……あの……涼介様のために出来る事は、私達には無いのではないでしょうか?」
「そうだね、はっきり言って……無い。奴らは戦闘を仕掛けては来ないようだからね。それに、アローも、シューゼも、それぞれが支配したもの同然な状況なんだ。もし奪還しようとしても、解決作なんて立てられない……でしょ?」
「なら、私達は何をすれば……」
ヒルデはまた、深く考えに耽っていた。俺が何を言いたいのか? ヒルデには見えて来ないのだろう。わかるはずがない質問をして意地悪をしているみたいだ。
「だから……簡単に考えてみたんだ。俺は、涼介の心の支えになれれば、それで良いんじゃないかなって」
「心の支え……ですか?」
「そう。奴らは、人の心を弄んで自滅させている。今日だって、涼介は二十年も未来に転移してしまったんだよ。それが、どのくらいショックだったかわかるかい?」
「……想像、できません」
「下手すれば、大切な誰かが死んでいてもおかしくはない長い時間だ」
「……」
「実際に、どれほど辛いのかなんて俺にはわからない。でもさ……もしそこに、今日みたいに俺がいたら……多少なりとも、支えになれるんじゃないかなってね」
「そう……ですね」
俺は、ヒルデにちゃんと最後まで言わなきゃならない。何がしたいのかを。
自分のことなのに、うまく整理がつかない。
「だけど、そんなに簡単じゃないんだ」
「そうですね」
「うん。だから俺は、部屋のドア開けた瞬間から、死んだ事にしようと思ってる。自分の人生を求めたら、涼介の足を引っ張る事になる」
「……」
「ヒルデは聞こえていたかわからないけど、涼介が言ってたんだ。俺はお前を救えないし、お前も俺を救えないってね。そして、今までの幸せを全部無かった事に出来ないなら、やめておいた方がいい。とも言ってたんだ」
「そんなこと……」
「きっと、涼介は、そう覚悟して、二十年前に立ち向かって行ったんだんじゃないかな?」
「……」
ヒルデは言葉に詰まってしまっていた。無理もない。今までの幸せな人生を捨てて、涼介のために生きようと言っているようなものなんだ。受け入れられる方がどうかしてる。
「だから、そんな涼介の犠牲の上で成り立っている幸せは、涼介の力になりたければ捨てなければならない」
「そう……ですね」
「涼介がここに来た時、俺たちが幸せな時間を過ごしていたと聞いて取り乱したのを覚えてるかい?」
「はい。中島様が、涼介様の言いつけ通りに大人しくしていたとお話になって納めた時ですね」
「そう。その時、涼介は未来に飛ばされて、ショックを受けていたんだと思う。俺たちの幸せを妬むくらいにね。もしかしたら、もう戦いをやめようとか考えていたのかもしれないね」
「そこまで……なのでしょうか?」
「わからない。けど、そんな心境で、こんな報われない戦いを続けられるとも思えない」
「……」
ヒルデはまだ、この戦いを理解していない。同じ気持ちじゃなければ足手まといになるだけだろう。
「ヒルデ……奴らは、人間の心を弄んで楽しんでいるんだよ? 妬みや恨みを秘めて立ち向かえるのかい?」
「……」
「涼介は、来るなら大切なものを捨てろって言ったんだよ。きっと、涼介も捨てたんだ」
「……」
「そして、ただただ、この世界の人類の未来のために戦う。たとえそれが、先延ばしのためだけの戦いだったとしても」
「……勝つことは出来ないのですね」
「そう。だから、戦いを挑んだ者は、救われることも、報われることもない」
「それがわかっていても、行くのですか?」
当然の質問だろう。報われない戦いを良しとする人なんていない。
「行く。涼介だけに背負わせるわけにはいかない。身も心も削りながら稼いでくれた時間だと知ってしまったからね」
生贄……そんな言葉が相応しい。
俺は、知らず知らずの内に友人を生贄にして、自分は幸せな時間を享受していたのだ。
そんな事、思いもしなかった。
「……わかりました」
「……」
「この部屋を出たら……私も死んだ者として、過去を捨て、涼介様に尽くします」
「なら……約束して欲しい」
「……なんでしょうか?」
「俺が死んでも、悲しまないと」
「!!」
ヒルデは俺の言葉の意味を理解してくれたと思う。悲しむ事すら許されない程、重いものなんだと。
俺が死んでヒルデが悲しめば、涼介の戦いの妨げになる。涼介が必死になって抑え込んでいるものが壊れてしまう。
「……はい」
「その時涼介には、覚悟していたと言っておいてくれ……俺もそうする」
「……わかりました」
このまま涼介に着いていかず、世界が終わるその時まで、幸せな時間を過ごす選択肢もある。
たとえ、その選択肢を選んだとしても、涼介は何とも思わないだろう。許してくれるとか、そういった事じゃない。涼介も過去を捨てて来たのだ。そしてもし、涼介に着いて行っても感謝されることはない……涼介は、俺を救えない……どっちにしても救われない。
じゃあなんで? この問いを何度も自問した。
ヒルデや子供達はどうする? 自分がしなくてはいけないのは、ヒルデ達の幸せを守る事じゃないのか? アレンを残して、ヒルデを連れて行くなんて許されるのだろうか?
涼介を見捨てた方が、幸せに暮らせるんじゃないか?
全ての答えは、過去にある。
なんで? もクソもない。俺は涼介から幸せな時間をもう貰った!
ヒルデや子供達をここまで育てて来れたのも、涼介のおかげなんだ! まだ俺が必要だなんておこがましいにも程がある!
涼介を見捨てた方が幸せに暮らせる? クソ喰らえだ! 親友を見捨てて幸せだなんて思えるわけないだろ! この二十年間、罪悪感が消えた事なんかない!
……人はみんな、過去を忘れ未来のために生きていかなければならない。だから、過去を見ない。未来のために行動する。
でも、だから迷う。過去に自分が受けた恩を忘れれば、未来への希望が一つ消える。自分がやっても、きっと忘れ去られるだけだと。そしてまた、受けた恩を忘れ去る。その繰り返し……。
そうやって……いつの日か、逃げ惑う人生に成り果てるんだ。
もし、俺が涼介を見捨てたら、きっとまたいつの日か、違う親友を見捨てるだろう。
そして最後には、本心から親友と呼べる人がいなくなる日が来る。
だから俺は、心の底から涼介を親友だと言いたい! そう言える人生でありたいんだ!
でも、涼介から嫌われたらしょうがない……そういう事もある。だけど俺は、未来の自分のため、誠実に生きる道を選ぶ。それが不幸な現実だとしても、万人に馬鹿にされるような選択だとしても、自分の心が満たされなければ幸せなんてあり得ない!
「……じゃあ、行こうか。ヒルデ」
「はい」
この部屋を出れば俺は死人……。
でも……生きている。
幸せな未来……それは、自分が決めるものなのだ。