中島という漢
「そういえば、レノ、リリナちゃんはどうする?」
話に夢中になりすぎて、リリナちゃんがいる事を失念していた。今後リリナちゃんをどうするかを話し合わなくてはいけないだろう。
「彼女の遺伝子データから、両親はシューゼにいるバッツとマミアでしょう。彼女の記憶とも一致いたします」
「あ! パパとママ! リリナのパパとママの名前だよ!」
両親の名前を聞いてリリナちゃんが声を上げた。十二歳にしては幼さを感じるが、性格の問題なのだろう。
「そうか。リリナちゃんは、いつからこっちに来ているんだい?」
「んーとね、昨日はパパとママと一緒だったよ! でも、起きたらここにいたの」
昨日リリナが寝てから連れ去って、今まで寝かされていたわけか……なんか、タイミング良すぎじゃない? 果たして、どこまで仕組まれている事なのか……。
「じゃあ、リリナの記憶を頼りに、たどり着く事は出来そうか?」
「可能です」
「良し! この件が終わったら、すぐにシューゼへ行こう!」
「かしこまりました」
本当は、もう少しアローを見て回りたかったのだが、リリナを出来るだけ早く返してやらないといけないだろう。
急に居なくなって、両親も慌てているはずだしな。
「リリナちゃん、すぐにパパとママのところへ返してあげるからね!」
「うん! ……でもね、リリナのパパとママね、眠ってるの」
「ん?」
違和感バリバリな発言だ。もう、厄介ごとである事間違いなしって感じだ。これ以上なにがあるって言うんだ! タマを恨まずにはいられない。また、レノに真相を聞いても、さっきと同じで聞かなきゃ良かった系のエピソードなのだろう。嫌だけど……聞きたくないけど……レノに耳打ちをする。
「あー、レノさん。リリナの両親はどんな感じなのかな?」
「はい。リリナの記憶では、一週間以上、寝たきりなようです」
「……一応聞くけど、意識は?」
「ありません。睡眠状態です」
「生きてはいるんだ」
「はい」
「病気?」
「不明です」
出た……レノが不明とか言っちゃう事案って事は、そういう事だ……。
「その間、リリナはどうやって生活してたの?」
「シューゼには、アンドロイドが未だ数多く存在している模様です」
「そう……両親の状態って推測出来ないの?」
「近いものはありますが、当てはまる症例がありません。異世界との関係性がないか確認が必要です」
「そうか……ヒルデとグレースとラッツの記憶にも無いかな?」
「では、該当者のフルスキャンを実行いたします」
「って、今までしていなかったの? それよか、ラッツは今どこに居るんだ?」
汗のお兄さんことラッツを忘れていた。武闘派っぽいから、あまりここでは目立たないってのもあるが……。
「スキャンはしてありましたが、データはアマテラスに格納されております。そして、子機には一年以上前のデータを保管する権限はありません。また、記憶データは膨大で、私のメモリでは重要な部分を残しておく事しか出来ません。
そして、ラッツは今、アンドロイド不足を補うために、国連で働いているようです」
「そうか……で? どうだった?」
「睡眠を誘発する魔法はあるようです。しかし、古い記憶は正確なスキャンができません。あまり知られていない魔法の様なので、後で聞いてみていただければと思います」
「グレースやヒルデが思い出せば、スキャン可能って事か」
「思い出さなくとも、思い出そうとすれば、スキャン精度は向上するはずです」
「わかった」
レノが居てくれて、本当に良かったとつくづく思う。この情報にたどり着くまでに、どれだけの時間と労力が必要だったか……考えるだけでもゾッとする。
俺はレノとの会話を切り上げ、グレースに今の内容を聞いてみる。
「グレース。一週間以上眠りに落とすような魔法とか、方法は無いか?」
「一週間以上ですか……申し訳ありません、思い当たりません」
「そうか……」
俺はまた、レノと密談を交わす。
「どうだ?」
「グレースの記憶にはありませんでした」
「ヒルデにも聞くか?」
「はい」
「わかった」
とは言っても、今は中島と二人で引きこもり中だ。そこそこ時間も経っているし、そろそろ出てきても良い頃だとは思うが……。
それから、しばらくして扉が開いた。
「悪い、待たせたな……って!」
中島とヒルデが揃って出て来たのだが、すぐにコルチェの存在を確認して、中島は驚いた表情を見せる。
「遅い! 待ちくたびれたぞ!」
「え? あー」
中島は、コルチェと俺を交互に見て困惑気味にしていたのだが、すぐに目を閉じて深く深呼吸をすると……
「うっし! 悪いな。ところで、なんでこいつがいるんだ?」
中島の表情に感情の起伏は見られない。冷静に状況を判断しようとしていた。俺が知っている、いつもの中島だ。
「んー、盾役かな?」
「そうか」
不思議な事に、中島は何も聞いてこなかった。聞きたい事は山ほどあるだろうに。逆に俺が気になって仕方がない。
「ちょっと、ちょっと! 中島はそれで良いの? 僕に聞きたい事とかあるんじゃないの? ユキちゃんへの想いはその程度だったのかい?」
こいつ、本当に言いやがった。アンドロイドとしての役割を完全に逸脱している。やはり、何かしらされているのは確定的のようだ。
「……涼介、こいつ大丈夫か?」
憤慨ものの罵りを聞いたにも関わらず、中島は至って普通に会話している。表情も涼しげだ。
中島……おまえも……大丈夫なのか? さっきまでとは別人レベルで冷静な中島に不安しかない。
「あっ……ああ。こいつはもうダメだ。あの猫になんかされてると思う」
「そうか。アンドロイドなのにか?」
……これは……どういうことだ!? むしろ俺の方がなんかダメだ。中島は、ヒルデとの話し合いで、いろいろ吹っ切って来た……と考えるのが正しいと思うのだが、コレ、変わりすぎでしょ!
「ああ。でも、コルチェかツクヨミのどちらかはわかんないな」
「ツクヨミかよ! ヤベーじゃん」
「そうなのよ。ヤベーのよ」
「……ねえ、ねえ」
コルチェが不服そうのこちらを見てる。辛抱堪らず話しかけて来たようだ。
もう、さっきのことは忘れて、無かった事にしようかと思っていたのに……ウザくて、しつこくて、口の悪いコルチェにうんざりしていた。
「どうした?」
「どうしたじゃないよ! 僕の質問無視してるでしょ? なんなの? 答えたくないの?」
コルチェが場を掻き乱そうと必死になっている。相手をしないといけないかな? なんか、中島、冷静だし、任せちゃおうかな?
「だってさ」
「ちっ! しょうがないなぁ」
「中島、ちゃんと僕の質問に答えてよね!」
なぜか態度のでかいコルチェ。まあ、いつもの事だが。
「ああ、じゃあ……悲しい。けど、おまえに聞きたい事なんかない。」
「…………え? なにそれ、悲しい? それだけ? やっぱり、その程度なの?」
「そう言われても、悲しい……それに尽きる。そもそも粗探ししたいなら、俺の考えてる事なんて筒抜けなんだろ? 俺なんかよりよっぽど利口なツクヨミに聞けよ」
まあ、その通りだよね。その通りなんだけど、怖いほど言葉を選んで話をしている中島が、正直恐ろしい。
どうやったらここまで感情をコントロール出来るのか? 今まで冷静な奴だなぁー程度にしか思ってなかったが、これはもう畏怖を覚えるレベルだ。異世界で磨き上げたのだろうか?
「そう……。君はつまらないね」
「……まあ、こんな感じさ」
もうそろそろ俺も飽きてきたので、コルチェと中島の間の会話に割って入る。いくら心機一転ニューバージョンの中島でも、執拗にネチネチやられれば持たないだろう。
「そうか。でも、これから、こいつを連れて行動するのか?」
「そうだ」
「なんで?」
「それは教えられない。おまえに教えたら筒抜けになっちゃうし」
盾役と表現するのが精一杯だ。壊した後に、ほかの誰かが監視に来る可能性を捨てきれないから……とは言いたくない。
「……それもそうか。わかったよ! じゃあ、仲良くしような! コルチェ」
「君と仲良く出来るかは保証できないねぇ」
「はは! それでもいいさ」
「……」
中島の笑顔は本物だ。もうクスリでもやってんじゃないか? って思うほどだ。実はもう壊れてしまっていると言われても不思議じゃない。
「じゃあ、まあ、とりあえず大丈夫そうだし……ヒルデ!」
「はい」
気にする余裕が無かったが、ヒルデはまだ少し落ち込んでいるように見える。いったい中でどんな話をしたのだろうか?
「ヒルデは、一週間以上眠らせる事の出来る魔法か、方法を知らないか?」
「眠らせる魔法ですか……確か、魔法ではなく、呪術の類でそんな事が出来ると聞いたことがあります」
「呪術か……」
呪術と魔法、何か違うのかな? きっと呼び名が違うだけで、花粉が関係しているのだろう。
「具体的にはどうやるか知っているか?」
「いえ……でも、リザレクションで治癒できます」
「そうか……ん? あっ……」
俺はその言葉で思い出す。一週間以上寝たきりとか……まさに俺が精神体を抜かれた時の状況と一緒じゃないか! これはレノに相談だ!
「レノ! おまえ、なんで俺の時と一緒だと言わなかったんだ?」
「その症状は、涼介様の一件のみとなりますので、可能性はありましたが行動するには早計だと判断いたしました」
「まあ、そう言われちゃうと……確かにな」
未確定情報は安易に伝えない。これは、人間へ情報を伝える方法として、ちゃんと精査されたやり方なのだろう。
往々にして、フィクションで盛り上がる傾向にあるのは、紛れも無い事実だ。
しかし、これを機に、俺は一つ覚悟を決めた。
「レノ……俺がレノにする命令って、優先順位はどのくらいなんだ?」
「アマテラスの次です」
「そうか……じゃあ、命令する。未確定でも、可能性が高いものは伝えてくれ」
「かしこまりました」
レノとの接し方として、これが良いのかはわからない。もしかしたら、情報の渦に飲まれてしまうかもしれない危険性もはらんでいる。
しかし今は情報の有無が非常に大切で、それがまだ可能性の域を出ないとしても、知らないまま入手不能になり、致命的な遅延を発生させてしまう可能性の方が問題だと感じていた。
「良し! そういう事なら善は急げだ! シューゼへ行くぞ!」
「え? なんでシューゼ?」
話の腰を折られてしまった。中島には言っていなかったか。まあいいや、飛びながら話すか。
「移動しながら話す。今回はどうしてもリザレクションが必要なんだ。ヒルデも来てもらうからな!」
「そういう事なら、喜んで参ります」
落ち込んでいたヒルデも、少し元気が出てきたみたいで良かった。単に人助けだ。気負う必要は無いだろう。リリナの両親ってのが不安要素なのだが、今の中島なら問題ない。
そして、俺たちはVIPフロアを後にして外に出た。
「ふっふっふ、千を超えるアンドロイド達との戦闘に勝利した俺の魔力を見よ!」
俺は大げさに両手を広げて叫ぶ。
「ウルウインドプロテクション!」
少し強めに吹いていた風がピタリと止んだ。
「ウルフライ!」
ふわりと全員が宙に浮かび、上空へと高速に飛び上がった。
「はっはっはー! どうだ中島!」
「おまえ、魔法使えなかったんじゃないのかよ!」
「俺だってやれば出来んだよ!」
「……やれば出来るってレベルじゃねぇな」
こんなやりとりをしている間に、アローは見えなくなっていた。俺は全員分のバランスを取りながら、亜音速の域にまで加速していく。
「こりゃあ……もう俺より魔力は上だな」
「姐さんはもっと、もっと早かったぞ!」
「やっぱ化け物っているんだよな……」
俺はすでに、異世界で無双していた中島を超えてしまったようだ。
しかし、気分が良い……とはならなかった。中島がボソリと呟いた「化け物」。それは、俺の事じゃない。中島を超えた俺よりも、もっと上にいる存在の事だ。
戦うなんて選択肢が出ない程の化け物。食われるために生かされている家畜同然の状況。豚や牛も、知性を持ったらこんな感じなのだろうか? ……やめよう。考えると肉が食えなくなりそうだ。
しかし……まだ俺たちの方が恵まれている。殺される未来が決まっているわけではないのだから。
心配していた中島の心の問題は、杞憂……とまではいかないが、ちゃんと向き合えているように感じる。
「……ああ。ちゃんと理解しておけよ」
「わかってるよ」
せっかくの爽快な気分が台無しになってしまったが、これはこれで良かったのかもしれない。
中島の覚悟の程が知れたことで、爽快な気分を楽しむ事なんかより、ずっと、大いに俺の不安を癒してくれたのだから。