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小さな戦い

「涼介、ちょっとヒルデと二人きりにしてくれないか?」


 この二人には、落ち着いて話せる時間が必要だろう。俺は中島の要求をすんなりと受け入れ、グレースとリリナを呼んで部屋を出た。


「はぁ……レノ、あいつら大丈夫かな?」

「大丈夫です」

「そっ……そうか」


 レノが即答した事にちょっと驚く。まあ、そうは言っても深刻な心の問題に発展しそうではない感じだったしな。ユキちゃんへの想いはそんなものだったのか! なんて無粋な事を言う奴はいないだろう。


「やあ、随分と長かったね」

「……」


 ……いた。

 こいつなら言いかねない。なぜここにいるのか全くもって意図を理解できそうにないが、コルチェだ。気づかなかったが、普通に立っていたようだ。


「貴様……殺されに来たのか?」


 グレースがおっかない殺気を放ち、今にも斬りかかりそうな体制でコルチェを睨みつけている。この間合いならば、コルチェなど瞬殺だろう。あーでも、殺すってのはおかしいか。猫型アンドロイドだし。


「グレース、こいつは違う。ただのアンドロイドだ。壊したところで意味はないし、無駄だし、埃が立っちゃうし、武器が汚れちゃうし、疲れるだけだ。でも、おまえは死んじゃうから、警戒はしておけよ」

「はっ!」


 グレースは気持ち良いほど命令を忠実に聞き入れた。そろそろ俺の命令に逆らっても良いのに……なんて感じるのは変だろうか?


「ええ! ちょっと、ちょっと! 僕の扱い酷くない?」

「アンドロイドだろ? 感情だって無いし、おまえを動かしているのはツクヨミだ。それとも、あの猫に操られているのか?」

「ふふん! どうかな? そうかもしれないねぇ」

「……」


 コルチェが調子に乗っている。まあ、無視すれば良いだけなのだが、しかし……これは……まずいかもしれない。


「なあ、レノ。どう思う?」

「はい。ツクヨミが判断した発言ではないでしょう」

「だよな」


 ツクヨミが何かされたか、コルチェが操られているかだ。前者ではない事を願いたいが……どうだろう。


「ただなぁ。姐さんに聞いていた情報と食い違いが半端ないんだよな」


 適当で、嘘つきな姐さんの事だ、話半分で聞いておく位がちょいど良い。

 俺が読んでいた異世界物だったら、だいたい言わなくても良い事をベラベラと話しちゃうのが悪者の役目なはずなのに……猫も姐さんも、信用出来る事なんか全く無い。弱者を痛ぶるように自分語りとかすれば良いのに……。さらに言えば、姐さんは悪者なんだけど、どこか人懐っこくて、相容れないわけじゃない。ただ……制御不能な爆弾を抱えていて、わがままなだけだ。

 この、制御不能な爆弾ってのが問題で、姐さんが強くなければ正直全く問題はなかった。癇癪を起こした時に、星や人類を壊さなければ可愛いものだ。まあ、全ての悪者に言える事なのだが……。


「現在差異の無い情報は、

 存在しない物はコピーできないこと、

 特別な力は無いこと、

 自由に消滅させられること、

 完全なコピーであること、

 顕現している時にはオリジナルの記憶は反映されないこと。が当てはまります」

「そうだな」


 それにだ、俺の知る限り、まだ一人も殺されてない。システムダウンさせたとはいえ、シューゼの人は生活に困っていたわけじゃなかった。痛めつけた勇者パーティだって、今ではピンピンしてるし、そもそも実行犯は俺だ。そう言った視点で見れば、この世界は異世界者を一万人殺害してるし、俺はグレースの心を壊した。まあ、中島の件は許しがたいが、でも、ユキちゃんを生み出したのはタマだ。中島達の子供じゃない。

 だったら、俺の戦いってのはなんなのだろうか? 人類の未来の為とかカッコつけて言ってはいるが、正直微妙だ。

 脅威を排除出来るわけじゃないし、防衛の為でもない。俺のやっている事は……祈祷? 怒りをお鎮めくだされ〜的な事なのかな? 祈祷師? 


「また、推測出来る事象として、数の制限と、時間制限はほぼ無いと言えるでしょう」

「そうか」


 いやいや、祈祷師ってのは、本来信者の為のものだ。神……いや、人にとっては神の如き力を持った奴等だが、あいつ等に祈祷したところでなんにもならない。そもそも、人の業を裁く的な良い神じゃない。こっちが誠実にしていたって、遊ばれてしまうだけだ。

 じゃあ、なんだ? 俺は何をしているんだ? やっぱり、先延ばしの為だけに動いているのか?

 ケンやレノも、目標が無ければ人は生きられないって言ってたよな、じゃあ、今の目標は人類の未来の為で、手段の最適解を求めているわけか。

 ……そんなの当たり前じゃないか。こんなにぐちゃぐちゃ考えたのに、何一つ思い浮かばない。

 どこへ向かえば良いのか? 何をすれば良いのか? ……きっと、この問題に決着をつけなければ、戦いは終わらない……気がする。きっと、いつまでも繰り返す。この戦いの意味……いや……意義か? それとも……正義? 正しさ?

 ……正しさといえば以前……


「それから、偽物を作る時は近くにいないといけないことと、同一の偽物は作れないということは、未だ不明です」

「んー、同一の偽物は作れないってのは、今後って事なのか、同時にって事なのかわからないな」


 いろいろ他の事を考えながらもレノとの会話はしっかり聞いている。俺クラスになれば、それっぽい相槌など朝飯前だ。


「今後作れないのだとしたら、それは同時に作れないとも言えます」

「……」


 ん? あれ……そう……か? 同時に作れないとしても、今後は作れるけど、今後は作れないとしたら……同時には……作れない……か。


「あー、でも、嘘かもよ?」

「はい。その可能性は大いにあります」

「うん……」


 うん、ごちゃごちゃ考えていなければ、こんなミスはしなかったはずだ。レノにこんな恥ずかしい指摘をされたのは他の事を考えていたせいだ。普段の俺ならばこんな簡単なロジックで悩む事はないからな。それに、そんなミスって程のミスじゃない……でも……人の話はちゃんと聞いて、適当な相槌しちゃいけないよね……ごめんなさい。

 さて、切り替えて行こう。まずは……


「なあレノ……いや……コルチェ。俺はどうしたら良い?」

「はぁ? なんでそんな事を僕に聞くのさ。涼介……頭どうかしちゃったんじゃないの?」

「おまえに聞いたわけじゃない」

「はぁぁぁ? 大丈夫? 本格的にヤバイんじゃないの?」

「……じゃあ、これからどこへ行くのが一番面白いんだ?」

「……」

「どうした?」

「いや、なんだろう……まあ、そうだね、好きな所に行けば良いんじゃないかな? そこが一番面白いと思うよ」

「そうか」


 やっぱりだ。悪役の癖になにも教えてくれない。それに、感情すら露呈しないってのはどういう事なんだよ。なにも取っ掛かりすら掴ませない。なにがしたいかもわからないんじゃ、対策すら立てられない。まだ姐さんの方が可愛かった。……実際、美人だったしな……。


「んで、なんでコルチェここにいんの?」

「それ、聞くの遅くない?」

「監視役?」

「さあ。僕も、なんでここにいるのかわからないんだよねぇ」

「ふーん」

「聞いといてその態度はおかしいよね?」

「いや、どうせコルチェだし」

「……その前に、もっと聞きたい事があるんじゃないの?」


 正直どうしようか迷っていた。コルチェに聞きたい事……まあ、いいか。聞いてくれって言うなら聞こう。


「そうだな。なんで中島の部屋に居たんだ?」

「別に、無理しなくても良いよ。聞きたくないなら」

「……」

「何? ねえ、なんでそこ無視するの? 本当に聞きたくないの?」

「いや、めっちゃ聞きたいです!」

「ふん、もういいよ。教えてあげない」

「良し! グレース、壊していいよ!」

「はっ!」


 グレースがコルチェに向かって手を掲げた。こいつは……俺が武器が汚れるとか、埃が立つとか冗談で言った事を気にしているのだろうか? グレースの前では気をつけて発言しようと心に誓った。


「ちょちょ! ちょっと待って! わかったよ! 言うよ! まったく、なんでそんな暴力的なんだよ……ほんと、これだから……」


 コルチェがぶつぶつと文句を言っている。こいつは本当にアンドロイドなのだろうか? 芸が細かいのはこの世界の愛嬌みたいなものだから、こんな事も可能なのだろうが……正直コルチェは失敗作だと思う。


「……コルチェ、うるさい。早く。グレース、冗談だから下がって良いよ」

「はっ!」

「……」


 こいつと一緒に行動していたら、またこんなやり取りしなくちゃいけないのだろうか? マジで超絶面倒だ。もう壊しちゃっても良いんじゃないだろうか?


「あそこに居たのは、何故だかはわからない。記録に残っている情報では、僕は酷いことをしたみたいだね。ごめん。謝るよ」

「コルチェ、謝罪は要らない。情報をくれ」

「君って人は……まあ、もう人じゃないか」

「壊しますか?」


 グレースが手の平をコルチェに向けていた。気の早い奴がいると扱いに困る。俺はおまえの親分じゃないんだから、悪口言われたぐらいで手を出さないで欲しい。それとも、グレースなりの冗談なのだろうか?


「グレース、もうちょっと待って」

「そこ! ちゃんと否定してよ!」

「え? ああ、グレース、やめろ」

「はい」


 しっかりと俺の命令を聞くグレース。すぐさま掲げた腕を下ろす。後で冗談だったのか、本気だったのか聞いておかないとな……レノに。


「……はぁ。まあ、僕の持ってる情報なんて、ほとんど無いけど……他には何か聞きたい事でもある?」

「そうだな、リースさんはどうしてる?」

「リース? なんだ、知らないの? リースはシューゼに行ったっきり戻って来てないよ」

「なに!?」


 リースさんがシューゼに行った? ここの体制的に、そんな事は許されないはずだ。リースさんはここの管理者だから離れられないと言っていた。国が……というか、ツクヨミが許可しないはずだ。


「どうしてここを出られたんだ? リースさんは管理者だから、離れられないはずだろ?」

「そうなんだけどねぇ。調査させるにも、アンドロイドは無いし、国民を危険に晒す事は出来ないしでねぇ。人手が必要だったんだよ」

「誰が許可したんだ!」


 少し大きな声が出てしまった。コルチェが驚いて後ずさっている。感情を表に出さないよう気をつけていたのだが……これは……かなりしくじったな。


「おっと、そう興奮しないでよ。国連だよ」

「そうか……国連の決定って事か?」

「……大丈夫?」

「ああ。アンドロイドが出来ない事を人間が出来るはずがないからな。そんなクソみたいな命令をする奴が居るとは思わなかったよ」

「そうだよねぇ。でも、リースは志願したからなんだけどね」

「……そうか」


 リースさんならあり得る。なんだかんだで責任感は強そうだし、研究のためとかでも飛び出して行ってしまいそうだ。それに、国民のためと言われて、アロー王家の血が騒いだのかもしれない。こんな完璧な世界を作ってしまった血筋だ、影響が無いとは言い切れない。


「なんでおまえは行かなかったんだ?」

「なんでだろうね?」

「……」


 まあ、コルチェから得られる情報なんて、こんなものだろう。もう破壊しても良いかもしれないが、先の事を考えるとコルチェの立ち位置は好都合かもしれない。

 もし、コルチェが偽物で監視が役目だとしたら、壊してしまえば次に送られてくるのは人間の偽物かもしれない。

 人間を排除するなんて、例え偽物であっても嫌だ。それに、なんだかんだ言っても、それなりに知ったアンドロイドだ。壊さないで済むのなら……出来るだけ壊したくない。


「もう終わり?」

「ああ、なんかもうおまえの相手するの疲れたしな」

「なんだよそれ! じゃあもう何も教えてあげないから!」

「え? ああ、うん。……うん」

「なにそれ、どういう意味!?」


 コルチェから聞き出せる内容なんて、レノがもう調べているだろう。正直なところ、もうコルチェに用は無いが、その後ろに居る奴には用がある。……まあ、今すぐこの星から出て行ってくれても良いのだが。


 アローでの調査は初日から散々で、この後も二十年掛けた最高のおもてなしが待っているようだ。

 戦うと決意した日から、まともに休息を取った記憶が無い。そろそろ倒れてもおかしくないんじゃないか? と思うのだが、そもそも、この体は不死身だった。姐さんの気遣いには感謝しなければならないだろう……本当に。

 そして、近々で頭の痛い案件も残っている。コルチェと中島のご対面がどうなるかが問題だ。俺に休息なんて訪れるのだろうか?

 小さく溜息が溢れた。






君の膵臓……泣いた!

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