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揺れる心と不安定な決意

「……」

「どうしたのかしら? 急に静かになっちゃって。何か気になる事でもあるの?」


 気になる事……大いにある。でも……どうすれば良い? 何をすれば良い? 俺は……


「この茶番……なんの意味があるんだ? おまえは何がしたいんだ?」

「私? そうねぇ。特に何かしたいわけじゃないわ。あなたたち人間をからかうのが好きなの。ダメかしら?」


 ダメに決まっているが、こいつにそんな説法を説いても無駄だろう。


「からかう? 死人が出てるんだ。もう、からかうなんて範疇に無い」

「それは、あなた達人間の考えでしょう? 私にとっては、その程度のことよ? 一人くらいどうってことないもの。私が少しイタズラしたくらいじゃ何も変わらないわ。

 だって、まだまだ沢山いるんだもの! 私が減らしたところで、なんの影響も無いじゃない?」

「……」


 やはり無駄だった。こいつらと、価値観が違うのはわかっていた。決して許せるようなものでは無いが、理解は出来る。蚊を一匹殺したところで影響なんか無い程度の話なのだろう。


「そうだな」

「でしょう?」

「わかるよ。タマは人間が嫌いなのか?」


 俺の言葉を聞いて、タマが笑った。今まで見たことのないような不気味な笑顔だった。


「ふふ。通りで……あの子が執着するわけだ……」

「……」

「そうそう。あなたをそんな姿にした子はもういないわよ」

「……姐さんをどうしたんだ?」

「あら……姐さんと呼んでいたの? 随分と慕っていたのね」

「そん……」


 言いかけて寒気がした。今俺は、詐欺師と話している。タマは俺との会話を楽しんでいる最中だ。タマは、ユキという子供をでっち上げ、中島に育てさせ、……殺した。

 いや、殺したという表現は間違いだ。死んだように見せたと言うべきか? 俺の知っている情報では、タマの能力はコピーであり、存在しないものは作れないはずだ。

 こんな茶番にまで引き込み、何をさせたいのか? どんな言葉を待っているのか? 心の内をさらけ出してはいけない。そんな気がした。


「ああ」


 俺は「そんなことはない」と言いかけて、やめた。


「あら? そう。あのこを慕っていたの。でも、もうこの世界にはいないの。ごめんね」

「姐さんをどうしたんだ?」

「それは秘密」

「そうか」

「ふふ。気にならないの?」

「おまえの言うことなんか、何一つ信用できないからな。聞いても無駄だ」

「ふふ、ふふふ、あははは! 可笑しい! あなた本当に面白い子ね!」


 タマは甲斐甲斐しく前足で口元を隠し、大げさに笑っていた。


「駄目じゃない。こんな子を独り占めしていたなんて……やっぱり、お仕置きしておいて良かったわ」

「……」


 姐さんの事だろうか? ここで話に乗っかる必要は無い。ここを切り抜ければ、いくらでも確認しようがあるんだ。今焦ることは愚策でしかない。


「そうねぇ。どうすれば、あなたは私に振り向いてくれるのかしら?」

「……もう十分目が離せない存在さ」

「ふふ。嘘でも嬉しいわ! そうね。じゃあ、まずは、私がこの世界でしたことでもゆっくり見て回ると良いわ。どお? 素敵でしょ?」

「ここで話してくれても良いんだぞ?」

「あなたは私の言うことなんて信じないのでしょう? だから、その目で見たほうが良いんじゃない?」

「わかった。信じるよ。話してくれ。タマの言うこと、信じる」


 こんな見え見えの嘘、タマが乗っかるはずがない。嘘がつけないのであれば、嘘だと悟られるように嘘をつくだけだ。


「ふふふ。あなたがこんなにも面白い子だったなんて……良いわ、今日は十分楽しかったから、また今度ね! それまでに、もっと楽しくなるように頑張っちゃうんだから! 楽しみにしてて! ね!」

「ああ。楽しみにしておくよ」

「じゃあ、さよなら」

「涼介、またね!」


 そう言うと、タマとコルチェは俺達の横を悠然と通り過ぎ、出て行った。

 そして、コルチェに抱かれていたはずのユキちゃんは、いつのまにか消えていた。


「んー! んー!!」

「あ、悪い。でも、もうちょっと待て」


 中島が真っ赤な顔で暴れ始める。ユキちゃんが消え、猫達をこのまま行かせてしまうのが許せないのだろう。

 俺は中島が落ち着くまで待った。このままむざむざ死にに行かせるわけにはいかない。


「中島、落ち着け。おまえを死なせるような事は出来ない。もしやるなら、俺の目の届かないところでやってくれ」


 今の中島には、何を言っても無駄かもしれない。それこそ、時が解決してくれる的な心の傷なのだろう。

 俺は、中島の口を塞いでいた触手を解いた。


「涼介ぇ! おまえはあいつらの味方なのか!! なんで逃した!」

「……」

「なんで何も言わないんだ! この触手を解け!」

「……今おまえがしなきゃいけないことはそんなことか?」

「なに? なにが言いたいんだ!」

「まずは……」


 ユキちゃんの部屋を確認して……と言いかけて、レノの言葉を思い出す。

 ユキちゃんは、アローの人間ではなかった。ツクヨミに登録されていないのであれば、他の国の子だろう。おそらく……連合とは切り離されているシューゼの子のコピーだと考えるのが普通だろう。


「まずは、そうだな。ヒルデ、ユキは本当におまえが産んだ子か?」

「……はい」


 俺の質問に、ヒルデは簡潔に答える。


「涼介、おまえ、何が言いたいんだ!? ハッキリ言えよ!!」


 中島の怒りは頂点から一向に下がる気配は無い。それに、中島の怒りをおさめられる良い情報も無い。どうしたものか……。


「ああ。ユキは、この国の子じゃない。ツクヨミに登録されていない子だ」

「そんなわけあるかよ!」

「レノがツクヨミを調べたんだ。その中に、ユキなんて子はいない」

「なんだよそれ……じゃあ、この十二年間はなんだったんだよ!! 存在しない子を育てていたって言うのか!?」


 一体どうやったら、この監視体制の中、十二年間も一人の存在を隠し通す事ができると言うのだろうか?


「レノ、どういう事なんだ?」


 その辺の事は、レノに聞かないとわからない。タマは一体どんな手品を使ったのか。


「恐らく、このフロア一帯にあるナノマシン、ビットは偽物であるというのが、一番考えられる可能性の一つです」

「全部か?」

「はい。ツクヨミに送られていた情報と、私が散布したナノマシンの情報に差異がありました」

「……」


 これらの情報から導き出される答えは……やはり、コルチェに抱かれていたユキちゃんは偽物であったという事だ。

 しかし……コルチェが出てきた部屋にユキちゃんがいれば、他の国の子供という訳ではないかもしれない。


「グレース、その部屋にユキちゃんが居るか見てきてくれ」

「はい」


 中島とは違い、落ち着いていたヒルデには触手を使わなくて済みそうだ。


「……いました」


 そう言うと、グレースは、ユキちゃんを抱えて部屋から出てきた。

 中島の力が抜ける。ヒルデもホッとしたような顔で床へヘタリこんだ。


「……レノ。真相はわかりそうか?」

「いえ、現時点で全てを解明することはできません」

「そうか」


 ユキちゃんは、ぐっすりと寝ていた。ちょっとやそっとじゃ起きそうにない。


「中島……おまえは、俺の力になりたいって言ってたけど、どうやら難しそうだな」

「……」


 中島は答えない。


「おまえは今、大切な人といる時間が、かけがえのないものとなっている。それを、無かったものとして、ついてくるような気概がないのなら……やめておいたほうがいい」

「……」


 中島は、じっと動かずに俺の話を聞いていた。


「この戦いに参加すれば、俺はおまえを救えないし、おまえに俺は救えない」

「……だったら、何の為に……」


 もっともな意見だ。何の為に。俺は何の為にこんな事をしているのか?


「笑うなよ?」

「ああ」

「この星に住む人類の未来の為にだ」


 自分で言ったことだが、クソみたいだなと思う。


「冗談だろ? 誰かに頼まれたりしたのか?」

「ああ、この国の代表にな。ライオネルだったっけ」

「そいつはもう、目標達成したって宣言してたぞ?」

「はは! だからなんだよ? 全然達成してねぇよ! レノ、ツクヨミにスサノオの情報はあったか?」

「ありません」

「だってよ!」

「……マジかよ」


 中島は良いやつだ。だから、この戦いに向いていない。多分、なんの役にも立たない。


「俺じゃ、足手まといなだけか?」

「ああ、あの猫には絶対に勝てないからな。この程度挨拶がわりだと思うぞ」

「おまえは大丈夫なのかよ」


 割と良い質問だと思った。多分、俺もそう長くは続かないだろう。いつか……なんて遠い未来ではなく、あっさり心を壊される自信がある。


「無理だろうなぁ」

「おまえ……」

「だから言っただろ? この戦いに参加したら、俺はおまえを救えないし、おまえも俺を救えないんだ」

「先延ばし……ただそれだけのためなのか?」

「そうだ」


 未来の為だとか、人類の為だとか大層な事を言っているが、ただ、終わりの先延ばしをしているだけ。その程度が限界だ。


「先延ばしにして、何かあるのか?」

「ないかもしれないな」

「……」


 また、中島は黙って考え始めていた。


「納得したか?」

「……ああ。でも、その戦いに俺も参加させてもらう」


 うだうだとうだつの上がらない中島が急に態度を変えた。


「はぁ? ちゃんと話聞いてたか?」

「ああ。今のこの状況で、俺がした判断がどれだけ問題ある行動だったのかは理解した。おまえの戦いは、正しくはないが、選択肢が無い事も分かった。そして、未来が無いのもわかったよ」


 ユキちゃんが無事だと分かって安心したのだろうか? それにしては……あまりに楽観的過ぎる。


「で? なんでそんな結論になるんだ?」

「俺のすべき事がわかったんだよ。だから一緒に戦う。足手まといになったとしても、一緒に戦うと決めた!」


 俺の説明も無茶苦茶だと思うが、中島の意味不明な決意も相当なものだ。


「なんでそうなるんだよ!」

「まあ、なんだって良いだろ?」

「……レノ、どう思う?」

「ラクライマ教的には問題ありませんが、涼介様のいた世界の法的には問題があるかもしれません」

「なんだそれ?」

「ですが、より良い結果につながる確率は上がるでしょう」

「だよな!」


 何故か中島は胸を張っている。理解が追いつかない。やっぱり……馬鹿なのだろうか?


「なんなの? 全然理解出来ないんだけど?」

「レノちゃんが良いって言うんだから、良いだろ?」


 俺の意思決定は、ほぼレノに任せている。そのレノが言うのだから、良い結果になるのかもしれない。でも、あれだけ取り乱していた中島には言われたくない。


「……急になんでそんな事を自信有り気に言えるようになったんだ?」

「そんな事、気にするなよ。粋じゃないってもんだぜ!」

「粋? こいつは何言ってるんだ? レノ」

「……わかりません」

「は?」

「あははは! 流石レノちゃん! 粋ってもんが分かってるね!」

「なんなんだ!」


 急に態度の変わった中島と、レノの不可解な発言。しかし、レノはより良い方法だと踏んだようだ。

 猫の挨拶程度であれだけ取り乱した中島が、この先やって行けるとは思えないが、俺の見立てがレノより優れていた試しがない。

 訳が分からないまま中島を戦いに引き入れても良いのだろうか? 俺には判断が出来なかった。






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