英雄の功績
俺たちは中島に促されリビングに集まった。
「老けたな……中島」
「おいおい、おまえなんか魔王じゃねぇか。冗談きついぜ」
「ふっ」
中島との会話が懐かしい。どんな状況でも冷静なのが鼻に付くいつも通りの中島だった。
「冗談はさておき、今のアローはどうなっている? それに、シューゼはどうなった?」
「シューゼ? それはおまえの方が詳しいんじゃないか? ……やっぱり、何かあったな?」
中島は先程感じた違和感を、明確なものへと確信に至ったようだ。さすが異世界で無双しただけはある。
「ああ、グレースを見て違和感を感じないか?」
「いや……まあ、いつまでも若々しいなと……」
「……」
言わずとも、中島は理解してしまうだろう。中島は俺に目配せすると、深い溜息をついた。
「……扉でも通って来たのか?」
「そうだ」
「そうか」
中島は、多くを聞いてこない。俺だったら根掘り葉掘り聞いてしまうのだが、中島はそういった無粋な事をしない。このカッコつけが! と心の中で叫ぶ。
「で? そっちの状況を教えてくれ」
「ああ、まずは……そうだな、どこから聞きたい?」
「宣戦布告からだ」
「宣戦布告?」
宣戦布告と聞いて、中島はピンと来てない感じに見えた。宣戦布告なんて一大イベント、聞いていたら忘れるはずがない。とぼけているようにも見えなかった。
「アローが宣戦布告をしただろう? 別れて少し経ったくらいの話だ」
「……いや、そんな話は聞いていないぞ」
中島達には知らされなかったらしい。素直に、別れてから今までの経緯を教えてくれって言えば良かった。二度手間になってしまった……面倒くさい。
「じゃあ……別れてから今までの事を教えてくれ」
「ああ。実は、あの後から、アンドロイドが徐々に減っていたらしい。今では、このフロアでアンドロイドを見る事はほとんど無いくらいだ」
このフロアでアンドロイドに出くわさなかった訳は、単純に減ったからだと言われても信じがたい。中島が全てを知っている訳じゃなさそうなのは、宣戦布告を知らないって事で予想はできる。
中島には知らされていない他の要因が有ったのかもしれない。
「おまえがシューゼへ行ってから、俺たちもシューゼへ行きたかったんだが、このフロアから出してもらえなくてな。そのうち、シューゼは奪還され、目的達成の報が入った」
「おまえは確認したのか?」
「いや……」
少しバツが悪そうに中島は俯いた。きっと、その報告を確かめもせず信じてしまった自分を恥じているのだろう。そこに突然俺が現れたものだから、いろいろ思う事もあったのかもしれない。
「まず、出して貰えなかったってのもあるんだが……ヒルデが妊娠してな」
「……ちょっと待て、まず、別れてから何年経ったんだ?」
「そうか……そうだな。二十年と少しだ」
「二十年だと!? ユキはいくつだ?」
「今年で十二になる」
「十二? じゃあ、ユキが産まれるまでの八年間何してたんだ?」
「ああ、おまえと別れてすぐの子は、本部で仕事をしているよ。ユキは二人目だ」
「なっ!」
こいつは……俺がこんな目にあっているというのに、ヒルデと幸せに暮らしていたらしい。
ワナワナと怒りが湧き上がってくるのを感じた。
そんな俺の態度が中島にも伝わったらしい。慌てて中島が口を開く。
「ちょ! ちょっと待て! おまえがヤバイって言ってたから、何もしなかったんだ! 俺だって、抜け出したい気持ちを抑え込んで我慢したんだぞ! ヒルデも行かせなかった! でも、あの頃のヒルデを止めるには……」
ヒルデは、中島のカミングアウトにも優しい微笑みを崩してはいなかった。聞きようによっては、ヒルデを止めるための恋路だったと聞こえなくはない発言だったにも関わらずに。
慌てた発言にしては、穴の無い完璧な陳述だった。そもそも俺が中島に怒りをぶつけるのはお門違いだったようだ。俺が何もするなと言ったんだった。ヒルデを下衆い方法で繋ぎ止めろと言ったのも俺だ。中島は、俺の言葉を信じ、姐さんを刺激する事への危険さをしっかりと理解してくれていた。非難されるのは、むしろ俺の方なのだろう。
「わかった……すまない。そうだったな。……ヒルデ……こんな形になってしまって……申し訳ない。全て、俺のせいだ」
中島の事ばかり気にしていたが、ここにはヒルデもいる。中島に、ヒルデを繋ぎ止めておくための恋愛……妊娠だったと言わせてしまった。なぜ、中島は躊躇いなくそんな事を言ったのだろうか? ヒルデの目の前なのにだ。言わせたのは俺か……。これじゃあ逆上した悪役だ。
そんな自傷気味な考えに苛まれていると、中島の横にいるヒルデが口を開く。
「知っておりました。詳細は聞かせてもらえませんでしたが、私を行かせるわけにはいかないと教えてくれましたので」
「そうか……」
中島は、最初からギリギリのラインまで全部話していたのだろう。知らせてなければ下衆い話だが、全部聞いた上でなら後ろめたい気持ちは無いのかもしれない。
中島は、こういった細かな対応が上手い。大事な事は知らないのに、難しい世の中を軽々と渡っていく。結果だけ見れば、こんな未来の無い世界で二十年も平穏無事に暮らしていたのだ。向こうの世界でも、有名にはなったが、使用人という立場を貫いたというのだから信じがたい。
「すまないな」
「いえ、私は、感謝しているのです。中島様は、私を本気で愛してくださいました。それに……二人の子供に恵まれ、グレースとも再会できました。私は、何の罪もないあなたを殺そうとしたにも関わらず、あなたは、私の願いを全て叶えてくれたのですよ?」
「そんな事は……」
「涼介様は……私にとって英雄なのです」
「……」
背筋が凍った。
ぞわぞわとした何かが身体中を駆け巡り、溜め込んでいた感情に触れたみたいだった。
俺が英雄? ヒルデの話からすれば、そう取ってもおかしくは無いのかもしれない。だけど……違う。英雄とは、違う……。そんなもの……
「だってよ」
中島が、微妙に引きつった笑顔で俺を茶化す。おまえはどんだけカッコつければ気がすむのか? 今にも何かが破裂しそうだった感情が優しく包み込まれていくのを感じた。こいつと居ると悪い道へ進むことの方が難しい。俺にもカッコつけさせろ。
「ヒルデ。おまえの英雄は中島だ。俺じゃ無い」
「はい。ですが、英雄が一人とは限りません」
「……」
もう、何も言い返せなかった。俺はただカッコつけたかっただけなのに、ここで意固地になったらカッコ悪いだけだ。
「だってよ!」
「テメェ!」
中島は、俺が感傷に浸るのをニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて茶化した。こういう雰囲気は得意ではないので、正直ありがたい。俺も、笑っていたと思う。
中島とこんな風に話せたことで、俺の中にあった不浄な何かは、だんだんと鳴りを潜めていった。
「まあ、ヒルデがそう思ったのならば良かった。中島、おまえはどうだった? この二十年間は」
ニヤニヤとした中島の顔は、少し落ち着いた笑みに変わり、やがて、深い溜息と変わった。
「俺は十分満足だったよ」
あっさりとした答えだった。本当に満足しているのか、ちょっと疑問に思うくらいに。
「そうか」
「ああ、ただ……」
「ただ?」
中島は俺から視線を外し遠くを見つめた。何か言いたげな間を作って、ナチュラルに場を演出している。調子のんな! と、心が叫んでいた。
「おまえだけが、気がかりだった」
「……」
中島は、そらしていた視線を戻し、真剣なようだが少し柔らかな表情でこちらを気障ったらしく見つめる。俺は少し、背中で寒イボが立った。
「今があるのは、おまえのおかげだ。だけど、これ以上の幸せはもう手に入らないと思っていた」
「これ以上何を望んでいるんだ?」
「おまえの幸せさ……」
ここまでカッコつけな台詞を、よく平然と話していられるものだ。大してカッコいい顔をしているわけではないのに……よく見れば、最初に死にそうなモブっぽい。ケンの方がよっぽどイケメンだと思う。
「俺は……」
「大丈夫だ……なあ? ヒルデ」
「……はい」
ヒルデは表情を少し引き締めて、中島の同意に答える。何がどうなったらそうなるのだろうか?
「おまえたち、どういうつもりだ?」
「いやなに、俺達は、おまえから十分幸せを貰ったからな。機会があれば恩返しがしたいと、ずっと話していたんだよ」
「……」
「誰かの犠牲によって作られた幸せな生活を享受するってのも、いろいろ思うところがあるんだぜ? ヒルデも同じ気持ちさ。俺たちが何かできるチャンスがあれば、迷わず力になろうってな」
言葉に詰まってしまった。中島は、どうしていつもこうなのだろうか? 異世界で無双する程の男は、こういうものなのだろうか?
残念なことに、この体では涙は出ないらしい。言葉遣いのように、姐さんがかけた制約でもあるのだろうか? 惨めに泣くのもカッコ悪いので、姐さんには感謝しないと……いや、この状況を作り出したのは姐さんだ。絶対感謝なんかしてやるもんか!
「中島……相手は星を壊せる程の相手だぞ? 今の状況は、蟻の巣を見つけた人間が、指で隊列を崩して遊んでいるだけに過ぎない。蟻である者達にはどうにもならないんだ。わかるか? 下手に荒らしてみろ、熱湯でもかけられて駆除されるだけだ」
この話を聞いても、中島の表情は崩れない。少し俺を嘲笑気味に見ている。
「それでも……おまえにも幸せな時が訪れるなら……いいさ。俺は、借りた恩を返せる人間でいたいのさ。その方が、カッコ良いだろ?」
「ふっ……あはははは」
中島が、あまりにもカッコ良くて笑ってしまった。
「何笑ってんだよ」
「あー悪い悪い。くっ……ププ。いや、そんなカッコ良い台詞聞かされたんだ。ちょっとくらい許せよ」
「おい! なんか俺が恥ずかしい人みたいに聞こえるじゃねぇか!」
「いやいや、おまえのおかげで、十分幸せな時間を貰ったようだ。ありがとう」
「おいおい、そう言う意味じゃねぇよ! こんなくだらない話でおまえを喜ばすためにヒルデと話し合っていた訳じゃねぇ!
それじゃ、ただのコメディアンじゃねぇか」
「え?」
「え? じゃねぇ!」
からかい甲斐があるのも、相変わらず健在だった。真剣な話をするセンスは抜群なのだが、冗談を言い合う才能には恵まれなかったようだ。
「じゃあ、どうするんだ? 相手は異世界を飛び越え、星を壊す程の力を持ち、永遠とも言える途方も無い時間を生き、植物がある限り不死身の存在だぞ?」
中島は腕を組んで目を閉じた。
「ずっと考えていたんだが……何かする必要があるのか?」
「……なに?」
中島が考えた突破口……ずっと考えていたと言うが、その答えが「何もしない」ってことらしい。
実は……馬鹿なのだろうか?
中島は、結構好きなキャラです。




