第九話 初日の終わり
「お前! 何やってるんだよ!」
「何って、涼介を洗いに……」
「いやいやいや嫌! 自分でやるよ!」
「そうかい? ……じゃあこれ」
ケンから身体洗い用具を奪い取る。
「せっかくケンが背中流してあげようと待ってたのになー。今日はいろんなことあって、涼介が頑張ってたの知ってるからさ!」
何を言っているんだこいつは? だからってなんでそうなるんだ? こっちとしては、さっき会ったばかりのイケメンアンドロイドと裸の付き合いなんてする気は全く無い!
「男に背中流してもらうのは息子でもできてからだ!」
「はいはい、美少女じゃなくてごめんね!」
「そんなこと言ってないっ! って思考が読まれてるのか!」
ケンの的確なツッコミが僕の心に突き刺さる。脱衣所での煩悩は筒抜けだったようだ。
「そうだよ! ケンに隠しごとは通用しないよ!」
そのとおり過ぎて何も言えない。それに、アンドロイドに当たったってなんにもならない。やられ損であり、やり損だ。
「……まあいいや。ケンはアンドロイドで、伝えるのは量子コンピューターだし。誰も破れない完全無欠のセキュリティだからダダ漏れでも関係ねぇか」
「だから、何度も言うけど、頼れる親友さ!」
「……」
そういえばこの国ではアンドロイドはどんな扱いなんだろう?
友人というからには一人一台なのだろうか?
「ケン。この国のアンドロイドは一人一台なのか?」
「だいたい三人に一人くらいの割合でアンドロイドは活躍中だよ! そもそも四六時中アンドロイドと生活したいなんて物好きは少数派だからね! でも、休眠中のアンドロイドを合わせると一人一台は十分賄える数が用意されてるよ!」
「……他のみんなは、アンドロイドに対してどんな要求をしているんだ?」
背中を流せ……なんて奇抜な要求もされるのだろうか?
「んー。これは、プライバシーに関わるから具体例はあげられない。まあ、年齢別で違ってくるんだけど、要求はいつだって困難な物が多いよ!」
「例えばどんな?」
「そうだねぇ。暴力の対象だったり、性欲のはけ口、それから妬み、嫉妬などの悪口の話し相手、あとは怪我、病気なんかの初期対応に呼ばれるとか、争いや、問題が起きた時の対応かな?」
あまり聞いていて気持ちの良いものじゃなかった。これだけ文明が発達していても、人間の業というのは消えないらしい。
「それ、友人じゃないな」
「言っただろう? 涼介、人はみんな悩みを抱えて生きている。そこに、最適解を提示す頼れる友人が必要なのさ!」
「頼れる友人ね」
「誤解しないで欲しいんだけど、今言ったのは対個人の話だよ! 他にもアンドロイドは労働の代行をしてるからね!」
「……」
アンドロイドとはなんなのだろうか? これでは扱いやすい奴隷じゃないか。聞いていて反吐がでる。
これを実用化したら歪んだ人間のオンパレードになるんじゃないか? というか、もしかしたらこの世界の人間は、みんな昔の金持ちみたいな横暴な奴らばかりなんじゃないだろうか?
貴族の様な鼻持ちならない奴に会ったらすっごい面倒くさそうだ。
「引きこもりたい気分だ」
「またなんか余計なことを考えてるね?」
「ん? ああ。この世界の人ってどんな性格してんだろうか? ってね」
「涼介はもうリースに会ったじゃないか!」
今の話を聞いて、みんなリースさんと同じと言われても信じがたい。
「リースさん? あぁ。そういえば。ちょっと抜けてる感じだけど、割と良い人だったなぁ」
「リースはとても優秀な人だよ! だいたいこの世界の人達はリースみたいに良い人がほとんどだよ!」
「そうなん?」
「僕等が一人一人きちんと対応して、悩みに対して最適解を提案しているからね! でも、歩き出すのは本人の意識を100%尊重する。僕等が何か具体的に示すことはないんだ」
地道な作業をこなすのはアンドロイドの役目なのだろう。情操教育をアンドロイドがこなせば、効率よく画一的な人格形成ができるのだろう。こうして善人が量産されていくわけか。
「そうか」
「そうさ! それで、自分の考えで悩みを解決できれば、それが自信になって新しいことにチャレンジできるようになるよ! 悩みじゃない緊急時は直接手を出すけどね!」
「そうだな」
自分の足りない分析能力に落胆する。何度言われていようと、いざ具体的に考えると180度違う答えになっていた。
アンドロイドのことも、この世界のことも、自分が出した答えは思慮が浅くマイナス思考気味だ。この世界は八百年以上争いなくツクヨミが管理している。たかだか六十年くらい平和だった程度の歴史しか知らない僕には到底たどり着けない。
だけど、ケンの言ってることはとてもシンプルだ。シンプルだけど、人間がそれを真似ても100%どころか10%も真似できないだろう。
人間は有限の命、時間、金、権力を天秤にかけ、最善を尽くす。そして、そこに大義を上塗りするだろう。
俺は頑張った。
あいつはもう手遅れだ。
全然話になんねぇ!
もう歳だし……。
あの子とは住んでる世界が違うんだよ。
金がねぇ!
それじゃあ、大勢の命を危険にさらす!
あいつと付き合ってたら自分の地位も危ない。
騙されるかもしれなかったから……。
あいつ嫌われ者だからさ。
君を助けたら僕が虐められるかもしれないし……。
大勢で襲ってきたから……。
国民のために!
世界のために!
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ケンならば……救えるのだろう……。
「ケンは凄いな……」
「ケンが凄いんじゃないよ? ケンは百パーセント人が作った物だからね! 今のこの世界は先人達の叡智の結晶と、もっと良くしたいと思う大勢の人々の願いが反映してできた奇跡なんだ!」
クサイ台詞を惜しげもなく披露するケン。イケメンに言われると妙な説得力がある。
「なんだか俺の言うことは的外ればっかだな」
自称気味に笑みがこぼれる。
「涼介はこの世界に来てから間もないのに、こんなにいろんなこと考えることができる素晴らしい人だよ! 最初から全部わかる人なんていないさ!」
「サンキュー」
俺もこの画一的な情操教育の餌食となり、穏やかに洗脳されて行くのだろうか?
「さあ、そろそろ出ないとのぼせるよ!」
随分長湯をしてしまったようだ。
今日は人生で一番疲れた日かもしれない。尋問・拷問とは違って生易しいものだったかもしれないが、達観したような、諦めにも似た、もどかしくもどうしようもないことが、次々と僕の精神と肉体を擦り減らせていた。
リースさんのように信じて受け入れてしまえたらどんなに楽だろうか? ツクヨミに魂を預け、信心深い考え方ができれば悩むこともないのだろう。
でも、ケンは考えることが大事だと言っていたし、今はこのまま、思うまま行動してみよう。
風呂から上がり、着替えを済ませたらベットに直行する。
「それじゃ! 涼介お休み!」
「ああ、お休み。ケン」
そして、僕は泥の様に眠る……
はずだった。
「おい、ケン。なんでくっ付いて寝てるんだ?」
僕が寝ているベットにケンが潜り込んできたようだ。
「え? 涼介が一人じゃ寂しいと思って」
「寂しくても、お前に添い寝されたら寝られるわけねぇだろ!!」
「美少女じゃなくてごめんよ!」
「もう美少女ネタはいいよ! 勘弁してください!」
このやり取りも、画一的な情操教育なのだろうか? 多岐に渡る分岐点を、一つの方向に進める為に必要な行為なのだろうか? もしそうだとしたら、これを受け入れるわけにはいかない!
「なんだいなんだい! そんなに美少女が良いのかい? なら墓守のクロエを呼んでこようか?」
墓守と言えば……僕が知っているのは、あの美しいアンドロイドの事だ! そんなアンドロイドに添い寝されて、僕は寝られるのだろうか? でも、ケンよりは良いか? いやいや、まずいでしょ……でも……
「え……? マジで? え? それよか、あのアンドロイドはクロエさんて言うのか! え? 呼ぶ? マジで?」
「いや、冗談だよ? クロエは墓守だから、あそこから出られないし」
「え? 冗談? え? クロエさん来ないの? あ。いやいや、来て欲しいわけじゃなくて……あーいや、ほら、お礼とか言いたかったからさ……。うん。来ないの?」
「来ないよ? お礼は伝えておくよ。一瞬で。はい。伝えたよ!」
「もうちょっと情緒ってもんがあんだろう!」
「アンドロイドに?」
「だから、切なさをぶっ込むな!」
こいつ、俺の気持ちをわかってて言ってやがるからタチが悪い。
あの時クロエさんに助けられて、優しく気遣われたことがどんなに心の支えになったか!
まあ、あれだ、例えそれがツクヨミの仕業だとしても、この世界で唯一の良い思い出なんだ!
……あれ? ツクヨミがアンドロイドに命令してるってことは、実質ケンも、クロエさんも一緒って……え? いやいや……え?
「一緒だよ!」
「心の声に勝手に答えるな! ってい!」
ケンに頭突きを食らわし、ベッドから追い出す。
「痛っ! 何すんだよ涼介! 痛くないけど!」
「何すんだよじゃない! 俺は一人で寝れる! ってか一人で寝かせてくださいお願いします!」
「もー! わかったよ! ケンはソファーで寝るよ」
「ベットで寝たかったら、明日からもう一台自分の分を追加しとけよ!」
「はいはい。じゃあおやすみー」
「おやすみ!!」
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こうして長かった異世界の初日が終わる。
ついさっきツイッターでリツイートを表示しない方法を知って歓喜しております……。
記 2018/10/22




