再調査
「んじゃ、今日はどうしますかね……具体的に」
俺は答えを縋るようにレノへと問題を丸投げする。そんな無茶な丸投げを受けたとしても、レノはいつもと同じだ。感情を表現するジェスチャーとかはしない。ふわふわと浮いたまま、淡々と会話を続ける。
「アロー法国内の情報が無く、行動を決定するための情報がありません。まずは、情報収集が良いかと思います」
「そうだなぁ。グレースが失敗するってことは、外の状況は芳しくなさそうだよなぁ。…ってか、グレースが失敗したんだから、俺が行かなきゃだめじゃない?」
「それが最善ですが、姐様に相談されたほうがよろしいかと思います」
「だよねー」
俺たちの拙い戦力だと、グレースが駄目ならば、次は俺しかいない。拙いと表現してはいるが、グレースは異世界の勇者だ。もう、想像の範疇を軽く超えまくっているので作戦なんて建てられるわけがない。グレースが駄目だから、俺が行く。以上。
「姐さん何処にいるかな?」
「わかりません。念波での接触が一番確実かと思います」
「……ああ。そうね。わかった」
俺は姐さんとの念波での会話は好きじゃない。確かに便利なのだが、個人のプライバシーを半ば強制的に侵害してしまいそうで嫌なのだ。
それは、化け物……いや、高貴な存在の姐さんだって同じだ。特別な存在だからといって、ホイホイ念波を送って良いわけがない。だが、もしかしたら、俺の考えていることなんかは全部ダダ漏れで、姐さんに話しかけた時だけ答えてくれている可能性も否定できない。そうであったのであれば、幾分か迷いは晴れるのだが、俺のプライバシーは存在しない事になる。
あの姐さんなら、もし聞こえていたとしても、聞こえていない振りをしてるかもしれないけど、それを証明することは困難で、乗り越えるだけの価値は無い。不躾な探りなどを入れて、万が一姐さんの機嫌を損ねて仕舞えば、それだけで俺の今までの苦労は水の泡になってしまうのだから。
——あのー。姐さん、今いいですか?
——どうした? ゆっくり休めたか?
突然発した念波にも、ちゃんと答えてくれた姐さん。さらに、俺への気遣いまでしてくれている。こういうところが、俺が姐さんを憎めない所以だ。
——はは。もう、バッチリ休めました。ありがとうございます。
——そうか。で、何か用か?
——あー、えーっと。グレースの代わりに、これからアローへ情報収集に行こうと思っているんですが……どうでしょう?
姐さんは何か思案しているかのように会話の流れを止め、一呼吸置いた。
——……では、ラミアとグレースも連れて行け。
——あれ? 良いんですか?
止められるかと思ったけど、案外簡単に許可を貰えて拍子抜けしてしまった。まったくもって、姐さんの考えは読めない。
——ああ。何か問題でもあるのか?
——いや、特には。反対されるかなぁって思っていたので。
——なぜだ?
なぜだ? と言われても、特に確信めいたものは無い。俺が逃げ出すかもしれない、とか。ここの戦力が減るから、とか、普通の考えではそうなのだが、それは、己の気の持ちようで星を破壊できる方の考え方に沿っているとは到底思えない。
でも、気分次第で難題を吹っかけてくる性格だから、そういった意地悪をされてもおかしくはないかなぁ……なんて思ってしまっている事は口が裂けても言えない。
——あまり深い意味はないんですが……なんとなくです。
——何か言いたげだな。
——ははっ。何も無いですよ。まだまだ姐さんの考えている事を理解できてないから、ただ不安だっただけっす。
——ふむ。……今から私の部屋に来い。ラミアを迎えに行かせる。
——え?
あれ? 無難な回答をしたつもりだったんだけど……姐さんのフラグでも立ててしまったのだろうか? 何か用事でもあるのか? わざわざ来いというのだから、念波ではできないことなのだろう事はわかる。無難に返答したつもりが、姐さんの地雷でも踏んだのだろうか? 何かやらかしたかもしれないという不安が、ふつふつと湧き上がる。
——では、すぐに来い。いいな。
——うっす!
「では、行きましょう」
念波での会話が終わると同時に、どこからか現れたラミアに声を掛けられる。
「あ……ああ」
俺としては、レノに相談してから向かいたかったのだが、そういう時間はなさそうだ。こんなにも素早くラミアが来たという事は、一刻も早く来いといった意味なのだろう。
そして、俺は大人しくラミアに着いて行く。姐さんはこの建物の中のどこにいるのだろうか? 特にこの建物を探索とかはしていないので、どこに何があるのかわからない。全部レノ任せにしてきたツケが回って来たようだ。無言で歩くラミアの少し後ろから俺も同じ速度でついて行く。そして、数分歩くとラミアがドアの横で立ち止まる。
「どうぞ」
「あ、はい」
どこをどう見ても普通のドアだった。この中に姐さんが居るらしい。こうも思わせぶりな感じでドアの前に立つと以前のトラウマが蘇る。このドアを開けるとどこかへ飛ばされてしまうんじゃないかと。しかし、その元凶は今この扉の向こう側に居る。飛ばされる事はないだろう。
俺は、ドアノブを回し、扉を開けた。
「よく来たな」
「あはは……お待たせしました」
姐さんがいた部屋は、何もない殺風景な場所だった。この、何も無いというのは、その通りの表現で、椅子もベッドも棚も机も無い。床と壁だけの部屋。なぜこんな所に居るのだろうか? 一体何をしていたのか? 詮索したところでわかるはずもなかった。
「まあ、まずは座れ」
何も無い部屋で座れというのは……床だろうか? などと考えていたら、俺の後ろに、いつのまにか椅子があった。膝を曲げれば座れるような位置に配置されていたので、そのまま膝を曲げ座る。姐さんもいつのまにか椅子に腰掛けていた。
「えーっと。何かありましたか?」
場の雰囲気に飲まれるまいと話掛けてしまう。こういう場合、用がある相手に口火を切らせるのが定石なのだろう。これではビビっているのをバラしているようなものだ。しかし、そもそもビビってない時なんて無い俺にとって、そんな事はどうでも良かった。
「そう硬くなるな。大した事じゃ無い。ただ、最近つまらなくてな。おまえと話しでもしようと思っただけだ」
「え! それは……」
何か言おうとして言葉に詰まる。それは……の次が出てこない。何を聞こうと八方塞がりなのだ。大人しく姐さんの言葉を待てば良かった。姐さんがつまらないなんて言うものだから、咄嗟に反応してしまった。なにせ、俺の現在の使命は、姐さんを楽しませる事なのだから。
「ふふ……そう焦るな。おまえの焦った顔を見ていると、そんな気はなくても、いじめたくなってしまうじゃないか」
「ええ……」
良いのか悪いのか……。難しい判断基準に一喜一憂する事しかできない。そんなちっぽけな存在なのに、何をそんな面白がる事があるのだろう? いじめたところで、こっちとしてはただ全力で対応するのがやっとの状態だっていうのに。姐さんはもしかしたら、ただのいじめっ子体質なだけなんじゃないだろうか?
「いやなに、大した事じゃない。アローに行くなら、この扉を使えばすぐだからな。私が手伝ってやろうと思っただけだ」
そう言うと、姐さんは左手を大きく振る。俺がそちらの方へ目を向けると……何もない。焦って目を凝らしてよく見ていると
「くくく……。こっちだ」
姐さんが笑いながら左手で指差す方向は右側。そこには見慣れた扉が鎮座していた。
「おまえはからかい甲斐があって良い。まあ、冗談はさておき、この扉の向こう側は、アローにある扉へと続いている。おまえの友人が出てきた扉とな」
姐さんの横に存在している扉を見て、俺の頭の中は非常にこんがらがっていた。それもそのはずで、根底からおかしい。姐さんは、この扉は副産物みたいなもので制御できないって言っていたし、行けるのは異世界のはずだ。それを、ただの移動手段として使えるなんて聞いていない。この人のいう事は、ことごとく信じられない。
「姐さん……色々言いたい事はあるんだけど、まあ、それは置いておいて。この扉を抜ければアローに着くんだね?」
「ああ、そうだ」
「でも、アローに着く頃には、何年か時が過ぎてしまうんじゃないの?」
「そうだな」
「何年くらい過ぎちゃうの?」
「これははただの移動だ。そんなに言うほどじゃない。安心して通れ」
異世界に転移した時は、だいたい二年〜三年くらい過ぎるみたいだったから、ただの移動であれば数時間くらいになるんじゃないだろうか? 異世界へのダイブとただの移動ならば、圧倒的に移動の方が楽だろう。であれば、アンドロイド群との接触リスクを負ってまで強行するよりは、遥かに有益な選択肢かもしれない。
「何を考えている。扉を出しているのも楽じゃないんだ。早く決めろ」
「あ……じゃあ……扉を使います! あ……でも、向こう側の扉は蓋しちゃったから開かないんじゃ……」
「物理的な蓋など私には無意味だ。安心して行け」
「うっす!」
姐さんは俺に考える暇を与えてはくれない。そもそも、この扉を使わない選択肢などあったのだろうか? 俺が拒否する? あり得ない。
「失礼します」
声のする方へ目を向けると、扉からグレースが部屋に入ってきた。もちろん、姐さんが出したどこだかドアではない。部屋の扉からだ。
——これで準備は整ったな。
念波での会話に疑問を持ち、姐さんがいた方へ向くとそこには何も無かった。改めてグレースの方へ向き直ると、扉からラミアが入って来た。
姐さんの偽装は突然かつ完璧なので、後から理解が追いついてくる。姐さんとラミアは、ほとんど一緒なので、グレースを連れてきたラミアが先に部屋に居るのはおかしい。だから姿を消したのだろう。早業には違いないが、こんな細かいとこまで演出されると常識に囚われて真実を見失うのは必然のような気がしてくる。
——姐さん……芸が細かいっすね。
——私の常識が通じない貴様達に合わせてやっているのだ。喜べ。
きっと向こうでほくそ笑んでいるであろう事が容易に想像できる。喜べと言われても、何を喜べば良いのだろうか? きっと、俺たちのようなカスに気を使ってやったから、喜べと言いたいのだろう。素直に喜ぶしかない。
——ははは……いやー姐さんは優しいっすねぇ。
——ふん。口先だけじゃなく、態度で示すんだな。早く行け!
俺の喜びの態度が気に食わなかったのか、姐さんのご機嫌は少し悪くなってしまったようだ。もっと悪くならない内にさっさと出発してしまおう。
「あの……」
ずっと放ったらかしにされていたグレースが、困ったように俺に話しかけてきた。困った顔のグレースを見て、慌てて返答する。
「グレース、すぐにアローへ行くぞ! この扉は、アローへと通じている」
「はい。しかし……その様な物があったのですか」
グレースにとっては当然の疑問だろう。なぜ最初から使わなかったのか? 使っていれば、アローへとすんなり行けたのに……と。
「ああ。事情があって使うことができなかったのだ」
苦しい言い訳である。しかし、嘘ではない。真偽を疑われる様な態度にはならなかっただろう。
「そうですか」
「今回は私が直々に調査に向かう。グレースとラミアは護衛として同行してもらう」
「あ……はい!」
「気を落とさなくていい。おまえの調査が失敗したからと思っているのだろうが、それは間違いだ」
「……」
「おまえが逃げ帰るのがやっとな程に厳重な警戒が敷かれているとわかったからな」
「……はい」
励ますつもりだったが、逆効果だったかもしれない。しかし、言わなくてはいけない事もある。
「気落ちするなと言っただろう? これも、おまえが生きて帰ってきたから立てる事が出来た作戦だ。成功なんてものは、ちょっとした成果の積み重ねを大事にしなければ成されない。勝手に失敗だと思って気落ちするくらいなら、おまえを連れて行く事は出来ないが……どうだ?」
「……わかりました。心機一転、アムルタート様の役に立てるよう尽力いたします!」
「ふっ、そうだ。くだらない事を考える暇など無いぞ! これから、本拠地のど真ん中に乗り込むのだ。休む時間など無いと思え! 扉を抜けたら即戦闘もあり得る。……覚悟はいいか?」
「いつでも大丈夫です!」
「良し! では、いくぞ!」
「はい!」
グレースの士気を程良く高めた所で、俺は扉を開ける。開けた所で先は見えないが、くぐり抜けた先はアローだ。
出た瞬間から戦闘だってあり得る。俺はより一層気を引き締めて扉をくぐり抜けた。
俺の盆休みがぁぁぁぁ!
 




