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尽きることのない何か

 翌朝は、ラミアに起こされることなく自然に起きていた。朝と言っても、窓も無い地下だ。時計を見る限り朝と言える時刻なだけで、夜も朝も変わりはない。


「おはようございます」

「おはよう、ラミア」

「おはようございます。アムルさん」

「ああ、おはようマリア」


 マリアは今日も黒髪が綺麗だ。サラサラとしたストレートの髪は、思わず手を伸ばしそうになる。今日の服装は若草色のロングスカートに白いブラウス。落ち着いた感じが好みの様だが、パステルカラーのスカートに気取らないお洒落さを感じる。


「綺麗だな」

「ありがとうございます」


 穏やかに微笑みを返してくれるマリアには、気障な台詞は通じない。見た目に反して強い心の持ち主だ。何もわからない状況で、俺の触手を最初に試そうとしてくれた恩人でもある。だからだろうか? 俺は弱々しい声でマリアに話しかけてしまっていた。女々しいとも捉えられかねない弱虫の戯言を。


「マリア、おまえはここに居てくれるが、寂しくはないか?」


 不意な質問に、少し不安な表情を浮べるマリア。しかし、質問の意図を理解したらしく、俺を見る目が哀れみのものへと変わる。


「アムルさんは寂しいのですか?」

「私か? いや……いや、そうだな……そうかもしれない」


 俺は思った以上に病んでいるのかもしれない。ケンを失った今、拠り所を求めていた。こんなズルイやり方で、相手の気を引こうなんて卑怯だ。


「何かありましたか?」

「ああ、少しな」


 しかし、こんな卑怯なやり方に、マリアは俺の心境を察して相手をしてくれた。ズルイやり方をしてしまって気が引ける……なんて事は無かった。それに、弱さを見せてしまった事への後悔よりも、心配してくれる人が居た事の方が嬉しかった。


「私で良ければ聞かせていただけますか?」

「いや、もう大丈夫だ。ありがとう。マリアと話せて、少し楽になったようだ」

「そうですか。あまり無理はしないでくださいね」

「ああ。ありがとう」


 自分の内心をさらけ出したいわけじゃない。ただ……寄り添える誰かがいるという事実が、とても重要な事だった。マリアがくれる微笑みのおかげで、だんだんと和らいでいく不安。ケンの代わりのつもりなのだろうか? 自分でも、良くは分かっていない。こんなことなら弱い心への対処法を学んでおけば良かった。アマテラスなら、きっと効果的な対処法を知っているだろう。


「時間を取らせたな。いくぞ」


 マリアにとって無駄な時間を取らせてしまった事に詫びを入れ、俺は手早く触手を突き刺した。


「私はアムルさんのためにここに居るのですよ? そんな事を言わないでください」


 微笑みは、明るい笑顔に変わり、美しい容姿を一層際立たせていた。この世界には女神しかいないのだろうか? いや、ミーアは違うか。

 バカな事を考えつつ、触手からマリアのエネルギーを吸収する。すると、マリアのエネルギーに違和感を感じた。味が変化していたのだ。甘く心地よいはずだったマリアのエネルギーは、味はそのままに少し暖かかった。


「味が変わったようだ」

「そうなのですか?」

「ああ、少し暖かい」

「あの……大丈夫ですか?」


 マリアは、不安げな表情を浮かべ、両手を胸の前で合わせる。聖母マリアが祈りを捧げているかのようだ。悪い意味ではない事を早く伝えなければ。


「ああ、むしろ、心地いいくらいだ」

「良かった……」


 ほっとしたように下を向くマリア。それと同時に、合わせていた手は解かれ、無意識に触手へと向かう。マリアの手が触手に触れると同時に、以前のような衝撃が俺を襲った。

 全身を襲う高揚感。また、それとは別に、今までの不安が一気に押し寄せてくる。ハイとローが同時に俺の心のを埋め尽くす。


「マリア、触手に触れてはダメだ! 離せ」

「あ! 申し訳ありません!」


 マリアは驚いて触手から手を離す。しかし、衝撃の余波がジンジンと全身に残っていた。俺は目をつぶり、呼吸を整える。


「取り乱してすまない。触手に触れられると、どうもおかしな感情が膨れ上がってしまうようなのだ」

「そう……ですか。ごめんなさい」

「いや、先に言わなかった私のせいだ。気に病むことはない」


 呼吸を整えながらマリアと話していると、余波もだんだんと落ち着き、呼吸も穏やかになってきた。しかし、何度経験しようと、この衝撃には耐えられそうにない。むしろ、アミの時より強くなっている。


「あの……触手に触れてしまうと、痛いのですか?」

「いや、そうじゃない……感情が高ぶってしまうのだが、人に言えるような感情じゃないんだ。すまないな」


 不安そうな目で見つめていたマリアだったが、よく見ると、瞳孔が開いていた。何かに興味を引かれたようだ。まずい。アミのような失敗はしてはならない。


「実は、アミから聞いていました。でも、触るつもりはありまでんでした。ごめんなさい」

「そうか。アミが話していたか……いや、問題ない。気にしすぎていたのだろう。無意識に触れてしまってもおかしくはない」


 感情を押さえ込みながらゆっくりと会話を続けていると、徐々に普段の自分に戻ってきた。


「マリアは……大丈夫か?」


 ようやく相手の事を気づかえる程度には回復したようだ。


「私は大丈夫です。本当にすいませんでした」

「本当か?」

「はい。私は何ともありません」


 マリアは不安そうな顔を崩さない。俺のことを心配してくれた女性を、これ以上振り回してはいけない。これは、俺の弱い心が生んだ我侭だ。


「そうか。ならいいのだが……それより悪かった、私はもう大丈夫だからそんな顔をしないでくれ」

「……はい」


 マリアは少し俯くと、また、俺に微笑みで返してくれた。気丈な女性だ。

 それにしても、今の精神状態は非常にまずい事になっていると感じる。理性的な行動ができなくなる可能性が非常に高い。心が癒しを渇望しているのが分かる。解決方法まではわからないが、客観的に見れば、単純にキャパオーバーだ。逃げ出したい気持ちでいっぱいなのだろう。何か突破口と言っても……思い浮かぶ事は何もない。こういう時、クリスチャンなら教会へ行くのだろうか? でも、俺は懺悔するような事は何もしていない。ただ、虚しいだけなのだ。自分で何か考えて行動すれば好転するような状況ではない。死神の鎌が首に掛かった状態で、死神を楽しませなければならない。……比喩表現は得意な方じゃないのだが、これは笑えないほど的を射ている。よくこの程度の精神状態で治まっているな、と、我ながら感心してしまう。


「抜くぞ」


 もう十分吸収したし、また触られても困るので、俺は早々にマリアから触手を抜いた。そして、いつも通り傷を確かめる。大丈夫そうだ。


「マリア、ありがとう。これからも頼む」

「はい。なにかお手伝い出来る事があれば、なんでも話してくださいね」

「ああ。その時は必ず。ラミア」

「はい。では……」


 ラミアがマリアの手を取り、別室へ連れて行く。マリアは名残惜しそうに見えたが、気のせいかもしれない。

 マリアが出ていってしまうと、何もすることの無い孤独な時間が始まる。何をしようにも、ここには出来る事が一つもない。楽しみがあるわけでもないし、あまり遠くへも行けない。この世界の人達もこんなふうに無力感に襲われる事はないのだろうか? 俺にとっての姉さんが、この世界の人達にとってのアマテラスだろう。どんなに逆らおうとも勝てない相手。絶対者。しかし、アマテラスは善良である分、俺の環境とは違うのだろうが……。しかし、マリア達を見るに、きっとあるのだろう。もし今、誰かのために何かできることがあるのなら、俺は喜んで引き受けたに違いない。心に空いてしまった何かを埋めるために。


 このまま部屋に居ても気が滅入るだけなので、俺はぶらぶらと施設を歩き回る事にした。姉さんに言われた休息はしっかりと取ったし、これ以上休憩したところで回復する事はない。ただ、ぶらぶらするにしても、どこに何があるのかもわからないし、無駄に広く入り組んでいるので、あまり遠くへ足を運べば迷子になる。どこかわからなくなっても姉さんと会話はできるから大丈夫だとは思うが、教えてくれるとは限らない。だから、いつものように、まずはレノのところに行く事にした。どんな状況かを教えてもらえば、何をすればいいのかが見えてくるかもしれない。


「あれ?」


 そこには、解析をしていたはずのレノの姿が無かった。キョロキョロと辺りを見回しても、どこにもいない。


『レノ……いったいどこに行ったんだ?』


 レノがいないという現実に、胃が締まるように痛み出す。冷や汗がじんわりと流れ出て、全身で焦りを感じていた。ケンに続きレノまで失ってしまったらと思うと、焦りの度合は、深く、深く、心の中を埋め尽くしていった。






書いてて暗くなっちゃいますねぇ。

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