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大事なこと

「もう、いないようですね」

「そうだな」


 裁きの塔によって、一体の見晴らしが良くなったため、生き残ったアンドロイドの捜索は容易だった。ふらっと辺りを軽く飛び回れば終了だ。ただし、透明化で潜んでいたらわからないが。


「いたとしても、問題はない。戻るぞ」

「はい!」


 俺はグレースを連れて、急いでスサノオのところまで戻った。そういえばグレースは魔力切れ寸前だったっけ。忘れていたが、とりあえず問題なく戻ってこれたようなので良かった。俺はラミアにグレースを頼み、そのまま自室へ戻った。


「連戦は流石に疲れた……」


 そうつぶやくと、ベッドにダイブする。バサッという音とともに、心地良い弾力と、ふわふわとした肌触りによって癒やされる。ベッド最高! そして、そのまま眠りへと入ろうとしたら……


「何をしている」


 ドアの方から声が聞こえた。ダイブによって揺れたベッドの振動が静まる前に、俺は反射的に体を翻し声のする方へ向き直る。


「姉さん! 終わりました!」

「わかっている」


 これは……怒っている? 無表情の姉さんが怖い。


「あの……俺、何かまずいことでもしましたかね?」

「ああ」


 全く検討もつかない。これはヤバイ! 緊張で脳も全然働かない。


「えーっと、それは一体どんなことでしょうか?」

「ああ?」


 ストレートに聞いてみたが、帰ってきた言葉は短い。そして、怖い! とにかくだ、まずは謝罪だ。よくわかんないけど、まずは謝罪。怒っている相手に対して誠意を見せなければ!


「はい! すいませんでした! 申し訳ありません!」

「何がだ?」


 俺が聞きてぇよ!! 姉さんに言われて身を粉にして働いたにも関わらず、終わってみれば怒られてしまう……なんてパワハラだ! 横暴すぎる! 弁護士を要求する!


「えーっと……あ! そういえば……」


 すっかり忘れていたが、俺が頼まれたグレースの潜入調査が失敗に終わったんだった……ヤバイ……謝っておいて正解だった。


「グレースの潜入捜査が失敗に終わってしまいました。申し訳ありません」

「そんな事を責めているのではない! もっと大事なことだ! この星の未来をも左右する一番大事な部分なのだぞ?」


 俺はいつの間にそんなスケールの大失敗をしたのだろうか? 全く身に覚えがない。そもそも、この星の未来なんて姉さんと、猫にかかってるようなものだ。だとしたら……。


「まさか……あの猫が、何かやったのですか? 俺のミスで……」 

「貴様……死にたいのか?」

「ひぃ!」


 それまでのポーカーフェイスが嘘のような鋭い眼光で俺を睨む。危うく心臓が止まりかけた。植物の体なのに鳥肌と汗とが反射的に呼応する。鳥肌まで再現できるとは恐れ入る。


「あ……の。であれば、僕は一体どんなミスを……」

「急にしおらしく僕などとはな。まあいい。教えてやる。先程の戦闘……非常に退屈であった」


 痛恨のミス! 最強のパワハラ上司である姉さんにとって、勝利など問題ではないのだ。いかに面白く戦闘を演出するかが大事なのであって、俺達が抱えるこの星の未来など、ハナクソ以下の価値しかないのだ。俺がしなければならないのはショーであって、エンターテイメントなのだ。たとえそれが、命の危機にさらされた状況であっても……。


「クソ程も面白くもない戦闘を見せられたせいで、この星を破壊してやろうかと思ったわ。おまえ……私を楽しませる気が無いな?」


 ええ、まったく考えておりませんでした。そもそも、痛いのが嫌だから、できるだけ痛くないように……なんて考えで戦闘をしていたのだ。姉さんにとっては、さぞ退屈なショーだっただろう。


「申し訳ありません! 次は頑張りたいと思います!」

「今回は大目にみるが、そう何度も許されると思うなよ? つまらない世界だとわかれば、この星をぶち壊して、すべての生命を根絶やしにしてやるからな」

「はい!」


 パワハラのスケールがデカ過ぎて、弁護士を雇ったとしても、きっと無意味だろう。

 そんなパワハラを受け、俺はグレースよりもハキハキとした良い返事をしていたと思う。自分的には、敵であったグレースを守りながら、多勢に無勢で頑張った英雄的な気分でいたのに、このひねくれた世界ではカッコいい話とかは価値が無いらしい。だが、ふてくされていてもしょうがない。それに、こんなわけもわからない状況で英雄視されたとしても、素直に喜べるわけじゃない。俺が戦闘で倒した敵は、つい最近までは味方で、ひとりぼっちで寂しかった俺の世話をしてくれた恩人アンドロイドなのだ。


『これで素直に喜べたなら、アンドロイド達を敵と認めたようなものだ。アロー法国は、俺にとって、とても世話になった国だし、そこで出会った人たちも全て恩人みたいなものだ……ルイの爺さん以外』

 そうなのだ。アンドロイドを倒したからって、手柄でもなんでもない。虚しい同士討ちなのだ。そもそも、この戦いの舞台は姉さんに敵意を持った猫が仕組んだことだ。まあ、実際はまだそうと決まったわけじゃないが……そうとしか考えられないし、アマテラスがこんな決断をするわけがない。急にこんな戦争ごっこをはじめたのには理由があるはずだ。だから、単純に考えれば、俺達がいなくなったアロー法国に忍び込んだ猫が何かをやったと考えるべきだろう。


「はっ。返事だけは一人前だな。まあ、今は攻め込まれていないから、ゆっくり休むといい」

「それはとても嬉しいんだけど……姉さんにお願いがあります!」

「なんだ? 言ってみろ」

「じゃあ、俺、猫をやっつけたい!」

「無理だ」

「即答!」


 慈悲すらない機械のような速さで即答されてしまった。


「あたりまえだろう?」

「でも、俺も強くなったし……」

「私の花粉を扱えるようになった程度でどうにかなる相手ではないといっただろう? そのうぬぼれは少々面白いが、バカは三日で飽きる」

「それ、引用が……」

「うるさい、殺すぞ」

「はい! すいません!」


 俺はバカでボンクラで皮肉を理解できないカスだったようだ。面白おかしくなければただの肉塊……今は植物だから……まあいいや。いつ姉さんに愛想を尽かされて殺されてもおかしくはない。ってなると……うん、これ、部下じゃない、奴隷だ。


「余計な事を考えず、今日は休め。また必要になれば声をかける。次は抜かるなよ、ではな」

「ありがとうございました!」


 俺はハキハキとしたいい声でお礼を述べ、頭を下げる。とりあえず気が済んだ様で、姉さんは帰って行った。姉さんが見えなくなるまで頭を下げ続け、直ると、すぐにレノの所に駆けていく。レノはまだスサノオを解析中のようだ。


「レノ! なんかわかんないけどヤバイ! 俺、どうすればいい! 教えてくれ!」


 得意の無茶振りの丸投げでレノに相談する。アンドロイド達に良くしてもらっていたせいで、自分で考えることよりも助言を求めるようになっていた。


「涼介様、落ち着いてください。なにがあったのですか?」


 今のレノには、話さなければ伝わらない。記憶の読み取りができないなんて、今までずっと俺が求めていた事なのに、今となっては煩わしく感じる。不思議なものだ。


「あ……そっそうだな。ああ、さっき姉さんに追い込みをかけられたんだ。アンドロイドとの戦闘が面白くなかったらしい。確かに俺、手を抜いてて、姉さんに楽しんでもらおうなんて思ってなかったから……今までは、姉さんを楽しませることを忘れるなんて、そんな事無かったのに……俺のせいだ……レノ、どうしたらいい?」


 頭の弱い俺は、すがることしかできなかった。これまで姉さんを楽しませてこれたのは、奇跡なんかじゃない。アマテラスの導きがあったからだ。記憶が無かった時だって、この世界での経験が俺を救ってくれていたのだ。これからも、この世界の導きがなければ生き残ることは不可能だろう。


「涼介様がそこまで理解しているのであれば問題ありません。しかし、今はケンがおりませんので、不安な気持ちになってしまっているのです。私の力が及ばず申し訳ありません。ですが、状況は悪い方向には向かってはいません。ご安心ください」


 ケンがいない。レノから伝えられたその言葉は、俺の心の動揺を理解するための最後のピースであり、最大のピースだった。納得のいく答えにたどり着ければ、意味のわからない胸騒ぎは、自然と落ち着いてゆく。

 ケンがいない。ただそれだけが、焦燥の原因であるかのように。


「あ……ああ。そうか……ははっ。なら、良かった。そうか……」


 急に恥ずかしくなって、逃げるようにレノから離れ自室へ向かう。自室に向かうまでの事は覚えていない、無意識に帰って来ていた。呆然と自室で立ち尽くしていると、姉さんの言葉が蘇る。

 落ち着いたなら、姉さんの言うことを聞かなければ……今日はゆっくり休めと言われたのだ、これ以上失望させたら本当にこの星の未来を危険にさらしてしまうかもしれない。

 レノのおかげで、俺はつかの間の休息を穏やかな気持ちで迎えることができそうだ。俺らしく、情けない理由だったことも納得のいく答えだった。ただ、このままごちゃごちゃと考えていたら枕を濡らしてしまいそうなので、今日は何も考えず目をつぶることにした。






久しぶりなんで、二話投稿です!

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