初陣
一矢報いる……そんな事を思っていた時期が、僕にもありました。
ええ、そりゃそうですよねぇ、なんてったって、アンドロイドが四百体ですからね。ケンとやっていた訓練の数十倍くらいだからね、そりゃ、前から来る大軍に突っ込む勇気なんかないですよ。
普通に考えれば、ほぼ詰んでいる状況でしょ?
だけど、姐さんだったら……瞬殺とか……してしまうのだろうか?
であれば、魔法を効果的に使えれば、勝機はあるかもしれない。って言っても、俺には魔法の初歩がない。ファイアーアロー的な何かすら撃てないだろう。まあ、まだ遠いし、遠距離攻撃でもしますかね!
ピュン!
鋭い風切り音と共に、太ももあたりに痛みが走る。よく見ると、穴が開いていた。あちらも、この距離で当ててくる腕前と、長距離武器を持っているらしい。あんまり悠長な時間は取れない様だ。
やべー。全然思いつかないよー。どうすっかなー。
俺としては、各個撃破なんて夢見たいな作戦ではなく、広範囲の強力な弾幕で、一体でも多く撃滅できればいいかなと思っている。ゲームオーバーの無い戦闘なので、時間的には俺の勝ちなのだが……あっ……いやいや、俺は補給しなきゃ一週間で消滅だった。
って事はあれかい、二日……最悪でも三日でケリつけなきゃ、痛みで動けなくなりながらの戦闘ってことかい!やべー、どーしよー。
焦らなきゃいけないはずなのだが、死ぬことのない体のせいか、段々と怠くなっているのを感じる。
じゃあ、とりあえず……俺の知っている魔法をぶっ放しますか!
俺は、目を閉じ、空間にある有象無象を意識して、それが、魔法に変わるよう念じる。
そして……
「爆炎流!!」
その叫びに呼応して、目の前に大きな炎の渦が巻き起こる! ……事は無かった。
「なんでだよ!」
ピュン! ピュン! ピュン!
遠距離から撃たれたであろう三発の銃弾は、俺の顔を正確に居抜き、華麗なヘッドショットを決める。近くにあった植物に乗り移ったようで、自分の抜け殻が見えた。
『あー、ヤバイな。なんて言うか……勝てる気がしない……これ、どうすんだよ……もう一回魔法を……どうかな』
俺は、さっきよりも幾分か集中してイメージする。爆炎流じゃない、もっと想像しやすくて、単調な……そうだ! レーザーだ!直線でいて、環境による変化も少なく、光速で敵を蹴散らす。おそらく、これほどまでに洗練された攻撃方法もないだろう。きっと、今考えうる最強の魔法だ。
俺は、ここ一番の集中力を研ぎ澄ます。今までのような中途半端さを無くし、全力でイメージする。成功したら、すかさず手を動かして、アンドロイド達を一掃だ!
少し、ワクワクしながら右手を前方に突き出し、大きく息を吸う。
「レーザー!!!」
掛け声と共に放たれたレーザーが、僕の右手から発射される! ……事は無かった。
「なんでだ!」
随分と大きい声で叫んだため、恥ずかしさが込み上げる。
これは……万事休すか? 俺はこのまま蹂躙される運命なのか?
俺は、アンドロイドが攻めてくる刹那、考えに考えた。そして、一つの光を手繰り寄せ、こんな状況で思い出せた自分に惜しみない賞賛を浴びせると、早速、姐さんに相談することにした。
——姐さん! 姐さん! 俺、魔法使えないの?
——なんだ、騒々しい。
姐さんの応答に安堵する。念じて繋がらなかったら、本当に終わっていた。俺の人生が。
——ヤバイんだよ、魔法、使えないんだよ! このままじゃ、ヤバイよ!
——魔法に頼らなくても、どうにかなるだろう?
——ならないよ! 四百体のアンドロイドだよ? どう戦ったとしても、敗北必死だよ!
姐さん基準で話されても、僕ではどうにも出来ない。正直、もうそういうの良いから! って叫びたかった。
しかし、更なる姐さん基準をぶち込まれる事になろうとは思いもしない。
——まあ、お前はまだレベル一だからな。大方、魔力を使い切ってしまったのだろう。
レベルの話は、嘘じゃなかったらしい。魔法は、レベルに応じて使えるようになるということなのだろうか? 嘘だと言って欲しかった。
——ええええ! レベルの概念って本当にあるのかよ!
——ああ。ちなみに、グレースのレベルは三百越えだ。
——うぉおい! あれは、程の良い姐さんの嘘かと思ってたよ!
——私の花粉達は、経験のない者を嫌うのでな。
——なにそのとんでも設定! じゃあ、レベルってのは、姐さんの花粉に好かれなきゃいけないって事?
——そうだな。
——えぇ……マジかよ! じゃあ、じゃあ、好かれるにはどうしたら良いの!? ってか、パパッと使えるように、姐さんの方でどうにかならないの!?
——はっはっは、ならん。力を示せ。その花粉は、結果を好むよう作られている。
……なんか笑ってる。めっちゃ楽しんでる。
こりゃ、無理だ。俺が苦しみながら右往左往するしかないらしい。
——……でも、中島は普通に使えていたよね? なんで俺は全然使えないんだよ!
——私が伝えた特性以外は、もう調べたのだろう? あとは自分で考えろ。
こちらも暇じゃない。ではな。
——あ。え? 姐さん! 姐さん! ねーさぁぁん!!
……切られた。
きっと、暇じゃないと言いながら、花粉を通じて楽しむのだろう。自分で考えろと投げやりに言われてしまえば、もう、そうするしかない。
結果……それは、アンドロイドを倒せって事なのだろうか? 肉も骨も切らせての各個撃破……それを淡々とこなしていれば、段々と花粉に好かれ、魔法が使えるようになる……という事なのだろうか?
もうこうなってしまっては、破れかぶれだ! 自暴自棄になった者の恐ろしさを思い知らせてやるしかない!
そして、俺は迫り来るアンドロイド達に向かって走った。一心不乱に駆け出し、前を向くと、爆散した。
千を超える銃弾を一手に引き受け、立っていられる訳がない。前に進もうとしても、銃弾の衝撃によって戻されてしまう。
乗り移る先の植物は、自分の意思では決定できないようで、一番近くの植物が対象のようだ。
乗り移っては、爆散、乗り移っては蜂の巣、乗り移っては爆散……アンドロイド達に届くよう、無我夢中で駆けて行くも、一向に距離は縮まらない。無益で消耗の激しい愚策。姐さんはきっと、腹を抱えて笑っていることだろう。
そして、段々と痛みにも慣れてきた頃、俺は、走るのをやめた。
蜂の巣になった抜け殻を横目に、顔を少し動かしてアンドロイド達を見る。
走っても、走っても、距離が縮まらないのなら、誘い出すしかない。陳腐にも、死んだフリをしてアンドロイド達を誘い込む作戦だ。
このままやられっぱなしじゃ、姐さんを失望させてしまう。
俺が地べたに這い蹲り、動かないでいると、アンドロイド達の動きも止まった。こちらが大人しくしていれば、おそらく、少数で俺を確認しにくるだろう。そこを……突く!
奴らは英雄になりに来たわけではない。シューゼの調査に来たのだ。千のアンドロイドを犠牲にしてまで、情報を探りに来たのだ。
猫の事だ、きっと相手に渡す情報を絞っているに違いない。そして、狼狽える民衆を横目にほくそ笑んでいるのだろう。きっと、スサノオが奪われた事を伝え、対応を急がせたって所か。じゃなければ、あれだけ慎重に事を進めていた連合が、こんなに早く強行作戦を取るはずがない。
しかし、俺の陳腐な予想なんて、八割方外れてしまう傾向にあるから、もしかしたら、全然違うかもしれないけど。でも、今は、死んだフリ作戦以外、有効な作戦が無い。……悲しいことに、本当に無い。
アンドロイドが、ここまま一週間なにもしなければ、正直終わりだ。万事休す。ゲームオーバー。
だけど、無情な結末を避けるべく、死んだフリを徹底する。アンドロイド達が、痺れを切らせて、近づいて来るその時を、心を無にして待ち構える。
未だ遠くに見えるアンドロイド達。米粒の様にしか見えない距離を保ち微動だにしない体制が続いたのだが、小隊規模での移動を始めたようだ。こちらの様子を伺うかのように、前後左右に、小隊を移動している。
移動はするが、発砲は無かった。
発砲しないメリットでもあるのだろうか?
よくわからない行動はしばらく続き、やがて、五体のアンドロイドが、俺に向かって近づいて来た。延々と編隊行動を繰り返し、こちらを焦らしに焦らしていたのだが、ようやく捕獲なり、調査なりをしに来てくれるようだ。
嬉々として、心臓の鼓動は早くなり、今か今かと、蟻地獄の主は待ち構える。百……八十……五十……。早くも、遅くもなく近づいて来るアンドロイド達。三十メートルくらいの所で、その歩みを止め、しっかりと銃口をこちらに向ける。ジリジリと、地から足を離す事なく、ゆっくりとした速度で迫る。
もう少し、あと、二十メートル進んでくれれば、仕留められる。
ザッ、ザッ、ザッ……
五体のアンドロイドが周囲を囲み、俺を逃がさないよう慎重に前進を繰り返す。
ザッ、ザッ、ザッ……
そして、アンドロイド達は、免れない終焉を迎えるべく、俺の射程に足を踏み入れる。
静かに……燻るように……俺の心の中深くから、反撃の狼煙は立ち上る。
最近暑くてジメジメして嫌になっちゃいますよね?
でも、そんな時こそ、元気に過ごす方法をご存知ですか?
夏の暑さも、梅雨のジメジメも、吹き飛ばす! それは、タイトル変更!
背中に冷んやりとした冷たい汗と、気だるい意識をシャキッと覆すような焦燥感がたまりませんね!




