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突破

 姐さんの分体、ラミアがグレースを連れてきた。

 俺はこれから、グレースを調査員としてアローに送るため、打ち合わせをしなけれならない。

 姐さんに準備させろと言われてしまったが、どこまですれば良いのやら……。

 湾岸線の防衛ラインは、あと二、三時間で完了してしまう。


「グレース、お前にやって欲しい事がある」

「はっ!」


 グレースは、俺の前でカッコ良く跪き、良く通る声で返事を返す。


「お前には、アロー法国内を調査してきてもらいたい」

「かしこまりました。この命に代えてでも、使命を全ういたします!」


 乗っけから全力宣言とは恐れ入る覚悟ですが、調査なんだから、生きて帰ってもらわないと困る。


「何か勘違いでもしているのか? お前は、情報を持って、生きて帰ってこないと意味がないのだぞ?」

「はっ! 申し訳ありません。全身全霊を持って、情報を持ち帰ります!」


 グレースの、何がそうさせるのか? 未だに謎だ。

 正直ここまで心酔されると、悪の教団の教組にでも担ぎ上げられているようで萎える。


「グレース、アロー法国には、ヒルデとラッツがいる。そして、ヒルデの近くには、中島という男がいるのだが、そいつに魔王から伝言だと伝えて欲しい言葉がある」

「お聞かせください!」

「では……シューゼへ来い、来れないのであれば、猫に気をつけろと、伝えて欲しい」


 グレースには、先ほどの言葉を紙に記したメモを渡す。

 このメモは、レノに書いてもらった。言葉は分かるけど、文字まではわかんないからね。


「アムルタート様、もし、中島様が来ると言えば、私が連れて来ても良いのでしょうか?」

「ああ、任せる。それと、お前には、レノの分体を連れて行ってもらう」

「レノ……とは、どのような方なのでしょうか?」

「ああ、すまない。ここで私と会った時、大きな物体の前で、ふわふわと飛翔していた小さき者がいたのは気づいたか?」

「はい。あの方がレノ様でしょうか?」

「そうだ。奴ならば、この世界の全てを知っている。奴のいう事を聞き、情報を集め、戻って来るのだ」

「かしこまりました!」

「では、湾岸線の防衛ライン完成と共に出発しろ!」

「はい!」


 グレースは、サッと立ち上がると、くるりと反転し、キビキビと去って行った。

 背筋がピンと伸び、正確な足取りで歩く。その美しい様式美を、長く美しい髪がふわふわと揺らいで、幻想的とも言える光景を映し出していた。


 グレース、少し見ないうちに、また顔がキリッとしてきたな……。

 俺がいた頃の最後には、表情が幾分か豊かになったと思っていたのだが……俺が不在の間に、また戻ってしまったようだ。

 憎悪に満ちた、最初の時の表情よりは断然良いのだが、少し寂しい気持ちになった。


 そして俺は、グレースが見えなくなったのを確認して、レノの方へ向かうと、先程話した内容を伝える。


「かしこまりました。では、これより、分体をグレースに同行させます」

「あーあと、ざっくりとしか説明してないし、レノの言う事を聞けって行ってあるから、後は上手いことやっておいて!」

「……では、十時間後に出発いたします」

「ん? んーまあいいや、任せる!」

「かしこまりました」


 だいたいこんなところだろう。

 俺の役目は、グレースを焚きつけたら終了だ。

 後は、レノやら、姐さんに任せればいいだろう。

 最初はちょっぴりなんとかしてやろうかとも思ったが、グレースになんて言えば最善だろうと考えた時、レノが頭に浮かんだんだから仕方がない。

 それにしても、なんで十時間も先になってしまったのか。

 レノにも、それなりに準備があるのかもしれない。


 そして、あっと言う間に役目を終えてしまった俺は、レノの近くで休んでいた。

 レノの作業中に、話しかけたところで、邪魔になんかならないだろうけど、なんとなく、何も言わずにぼーっとレノの作業を眺めている。

 しかし、だんだんと眠気が来てしまい、その場で眠りこけてしまった。



 ***



「おい、起きろ!」


 誰かが起きろと言っている。

 誰だ?

 この声は……ああ、姐さんか。

 大きなあくびをしながら伸びをする。

 目を開けると、姐さんが腕を組みながら笑っていた。

 起き抜けに見るその美しい姿は、まだ夢から覚めていなのかと惑わせる。


「相変わらず綺麗だな、姐さん」

「減らず口を」


 笑顔を崩さず、恥じらいなど感じさせない堂々とした美女は、さもそれが当たり前のこと過ぎて、どうでもいいと言った感じだ。

 俺は咄嗟に手を出してしまう。

 その手を見て、姐さんは少し目を開くと、そっと腕組みをほどき、優しく掴み起こしてくれた。


「お前は、私の事が怖かったんじゃないのか?」


 姐さんから不意に質問をされる。

 姐さんが怖い?

 無意識に頬が緩み笑みを浮かべていた。

 特に面白い質問でもなかったはずなのだが、姐さんからそんなことを言われたことが、無性に面白かった。

 なぜそんなことを言ったのだろうか?

 その意図や心情を考えたところで、所詮、自分以外は赤の他人。「姐さんはなんでそんな質問をするの?」なんて聞けば分かるかもしれないが、そんな無粋な探究心は持ち合わせていない。


「姐さんがあまりにも綺麗だったから」


 姐さんは少し思慮を巡らせるように俺を見つめる。

 そういえば、姐さんには俺の思考は筒抜けなのだろうか?

 俺が何をしていても監視されているのはわかっていたが、思考まで読み取られているのかもしれない。


「姐さん、そうやって見つめると、相手が何考えてるのか読めちゃうの?」


 結構大きな事実なのだろうが、今まで全てを読み取られていた身にしてみれば、慣れたもので、不快感は無かった。

 こんな質問をしたにも関わらず、僕の顔は、至って普通だったと思う。


「読めない。お前は特にな」


 終始笑顔を崩さない姐さんは、人間を皆殺しにするなんて発言をした人物とは思えない程透き通っていた。

 しかし、ふと邪念が過ぎる。

『人間だって、牛や豚を殺したからって禍々しくなる事はないか……』

 姐さんの透き通るような美しさに、畏怖の念があるのだとすれば、「美」とは、そういったものなのかもしれないと感じる。


「それは、良かった」

「なんだ? 後ろめたいことでも考えていたのか?」

「そんなことはないよ。姐さん綺麗だなって事くらいしか考えてなかったから、本人に読まれちゃうと、ちょっと恥ずかしいなと思っただけだよ」

「ふん、まあいい。湾岸線が突破された。迎撃準備だ。急げ」


 湾岸線が突破されたから、迎撃準備……。


「ええ! こんな悠長に構えてらんないじゃん! 姐さん余裕すぎません?」

「ん? 大丈夫だ。突破されたと言っても、アンドロイドが千体ほどだからな」

「……ん? 千体? それって余裕なの?」

「私にとってはどうということはない」

「俺にとっては?」

「無残に駆逐されるだろうな。死にはしないが」

「あ……そういえば俺、死ねなかったんだよね」

「問題ない。私の分体をお前に同行させるから、早く行ってこい」

「それって、俺、必要?」

「ああ、主役が行かないでどうする。魔王として、存分に見せつけてやるがいい」

「主役は姐さんなんじゃ……」

「つべこべ言わずに行け!」

「えっ、あ!?」


 姐さんが痺れを切らせて、分体で俺の体を持ち上げると、分体は、姐さんと遜色ないスピードで飛行する。

 俺は、分体に後ろから両脇を持ち上げられた状態で空の旅を楽しんでいた。


「あの……あなたのことは、どう呼んだら良いんですかね?」


 分体とはいえ、見た目は姐さんそっくりな作りになっていて、どうもやりずらい。


「私のことは、ラミアとお呼びください」

「わかったよ」


 とりあえず、呼びやすい呼び名で安心する。

 これは、姐さんであり、姐さんでないのだ。

 言われた通りにラミアと呼ぶことにする。


「ラミア、戦線はどうなってるんだ?」

「現在シューゼのアンドロイドが応戦中ですが、押され気味です。千体だった相手の部隊は、今は四百体程になっています」

「マジか。じゃあ、その四百体をラミアがどうにかして終わりかな?」

「いえ、私は、闘技空間を形成し、場を提供いたします」

「そう……」


 なんとなくだけど、俺を指名した時からこうなるんじゃねぇかな? とは思っていた。

 あの姐さんが、終始ご機嫌だったのも、今となっては頷ける。

 しばらく飛行していると、遠くに戦闘中らしき煙が上がっているのが見える。

 そして、アンドロイドを目視出来るくらいの所で、ラミアは何の脈略もなく手を離す。


「え? おおぉおおおおお! ぼへぁ!!」


 手を離されたと気付いたと同時に、音速の風圧が俺を襲った。

 俺は咄嗟に「フライ!」と叫ぼうとするのだが、その風圧によって口を開くことが出来ない。

 唐突に訪れた危機に、思考は生存本能で埋め尽くされ、姐さんが呪文を唱えずとも魔法を使っていた事を思い出す。

 やるしかない。

 やらなければ、音速で射出された自由落下によって、地面に叩きつけられてしまう。

 死なないのであろうが、多少の痛みは感じるのだ。

 そんな味わった事のない激痛は、いくらこの体だろうと予想を超えて痛いはずだ。

 俺は必死に「フライ」を念じていたが、やがて、それは、変化し、「飛べ!」となった。

 そして、「飛べ!」と念じた瞬間、自由落下は速度を緩め、水平飛行も段々と緩くなる。

 日本語での命令の方が魔法をうまく使えるらしいので、今度は「風防!」と念じる。


「っかは! はぁ、はぁ、はぁ……」


 ようやくまともに息ができた。

 肩で息をしながら、ぞわぞわと興奮した気持ちを整える。

 やってくれる……姐さんは、おそらくこの戦いを、俺を鍛える練習台にしようと考えているのだろう。

 千尋の谷へ落とされた気分だが、無詠唱で魔法を行使できた事に、少し自信が出てきている。


「はぁ、はぁ。これなら、なんとか戦えるかもな……」


 誰に言うわけでもなく、思わず嬉しさから声が出てしまった。

 こんな姿を見られれば、間違いなくケンにからかわれていただろう。

 ケン……無意識から出た親友の名は、中島ではなく、ケン。

 ケンを助けに……では、もしかしたらおかしいのかもしれないが、どうしても、もう一度、ケンに会いたかった。

 そんな、決意を胸に、自らの力で未来を切り開く事ができるよう、姐さんが与えてくれた実戦訓練を開始する。

 一般人の俺でも、この世界に一矢報いてやる……。






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