対策
「姐さん、これからどうするつもりなの?」
ニヤニヤと思慮を巡らせている姉さんに、恐る恐る今後の展望を聞いてみる。
「そうだな……まずは、相手の出方を探る。そして、私の敵となる人間は、皆殺しだ」
「皆殺しって……そんなことしても、猫対策にはならないんじゃないの?」
これはどう考えてもバットエンドの未来しか浮かばない。
姐さんのやろうとしていることは、シュミレーションゲームのプレイヤーみたいに戦局を動かして、殲滅したら勝利! のような事だろう。
そんな、絶望的な未来しか予見できない陣取り合戦には、参加したくない。
ここは、どうにか目的を明確にして、お互いが納得できるような未来を導かねばならないだろう。
日本では、自分の未来さえ、てんで見えてなかった自分が、異世界で世界単位の未来目標を立てることになるなんて思いもしなかった。
「ん? なぜあいつの対策など立てなければならないんだ?」
「いやいや、こんなん続けてたら、人間いなくなっちゃうでしょ……」
「……何か問題でもあるのか?」
「えぇ……」
姐さんの思惑は、どうやら、人間をお金のように消費して、陣取り合戦を楽しむことにあるようだ。
要するに、あの猫に喧嘩を吹っ掛けられて、正々堂々と戦争を楽しもうとしているのだろう。
まるで、子供が、面白いおもちゃを見つけて遊ぶような感覚で。
「ちょ、ちょっと待ってよ姐さん! どう考えても、正面から向かっていったって勝ち目はないよ!」
「なんだと? お前は私の力をわかっていっているのか?」
ギロリ、と、こちらを睨む姐さんの眼力に気圧されそうになるが、事が事だけに、引くわけにはいかない。
「そうだよ! それとも、まだ、俺の知らない力を隠し持っているっていうの?」
「無いこともないが、今、それをお前に教える気はない」
「じゃあ、姐さんは、何か考えがあるってこと?」
「特にない。私の島に攻め入った時が、その人間の最後だ」
「それは、籠城戦ってこと?」
「あいつが何もせず、手をこまねくなんてタマじゃないことはわかっている。それに、あいつが自由に動かせる人数くらいすぐに殲滅できるだろう」
自信満々に答える姐さんの思惑は、思いの外稚拙だった。
籠城戦自体は、そこまで愚策ではないのだが、相手の手の内を見切っているかのような、安易な作戦には、不安しかない。
そもそも、アマテラスに悟られず、アンドロイドの偽物を作れる時点で、脅威以外の何物でもない。
しかも、宣戦布告までしたということは、この数日で、こちらを倒す準備が整った事を意味すると捉えるのが普通だろう。
「レノ、今までの話を加味して、俺たちが勝利する確率はどのくらいあるの?」
「計測不能です。そもそも、勝利条件が曖昧で、計算できません」
なんか、話の糸口をつかめるかと思ったが、杓子定規な答えが返ってきて萎える。
AIの弱いところが出てしまっている……というよりは、想定外の事を、目標も立てずに答えを出すなんて行為は、博打以外の何物でもない。
一歩進んでは半丁博打を打って進むような感じなのだろう。
質問の内容があまりにも大まか過ぎたと反省して、再度、AIの真価を発揮できるような質問に変更しよう。
「じゃあ、シューゼと四大国連合との、戦力差はどの程度なの?」
「人数、アンドロイドの数、主要施設の数など、ほぼ四対一です」
「じゃあ、単純に、戦力差がありすぎて、勝ち目なんかないってことだよね?」
「涼介様、戦争とは、そのような単純なものではありません。勝利条件によって、様々に戦局は変化いたします。制圧、略奪、全滅、救出、暗殺……その他小さな物を含めれば、数多の勝利条件が想定されます」
一体どう質問したら、程のいいストーリーが描けるのだろうか……。
こういった時、俺はいつもどうしていたっけか……ああ、そうか……そういえば、そうだ。
「じゃあ、俺らはどう動けばいいかな?」
俺はこの世界に来て、自分から何かをするような事があっただろうか?
もっと詳しく言えば、アンドロイドの助言なしで、行動した事なんてあっただろうか?
ケンや、レノの助言から、選択していただけだ。
一から全部自分が決めた行動を取ったのは、この世界に降り立って、草原を歩いた時だけ。
俺は、もう、随分とアマテラスの恩恵にどっぷりと浸かってしまっている。
だから、ここで、まずしなければならないのは、丸投げだろう。
俺の欲している結果など、とうに織り込み済みなはずだ。
それに、明確なゴール設定もままならない状態で、どうしたら良いかなんて事は決められる訳がない。
レノの言う通り、「計測不能」だろう。
着の身着のまま舵取りした結果、どこにたどり着くのか……そんな事を予見しろなんて、この世界の理りに喧嘩を売っているようなものなのかもしれない。
いや、きっとそうなのだろう。
今、目的が決まらないのであれば、やる事はほぼ決まっている。
まず、理想を言えば、
姐さんの思惑を、人類の存続を優先する方向に誘導する。
猫の目的を、人類の存続を優先する方向に誘導する。もしくは、猫の排除。
こんな所だろう。
そもそも論で言ってしまえば、この二人がいなければ、なんら問題は無いのだ。
最善は、二人の排除と言うことになるのだろうが、猫ならば可能性があるが、姐さんに関しては、他の世界に行っても、戻って来れてしまう。
姐さんの気まぐれ以外で、実現は不可能だろう。
理想はこんな所だが、今はその理想に近づけようにも、一寸先は闇状態。
なので、レノの行動はきっと……
「先ずは、スサノオの掌握、及び、シューゼの機能を回復する事をご提案いたします」
「そう……だね。どうする? 姐さん」
俺の提案……というか、敗北宣言に近い嘆きなど、姐さんに届くはずもない。
実務的で、現実的な提案を、姐さんは求めている。
姐さんは、最初から、どうするか宣言していたのだ、「相手の出方を探る——私の敵となる人間は、皆殺しだ」と。
であれば、姐さんに敵対しなければ、救われるかもしれない。
というか、現時点では、姐さんに敵意を持った人間を作らない事が、一番現実的かもしれない。
何故か、レノに丸投げしようとしたら、こんな事まで冷静に判断出来るようになっていた。
一人で何かを考えるなんて、不可能だと思ったら、すぐに相談しなければいけないのかもしれない。
ただ、それは、この世界のAIが、善意で動いていると確定しているため、最高の相談相手なだけであって、AIが無ければ、相談相手選びが、人生を左右すると言っても過言では無い。
AIの正しい活用方法が身につけば、選択の幅は広がり、より最善で、自由な選択が可能となる。
さっき言っていた事と、矛盾しているようだが、自由とは、より良い制限をする為の手段だ……と、勝手に心に刻んでおく事にする。
「それが良いだろう」
姐さんは、レノの提案に頷く。
当面は、敵情を調査する事に重きを置き、いつ攻めて来てもおかしくない状況の、対策に乗り出さなければならないだろう。
「では、早速スサノオまで急ぎましょう」
「よし、では、捕まれ」
「ウイッス!」
姐さんは、部屋の窓から飛び出すと、また一段と早くスサノオの場所まで高速移動する。
……多分、1分も掛らなかったのではないだろうか?
なんか、実は姐さん一人で、四大国を制圧する事なんて、造作もない事なんじゃないかと、思えてくる。
実際、姐さんが力任せに暴れ回ったとしたら……いや、この考えは良くない……やめよう。
改めて、自分がしてしまった愚かな進言を恥じている。
あっという間に、スサノオまで降り立つと、そこには、俺の贄達がいた。
恐らく、姐さんが手を回してくれたのだろう。
彼女達との再会を簡単に済ませ、近くにある部屋に待機してもらう。
今日は、久々にサーシャがエネルギーを提供してくれた。気分はふわふわだ。
「んで、レノ、どうなの?」
「シューゼ法国全土にある設備の権限を、スサノオに移譲し、システムを回復します。
そして、アンドロイドを花粉の影響の無い海岸沿いに配備し、迎撃の準備をいたします」
「良し。レノ、我が領域に入った馬鹿供は即刻迎撃させろ。花粉が察知したら、すぐに知らせる。
準備を急げ!」
「はい、姐様。シューゼ法国民への周知を加味しても、二十四時間程度で完了いたします。
また、湾岸への配置は、四時間後には完了いたします」
「わかった。では、準備ができ次第、こちらからも打って出る。
涼介、グレースを準備させろ。偵察をやってもらう」
「そうだね。ってか、グレースしかいないね。了解!」
「では、私は休むことにする。抜かるなよ」
「はい!」
元気良く、レノと一緒に返事をする。
これから二十四時間、何も無ければ良いのだが、あの猫の事だ、まだ、シューゼ法国には偽物がいて、何かあれば、情報をそこから抜き取られてしまうのだろう。
だから、国民に、どこまで情報を開示するかによって、戦況は大きく変化してしまう。
ただ、その塩梅は、レノ任せにするしかないだろう。
混乱を最小限に抑え、どう情報制限をするのか?
そんな事、俺には全然思いつかない。
俺に出来る事と言えば、グレースに、偵察をお願いするくらいしかない。
ぶっちゃけ、大してやる事がない現状に、落胆……はしていない。
どちらかと言えば、安堵の方が大きい。
こんな姿になったとしても、ただの一般人である事には変わりないのだ。
また、書き方を変えました。
そして、1話から、書き直しを始めました。大幅過ぎる加筆修正になります。
現在3話まで完了しています。
あと、気まぐれで「恋は難しい!」という、血迷った連載を、息抜きに執筆しました。
そちらも、宜しければ、ご覧ください。




