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第八話 騒動を終えて

「じゃあ、とりあえず涼介君はアロー法国の国賓として扱う方向で。部屋はケンに案内させるよ」

「はい。ありがとうございます」

「じゃあ行こうか涼介!」

「おう」


 リースさんとの別れを密かに惜しんでいたが、そんなことを顔に出したりはしない。僕はケンの後について会議室を出る。最後にチラッと盗み見たリースさんは、真剣な眼差しでバインダーを眺めていた。リースさんはどんな表情でも美しかった。


 僕はそのあと何も考えることなく、ケンの後をただぼーっと歩いていた。思いの外すぐ近くでケンが立ち止まると、ケンは開いていたエレベーターに僕を招き、一階のボタンを押して扉を閉めた。そこでようやく自分がいた階層を目の当たりにしたのだが、飛行船で上に昇ったはずなのにエレベーターが指し示していたのは地下十階だった。


 あれ? 大草原が地下? 地平線ありましたけど? そんなぽっかり空洞があったら建物やばいんじゃね!?


 これから向かう場所への不安が過ぎる。地震とか起きたら、簡単に崩落してしまうんじゃないかと。


「ケン! 地下の大草原に地平線があったけど、上の建物大丈夫なのか? 柱とか見てないぞ!」

「地下の墓地だね! あそこは、ほとんどが映像だよ! 涼介は真っ直ぐ進んでるように感じただろうけど、じつはぐるぐる回っていたんだよ! 映像を巧みに操ってね」


 絶句である。

 僕はぐるぐると円を描いて大草原を歩いていたらしい。それもツクヨミの見せる映像に騙されて。

 そんなことが可能なのだろうか? 可能なのだろう。注意散漫としていたから真っ直ぐ歩いたかどうかなんて言われてみれば微妙だ。


「マジか……。じゃあ、あそこってそんなに広大でもないのか?」

「広大かどうかは別として、あそこは十キロ四方くらいだよ!」



 十キロ四方と言われても、どの程度なのか想像がつかない。こういう時は東京ドーム何個分とかで言ってくれないと想像しにくいので、おぼろげな記憶を頼りに考えてみる。

 確かセンターの壁までがだいたい百二十メートルくらいだっけ、んで客席とか諸々を考慮して広めに換算したとしても、二百五十メートル四方くらいかな? んで計算すると……一辺に四十個並ぶから……百六十個か……ん? あれ? 千六百個か!?


「めっちゃでかいじゃねえか! やばいだろ! 柱無きゃ!」

「はは! 涼介は心配性だなぁ。建物は墓地の真上に立ってる訳じゃないよ! ちゃんズレてるから大丈夫さ!」

「え? そうなの? 飛行船は垂直に上がってたような……。まあ、なら安心か?」


 こういった何気ない会話一つ取り上げても、ケンは本当にアンドロイドなんだなと痛感する。質問に的確に答えてくれる。

 しかし……たとえズレていたとしても全く安心なんかはできそうにないが、これ以上何かを言ったところで何も変わるわけではない。そもそも保護されている身としては、これ以上の詮索は無粋にしかならないだろう。


 ケンは音声アシスタントの延長か……。


 もう何年かすれば、音声アシスト技術もケンと同じようなところまで到達するのだろう。こっちの場合人格まで考慮しているから次元が違うが。

 一人思いにふけっているとエレベーターが止まる。停止した階は一階だ。乗っていたエレベーターから出ると、正面にエレベーターが三機あった。右は壁、左は自動ドアみたいだ。自動ドアは透明じゃなく、向こう側は見えなかった。


「涼介! 違うエレベーターに乗るよ!」

「あい」


 ケンには言葉使いを気にしなくていいから非常に楽でいい。でも、気を付けないと、いざという時、敬語が出てこなくなりそうだ。

 エレベーターを乗り換え、ケンは二十階のボタンを押した。


「さあ、着いたよ! ここが涼介が生活するフロアだね!」


 ケンはエレベーターから出ると両手を広げ、さあどうぞといった感じだ。余程この階に自信があるらしい。しかし、発言の一部が非常に気になるのだが……


「生活する?」

「そう! このフロアには生活に必要な全てが揃っているよ!」


 フロアを見渡すと、通路の先に庭園が広がっていた。通路の側面にはドアがあり、二◯一と番号が振ってある。

 通路の左の壁にフロアマップが書いてあり、【食事処】【運動場】【庭】【医務室】【遊技場】【書斎】【個室】とほぼ全てが完備されていた。


「ねぇ、ケン。俺、もしかして……軟禁されるのかな?」


 このフロアにはすべてが揃っており、至れり尽くせりの状況なのだが、もしかしたら優しく飼い殺されるんじゃないかと俺のマイアラームが警告音を鳴らしていた。


「涼介、そんなことはないよ! ここ以外にも行けるよ!」

「そうか、でも、ここってどういう所なの?」

「ここは、VIPフロア。国賓扱いの亮介に最上級のもてなしをするところだよ!」


 とんでもない待遇をされたものだ。庶民の僕には、ここを生活のために使っていいと言われてもピンとこない。いや、今すぐにでも逃げ出したい気分だ。なんだろう、敵対勢力に捕まった捕虜になった気分だ。


「まあ、いいや。とりあえず、このフロアのことを教えてよ」

「任せてくれ! まず

【個室】は寝室、トイレ、浴室、衣装部屋、居間があるよ! 希望があればここで食事もできるよ! そして、

【食事処】は最高級から軽食まで、ありとあらゆる料理が取り揃えてある。

【運動場】はトレーニング、球技、陸上競技、プールがある。

【庭】は今は季節の植物が飾られてるけど、涼介の希望通りの庭に作り変えられるよ! 変更したかったら後でケンに言ってね!

【医務室】はその名の通り。今ある技術の全てを結集させてあるよ!

【遊技場】はボードゲーム、映画館、体感遊具があるよ!

【書斎】は落ち着いた雰囲気の作りになっているから、集中したり、気分転換に休む時に使ってね」


 思った以上の高待遇。やはり、優しく飼い殺されるのだろうか?


「……いやいや、何? ここは天国か何かなのかな? 俺やっぱ死んで天国にいるのかな?」


 まるで天の神様にここで何不自由なく安らかに暮らしなさいとでも言われているようだった。三途の川を渡った覚えはない。


「涼介は面白いね! まあ、数日過ごせばここのフロアの生活にも慣れると思うよ!」

「そうかな? 食わず嫌いしてるだけかな? すっごくありがたい待遇なんだけど……。なんだろう、今この世界に来て一番不安を感じているよ」


 何故こんなにも不安なのか……。ここはある意味到達点。人としてのゴール。終着点。そんな、なんでも出来る何不自由ない場所。そして、何もやることがない場所……だから、天国って言葉が最もしっくりくる表現として思いついたのだろう。

 しかし……なんでこんなことばかりを考えているんだろうか? ここで軟禁生活をするわけではないって、さっきケンが言ってたじゃないか。それにリースさんは美人だし、誰も悪い人はいなかった……いや、リースさん以外は人と会ってないか……だけど、昔なら死刑になるような行為をしていたらしいのに、ここまで穏便に話し合いができたのはこの世界の優しさに他ならない。俺なんて、放置されていれば、草原でくたばっていたはずなのだから。


 でも……こんな表現で良いかわからないが、ここには希望が無いように感じる。無い……と言うよりは、もうすでに希望はより良い形で終わっているって言った方がいいかもしれない。僕ができることなんて、なに不自由なく暮らすことくらいだろう。

 なんとなく、塔の上で囚われているお姫様の気分がわかるような気がした。


「とりあえず今日は疲れただろう? ゆっくり休むといいよ! 明日からここの良さを少しずつ体験してもらえると嬉しいな」


 ケンは表情を変えない。常に爽やかな微笑みを維持している。ロボットのように全く微動だにしないわけではない。その優しさが溢れんばかりに表情として現れている。


「わかったよ。ケン。今日はもう休むとするよ」

「オーケー! じゃあ【個室】だね! すぐ後ろの部屋がそうだよ!」

「おう」


 このフロアの他の施設を見てみたいと思ったが、今日はいかんせん体が言うことを聞かない。草原での散歩は致命的な疲労感を僕に与えていた。


 個室に入ると、これまた高級ホテルのスイートにでも来たのかというくらいだだっ広い空間だった。部屋の手入れは行き届いており、埃一つ無い。


「まずは浴室かな?」

「そうだね! ゆっくり汗を流せばきっとゆっくり眠れると思うよ!」

「そうだな……。あっ、そういえばまずトイレに行かなくては!!」


 あまりのことに忘れていたが、気が緩んで思い出したかのように便意に襲われた。

 急いでトイレに駆け込み用を済ます。

 座ってから違和感を感じたのでよく見てみたら、こっちの世界の便器は少しゴツい形をしていた。なんでかなー? なんて考えながら用を済ましあたりを見回すと……紙がない!


 え? おいおい! こんな完璧なフロア作っておいてトイレに紙を置き忘れるとかどういうことやねん!


 わたわたと焦っていると壁にあるボタンを見つける。


 ……押せって事かな?


 希望と願望と好奇心をくすぐられ、壁のボタンを押す。すると、僕のお尻はウォシュレットで優しく洗浄され、便器に水が流れる。その後、脱臭換気が一瞬で終わり、優しくお尻を乾燥。ペーパーレスのハイテクエコトイレだった。


 じつは……あまりウォシュレットが好きではない。あの汚いノズルから出た水を噴射しているのだと想像すると、公共のなんて絶対に使わないと心に誓っていた。しかし、この世界のこれは……ヤバイ、癖になりそうだった。部屋の掃除が行き届いていたせいか、ウォシュレットのノズルへの不信感は起こらず、ただただ快適……いや、一種の快楽でさえあった。


 トイレから出て今度は浴室に向かう。

 脱衣所は六畳くらいあるだろうか? 無駄に広い。風呂上がり用の着替えが置いてある。脱いだものはカゴの中に入れればいいのだろうか? まあ適当にやるか。手早く脱ぐと、早速風呂へ。 

 ……誰かいる。


 ・

 ・

 ・


 僕は静かに扉を閉めて考える。

 ここで異世界ラノベのお約束ならば美少女が何故か風呂場にいて、キャー! エッチ! みたいな展開になるハズだ。これは、国民的人気アニメの冴えない零点量産系主人公でも変わらない。日本の由緒正しき設定なのだ!

 やはりこうでなくてはならない。異世界に飛ばされ、大草原で生死を彷徨い、美人のお姉さんの前で泣きじゃくり、量子コンピューターに監視され、もしかしたら軟禁生活なのかもしれないこの現状に、僕が唯一信仰してきた八百万の神達がきっとこんなお約束を守ってくれたのだろう。

 意を決して鈍感系主人公を演じなければならないのだ! 僕は何食わぬ顔でしれっと入室し「すいません!」を連呼することが八百万の神達への信仰となる。


 やっと、この異世界生活に希望が! 色が! 美少女が! きゃっきゃうふふな展開が! 来てしまったようだ。

 ここでヘタレてはならない。もう大学生になろうという年齢なのだ。

 そして、僕は、希望と欲望の扉に再び手を掛ける!

 ・

 ・

 ・


 あれ? 誰も居ない……。


 八百万の神は一度ヘタれた人間に救いの手を差し伸べることはなさらなかった。

 おそらく気づいてしまったからだろう。鈍感系主人公ならばそのまま気づかずに入室を果たしていたはずだ。もしくは、国民的アニメ主人公なら堂々と名前を呼びながら勢い勇んで入室していたはずだ。

 わかっていた。なんとなく……そう、なんとなくだけどわかってしまっていた。

 この超現実的な異世界に、魔法も、剣も、争いもない、こんな完全無欠の世界にラッキースケベなど無いのだと。

 落胆しながら洗い場の椅子に腰掛ける。


「……何をしてるんだ僕は」


 後悔と、羞恥と、無念が詰まった独り言を呟くと、目の前に何もないことに気づく。


 あれ? 洗剤が無い。どこだろ?


 僕は、洗剤を探し右を見る


「やあ! 涼介!」

「うああ!」


 僕の目の前にケンが居た。








もう一つの連載の方「彼女が救った少年は黒い翼を持つ魔物でした」を見に来てくださいましてありがとうございます!

更新日じゃない日にアクセス数が伸びて感激しております!


記 2018/10/21

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