天災
あれから十日……。
今日はレノが解析を終える予定日だ。
俺を助けてくれた美女達の話をしたいところだが、今はそんな事言っている場合ではない。
俺は今、レノと姐さんにを目の前にして、ケンが用意してくれた部屋にいる。
「レノさん……もう一度聞いても良いですかね?」
「はい。アロー法国より、シューゼ法国へ宣戦布告がなされました」
「宣戦布告って……戦争って事?」
「はい」
淡々と語るレノ。
アローとシューゼが戦争をする事になったらしい。
突然過ぎるその報告は、一度で理解できる程、優しいものではなかった。
「でも、それって……一体誰に向けて宣戦布告しているわけ?」
「姐様です」
展開が急過ぎてついていけない。
アローが、姐さんへ宣戦布告するにしても、理由がわからないし、そもそも、アマテラスが許すはずがない。
頭の中は、疑問符で埋め尽くされていた。
「なんで……全然意味がわからない! まったくついて行けないぞ! それに……」
宣戦布告。
これも、驚くべき事なのだろうが、俺にとって、一番の驚き……それは。
「ケンが偽物だったってのはどういう事だ!」
レノから告げられた宣戦布告は、ケンが伝令として、レノと姐さんの下へ、自ら伝えに来たらしい。
ケンはそう言い終わると、目の前で消えた……という事だ。
「あいつの仕業だ」
「あいつ……猫……」
姐さんがあいつなんて言うのは、あの猫しかいないだろう。
「そうだ」
「でも……いつから……」
「おそらく、アローにいた頃からだろう」
「だから……それは……いつから……」
今までの思い出は、全て嘘だったという事だろうか?
俺が猫を最初に確認したのは、魔王になってからだ。
だが、それは、あくまで俺が見たってだけに過ぎない。
本当は、もっと前から来ていたっておかしくはないんだ。
ただ、そうなると、ケンの存在自体が偽物って事になる……のか?
「正確な事は分かりませんが、ケンが完全に自立型として改造された後であれば、いつでも、隙はあったかと思われます。
あの様に精巧な偽物が作れるのであれば、可能です」
「想定外って事か」
「はい」
「じゃあ、本物は、どこに行った?」
「分かりません」
「そうか……」
まるで、狐につままれた様な出来事。
何も確たるものがない。
疑念、不信……これでは、レノですら怪しい……。
何か……何かないだろうか?
レノが、あの猫と関係無いと証明するものが……。
「なあ、姐さん。レノが、あの猫の作った偽物じゃないって、証明できないかな?」
「……わからないな」
「姐さんがわからない程、精巧な偽物なのかよ……」
「わかっていれば、あいつに囚われたりはしない。
あいつがぬかしている戯言は、私が偽物に入り込んでしまったために起こった事だ。
まあ、私が囚われれば、偽物って事になるんだろうがな」
「そういう事か……」
しまっちゃう猫。
姐さんは、猫が作り出した偽物に乗り移ったことによって、囚われの身になった。
ただ、もしここで、レノに乗り移って、戻って来たとしても、なんの証明にもならない。
その時の猫の気分次第で、いかようにもできるだろうからな。
さらに言えば、この状況で、姐さんを失う事は、猫に対する全面降伏を意味する。
まあ、見方を変えれば、今は、姐さんに全面降伏している状況だから、主人が変わるだけなのかもしれないが……。
「だが、そもそも、私はレノに乗り移る事は出来ない」
「植物じゃないから?」
「そうだ」
となると、もうすでに万事休す。
レノを本物だと証明出来る手立てが、今のところ無い。
情報が全然足りない。
このままでは、らちがあかないので、姐さんに洗いざらい、あの猫のことについて、話して貰う他ないだろう。
「姐さん。あの猫の能力について、知っている限りの事を、教えてくれないかな?」
「……そうだな。もし、私のもたらした情報で、私が不利になったとしても、お前たちなら……良いだろう」
「姐さん……」
いつのまにか、姐さんは、俺たちの事を信頼してくれていた。
姐さんの急所である猫の情報を、僕らに教えるという事は、限りなくゼロに近いが、脅威を引き上げる事に他ならない。
そんなリスクを負ってまで、僕らを信頼してくれるのであれば……
「お前たちが知ったところで、この星を潰すのは簡単だからな」
「……」
感動を返して欲しい。
星……ですか。
そうですよね。星単位で潰せる力があるんですもんね。
俺たちが、何か策を練ったところで、どうにもなりはしませんね。
「じゃあ、教えてください!」
「ああ……」
姐さんは、淡々と猫について、知っている情報を出してくれた。
まず、あれは、影の様なもので、存在していないものを顕現させる事は出来ない事。
作り出した時点で、ほぼ完璧なコピーである事。
偽物に、特別な能力は無い事。
顕現している時、オリジナルの記憶は反映されない事。
猫に操られている事。
自由に消滅させられる事。
同時に顕現させられる偽物の数には限りがある事。
同一の偽物は、作れない事。
偽物を作る時は、ある程度近くにいなければいけない事。
偽物を出し続けていられるのは、三ヶ月程度な事。
などが、制限事項らしい。
「結構あるなぁ」
「見てただけだから、正確さは保証しないがな」
「それでも、何もわからないよりは、全然マシっス!」
姐さんの話を総合したって、レノがレノである事を証明するのは難しい。
というより、ほぼ不可能だろう。
悪魔の証明に近い。
レノがレノでない事を証明するための情報は、あるのだが、それは、本当に、レノが偽物だった場合以外は通用しない。
「あとは……姐さん、シューゼ内で偽物が作られた形跡ってあるの?」
「全部はわからないが、何体か作っていた様だな。
ここにもいたようだが、今は消えてしまっている」
「え?……ここにも居た?」
「ああ」
「それって……」
「お前が触手を刺した全ての人間がそうだ」
「全員!?」
「ああ」
ユイ……マオさん……その他の全てが偽物?
まあ、確かに、ここでマオさんに会うなんて、都合が良過ぎる気もしていたが……。
「気になる事でもあったか?」
「いや……マオさんって知り合いがいたから……」
「それは、あり得ません」
レノが食い気味に否定する。
「え? マオさんが?」
「はい」
「なんで……あ!」
レノに忠告されて、ようやく足りない頭でも気づく事が出来たようだ。
それは、もっと早くに気づけていた事実。
俺は、マオさんに会えた事で、どうやら思考が止まっていたらしい。
もし、この姿でなければ、いの一番に気づいたであろう事実。
きっと、マオさんに会った時、どうしてこんな所にいるのか、すぐに疑問に思ったはずだ。
もし、ここの出身であれば、俺にラクライマ語を教える事なんて出来ない。
なぜなら、こことの通信は、姐さんの花粉によって遮断されていたのだから。
そして、外部から入るには、世界会議によって、選出されなければならない。
それに、もし、そうであったとしても、のうのうと、ここで生活しているなんて、あり得るだろうか?
俺は、こんな簡単な事にも、気が及ばなかった。
振り返ってみれば、余りにもお粗末な結果だ。
でも、何故そんな事に気付かなかったのか?
それは……ケンの存在が大きかったからだろう。
まずバレないように気を使ってしまったし、ケンから疑問の声が無かった。
ケンが不自然に思わなければ、それは、俺にとって、考える事もなく、自然な事なのだから。
「そう……か。だけど……なんでこんな事。あの猫は、何がしたかったんだ?」
「……気に入られたようだな」
姐さんから、受け入れがたい事実が発せられる。
「えぇ……じゃあ、単なる嫌がらせ……」
「そうかもな」
「マジかよ……」
特段、思いつく理由が無い。
猫にとって、有利……というか、目的すらわからない。
一体、何がしたいのか?
宣戦布告がしたかったのか?
なんで?
「あの猫の目的がわかんないと、対策すら浮かばないな」
「ふふ。お前は何もわかっちゃいないな」
「姐さんは、わかるのか?」
「ああ。わかる」
「じゃあ、教えてください! あの猫は、一体なんの目的があって、こんな事をしているのか!」
「……面白いからだ」
聞き間違いだろうか?
それは姐さんの事だろう?
そう、思ったところで、気がついてしまう。
あの猫も、姐さんも、同じように、永遠の時を生きているのだ。
だから、これは、単なる暇つぶし。
それ以上でも、それ以下でも無い。
アリの行列をいじくる子供と同じなのだろう。
俺たちは、右往左往するアリと同じなのだ。
「せつねぇ……」
どうにもならない、どうしようもない天災。
俺たちは、被害を出来るだけ少なく抑え、過ぎ去るのを待つことしか出来ないちっぽけな存在。
目の前が暗く、光を失い、高い壁がそびえ立つ。
待ち受ける未来は、天災の気分に掛かっている。
「そうでもないぞ」
「え?……」
ニヤニヤと薄い笑みをこぼす姐さん。
この状況を打破出来る秘策があるなら教えて欲しい。
今すぐにでも、目標くらいは立てられる希望を望んでいた。
しかし……
「お前たちには、私がいる」
もう一人の天災が、嵐の前触れを予感させていた。
ここから、新章になります!