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現実 対 幻実

 俺は今、歴史的瞬間を目の当たりにしている。

 戦いが始まってから、もう五分くらい経っているだろうか?

 恐らく、レノと姐さんとの間には、光速に圧縮された時の流れによって、永遠とも呼べる、長い攻防が繰り広げられているのだろう。

 姐さんとレノ、いったい、今はどちらが優勢なのであろうか?

 お互いのプライドだけをかけた、女? の戦い!

 俺は幸運にも、伝説の語り部になれる位置で、奇跡の大一番を見ているはずなのだが……


 全然面白くなかった。


 レノも、姐さんも、開始直後から全く動かないのだ。



「ケン、おまえ、何やってるかわかる?」


「さあねぇ。念のため、シューゼに来てからは、相互通信をしてないからね。まったくわからないよ」



 こっちに来てからというもの、ケンの存在が薄れていた。

 役立たずというわけではないのだが、主にレノが思考をする役目なので、単純にケンが活躍する場がない。

 それに、姐さんの目の届く範囲では、ケンとバカやるのも命懸けになってしまう。なので、お互い暗黙的に控えていた。



「そうか。どっちが勝つと思う?」


「レノだね」



 ケンは即座に言い切った。ただの願望なのかとも思ったが、ケンは感情の無いアンドロイド。

 言い切るには理由があるのだろう。



「随分自信ありって感じじゃない」


「そうだね、姐様が、電気を使ったフェアな戦をしているなら、どうしようもないからね」


「なんかやった?」


「うん。念のために持ってきてたケーブルが、役に立ったって感じかな。こればっかりは、運の要素が強かったから、仕組んだ訳では無いよ」


「ケーブル?」


「うん。まだ戦いの最中だから、詳しくは後でね」


「……そうか」



 まだ戦いの最中だから話せないってことは、万が一にも、姐さんに聞かれたらまずい情報なのだろう。

 これが、熱いバトル漫画とかであれば、「秘中の秘」みたいな表現で、煽り倒していたような物に違いない。

 しかし、アンドロイドであるケンは、無闇に煽るようなことはしない。

 そもそも、結構ヤバイ時だったとしても、冷静な判断ができるようにと、決して煽ることはしないだろう。


 ただ……俺としては、この奇跡の大一番を、もう少し楽しめたら良いなぁ……なんて、贅沢なわがままを望んでしまうくらい退屈だった。



「……まだかな?」


「あと二十七秒で十分だよ」


「よし」



 長い、長い、退屈な十分がようやく終わる。

 結局、レノと、姐さんに変化は無く、最初の体制から微動だにしない。さらに、レノの勝利はほぼ確定のお墨付き。

 緊張感を持って迎えられたはずのゴールも、ケンに話を聞いてしまったため、最後まで退屈なものとなってしまっていた。

 そして……


 三……二……一……零!


 終了予定の十分が過ぎた。



「……姐様。終了です」


「……そうか」



 姐さんが、レノの言葉を受けて、ゆっくりと目を開ける。



「今回は、してやられたな」


「いえ、運が良かっただけです」



 今になって気づいたが、そもそもこの戦いにおいて、勝敗なんてどうだって良いのだ。

 こちらとしては、戦いの後に禍根を残さず、被害をどれだけ最小限に抑えられるかの方が、よっぽど大事なのだから。



「まあ良い。おまえの策に気づくのが遅かった。私の力が、今一歩及ばなかったということだ。

 レノ、おまえは私が全力でかかってこいと言わなければ、どうしていたのだ?」


「フェアな条件で、挑んでおりました」



 普通はそうだろう。ましてや姐さんに不正行為なんてする方がおかしい。

 勝敗を分けたケーブルの存在が、なぜ許されているのかなんてのは、結果論的にしか肯定できないだろう。



「……そうか。本当に全力を出したのだな。あらゆる手段を使って」


「はい」


「ふっ……。良い、そうでなくては駄目だ。

 おまえたちは、スタートからして、私より遥かに弱いのだ。

 あらゆる手段を講じなければ、勝つことは難しい。

 これでこそ、フェアというものだ」


「ありがとうございます」



 戦いの後の二人は、とても美しかった。

 まるで、オリンピックで称え合う選手達の光景に似ている。

 しかし、その高度過ぎる戦いは、観客達には届かない。

 戦った者だけが理解できる、甘美な余韻。

 全力を出し、熱狂した思いを、二人だけで共有し合う。



「約束通り、こいつを解放してやろう!」



 そう言い終わった頃には、スサノオから出ていた蔦は、跡形もなく消えていた。



「ありがとうございます。早速、解析を始めたいと思います」



 レノがそう言い終わる前に、ケンは、レノに付いているケーブルの、交換作業に取り掛かっていた。

 細工がされたケーブルでは、問題があるのだろう。



「姐さん、あのケーブルってなんだったの?」



 交換作業を眺めていたら、思わず姐さんに質問していた。



「ふっ。おまえの従者にでも聞け。簡単過ぎて、つまらないと思うがな」


「ういっす」



 言った後に、あ、これ負けた側にする質問じゃないな……なんて思ったが、とりあえず、寛大な姐さんの優しさに救われた。

 考え無しに行動してしまう癖は、早いところなんとかしないとまずいだろう。


 俺は、いそいそと、ケーブルを交換し終えたケンの元へ行き、今回の勝因になった、ケーブルの謎を聞きに行く。



「ケン! もう良いだろ? あのケーブルの秘密を教えてくれよ!」


「うん。そうだね。まあ、実は……このケーブルは、受信側を配線していないんだ」


「え!?」



 姐さんが、簡単なことだと言っていたが、あまりにも当たり前な事すぎて、聞かされるまで考えもしない事だった。

 そもそも、姐さん側に不利過ぎて、反則行為になるだろう。

 それに、こんな物を使っていたら、まず最初に気づかれて、指摘されてもおかしくないだろうに。



「そして、電圧も電流も方向も制限されていて、実質攻撃できないのさ」


「マジかよ……」


「こんなものを使ったら、あの条件では、勝負になんてならない

 スサノオ対策の一環で作成した際物だよ」


「よく姐さん怒らなかったな……普通だったら、反則負けだろ!」


「そうだね。ただ……姐様は、勝敗なんて興味なかったんじゃないかな?」


「なんだそれ? 別の思惑があったって事か?」


「そう。レノと勝負すること自体に、価値を見出していたと思うよ」


「……なるほどな」



 納得はできるが、いまいち決め手に欠けていた。

 本当にそれだけであれば、姐さんのあの表情は作り物だったということになる。

 俺が見た限りでは、悪戯っ子が何か思いついた時にするような、そんな無邪気な表情だった。

 決して、そんな打算的な考えをしている顔ではなかったと思う。



「けど、このケーブルは想定外だったかもしれないね」


「何も得るものが無かったって事か?」


「そうなるね」


「そこまでわかってて、なんでこのケーブルを使ったんだ? 姐さんの感情がどっちに振れるかなんてわかったもんじゃない。

 少しくらい情報抜かれたとしても、ガチでやった方が安全だっただろう?」


「本当にそうかな?」



 ケンが、無表情のまま、何かを訴えるかのごとく、俺の意見に疑問を呈す。



「……まあ、わからんけど」



 言う事は達者だが、いざ本当にそうかと聞かれれば、自信が持てない言うだけ番長。

 ましてや姐さんの事に限っては、正解なんてない。

 毎回全力で、死力を尽くしたとしても、ほとんど正解になんてたどり着けないかもしれない。



「涼介は、姐様のこと、どんな方だと思っているの?」


「姐さんがどんな人かって? そりゃ……全然わかんないけど、危ういながらも、優しいところもある……って、これじゃあ、何もわかってないのと一緒だな」


「どんなところが優しいって感じるんだい?」


「それは……あんな力を持っているのに、とりあえず話くらいは聞いてくれるところかな?」


「確かに、そうだね」


「じゃあ、ケンはどう思ってるんだよ」



 感情の無い、アンドロイドに向けた質問としては、少々間違っているかもしれない。

 まあ、相手がケンだから、そんな細かい事はどうでも良いが。



「そうだねぇ。……姐様は、とても誠実で、力強く、論理的で、少し寂しがり屋で、優しい方だと思うよ」



 思いのほか、ケンには高評価だった。

 というか、感情でもこもっているんじゃないか? というくらいポエミーだ。



「……ケン。姐さんに惚れてるのか?」


「はは! アンドロイドに感情は無いよ!」


「だよなぁ」



 笑って誤魔化した様に感じるのだが、ケンはアンドロイド。

 感情は……無いのだ。

 姐さんと、熱い戦いをしていたレノにだって、感情は……無い。

 そして、こんな事で、俺の心が揺れ動いてしまっているのは、アマテラスの仕業に他ならない……。





えー、感想……いや、評価……いや、ブクマ……いやいや、えー、皆さん!

読んでくれて、ありがとうございます!

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