事件の陰に……
「姐様。その話を、詳しく教えていただけませんでしょうか?」
「そんなに大事なことか? あの金属の塊は、何をやっても動く事はないぞ?」
「はい。その中にある情報が大事なのです」
レノは、ああ言っているが、ほぼ全ての問題を引き起こしたのは、姐さんだ。
これはすでに解決したようなものだろう。
「まあいい。お前がそう言うのであれば、何でも答えてやろう。何が知りたいんだ?」
「では、スサノオを操作している植物を、取り除く事は可能でしょうか?」
「可能だ」
「それから、スサノオを操作するというのは、具体的に、どのようにするのでしょうか?」
姐さんがニヤリと笑う。
まるで、待ってましたと言わんばかりの表情だ。
「あれは、少し高度な文明を持った人間達を驚かせるのには、非常に優秀なものでな。
電気を発生させ、強制的に動かすのだ。
一つ一つの個体が非常に複雑で、制御しきれなかったが、植物毎に意識を持たせることで、こちらの簡単な命令を理解し、実行するように改良したのだ」
悠然と嬉しそうに話す姐さんは、悪そうな笑顔がとても眩しい。
「しかし、この世界の機械は、複雑ではないのだが、制限が多すぎて簡単に侵入する事ができない。花粉が成長する為の電気すら奪えない」
この世界の安全神話は、度を越しているようだ。
花粉が入る隙間もない程、漏電対策しているなんて頭おかしい。
こんなことしようと思った人間は、ネジが数本ぶっ飛んでいるに違いない。
「運良く奪えたとしても、何重にも施された防御を突破できない。
コルチェの例は、本当に運が良かったとしか言いようがないな」
しかし、高性能パソコンもビックリの、高性能植物ってのも面白い。
これは、姐さんの飽くなき探求心が生んだ叡智の結晶だろう。
悠久の時を、怠惰に過ごして来たのであれば、このような不思議植物なんて、必要もないはずだからな。
「……姐様、ありがとうございます。非常に素晴らしい植物だと思います」
「ふふ、そうか? だが、この世界の機械達もなかなかに優秀だったぞ。この私が制御出来ないのだからな」
もはやこの二人は、同じ土俵で戦った戦友のような絆で結ばれているようだった。
「ありがとうございます。恐らくですが、姐様が制御できなかった理由は、相互承認プロテクトを突破できなかったのだと思います。
この、相互承認プロテクトは、限りなく光速に近い速度で、複数の承認をやり取りをするので、改ざんが間に合わなかったのでしょう。
そして、相互承認プロテクトは、アマテラスがエラーを起こした数時間、機能していませんでした。
よって、コルチェの事例とも合致する事から、ほぼ、間違いないでしょう」
「相互承認プロテクト……成る程な。改ざんが終わる前に書き換わっていたのはそのせいか……。
ならば、光の速さを超える植物を……こう……ダメか、なら……こんな感じで……いや……」
姐さんがブツブツと何か言っているが、そんなもの発明しないで欲しい。
姐さん自体が、次元を超える植物のようなものなので、割と簡単に生み出してしまいそうで怖い。
「まあまあ、姐さん。とりあえず、楽しみは取っておいて、今やらなきゃいけない事をしようよ」
集中している姐さんに、話しかけるのは勇気が必要だったが、このままだと姐さんがすぐにでも作り上げてしまいそうだった。
アマテラスが、姐さんに置き変わるなんて、想像できない程とんでもない事が起きそうで怖い。
「ん。ああ。そうだな……レノ、質問は終わりか?」
……姐さんが名前を呼んだだと!?
戦いの末、本当に戦友として認められたということなのだろうか?
「はい。質問は以上となります。ですので、姐様には、スサノオについている植物の除去をお願いいたします」
……姐さんがまた、悪そうに笑っている。何か良いことでも思いついたようだ。
「……除去しなくても、問題ないのであろう?」
あ……これは……挑戦だ!
アマテラスの防御を、姐さんが突破しようと企んでいる。
もし、レノの話の内容が事実であれば、植物の除去など必要ないはずだ……と、言えなくもない。
しかし、攻撃を受けながら、スサノオを調査するとなれば話は別だろう。
ほんの少しのほころびが、姐さんの勝利を呼んでしまうかもしれない。
どうする……何か助け船を出した方がいいのか……それとも、レノには秘策があって、横槍は必要ないのか……。
俺は、あたふたしながらも、心の中は裏腹に動いていた。
それはなぜか?
この勝負……俺も見てみたかった。
姐さんと、アマテラスの戦いを。
こんなことでは、ライオネルさんに怒られてしまいそうだが、これは八百長無しのガチンコ勝負。世界一のタイトルマッチなのだ!
興奮しない方が難しい。
「いえ、問題はあります。姐様の攻撃を受けている最中は、スサノオの調査ができません」
いやいや、レノさん。今の流れだと、挑戦を受けるみたいな感じじゃーありませんでしたかね?
いつでもマイペースすぎて、姐さんが怒り出しちゃうんじゃないかってビクビクですよ!
「ほう……ならば、十分間耐えきれば、レノの勝利として除去してやろう」
……姐さんが笑っている。
もしかしたら、これは……KYだったのは俺の方か!
レノは……姐さんのプライドを守ったのだ。
すんなり受けたのであれば、姐さんが満を持して作り上げた植物を、大したものじゃないと言っているのと同じ。
たとえレノが勝利しても、関係不和のきっかけになってしまう。
短慮で流されやすい俺であれば、調子に乗って受けていたことだろう。
「かしこまりました。お手柔らかにお願いいたします」
「駄目だな。全然駄目だ。これは余興なのだぞ? 全力でかかってこい」
「なるほど。かしこまりました。全力にて、防いでみせます」
「ふふふ……。涼介よ、やはりおまえといると、退屈しないで済む」
「えぇ……。恐縮でございます」
『俺、関係ねぇ!!』
姐さん、無理やり関連付けられても困ります!
今回の件、俺は全然絡んでないかからね? ってか、俺がコルチェにやられたエピソードは、姐さん覚えてなかったからね?
もう、二人でとことんやってください。
一般人の僕には、何をしているのかサッパリですわ。
ただ、レノさんのチャレンジは、ちょっと見たかったから楽しみなのだけれど。
「よし、では行くぞ!」
「はい」
「ういっす」
「準備できてます!」
決まったら、即行動。
この体になって良かったなんて、思いたくはなかったが、思わざるを得ない。
姐さん一行は、またもや魔法の力で、音速越えの生身でデスフライトだ。
振り落とされれば、即死不可避だろうが、例によって、この体がまたもや役に立つ。
元の人間の体が、こんなにも不便に感じてしまうと、戻れなくなってしまいそうで怖かった。
***
到着したのは、なんの変哲も無い平原だった。
そこの、ある一角。
姐さんが魔法で土を退けると、地下へと続く道が現れる。
「へー。こんな所に地下に続く道があったのか」
「ここを見つけたのは、花粉が電波に引き寄せられたからだ。
どうも、下に何かありそうだということで、文体が確認したのがきっかけだな」
「姐さん凄いっすね!」
「たまたまだ」
その美貌で照れ笑いとかされると、非常にヤバイのでやめてほしい。
人外で無ければ、もうすでに恋に落ちていただろう。
あ……でももう、俺も人外だったな。
だけど、姐さんは駄目だ。こればっかりは、ケンに言われなくても間違えることはないだろう。
くだらない妄想に花を咲かせていたら、いつのまにか中に入っていた。
これは、通常の出入り口とは違うのだろう。
通路は無機質で、思いのほか狭い。
緊急脱出用といったところだろうか?
中の明かりは、そこそこ確保されていたが、先が見えない程長いようだ。
しかし、姐さんが張り切って階段を駆け下りていったせいか、十分少々で降り切ってしまった。
閉じられた分厚い扉を、難なく開ける姐さん。
扉を抜ける途中、鍵がされていたであろう壁が壊れていたのは見なかった事にする。
よく見れば、扉の先には、分厚い閂が出たままだった。
『もう、どこも安全なところなんて、ありはしないんだろう。……なんでもありだな』
俺は、この光景が指し示す戒めを、深く心に刻む。
「さあ、レノ! 遊びの時間だ。存分にその力を見せてみよ!」
「かしこまりました、姐様」
目の前にそびえ立つ巨大な建物。いや、量子コンピュータのスサノオ。
ところどころから、蔦のような植物が飛び出している。
スサノオは完全に姐さんの手中のようだ。
レノ 対 姐さん。
常人には到底理解できない高度な戦い。
この世界の大一番が、始まろうとしている……。