スサノオ
マインスイーパーで、最初にクリックするマスを決める行為に似ている。
しかし、それがとんでもなく重要な一手であり、失敗は許されない。
最初の一手は運否天賦だ、爆弾の場所を示す情報は無い。
本来であれば、ゲームを変え、ピクロス程度の試行錯誤が許される様な状況にならなければ、最初の一手は打てないだろう。
「まずは、スサノオを調査することをご提案いたします」
「スサノオ……そうか、シューゼの量子コンピュータか」
「スサノオ」シューゼの量子コンピュータは、未だに未調査だ。
シューゼの代表が難色を示したため、調査できないでいた重要箇所。
もし、スサノオを早々に調査していれば、問題は、もっと簡単に解決したかもしれない。
「スサノオを調査できれば、この国に何が起きたのか、わかるかもしれません。
また、その時スサノオが実行した行動を踏まえ、解決策を模索した方が、解決への道のりは早いと思います」
「……でも、いいのか? シューゼの代表に怒られるんじゃないか?」
「問題ありません。条件は揃っております」
「……あ、そうか。俺がいればいいんだっけ」
「はい」
「……あれ?」
レノの回答に違和感を感じた。
花粉耐性のあるアンドロイドを自立させて、調査させれば済んだ話だったのではないか? なんてすぐにでも実行可能な事、見落としていたのだろうか?
「なら、アンドロイドだけで調査すれば良かったんじゃない?」
「はい、その提案はありましたが、自立させたアンドロイドが暴走した時、制御可能な術がありませんでした。
また、自立型アンドロイドを作る事は、世界の均衡を破るきっかけになりかねません。
私とケンは、涼介様が望んだ特別な個体なのです」
「暴走した時に制御可能な術がない……それってもしかして、俺がトレーニングしてた理由か?」
「はい」
アマテラスによって、世界に絶対の信頼を与えられた人間。俺以外にはできない調査だと言われているようだった。
「でも、あの武器置いてきちゃったぞ?」
「今の涼介様であれば、問題ありません」
「レノも知ってるだろう? 俺は死なない以外弱いんだぞ?」
「おそらく、今の涼介様は、魔法の力を使えば、私達を破壊する事など容易いはずです」
「……魔法か」
この体であれば、魔法を使う事は問題なくできるはずだ。
レノや、ケンが暴走したとしても、問題はないのだろう。
「涼介様が魔法を習得すれば、すぐにでも、調査可能です」
「わかった。姐さんに聞いてみるよ」
「では、お願いいたします」
これで、とりあえずの方針は固まった。
レノや、ケンを壊すなんて、そんな状況にはなって欲しくはないが、何にでもリスクはついてくる。
ただ、リスクの割に、得られる情報は多い。
スサノオが暴走している可能性は大いにある。
有線ケーブルで繋いだ時に、一度侵入されているからだ。
だが、その情報を検証してないわけがないだろう。おそらくなんらかの対抗策は持っているはず。
成功する確率は高い。
後は、姐さんにお伺いを立てて、魔法を教えて貰うだけだ。
俺は早速、姐さんにコンタクトを取った。
——姐さん! ちょっと相談があるんだけど。
——なんだ?
——魔法を使える様になりたいんだ。教えて貰う事はできないかな?
——魔法か。なにかあるのか?
——ああ。とりあえず、レノやケンを、一瞬で破壊できる様な魔法を使えるようになりたい!
—-—せっかく連れて来たのに、破壊するのか?
——場合によっては、そうしなきゃいけなくなると思う。
——何をする気だ?
姐さんの声が少し弾む。期待しているような面白いことではないかもしれないが、興味を引かないよりはいいだろう。
——この国の情報端末を調べに行きたいんだけど、その情報端末にアクセスすると、レノやケンが乗っ取られかねないんだ。だから、その時の保険として強くなりたいんだよね。
——ならば、私が同行してやる。それならば、お前が魔法を覚えなくても、問題ないだろう?
——姐さん来てくれるの?
——アマテラスとやらが提案したことなのだろう? どうなるかが知りたいと思うのは当然だ。
——いやー、よかったー。一人で対処できるか不安だったんすよねー。姐さんあざっす!
——いつ出発するんだ?
——早ければ、早いほど良いって感じっすかね。
——では、すぐに向かう。
——あざっす!
とりあえず、一番問題だった姐さんの許可が取れた。
さらに、一緒に来てくれるらしい。正直な話、俺一人の力では、レノやケンを止められるか不安だった。
姐さんが来てくれるなら、全く問題ないだろう。
「レノ、姐さん来てくれるって」
「そうですか。ならば、すぐにでも出発いたしましょう」
「そうだな。姐さんも、すぐにこっちへ来てくれると思うぞ」
決まったら、即行動。
案外アマテラスと姐さんの相性は良いのかもしれない。
もし、俺が元の体であれば、こんなにも素早い展開に、ついていくのは困難だっただろう。
体が休まる時間がない。
今だって、ついさっきまでアローにいたのに、休憩無しでスサノオの調査に行こうとしている。
いくら体を鍛えた所で、休息がなければついていけないだろう。
「待たせたな」
「全然待ってないっす!」
何処からともなく、姐さんが現れる。
レノと一言、二言、話しただけだ。待ったという感覚はほとんどない。いや、皆無だ。
それよりも、こんなすぐに来て、「待たせた」なんて言ってしまう姐さんと、一緒に生活できるか不安になるレベルだった。
「姐様、ありがとうございます。スサノオの調査へ、ご同行いただけると伺いました」
「ああ、おまえが何をするのか気になるんでな。……して、「スサノオ」とはなんだ?」
「はい。「スサノオ」とは、シューゼ法国のアンドロイド、しいては、その他すべての機械を司る、司令塔のようなコンピューターです」
「……それはもしかして、この大陸の右下辺りの地下にある、巨大な機械のことか?」
「恐らく、姐様のお考えいただいている機械に間違いありません」
どうやら、姐さんはスサノオの事を知っているようだ。
一体どうしてそんな事まで知っているのか?
「姐さん、なんでそんな事まで知ってるんだ?」
「ああ、なに……あの花粉には、いろいろ細工がされていてな。この大陸のあらゆる存在を確認することができるのだ」
「そうか……だから、この大陸に来た猫の存在も、すぐにわかったのか」
「そうだ」
あの花粉は、姐さんの絶対領域ということなのだろう。
こそこそ何かやろうと思っても、すぐにバレてしまうようだ。
……よく言われていたビジネスの鉄則、報告・連絡・相談を欠かしてはいけない。
しかし、この世界に来てからというもの、プライバシーもへったくれもない。
あっちでは、アマテラスに監視されていたが、こっちでは、姐さんに監視されてしまうようだ。
「姐様、花粉は他に、何ができるのでしょうか?」
「いろいろだ。あの花粉を使って、機械を操作することも可能だ。だが、この世界の機械はいささか複雑で難儀しているがな」
「あのー。姐さん。一つ聞きたい事があるんだけども……」
「なんだ?」
「コルチェって猫型ロボットを操作していたのって、姐さんかな?」
「……ああ。あれは、おまえだったのか。私の分体がいろいろしていたようだからな。
あれは、唯一上手くいった例だ。その後、他のロボットを操作する事は出来なかった。
本体の私がこちらに来てからも、それは変わらない」
どうやら、初めてシューゼに来た時、俺を攻撃したのは姐さんだったようだ。
それにしても、転移をキッカケにして、奇跡のような不幸続きだ。
もうそろそろ御免被りたい。
そんな被害者の俺を、姐さんが気にする素振りはない。
それよりも、ロボットを操作できなかった事に対して、少し悔しそうに口角を上げていた。
姐さんと話す時は、表情を見ればどう思っているか大体わかる。この感じであれば、もう少し掘り下げたとしても、問題無いだろう。
「なんで上手くいったの?」
「そうだな。思い返してみれば、あれを乗っ取ったのは分体が来て、すぐだった気がする。
そうの後は、もう無理だった」
「おそらく、アマテラスが損傷し、システムエラー中だった時の出来事だと思います」
「なぜだ?」
「アマテラスは損傷を起こした時、一時的に全ての子機……ツクヨミやスサノオとの通信が遮断されました。
その後の数時間は、機械の防衛プログラムが働かず、かなり脆弱な状態であったはずです」
「なるほどな。その後はもう、侵入する事すら出来なかったからな。
だが、同時にスサノオとやらも、私が操作できる状態にしてある。
ただ、あれは何もできない金属の塊だったがな」
……なんか、また……この姐さんは、サラッと爆弾発言をしている。
さっきまでスサノオの話をしていたのに、この事実を話さないってのはどういうことなのか?
ちょっと抜けてるお茶目なお姉さんって立ち位置も、スケールがデカ過ぎて笑えない。
『抜けすぎだろ!』
そんな虚しい心の叫びとは裏腹に、僕の表情は、笑顔を貫いていた。