シューゼへ
タイトルを変更しました。
前のタイトルは「花と魔王」です。
「今はどちらにいらっしゃるのですか?」
「あいつは、我が根城にある扉から出て、今はシューゼを徘徊している様だな」
「そうですか」
「お前の思惑はなかなか良かったのだがな。他にはないのか?」
アマテラスの計画は、呆気なく破綻してしまった。
「今のところ、安全な打開策はありません。」
「だろうな。ではどうする?」
「何もしません」
「何もしない?」
「はい。理由として、目立った行動をしていないのと、相手の手の内がわかりません。
先制を仕掛けるにも、失敗が許されない状況だと判断いたします」
しかし、その答えは、姐さんには通用しないだろう。
すぐにでも、ダメ出しをされてしまうはずだ。
「それが懸命だな」
やはりそうだ。
姐さんにとってあの猫は特別だ。関わらないで済むなら、それに越した事はない。
ダメ出しなんかされるわけがない。
「では、こちらから出せる提案は、以上となります。
お力になれず、申し訳ありません」
「なかなかに良い提案であったのだがな。では、これからどうする?」
「はい、現状を維持したまま、問題を解決する事を主眼とし、猫については、可能な限りの情報収集をいたします」
「ふむ」
「そして、姐様の希望をできる限り叶える努力をいたします」
姐さんが薄っすらと笑っている。
ほころびた口角は、すぐに正されてしまったが、俺は見逃さなかった。
「わかった。ならば……すぐにでも、我が根城に向かう!」
「かしこまりました。お供いたします。」
「……おまえは何体連れて行くつもりだ?」
「私を含め、あと一体……それと、ケンを、お願いいたします」
「ふん。いいだろう。では行くぞ!」
「はい」
レノが一方的に決めてしまった話し合い。結局シューゼに行くことになってしまった。
あの大陸に着いたところで、一体何が変わるというのか?
今は、現状維持の耐え忍ぶ時だ! とでも言いたいのだろうか?
俺たち姐さん一行は、不自然な程、誰とも居合わせずに外へ出た。
そして、姐さんの魔法によって、文字通りシューゼへと飛んで行く。
グレースの速度を遥かに凌ぐ速さで。
***
「姐さん……やっぱりこの中に入んなきゃダメなの?」
元アムルタートの抜け殻を前に、最後の望みをかけて聞いてみる。
考えてみれば、この中に入って演技などしなくてもいいだろう。今更不要だと思う。
「でなければ、女達になんて言うのだ?」
「いやいや、そこはなんとでも、なるんじゃないかな?」
「……嫌なのか?」
「いえいえ! 是非お願いいたします!」
姐さんが少し不機嫌そうにこちらに目を向けていた。
僕の必死な抵抗も虚しく、姐さんはご立腹のようだ。
こうなってしまえば、全力で否定する以外、道は残されていない。
「そうか。ならば良い」
声には出さないが、あからさまな態度の変化。
姐さんのだらしない口元が、可愛らしく釣り上がった。
その愛らしい癖は、非常にありがたい反面、抗えない道しるべとして、諦め以外を許さない。
『こんな事を言って、許されるのであれば、救いがある方なんだろうな。』
間違えば「死」だけでではない。
人類の「死」が確約されている。
こんな重大な役目……ライオネルさんに、頑張りますと言った自分を撤回したかった。
「じゃ、すぐにでも、お願いします!」
「ふふ。そうか、わかった。余程気にいってるみたいだな。嬉しいぞ。では……」
『姐さんがね!』
言えるはずもない突っ込みが、憤りと、諦めを乗せ、心の中を虚しさで包み込む。
姐さんは、カッコいい動作も、発言もなく、俺を元アムルタートに憑依させてしまった。
それは、認識するのが遅れる程、一瞬の出来事で、気がつけば俺は上を向いていた。
「どうだ? 今回は、記憶を残してやったぞ。ありがたく思え」
俺はゆっくり起き上がると、倒れて動かない自分を見る。
そして、周りを見渡し、レノ、ケン、姐さん、と来て、自分の手を見つめる。
「……感謝します。姐様」
「ラミアでよい。それから、敬語は使うな。皆が混乱するからな」
「……わかった」
『これで、すっかり元通り……ってなんかおかしいな。逆戻り……だな。
はぁ。なんでこんなことになっちゃったんだろうなぁ。
なんか前世で悪いことでもしたんだろうか?
異世界転移なら、もっとチートになって、無双したかったな……まあ、今の状態がチートっちゃチートか……』
死なない体に、永遠の時間。
これ以上ないくらいチートだな。
しまっちゃう猫は、一体どんなチート能力なのだろうか?
しょっぱなから出てくる奴らの強さが、振り切りすぎていて想像もつかない。
『そういえば……なんかだるいな。ちょっと頭も痛いし……』
「食事が必要だろう。贄を連れて来るから待っていろ」
「ああ」
ずっと気になっていたが、レノも、ケンも、ここに来てから何も話さない。
花粉にやられたとかは……無いよな。
「アムルタート様!」
おとなしい二人を気にしていたら、グレースがやってきた。
「グレースか。元気そうだな」
「はい! 心配いたしておりましました……。ラミア様から問題無いと伺っていたのですが、何日も寝たままでしたので……」
グレースは俯き、抱えていた不安を吐露した。
こいつにとって、俺は、全てを捧げた相手だ。
あまり長引けば、勝手に飛び出して行きかねない。
……ノリで言ったとはいえ、ここまで健気にされると心苦しい。
「それは悪かったな。グレース。早速で悪いのだが、贄としての役目を要求しても良いか?」
「はい! いつでも、どうぞ」
顔を上げ、嬉しそうにするグレースを見ていると、心を締め付けるような痛みを覚える。
いつか、解放してやらなければ。
そんな胸の痛みと、起きたばかりの頭痛を抱え、触手をグレースに突き刺す。
瞬間、忘れられない心地よさが全身を駆け巡り、麻薬の様に痛みを忘れさせていく。
余分に吸収し続けてしまえば、相手にも、自分にも毒であろう快感。
名残惜しくも、適度なところで終わらせ、触手を抜く。
「よし、十分だ。また、よろしく頼む。……ラミア」
「はっ」
もうフードを被っていないラミアが、グレースを連れて行く。
——姐さん、この喋り方、なんとかなんない? それと、姐さんを使うの、気が引けてしまうんだけど……。
——仕方ない奴だな。知っている者達との会話なら、戻してやろう。だが、ラミアとアムルタートの関係はこのままだ。異論は認めない。
——うー。姐さんがそういうならわかったよ。このまま、俺が影武者の役目を果たすよ。
——頼むぞ。
——え? ……あっああ。わかった! 頑張る!
姐さんから、頼みごとをされるとは思わず、ちょっとやる気が出る。
姐さんには、影武者が必要なのだろうか? 勝手にそう解釈しただけなのだが、あながち違うとも言い切れない雰囲気だった。
「っ……はぁぁぁぁ」
お許しが出た事で、やっと堅苦しい口調から解放される。
ため息一つ、つけなかった体が、ようやくストレスを吐き出す。
「レノ、どうだ? こっちに来て、何かあるか?」
「状況は、収集した情報通りで、違いはありません」
「そうか。ケンはどうだ?」
「ケンは異常無し! 花粉に耐性のある改造がしてあるからね! それにしても、あの子の変わり様は、一度調査した方が良いかもね」
「気になるのか?」
「そうだね。強いストレスによって歪められた性格は、危うい爆弾を抱えている様なものだからね。
それこそ、本当に涼介を崇めているのであれば別だけど、戒めによって、感情を押さえ込んでいるのであれば……偽りの姿だろうからね」
「いつか、爆発してしまう可能性がある……か」
「可能性だけどね」
「気に留めておくよ」
「そうした方がいいね」
人の生活に寄り添って、人のために活動してきたアンドロイドならではの視点なのだろうか?
自立型になって、ツクヨミや、アマテラスから切り離された事で、個性みたいな違いを感じる様になったのかもしれない。
前みたいな万能感が薄れ、そういった情報精査は、レノに任せっきりになっているのだろう。
「さて……これからどうするかだな」
姐さん抜きの秘密会議。植物越しに聞かれているかもしれないから、油断は出来ない。
当面の問題は、これからどうするかだ。
このまま、だらだらと過ごし、平和を維持するなんて、楽な道は残されていないだろう。
今、抱えている大きな問題として……
姐さんを飽きさせないためには何をすればいいのか?
猫対策はどうすればいいか?
花粉のある状況で、何か改善策はないのか?
俺たちは、この三点を主軸に、行動をしなければならないだろう。
どの疑問も、雲をつかむ様な情報しかない。
精査しようにも、情報収集が先だ。
しかし、どこをどすれば、欲しい情報にたどり着けるのか、まったくわからない。
でも、そんな事は、俺にとってはどうだっていい。
これは、完全にレノさん任せで申し訳無いのだが、俺は、任せろと言われたのだ。
だから、戻りたくない体に戻り、アムルタートとして傀儡を演じている。
そんなことしかできないが、この世界のために、やり切る覚悟はして来たつもりだ。
それに、この世界の事は、この世界が解決した方が良い。
なぜなら俺は、異世界転移はしたが、世界を変える力を授かったわけでもないし、チート勇者でもない、ただの一般人なのだから。
なんとなく小説を書きはじめましたが、思った以上に収穫があり、だんだんと面白くなってきました。
また、人気のない、私の小説を読み続けて頂いてくださっている方には、本当に感謝しかありません。