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交渉〜第二幕〜

「……あの花粉はとり除けないのだ」



 少しの沈黙の後、姐さんが口にしたのは、交渉決裂を意味する言葉だった。



「どうしてですか?」



 恐れ多くも、興味の尽きない無邪気なレノさん。

 僕は、そんなレノさんを、心から畏怖しています。



「奴が来ているからな」


「姐さん、奴ってのは……あの猫のことか?」


「そうだ」


「あの花粉は、あの猫にとって、なんか意味があるってこと?」


「違う。私にとって、有利な場所になるだけだ。あれがなければ、私にも、あいつを抑える事は難しい」


「マジっすか! でも、グレースの魔法を消したように、あの猫も消しちゃえば良いんじゃないの?」



 俺は、劇で姐さんが披露した「虚構招来」とか言う超カッコいい魔法だか、技だかがあれば、なんとかなるんじゃないかと愚策する。

 魔法を一瞬で消してしまうあの技は、対峙した者を、いとも容易く絶望の淵へと追いやってしまう。

 だが、もしかしたら、あれを使うには、なにか不都合なことでもあるのかもしれない。

 制限があるとか、当てるのが難しいとか……。



「ああ……あれか。あれはただ、魔法を打ち消しただけに過ぎない」


「え? じゃあ……「虚構招来」ってのは……」


「はっ、戯言だ。演出だよ」


「ああ……そうだったんすね」



 超絶カッコいいチート魔法かと思ったが、魔法を打ち消す魔法だったらしい。

 この世界の事だから、もっととんでもないものを想像していたが、案外普通だった。



「そもそも、おまえ達が使っている魔法は、私の力を借りている過ぎない。

 ここにも微細な植物が浮遊していて、それがおまえ達に使えたというだけだ」



 あれー? 姐さんなんか変なこと言い出したぞ? 魔法だと思ってたのは、実は、姐さんの副産物だったってことかな?



「それを打ち消すなど、造作もない事。

 それに、どこの世界に降り立っても同じなのだが、借り物の力を神の力の如く振りかざし、懸命に立ち向かってくる人間共の姿は実に滑稽であった」



 他の世界の方々には、心より同情せざる得ない。

 姐さんが、悪意を持って現れたら、それはもう紛れも無い悪魔に見えただろう。

 話してみれば、意外な一面もある、お茶目な性格なんて思いもしなかったに違いない。


『姐さん! 一生ついて生きます!』


 そう心の中で、叫んでいたが、実際は、あまりに危険過ぎて言葉に出せなかった。



「な! だから言っただろ? わかったか? ケン」



 姐さんが来てからずっとだんまりを決め込んでいたケンに話を振る。

 レノの手前、遠慮していたのだろう。

 ただ、不用意な発言を控えていただけかもしれないが。



「……そうだね」



 随分と元気の無い様子のケンを見て、ちょっとだけ不安が募る。

 今は、ちょっとした冗談みたいな空気感が欲しかったのに……。



「姐様、一つよろしいでしょうか?」


「なんだ?」


「その猫を、追い払えば解決するのですか?」



 あれあれ? もしかして、もしかすると、レノさん……あの猫をどうにかしようとでも思っているんですかね?

 今しがた、姐さんの凄さを聞いたばかりなのに、姐さんよりも危険かもしれない猫を、どうやったら追い払えるなんてことに、なるんですかね?



「……ふむ。まあ、そうだな」


「では、先程あの猫を扉の中へ放り込んだのですが、それでも駄目なのでしょうか?」



 ああ……そういえば、さっき放り込んだっけ。

 でも、そんなの意味ないんじゃないの?



「駄目だな」



 やっぱり駄目だよね。



「そうだな、もっと別の……遠くにねじれて存在する世界に放り込めば、安心出来るのだが、扉の先に放ったとしても、また扉から戻ってこれるからな」



 ですよね。



「では、どうすれば、猫を追い払えるのでしょうか?」


「どうにもならないな。私が転移した時に、周りを巻き込んでしまう事はあるが、自分以外を意図的に転移させることはできない」


「では、あの扉を消す事は出来ないのでしょうか?」



 単純明解で、スッキリ解決出来るだろうが、消せないだろうな……。



「さあ。やった事もないし、私のいる所に無かった事もないから、わからないな」



 だよね。



「では、姐様。他の世界に転移して、戻って来る事は可能ですか?」


「無理だ。転移先の事など分かりはしない」


「そうですか。でも、姐様は戻って来れますよね?」


「おまえはなにが言いたいんだ? 私を追い出そうという思惑であれば、容赦はしないぞ?」



 好奇心もほどほどにしないと、僕の命が無いよ?

 まあ、死ねなくなって無限の時間を過ごすのと、どちらが良いと言われれば微妙だけど。



「姐様、申し訳ありません。ですが、今の話はまだ続きあります」


「……くだらない妄想でも聞かせたいのか?」


「はい。ですが、その前に、相手の情報も教えて頂かなければ、ならないでしょう」


「あいつの事はよくわからないぞ?」


「わかる範囲で構いません。こちらから、何点かご質問させていただきます」


「その方がいいな」


「では……」



 レノのターンは続く。

 レノが何を確認したいのかは、なんとなくわかる。

 ただ、それを可能にするには、しまっちゃう猫の事を聞かなければならないだろう。

 姐さんが知っていれば良いのだが……。



「あの猫は、転移先を選べるのでしょうか?」


「それは私と一緒だ。できない」


「姐様を目印に転移する事は可能ですか?」


「それも不可能に近いだろう」


「では、異世界に離れてしまえば、問題無いということですか?」


「そうだな。この星の寿命くらいの時は、問題無いだろうな」



 ……アマテラスの総当りは、ここまで読んでいたのだろうか?

 正直、この展開まで計算していた、ということであれば、姐さんとはまた、別の意味で恐ろしい存在だ。

 何人もの人が、束になって考えれば、いつかはたどり着いたかもしれない。

 だけど、恐らくそうなる前に、他の世界と同じ運命をたどることになっただろう。


 人は恐怖を排他的な行動で解決しようとする生き物だ。

 恐怖を排他的に解決すれば、またそれは、新たな恐怖を生む。

 いじめっ子は、自分がしでかしたいじめに、潜在的な恐怖を覚えるものだ。

 意識出来ないほどの小さな恐怖は、己の自衛本能を気付かないうちに刺激し、やがては、理性で抗えない程の脳内麻薬として作用する。

 そして、相手からやり返されて、ようやく自分のしてきたことに恐怖するのだ。

 今度は、とてもよくわかる恐怖として。

 そして、何度も、何度も、過ちを繰り返し、ようやく、その恐怖の対処法を学習する。


 しかし、この件については、そんな生易しいものではない。

 たった一度の過ちで、全滅しかねない。

 人間が学習する暇なんて無い。

 恐怖に負けた瞬間、終わってしまう。


 アマテラスのシステムが無ければ、俺も、ここで終わっていただろう。



「ありがとうございました。それでは、一つご提案があります」


「こんな質問の答えだけで何ができるのだ? ふん、まあ良い、その戯言を聞いてやろう」


「ありがとうございます。姐様。結果から申し上げますと、猫を異世界に置き去りにしたいと思います」


「で、どうするんだ?」


「はい。まずは、扉についての仮説をお聞きください。

 最初は、扉を通った先のお話ですが、姐様が現在いる所と、直前までいた世界を繋ぐ性質があるのではないか? という仮説です」



 これは、ほぼ証明されているようなものだ。

 あの扉から、グレースが助けたエルフの少女が通ってきたのだからな。



「そして、姐様の世界にある扉は、転移すると行き先が変わるのではないか? ということです」



 これについては不明だ。だが、確認する方法は無くもないかもしれない。



「……なるほどな。だから、扉の先にあいつを放った今、私に、他の世界に転移しろと言ったのだな?」


「はい」



 単純で、とてもわかりやすく、今すぐに猫問題を解決できそうな回答であった。



「だが、一つ問題がある」



 だが……その否定文は、新たなとんでも事実が飛び出しそうな予感を匂わす。

 せっかく解決できるかと思ったのに、猫の超パワーの前には無力とでも言いたいのだろうか?



「あいつは、もうこの世界に居る」



 姐さんから語られたのは、驚愕の新事実ではなく、まだ二日も経っていないのに、あの猫はこっちの世界に戻ってきている。という単純で、非常に厄介な状況だった。






短編を書きました。

「君がいなくなってから」

目次にある、花と魔王シーリーズから飛んでいただければすぐに見つかると思います。

今後とも、花と魔王シーリーズをよろしくお願いいたします。

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