第七話 アマテラスの意思
「とっても濃いキャラのアンドロイドだったね」
リースさんはニヤニヤと僕の顔を伺うように覗き込む。
「ええ、ケンは良い奴、良いアンドロイドでした」
「疑問は解決したかな?」
なぜかちょっと得意げなリースさん……とりあえず可愛い。
「はい、ツクヨミに対して懐疑的な部分は大筋理解しました」
ものは言い様で、ツクヨミに懐疑的な目を向けてはいけないことを理解しただけだ。決して懐疑的な部分が晴れたわけではない!
「それは良かった! じゃあ、そんな涼介君にプレゼントがあるんだ。受け取ってくれるかい?」
「え? リースさんからプレゼントですか? 超気になります!」
「ふふふ。期待してるところ悪いけど、涼介君専用の蝶型ビットだよ!」
「あー。なるほど。わかりました」
「これさえあれば、いつでもケンを呼べるからね!」
いい奴なのだが……呼ぶ時にはちょっと心構えが必要そうだ。
「そんなホイホイ呼びませんよ!」
「いるだけで室温が上がったかの勢いだったもんね」
気温を上昇させる現代の太陽神には及ばないが、室温を上げるには十分な熱さだった。
「それじゃあ、人差し指で空に八の字を2回描いてみて!」
「はい」
これから監視されるであろう蝶に、不安よりも好奇心が優ってメッチャわくわくしている。そんな自分に少し驚きを感じているが、しかし、そんなことは些細なこと。
ガジェット大好きな僕としては、早くいじり倒したい気持ちでいっぱいだった。ドキドキしながら指を振り蝶を呼んだ。
「あれ?」
「来ないですね」
「おかしいな。なんだろう? ちょっと待ってて」
ドキドキしながら呼んではみたものの、僕の好奇心を嘲笑うかの如く何も起きなかった。
そう、例えるなら初めて自作PCを組み上げ、いざ電源投入してみるも何も起きなかった瞬間のようだ。今まで頑張って組み上げた努力を、少年のようにわくわくした気持ちの全てを過去にする……そんな切ない気持ちによく似ていた。
僕が呆けているとリースさんが指を振り蝶を呼んでいた。
すると、僕を居ない者のように速やかにリースさんの前に蝶が現れる。
「ケンに蝶が現れない。なんで?」
「……」
「あ、そうか。涼介君に蝶が現れない。なんで?」
……リースさんの中にも僕は居なかったらしい。
リースさんと蝶とのやりとりは聞こえない。またさっきと同じように耳の中で囁かれているのだろう。
「どうやら、涼介君はアマテラスに登録されているみたいだね」
「二重登録が不可能ってことですか?」
「そんな感じかな? 私もアマテラスに登録されるなんて聞いたことがないからわからないなぁ。よし、ケンを呼ぼう! ケン! 来て!」
困った時のケン頼み。困った時のツクヨミ頼みかな?
……ガチャ。
まるでドアの前に待機していたかのような速さでケンは再登場した。
なんだか殿様がお抱えの忍者を呼んだ時の光景に似てるなー、なんてくだらないことが頭を過ぎった。
「やあ! さっき振りだね!」
「悪いな。呼び戻しちゃって」
「大丈夫! ケンには感情も疲労も存在しないよ! あるのはツクヨミの命に従うプログラムだけさ!」
余程さっきの嫌味が気に障ったらしい。根に持つタイプだとは思わなかった。アンドロイドは人間と違って忘れることはないだろうから、今度から気をつけようと心に誓う。
「ちょいちょい切なさをブッ込んでくるな」
「……そんなことを感じるのは、涼介が優しい証拠さ!」
ケンのまさかの切り返しに面倒くさがっていた俺の心は薄っぺらいプライドを引き剥がし羞恥へと変わる。根に持つタイプではあるのだろうが、自分をネタにしてまで僕を気遣ってくれるとは……。陰鬱だった心境が、一瞬でケンの優しさに包み込まれていく。
「ケン!!」
「涼介! ありがとう!」
ケンはアンドロイドだ。
面倒くさいアンドロイド。
嫌なことを言っても感情が無いから全然平気なアンドロイド。
パシリにされても何も感じないアンドロイド。
気さくで、元気で、頼り甲斐があって、イケメンなのに優しくて、僕の不安を馬鹿みたいに真面目に一生懸命解決してくれたアンドロイド。
「……いいかな?」
僕がケンの優しさに魅せられ気が触れていると、リースさんが痺れを切らせて発言する。
「オーケー! ケンはいつでも準備万端だよ!」
「あっ。ごめんなんさい。どうぞ」
僕は馬鹿なことを考えて、呆けていたことを素直に謝る。まったく、ケンと居ると思考が乱される節がある。ただ、だいたい自爆なのでなんとも言い難いが。
「じゃあ、二人とも落ち着いたところで……ケン。涼介君がアマテラスに登録されているみたいだけど、どういうこと?」
「それについては、アマテラスからの回答は無いよ!」
「回答が無い? そんなことあり得るの?」
「今まさにそんな状況さ!」
「じゃあ、アマテラスに状況説明させて!」
「それは無理」
「なんで?」
リースさんの顔が、だんだんと隠せない苛立ちを形作る。けど、怒ったリースさんも綺麗だ。
「その質問は機密事項に抵触するので答えられないみたいだね!」
「機密事項? 私はツクヨミの管理者よ? 誰に対しての機密なの?」
「それも答えることはできないね」
「何が起きているの?」
「今、僕に言えることは……リースが心配するようなことは何もない。普段どおり過ごしてくれて問題ないから安心して欲しいってことだけだね」
リースさんがちょっと考えた風に顎を引き、腕を組む。説明はできないけど心配すんなよ! って言われても引き下がれないだろう。あんなに会話が上手かったケンがこんな説明で納得させようとするなんて違和感を感じる。
「そう。わかったわ」
でも、リースさんはあっさり折れたようだ。所詮相手はアンドロイド。ダメなものはダメなのだ。感情は無い。突っかかってもしょうがないのだろう。
「力になれなくてごめんね。ただ、信じて欲しい。僕はリースや国民のためになることしかしないし、それ以外できないようにプログラムされてる」
「そうね……。何かあるってのはわかったけど、あなた達はこれが最適解と判断したのね」
「わかってくれて嬉しいよ」
「じゃあ、涼介君は今後、どうすればいいか教えて」
「そうだね! 涼介は普通に過ごせばいいよ! ツクヨミのビットは使えないけど、アマテラスのビットを使うといい。涼介、指で鼻先を2回叩いてみてくれ!」
「ん、こうか?」
ケンに言われた通り指で鼻先を2回叩く。
すると、目の前に金色に輝く靄が現れる。やがてそれは何かを形作るかのように収束し、蝶が……いや、違う。コレは……妖精?
赤と白の模様で彩られた衣と、金色の羽を纏っている。羽は身体に対して大きく、優雅な曲線と長い尾が特徴的だった。ツクヨミのビットも、モルフォ蝶の様に綺麗だったが、こちらは格が違っていた。それにしても、この世界はいちいち演出に凝りすぎじゃないだろうか?
「初めまして、涼介様」
「喋った! ケン! 喋った!」
絢爛豪華に現れた妖精のようなビットが、可愛らしい声で会話したことに反射的にはしゃいでしまった。
「アマテラスのビットは会話できるからね!」
「マジか! 俺のビットは会話できるのか!」
「はい。私のことは、レノと御呼びください」
「レノか! よろしくな!」
会話出来るビットに大興奮しているところで、リースさんが険しい顔でレノに話しかけた。
「……レノ。アマテラスは何で涼介君を選んだの?」
「……」
「あれ? どうしたのかな?」
リースさんの問い掛けに応えようとしないレノ。ちょっと険悪なムードになっているのがわかる。どうしよう、面倒くさい。
「ねえねえ、ケンどういうこと? なんでレノ、リースさんに返事しないの?」
耐えきれずコソコソとケンの元へ向かい今の状況について密談する。
「ケンもアマテラスから何にも聞いてないからわかんない。ごめんね」
珍しくケンが役立たずだ。珍しくというほど接して来たわけではないが……。
ケンと内緒話をしていたら、リースさんが諦めたのか戻ってきた。
「ごめんなさい。レノと会話できそうにない。涼介君。レノに今何が起きているのか聞いて貰えるかな?」
「あー、わかりました。じゃあ、レノ。今のこの状況はどういうこと?」
「はい、涼介様。レノはアマテラスの命で涼介様を監視しております。また、涼介様以外の者との干渉を禁じられております」
「……だそうです」
リースさんを不快にするくらいなら、そんなちっちゃな制約は破って欲しいものだ。
「んー。要するに、涼介君は最重要監視対象ってことじゃないかな? 私に事態の説明をできるほどアマテラスが情報整理できてないのかもね」
「えー! 何それ、ちょっと怖いなー」
「ツクヨミが普段通り過ごせって言ってるし大丈夫だよ! きっと」
気になることには首を突っ込んででも説明を欲しがる割には、意外にもリースさんは聞き分けがいい。リースさんのツクヨミ信仰はなかなかに根深そうだと思った。
「それで、僕はこれからどうしたらいいのでしょうか?」
リースさんも、ケンも状況を把握できていないのに、僕の処遇をどうこうなんて結論を出せるのか不安だ。
だから、とりあえず忘れないうちに考えてもらおう。
「そーだなぁ。ツクヨミのビットが使えないんじゃ……。そうだ! 君はケンと一緒に行動するといいよ! どうだい? ケンはそれでいいかい?」
「ケンはもとよりそのつもりだよ! ツクヨミは涼介を監視するようケンに命じていたからね!」
監視、監視、監視。皆さん僕を監視し過ぎじゃないですかね?
「俺、みんなから監視されてる」
「人気者だね! 涼介!」
どうやら、僕の知っている異世界ファンタジーみたいに、みんなから頼りにされる的な展開にはならないらしい。
いや、でも、他の作品も最初は苦境だったような……僕の環境は、中世的な処刑やら、魔獣に襲われるやらがないからイージーなのか? でも、どうせなら魔法とか、召喚獣とか、ありえない速さの戦闘とかしてみたかったなぁ。などと考えてしまう。この、あまりに現実的な異世界に、
もっと、とんでも設定プリーズ!
と、心が叫びたがっていた。
速度重視でやっているので、お見苦しい点は残っているかもしれません。
記 2018/10/20




