アマテラスの嘘とツクヨミの性能 〜からかい上手なリースの手の中で〜
「中島戦記」をスピンオフとして連載いたしました。
シリーズ化しておりますので、目次よりジャンプしていただけると嬉しいです!
「僕のことについてってなんですか?」
リースさんに言われた通り、砕けた感じで受け答える。
「そんな大した話じゃ無いよ。中島君が来た時にそう感じただけなんだけど、涼介君は二回転移してるんじゃないかって事なんだ」
大した話じゃ無いと言いながら、何かとても重要そうな話をしている気がする。
もし、この話が本当だったとしても、特にどうという事は無いのだが。
「なんでそう思うんですか?」
「中島君が転移していたからさ」
「中島が転移していたから? ……全然想像つかないっす」
「ただの直感の域を出ないんだけどね。
だから、涼介君の記憶の中にそんな情報が無いか、カウンセリングをして深層心理を呼び起そうかなって思ったんだ」
「そんな事が出来るんですか?」
「成功するとは限らないけどね」
「でも、記憶を読み取れないなんて事あるんですか?」
「この世界の技術でも、本当に忘れている事は読み取れないんだ……と言うよりはノイズが多くて判断出来ないって言った方が正しいかな」
「なるほど。だから、カウンセリングってことか」
ちょいちょい砕けた感じがちぐはぐになって、どうも落ち着かない。
ガツンとぶっちゃけられる程、リースさんをどうでもいい存在として見れないでいる。
「アンドロイド達にやらせてもいいんだけど、人がやった方が効果があるみたいだからね」
「そうなんですね」
「二回転移したって聞いて、何か思い出さないかな?」
「正直、意識を失っていたのでどうにも……」
「意識を失っていた?」
「はい……すいません」
転移の最中のことは、これっぽっちも思い出せない。自分の事なのに、リースさんの力になれなかった事が悔しかった。
「……」
リースさんは押し黙り何かを考えているようだ。僕は邪魔をしないよう静かに俯くリースさんを見つめていた。
「涼介、リースをそんないやらしい目で見ないでくれるかな?」
ぼーっと見惚れていたら、コルチェから釘を刺されてしまう。
「バッ! そんなんじゃねぇよ!」
「じゃあ、なんでかなぁ?」
「え? あー、ほら! リースさんが考え込んじゃったから、待ってたんだよ!」
「胸を見ながら?」
「胸じゃねえよ! 顔だよ!」
「なんで? せっかく涼介の好み通り、胸が強調される服を選んだのに。リース可愛そう……」
コルチェに言われて、考え込むリースさんの胸元に目がいってしまう。
『……』
「涼介……やっぱり……」
「え? おまえが言ったんだろ! そりゃリースさんの胸元に目がいくに決まってんだろ!」
「そうなのかい?」
タイミングを見計らったように、リースさんが話に入って来た。
「いや……これはその……コルチェが」
「コルチェが?」
コルチェが俺の好みに合わせて、リースさんが胸を強調した服を着てるって言ったから。なんてことは言えなかった。
「いえ……なんでもありません」
横目で見えたコルチェは、ニヤニヤと腹の立つ笑みでこちらを見ていた。
「ふふ。見るだけじゃなくて、触ってみる?」
「!」
そう言うとリースさんは、両腕を寄せ、強調された胸をさらに強調する。
ゴスロリってだけでもお腹いっぱいなのに、そんなこと言いながら胸を強調されたら、もうどうにかなってしまいそうだった。
「いっいやいや、ダメです! そんなこと言っちゃいけません!」
「……ぷっ。ふふっあはは!」
「からかわないでください!」
僕の顔は真っ赤になっていただろう。刺激が強すぎる。もう少し慣らしていかなければ心臓に悪い。
「ごめん、ごめん。涼介君を見るとついね。私も涼介君の事が好きみたいだからね」
唐突に言われたその言葉は、その意味が捉えきれないような、曖昧な形であった。
恋慕なのか、友人としてなのか、僕をからかうのが好きなのか。
童貞の僕には最高難易度の問い掛けであった。
「え? あの? え?」
「涼介、童貞拗らすのもいい加減にしなよ?」
「え? いや、あー。うん。はい。ありがとうございます……」
コルチェに断ち切られた童貞の希望。しかし、そんな悪態をつかれたにも関わらず、コルチェの言葉は助け舟のように僕の心の暴走を鎮めてくれた。
「まあ、涼介君も、こんなおばさんの胸を触ったところで嬉しくは無いよね。
ちょっとショックだけどしょうがないね」
「いや、そんなことは……」
ありません。今すぐにでも触れてみたかった。
「ふふ。ありがとう。じゃあ、話を戻そうか」
戻したくなかった。だけど、そのまま発展するわけもなく、発展したところでどうしたらいいかわからない自分が願望を口にする事を拒んでしまう。
このまま一生童貞なのだろう。そう、自分の不甲斐なさを呪わずにはいられなかった。
「はい……」
「それで、今、確認した事なんだけど、中島君は意識を失うことはなかったみたいなんだ」
「そうなんですか」
中島の事なんかどうでもよかった。僕は気の抜けた相槌をうつ。
「今ある情報を整理して仮説を立てると、涼介君は二回転移した可能性はある。と言うことになるね」
「どうしてですか?」
「まず、中島君が転移した時に扉が出現したよね?」
「はい」
「でも、涼介君が来た時、それはなかった」
「そうですね」
「あの扉は魔王がこちらに来た時に出来た可能性が高いからね」
「え!?」
「ん? どうしたんだい?」
『魔王……は知っているかもしれないけど、なんでリースさんが転移の事を知っているんだ? もしかして、レノがリースさんに伝えたのか?』
疑問が溢れかえると同時に、こんな簡単に過敏反応してしまった事について、みんなから嘘がつけないと言われた通りだな……と少し反省する。
そんな考えに耽っていると、リースさんからその事について話をしてくれた。
「そうか……涼介君は知らないかもしれないけど、シューゼ法国には植物を操る魔王がいるんだ」
「……そうですか」
リースさんは一人で納得したように、僕の過敏な反応の答えを出す。
『とりあえず良かった……これ以上はヤバイ。自分の行動には気をつけなければ』
決意したものの、自身は無かった。
「それで、どうやら魔王は転移する時に扉が出現してしまうらしい。まあこれも仮説の域を出ないけどね」
「そうなんですね」
『ビビった……。アマテラスが情報制限をしていても、そんな仮説を立ててしまうのか。
気をつけようと言った矢先だったから良いものの、気が抜けてたらやばかった……。
でも、ヒルデやラッツの事を読み取ったとしても、どうしたらそんな仮説が立てられるのか……』
今は、その疑問に突っ込んだら自爆しそうなので控える。
「そして、転移する時には、誰かしらを引き連れて行ってしまうみたいなんだ」
「なるほど」
僕は心を無にして余計な反応をしないよう心がける。
そういった不自然な態度をすぐにしてしまうあたり、この性格は治らないのかもしれない。
「ここが重要で、もしそうであれば、中島君と涼介君が同じ場所で同じ時間に転移したのに、それぞれ別の場所に到着してしまったという矛盾が生じてしまうんだ」
「あ……」
「だから、涼介君は一度、中島君の行った世界に転移したんだけど、更にそこからまた転移した可能性があるんじゃないかなって事だね」
「もし、僕が中島の世界に行ってたとしたら……どうなるんですか?」
「魔王以外に、もう一人転移が可能な人物がいるかもしれないって事さ」
感服した。しまっちゃう猫の存在を知らないはずなのに、ここまで近い仮説を立ててしまうとは……。
この世界の情報収集能力と、それを処理する頭脳は、こんなに早くここまでたどり着いてしまう。しかも、ほぼ正解だ。
未だ仮説の域を出ないのはしょうがないが、そのうち明かされてしまう事になっただろう。
アマテラスが情報を制限していなければの話だが。
「ヤバイじゃないですか!」
「まあまあ、そう焦ることはないよ。今回は事象に基づいて単純に仮説を立てただけ。
別の理で発生していたとしたら、また立て直さなきゃいけないからね。
ただ、こんな事も考えられるって頭に入れておいて損はないかもしれないね」
「わかりました! 今すぐって事じゃないけど、僕も気をつけておきます」
白々しく装ってはいるが、ここでリースさんと話していれば、いずれボロが出るだろう。
「うん、こんな話に付き合わせちゃって申し訳ないね。今日はありがとう、涼介君」
「いえいえ、リースさんの頼みなら、なんだってやりますよ!」
「胸には触れてくれなかったのに?」
「わかりました! 触らせていただきます!」
ドス!
「うぉは!」
「涼介、ぶっ飛ばすよ?」
「もう殴ってるじゃねぇか!」
「あはは! コルチェと仲が良いんだね。羨ましいよ」
「……こいつはそんなんじゃないっす! せっかくリースさんが触らせてくれるって言ってるのに……」
「言われたからってリースの胸を触って嬉しいのかい? 虚しくないの? 涼介が感じているリースへの思いはそんなものなのかい?」
コルチェは躊躇いなく正論で僕をなじる。それがとても良いところを突いていて効果は抜群だった。
「ぐっ……この……糞コルチェが!」
「クククッ。あはははははは。もうダメ、二人ともやめて、お願い」
堪らずリースさんが笑っている。原因はリースさんなのに……やっぱり僕はからかわれていたのだろう。
そんな僕を見て笑うなんて、普通だったら気にさわるんだろうが、病にかかった僕はリースさんの笑顔を見ることが出来て嬉しかった。
「……すいません」
「もー良いところだったのにぃー」
「今回は私が悪かったよ。だから……」
リースさんがおもむろに立ち上がり、僕を抱きしめて……
「え? え? リースさん?」
「これで許してね!」
「なんだよ、つまんないの」
コルチェがつまらなそうに悪態をついていたが、もうそんな事はどうでも、本当どうでもよかった。
この人は、絶対自分の事が可愛いと分かってやっている確信犯だ。
だが、俺はそのおこぼれを貰っただけで、全てを持っていかれてしまったように心酔してしまう。
そのあと、しどろもどろになりながらリースさんの部屋を後にしたらしいが、記憶が定かでない。
リースさんの柔らかな体の感覚が頭から抜けず、ふらふらと舞い上がってしまっていたようで、気がついたら自分の部屋にいた。
最高潮に患った脳は、刻み込む様に記憶を反芻し続ける。
『ああ……リースさんのあの柔らかな感覚……そう、こんな感じで強く……?』
なにか変な違和感を感じると、不意に我に返ってしまい自分の状況を反射的に確認してしまう。
「あ。やっと気がついたんだね!」
ケンが俺を抱きしめていた。
「バカヤロウ! 俺の幸せな思い出に変な情報を追加すんじゃねぇ!」
「えへへ!」
「離れろ!」
俺は乱暴にケンを押しのけると、すぐさまリースさんの感覚を忘れないように思い出す。
『えへへ! ……違う!』
焦った脳は最近の思い出を映し出してしまう。
汚されちまった甘い思い出は、やり場のないもどかしさと共に悲しみに変わる。
「えへへ!」
「うるせえ!」
最後の思い出が散々な幕切れになってしまったが、残酷にも時は過ぎていく。
もうすぐにラミアが来てしまうだろう、僕の心模様など気にする事なく……
かんちがーいされ……おっと、これ以上はまずいな。