決意の夜
その日の夜、俺は中島の部屋の前に来ていた。
あれだけ熱く「見届ける!」なんて言ったが、なんだかんだで気になって、それとなくレノに聞いたりしていたが、一切教えてくれなかった……。
なので、中島の所へ気を紛らわせに来てしまった次第だ。
「なーかーじーまーくーん! あーそーぼー!」
ガチャ
部屋のドアが開く。
「おまえ……二十二にもなって、それはどうかと思うぞ」
「まあ固い事言わない!」
「おまえが良いのなら良いけどな……」
「憐れむな!」
「今日はどうしたんだ?」
「お邪魔しまーす」
「うぉーい! なになに? 何の用?」
「え? さっき遊ぼって言ったじゃん!」
「本気かよ!」
「半分な!」
「もう半分は?」
「最後のお別れ?」
「疑問形はやめろ」
「俺もどうなるかわかんねぇんだ」
「……乗り込むのか?」
「おまえは留守番だけどな!」
「なんで!」
「ん?」
部屋の奥に人の気配がした……。
「誰かいるのか?」
「ヒルデだ」
「そうか、お邪魔しまーす!」
「ちょっと待て!」
「なに?」
「なにって、今はヒルデが来てるから……」
『今はヒルデが来てるから……なんだってんだよ! イチャラブこいてんじゃねぇぞ! 中島の癖に!』
「来てるから?」
「……わかった、いいよ。入ってくれ……」
「最初からそう言えばいいのに……」
「……」
今日が最後の夜かもしれないので、ヒルデが居ようとお構い無しだ!
普段であれば中島をからかっていただろうが、今はそんな事をして後悔をしたくない。
俺は真面目な気持ちでワクワクしながら中島の部屋に入っていく。
「あら?」
「ヒルデさんチーッス!」
「随分と人が変わったようですね?」
いきなりの軽口に、ヒルデは若干引いていた。
「おまえ……本当に今日はどうしたんだ?」
中島に心配されてしまった。
それもそうだろう。今の俺はテンションマックスのハイテンション状態だ。
恐怖で逃げ出したくてたまらない明日を控えて、おかしくなっているのだ。
「いやー、実は……明日から俺、いなくなるかもしれないからさ! おまえらの顔見ておこうと思ってな」
「さっきも言ってたけど、本当なのか?」
「わからん!」
「どっちだよ!」
「全部レノとケンに任せてあるから、内容を聞いてないんだ」
「いや、こんなとこで油売ってないでちゃんと聞いてこいよ!」
「教えてくれないんだ」
「そんなことあるのか?」
「うん」
「理由は?」
「任せろとだけ……」
「大丈夫なのか?」
「俺が何かするよりも、乗っかった方がいい結果になるだろうな」
「そうか」
「だから、今日はパーッとパーティだ! ヒルデさんもラッツ呼んで来てよ!」
俺はちゃんとラッツの事を忘れてはいない。
ここでは、全く接点が無かったが、あの汗は忘れたくても忘れられない。
「その前に……どういう事ですか? 涼介さんはどこかへ向かわれるのですか?」
「んーわかんない!」
「わかる範囲で結構ですので、教えていただけませんか?」
そうくるだろうと思っていた。だが、俺は思うままに動いていいとレノにお墨付きをもらったのだ! 怖いものなんて何も無いさ。
「そうだねぇ。今日、魔王の使者が来た。明日会う。そしたら、俺はどうなるかわからない。だからパーティがしたいんだ」
「魔王の使者? それは本当ですか?」
「ローブで顔もわかんないけどな!」
「……! ローブを被っていた者であれば、魔王の隣で見た記憶があります」
「じゃあ、やっぱ本物なんだ」
「恐らくは……」
いきなり激情のまま暴走するかと思ったが、意外と冷静だった。
ならば、もう少したたみ掛けよう。
「……ヒルデさんは、グレースが帰って来れば魔王討伐は諦められるかい?」
「交渉する……という事でしょうか?」
「んー、そんな簡単にはいかないと思うけどね」
「……討伐を諦めろと?」
「そうだね」
「…………魔王が大人しく交渉に応じるでしょうか?」
「わかんない」
実際はわかっている。俺が魔王だ。もし、魔王の体に戻ったら、グレースを一度こちらに派遣すれば済む話だ。
「でも、魔王を怒らせて、この世界を脅かす状態になるのは避けたい。
今は使者を派遣して来た魔王に……少しでも望みがある方に賭けてみたいんだ」
「……」
「もし……それでも、魔王討伐を諦め切れないのなら、この世界の為に、全力でヒルデさんを止める事になる。
……止めるなんて生易しくはないかもしれないけどね」
「おい、言い過ぎだぞ!」
険悪になりそうなムードを察知して、中島が助け船を出す。
「お! わりぃ。ヒルデさんすいません」
「いえ……偽りではないのでしょう?」
「そうですね。俺は嘘がつけないと太鼓判を押されていますので!」
「私は……諦め切れないかもしれません」
簡単には諦められないだろう。……だから、俺はここに来たんだ。
俺はさっきまでの緩い態度を改め、少し真剣な表情で話を切り出す。
「ヒルデさん。あなたは、ご自分の我儘を使命と偽り、言い聞かせ、元の世界の方々の重たい、重たい思いを振り解く覚悟が出来ず、死をもって救われたいのですか?
あなたの行いで、回避出来るかもしれない厄災を……この世界の罪のない人達が、魔王の毒牙に散りゆく未来の引き金を引いたとしても……あなたは、ご自分が良ければそれでいいのですか?」
「そんな事……私は……魔王が憎い! 許せないのです!」
「……」
「私の故郷を蹂躙し、グレースまで弄んで……」
「ここも、同じような結末にしたいのですか?」
「……勝ちます! 絶対に魔王を討伐してみせます!」
「グレースが敵わなかったのにですか?」
「はい!」
「……では、ラクライマの墓地に名前が一つ刻まれる事となります……この世界の平和を脅かした大罪人として」
「そんな……」
「魔王に勝てるんですよね? では、この世界を力でねじ伏せてから行ってください。
万が一、ヒルデさんがこの世界を壊滅させたとしても結果は変わりません。
ちなみに、マローダイムの軍勢一万を相手に、戦闘時間十分そこそこで、誰一人として傷を負わず、全滅さた実績があります。どうしますか?」
「うそ……ナカジマ様……そんな事!」
「本当だ」
「え……ではなぜ! そのような力を持っているのなら、なぜ魔王を討伐しないのですか!」
「勝てないからです。この世界の戦力は、今の千倍ではきかない戦力があります。
ですが、魔王に敵わないでしょう」
「まさか……そんな事……」
「ご自分がいかに無謀で短慮な癇癪を起こしているか、お分かりいただけましたか?」
「おい! そういう言い方は無いだろ! ヒルデは別に、悪い事をしようとしているわけじゃないんだ!」
なんだか、中島の株を上げに来たみたいで不満だが、ナイスタイミングだ。
そろそろ真剣な表情も疲れて来たしな。
「わりぃ! まあ、そんな所に、俺は単身突撃するんだ、ヒルデさん頼む。
この世界には、ヒルデさんがこれから歩む人生のために、用意できる選択肢は数多くある。
だけど、魔王討伐だけは勘弁してくれ。俺は、この世界が滅びるのを見たく無いんだ。
……俺も、ヒルデさんの気持ちは、わかってるつもりだ。もしかしたらすぐそこにある未来かもしれないんだからな。
もし、この世界がそうなったら、命を投げ出してでも復讐したいと思うのかもしれない。
だけど、関係のない他の人を巻き込むってのは……違うと思うからさ」
「私に……復讐を諦めろと仰るのですね」
……最後まで自己中な女だ。ここまで言ってもわからないのか……所詮、復讐に身を焼かれた者の末路はこんなものなんだろう。
死んだ者のために、生きている者を捨ててまで何かを成すことが、どういう未来を辿るのかわかっているだろうに。
「……いや、別に良いよ。勝手に復讐でもなんでもすれば。最後は自分で決めればいい。
俺はもう全部話したし、ヒルデさんも俺の気持ち、わかってくれたはずだろ?
我を通すなら……俺たちの……この世界の想いを踏みにじるなら、そうすればいい」
「酷い言われようですね……」
「どちらが酷いかは、いい勝負だと思いますよ」
「……」
そろそろ良いだろう。締めに入ろう。この交渉の最後の切り札だ。
俺の知っている……身をもって経験済みの、最後の切り札を。
「ヒルデさんは、この世界のこと……嫌いですか?」
「……いえ……そんなことは」
「じゃあ……一緒に守っていただけませんか?」
「え?」
「一緒に……この世界を救ってはいただけないでしょうか?」
ヒルデは下を向いて何かを考えているようだった。
復讐なんてしょうとする奴は、大抵誰かのために、何かを成さねばと使命感を抱かずにはいられない優しいお節介野郎だ。
その行動力を死者の為に使おうとするから、深みにはまり、抜け出せなくなる。
死者は何も言わない。自分で作り出した死者の願望を膨れ上がらせて、やがて、自滅する。
正義感が強ければ、強い程に。
「……ずるいです」
「ええ、何千万人の命のために交渉してますからね!」
俺はここ一番の笑顔でヒルデに迫る。
ヒルデはいきなり笑顔で迫った俺に驚いていたが、堪らず口の端を少し緩ませてしまう。
「……ふふっ。ナカジマ様……良いご友人をお持ちですね」
「あー、いや、そうでもないですよ?」
「おい! 今いい感じだっただろ! そこは肯定しておけよ」
「ふふふ。仲が良いのですね」
「そりゃ、異世界転移仲間だからな!」
「なんかやだな、その仲間」
中島は至って普通の態度を乱さない。まあ、全部話してあるし、俺もヒルデさんのためにやってるってわかってるからだろうけど。
「じゃあ……ヒルデさん、返答をいただけますか?」
「あ……わかりました。では……私も、この世界のために、尽力させていただければと思います」
「っしゃー! では、俺からヒルデさんへプレゼントがありまーす!」
「あら? なんでしょうか?」
「はい、中島君でーす!」
俺はそう言うと、中島の背中を叩きヒルデの前に出す。
「おい! いつからおまえの物になったんだ俺は!」
ヒルデは少し驚いていたが、中島の焦った姿を見て笑っていた。冗談としてちゃんと受け取ってくれたようだ。
「グダグダ言うな! よーし、脱線しちまったけど、パーティの始まりだー!」
その後、ケン、コルチェ、ラッツを呼んで中島の部屋で豪勢にどんちゃん騒ぎをした。
中島は未成年だったので、お酒を禁止され不貞腐れていたが、豪勢な食事と、愛しのヒルデと一緒に騒げる場を用意したんだ、感謝して欲しい。
結局、ラッツは最後まで省略され続けてしまったが、これだけは言っておく。
たかがパーティ程度の騒ぎでも、ラッツご自慢の汗はキラキラと輝いていた。
室内温度は下げ気味にしていたのにも関わらず。
ケツイニョール