加速する運命
第三章 全てを知る者
「……」
ぼーっとする頭が思考を阻害する。
目を開けると目の前に何かが……近い。
これはなんだろうか? 近すぎてイマイチ……。
だんだんとはっきりしてきた脳が、目の前の物体を認識しはじめる。
「ケン……近い……」
「涼介! みんな! 涼介が起きた!」
五月蝿い……せめて顔をどけてから叫べよ……まったくなにをそんなにはしゃいでいるのか? それにしてもみんな? 誰かいるのかな?
「ケン、五月蝿い。どけ」
俺はケンの顔を手で押し起き上がる。そして、抱きつこうとするケンをもう一方の手で遮る。
「あーもう! なんなんだ! とりあえずどけ! そして落ち着け!」
ケンを押し退けながら周りを見ると、リースさん、中島、コルチェ、他見覚えの無い二人と、ライオネルさんまでいる。
「涼介君……良かった……」
「涼介、大丈夫か?」
みんなが安堵の表情を浮かべ、俺を心配していたようだった。
「……みなさんお揃いで、どうしたんですか?」
「お前、倒れたんだよ。それから、意識が戻らないまま、もう、七日も経ってるんだぞ?」
マジか、それはさぞかし心配だっただろう。
っていうか、この世界の技術で七日も意識不明なんて絶望的な状況じゃね?
良く助かったものだ。
「俺、七日も寝てたのか。どおりで身体中ガチガチなわけだ。……良く覚えて無いけど、なんかあったのか?」
「涼介は急に倒れたんだよ。リースの部屋の前でね。興奮し過ぎるのは良くないと思うよ」
コルチェの言葉を聞き、曖昧だった記憶が鮮明に蘇ってくる。
俺はリースさんの部屋に行きそびれたらしい。
俺は入る事が出来なかったようだ……秘密の花園へ……。
『……秘密の花園。ん? …………あ。……あれ?』
それは突然フラッシュバックのように流れた記憶。
ここではない場所。
元居たの世界の記憶でもない。
自分が、「アムルタート」だった時の記憶。
「植物の王」だった時の記憶。
それは、リースさんの部屋の事など、一瞬にしてどうでも良くはないが、良くなるような衝撃的な記憶だった。
「大丈夫ですか?」
覚えのない女性に心配される。
…………いや、俺は知っていた。
この人の名前まで知っている。そして、その隣にいる汗の凄いお兄さんの事も。
そこに居たのは、「ヒルデ」と「ラッツ」だった。
「あ……はい。大丈夫です」
「涼介君、この人達が君を救ってくれたんだよ」
ライオネルさんが状況を教えてくれた。どうやら、ヒルデに回復魔法でもかけてもらったようだ。
「そうなんですか。ありがとうございます。ヒ……」
「ひ?」
「いえ……すみません。助かりました。」
思わずヒルデさんと口走りそうになるのを慌てて止める。
俺が名前を知っていたらおかしいだろう。
「どうって事無いよ。たまたま治す事が出来ただけ。何か違和感は無い?」
「はい。体の動きに違和感がありますが、七日間も寝ていたのであれば、こんなものなのでしょうかね」
「そうか。じゃあ、後で何かあったら言ってね」
「はい。すいません。あの……お名前を教えていただけませんか?」
「ああ、私はヒルデ、こっちはラッツさ」
「ヒルデさん。ラッツさん。ありがとうございました」
俺は深々とその場で頭を下げる。
「ああ。君は運が良かった。たまたま私が直せたからね」
運が良いのだろうか? とてもそうは思えないような心境だった。
「そうなんですかね……。でも僕は、ヒル……デさんが、とても腕のいい方だったから助かったんだと思います」
「ふふ。ありがとう」
別人のようだ。あの時見たヒルデには、こんな優しい面があるとは想像も出来ない。
「お前は知らないだろうけど、この人達は俺が飛ばされた世界の有名人なんだぞ」
「そうなのか?」
「ああ、勇者パーティの人達だよ」
「そうだったんですか。あながち僕の運も捨てたもんじゃないってことですね」
この人達は中島と同じ世界に居た人達だったらしい。
親父が転移して来て、中島も巻き込まれたわけか。
「お前だって有名だったんだろ? だって……」
そう言おうとしたら中島に口を塞がれる。なんだってんだ。
「そうなんですか?」
「あっ! いえいえ、そんな大した者ではありませんよ! お気になさらず」
「気になりますね……お名前を教えていただけませんか?」
「中島です」
「あっ! お前!」
「ナカジマ……えっ……マローダイムの猛将……爆炎流のナカジマ様……ですか?」
「ぷっ……爆炎流の中島ってマジだったんだ」
「そこ! 笑うな! それに、俺は将じゃない、使用人だ!」
「ああ……これは……奇跡です……このような偶然があるでしょうか?」
「どっどうかしましたか?」
「中島様。今、この世界に魔王が来ているのです」
「魔王?」
意外な事に中島は魔王の存在を知らなかった。
「夢見の百合と言えばわかりますでしょうか?」
「まさか……」
「はい。我々は厄災の調査として派遣されましたが、その奥に植物を操る魔王がいたのです」
「あれはそういう事だったのか」
「はい。勇者を筆頭に討伐を試みましたが、今一歩の所で逃げられてしまい、追いかけて来た先がこの世界でした」
「……そういえば、グレースさんが居ないようだけど」
「グレースは……魔王の術にハマり操り人形のように弄ばれております」
実際は、操っても、弄んでもいない。グレースが自ら選んで行動しているだけだ。
「あのグレースさんが⁉︎ いや、彼女が負けるなんて……」
「グレースをご存知なんですか?」
「ええ。偶然ですけどね。精霊魔法を教えた事があります」
「だからグレースは精霊魔法の扱いが上手かったんですね」
「彼女の才能です」
「ナカジマ様、今度、私にも教えてください」
「構いませんよ」
「ありがとうございます! ……すいません。話が脱線してしまいました。
私達が魔王を追ってこの世界に来た時には、もうグレースは術にハマっておりました」
「あれだけ憎んでいた魔王に与するなんて……俺は信じられない!
絶対に魔王の奴が何かしたんだ!」
ここまで静かにしていたラッツが、悔しそうな声を上げる。
「手強い相手ですね」
「はい……」
俺は終始もどかしい感情でいっぱいだった。
できればこの話は、俺の心労が半端ないので、すぐにやめて欲しかった。
「ナカジマ様。ですので、どうかお力をお貸し願えませんでしょうか?
ここで出会えたのは、神のお導きではないかと思えてならないのです」
「……」
ヒルデは、中島を引き連れて魔王討伐を目指すつもりらしい。
でも、どう考えてもコイツらに勝ち目は無い。中島も死にに行くようなものだ。
「虚構招来」親父がやってみせたあの技、精霊魔法とやらを一瞬で掻き消してしまった。
あれは精霊魔法だけを掻き消す魔法などでは無いだろう。
異世界物によくいる弱っちい神とは違う。
親父を見てきた俺ならわかる。
敵となれば、「絶望」しか無い。
「中島、ダメだ。レノ」
「涼介?」
中島の前にレノが顕現する。
「中島様。この方達の提案はお受けしないようお願いいたします」
「何か不都合でもあるんですか?」
「一切の説明はいたしません」
「……涼介。これは」
「中島には、そんな危ない所へは行って欲しくない。俺からのお願いだ」
急な展開に中島も困惑しているようだ。だが、中島が異世界で生き延びた経緯を考えれば、こんな短慮に物事を決めることは無いだろう。
少し思わせぶりな態度になってしまったが、中島は感情を優先して、軽はずみな行動はしないはずだ。
「…………わかった。後で説明しろよ」
「……」
「ヒルデさん。そういうわけだ。俺は一緒には行けないみたいだ」
「そんな! あなた程の力があれば、魔王を討伐出来ます! グレースを見捨てるのですか!」
「涼介……」
中島が仲間思いなのは、追悼式の件を見ても明らかだ。
グレースを見捨てるなんて、したくはないだろう。
「ああ。グレースさんを見捨てたりはしない。だけど、今は何かを決めるには早計過ぎる。ヒルデさん、少しお時間をいただけませんか?」
「……わかりました。すみません、少し熱くなってしまったようです」
ヒルデが突っ走ってしまうのが一番怖かったが、グレースを助けると言ったことで少し引いてくれた。
今はとにかく時間が欲しい。今の状態で何かを決めるのは危ない。
「大丈夫です。わかってます」
俺は、ここで一旦みんなを解散させ、一日時間を貰う事にした。
まず、起きたばかりで状況が掴めて無い。
そして、俺はこの世界と話しをしなければならないだろう。
これより、第三章が始まります。
よろしくお願いします。