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第六話 ケン

※好きな人はきっと好きだと思いますが、非常に細かく世界観を描写しているため、面倒だとお思いになられたならサラッと流し読みすることをお勧めいたします。

細かい描写が今後の話しに関わってくることはほぼありません。

ただの設定です。

 ……ガチャ。


 会議室のドアが開いた。

 イケメンだ。

 イケメンが入ってきた。

 この世界で初めて出会う男性はイケメンだった。

 彼は指の部分を切ったグローブをしている。革ジャンにカーゴパンツ、インナーは真っ白で、首元に光る羽の様なネックレスが眩しい。

 こんな格好なのに悪ぶったイメージは無く、爽やかな笑顔とスタイルの良さが反則的なオーラを感じさせる。


「はじめまして、涼介君! 君の質問に答えるために来たよ! 僕のことはケンと呼んで欲しい」


 ケンと名乗った彼は反則的なオーラを纏いながら爽やかな笑顔を作る。大抵の人ならば緊張を解き安心してしまうだろう。僕もその一人だ。

 まるで営業スマイルとは違う、心の底からの清らかな笑顔だった。


「は、はじめまして。ケンさん。よろしくお願いします……」

「堅いなぁ……ケンと呼び捨てにしてくれ! 僕も君のことを涼介って呼び捨てにしていいかな?」


 僕の前で膝を折り、目線を低くしながら、怯える子供をいなすような対応をするケン。人の心理を上手に扱うその様は……あれだ……そう、ホストっぽい。


「あ……えっ? あ、はい。わかりました。ケン、よろしくお願いします」

「ありがとう涼介! これからよろしくね!」

「はい、よろしくお願いします」


 初対面の対応としてはこの上なく完璧に僕の警戒心を解きほぐしてくれたイケメンお兄さんのケン。こういったアメリカンな感じであれば、いきなり名前を呼び捨てにしてもおかしくないのかな? なんて錯覚を起こすほど、すんなりと受け入れている自分がいた。


「じゃあ、まずはそのガッチガチな受け答えから直してくれないかな? 涼介の考えていることはバッチリ筒抜けだから思ってるとおりに話してくれ!」

「あ、なるほど。猫被らずに話せってことですかね?」

「そうそう! 僕に対して畏まったって意味ないぜ! 僕、アンドロイドだからね!」


 ケンはアンドロイドだった。この世界のクオリティの高さにただただ感嘆することしかできない。クロエさんの時もそうだが、初見ならまだしも、じっくりみて会話したとしても違和感すらない。あるとすれば、ちょっと完璧すぎるかな? って程度で、それも教養がある方なのかな? としか感じ取ることは不可能だった。


「あー。そうなんだ。全然わかんなかったわー。砕けた会話って言われてもどうしたら……もうどうにでもなれって感じでしかわかんねぇ! ダメなら指摘してくれ! ケン!」

「オーケー! オーケー! 物分かりが早くて助かるぜ! 涼介! じゃあ、早速、涼介の質問に答えようと思う! 準備はいいかい?」

「大丈夫! ケン! 早く!」

「ハハ! 焦ってもしょうがないぜ! 時間はたっぷりある。一ヶ月くらい充電無しで喋り続けられるから、じっくり、みっちり答えてあげるよ!」


 気さくなのはいいが、ちょっとこういった会話は面倒くさい。こっちとしては、新天地に放り出されて不安でいっぱいなのだ。フレンドリーなノリについていけるような心境ではない。


「ケン、俺を殺す気か! 簡潔に頼むよ!」

「そうだなー。じゃあ、ちょっと涼介の頭ん中探って、いい感じに纏めあげるからちょっと待っててくれ!」

「ケン! 大丈夫なのか! そんなことして俺! 大丈夫なのか!」

「……」


 目を閉じたケンは先走ったようで、僕の叫びより先にダイブしていた。

 この時、リースさんがいることを思い出し焦る。全く違うノリで話した僕をどんな目で見てるんだろうか? 怖くてケンからリースさんへ視線を向けられず、瞳を閉じたケンを意味もなく見つめていた。


「涼介君……。私に猫被ってたんだ?」


 横からぼそっと言い放たれたリースさんの言葉が心に刺さる。猫かぶってたとかそんなこと言われても、リースさん相手に砕けた感じの対応をすることは非常に無理がある。それに、こんな美人に気さくに話せる童貞がいるならば、そいつは子供の心を持った可愛そうな大人だ。


「えっ……。いや、普通に失礼のないよう、気をつけてはおりました」

「ふふ。ありがと! でも、もう少し砕けた感じに対応してくれた方が嬉しいかなー」

「善処します」

「宜しくね!」


 リースさんと会話してると、早くもケンが戻ってきた。助かった……美人に責められるなんてご褒美だと言う奴らもいるだろうが、ただただ冷や汗と鼓動の高鳴りを不快に思うだけでそんな良いもんじゃない。


「イェヤー! ただいま! 涼介!」


 なんだろう? カッコつけているのだろうか? 変なポーズをしている。それに、イェヤー! って……触らぬ神に祟りなし……スルーだ。


「お帰り、ケン」

「おろろー? なんか急にテンション下がってないかい? 大丈夫? 休む?」


 さっきもそんなにテンションは高くなかったと思うが……駄目だ。こいつのペースに飲み込まれたらきっと恥ずかしい思いをするだろう。もしかして、渾身のポーズをスルーしたことに納得がいかないのだろうか? ケンの明るいテンションに新たな不安が押し寄せてくる。しかし、これも計算通りなのかはわからないが、新たな不安と引き換えに、当初の不安はすっかりと消えてなくなっていた。


「ケン。大丈夫だからサクッと神解説して!」

「オーケー! オーケー! じゃあ、サクッと神解説するぜ! よーく聞けよ!

 ・ツクヨミシステムは支配じゃない。

 ・音声アシスタントの延長で頼れる友人!

 ・プログラムに悪意はないしプロテクトも完璧だから安心! オーケー?」

「三行で纏めやがった!」

「涼介のリクエストだぜ!」

「わかるようでわからねぇ!」

「なんだ? 涼介? 理解できなかったか?」


 本当に心配そうにこちらを見ているケンに、胸騒ぎを覚える。これは……そうだ、イラッときたのだ、ケンの顔に。


「なんか頭の弱い子みたいに言われてる気がする」

「アーッハッハッハ! そんな訳ないじゃないか! 僕の説明が足りなかったのさ! 涼介は悪くないぜ!」


 根が悪いアンドロイドではないことは明らかだから、文句を言えばこちらが格好悪い。腹立たしい性格をしている。


「なら、ちゃんとわかるようにお願いします!」


 わかるようでわからない。まるでどこかの掲示板で新参者が煽られているかのような簡潔さだった。でも、ケンなら新参者にも優しく、しっかりと答えてくれるはずだ。ただ、やっぱりケンは面倒くさい。


「そうだな! じゃあ、まずは、ツクヨミは支配じゃない理由だけど、ツクヨミのプログラムは、アロー国民全員の声を反映している。民主主義の代議士のような物なのさ!」

「どうやって反映させてるんだ?」

「思うだけでいい!」

「思うだけ?」

「そう。誰が何を感じているか。それを全て考慮して国政を決定しているのさ!」


 思うだけで民意が反映される夢のような民主主義システム。本当にそれが良いのかどうかは全く理解出来ないが、民主主義の本意に限りなく近い運用ができる素晴らしい環境ではあるのだろう。


「代議士……なるほど。立候補者に思いを伝えるより、直接的で効率的な民主主義だな」

「そう! 国政はちゃーんと国民に報告するし、黒塗りだってないぞ! それに機械だから感情や賄賂で右往左往しない! まあ、経済って概念はもうこの世界には無いけどね!」

「……そう言われるとなんか支配と違う気がするな……って経済って概念無いの!?」

「この世界に争いはほぼ無いよ!」

「うわぁ……。徹底し過ぎてドン引きだわ」

「ちょい、ちょい。なんか勘違いしてるようだけど、労働が無いのに対価は必要ないだろ?」


 誰しもが思い描いたことがあるであろう夢の未来。人が労働をしなくても生きていける世界がここだ。

 ちょこっと説明されたくらいではまるで想像がつかない。でも、確かにケンの言うとおりだ。労働が無いのなら対価は必要ない。何かを交換することだってないんだ。必要なものは貰えるのだから。


「あ……。そうか。必要な物は与えられるんだっけ……」

「そうさ! 全ては叶えられないけどね!」

「まあ、全て叶えていたら阿鼻叫喚な世界に成り下がりますな」

「オーケー! 涼介の理解の早さに感激!」


 しかし、ふと思った。

 なんでこんなにも発展した世界で未だに民主主義なんだろうか?

 もっと他に新たな考え方があってもいいんじゃないかと思う。


「それはそうと、民主主義以外になんかないの?」

「そう思うだろうけど、民主主義は人類の到達点なんだよ?」

「なんでだよ。いろいろ不備があるだろう? そんなに満点取れるような制度だとはいえ思えないぞ?」

「満点を取れる制度なんて、人間が喜ぶと思うかい?」

「なんでだよ」

「ふふん! 人間が考えることを辞めたら満点取れる制度ってのもあり得るかもね!」

「なんだそれ?」

「涼介は絶対の正義があると信じているかい?」

「いや……」

「もしあるとすれば、満点取れるような制度ができるかもね!」

「……人それぞれ違うから民主主義がいいって言うのか?」

「そう。涼介の世界はまだできたばかりの民主主義だから改良の余地が残されているのさ!」

「概念は正しいってことか」

「そう! やり方の問題は大いにあるね!」

「……まあいいや、なんとなくわかったよ」

「そうかい? じゃあ一つだけ。もっと一人一人の価値観を大事に制度を改良していけば、民主主義はその存在価値をとてつもなく大きなものにできるんだ。

 ただし、それを可能にするには超高性能演算機で天文学的なデータ量を超多角的な価値観のもとに処理できればの話だけどね!」

「……うん。その、超多角的なって……あ、やっぱいいや」


 なんだかよくわからないが、細かい話を聞いていたら本当にケンが機能停止するまで話を聞くことになりそうだ。


「オーケー! じゃあ次はツクヨミは頼れる友人! ってそのままの意味だ!」

「って言っても所詮機械だろ? なんか虚しい感じ。ケンには悪いけど」

「オー。そうなんだ。ケンは所詮アンドロイド。ツクヨミに支配された冷たい存在さ!」


 身振り手振りが大きく、悲しみの表現力も俳優顔負けに上手くて本当に悲しんでいるみたいで心がちょっぴり痛んだ。やっぱり、根がいい奴に嫌味を言うとこちらの心が痛む。やっかいなアンドロイドを作り出したものだ。


「……なんか、ごめん」

「気にしなくていい! 涼介! それは人を尊重するための大事な考えだよ! アンドロイドで心の隙間を埋めるなんて、ー根本的に間違っているからね!

 ここは「頼れる」ってところが大事な部分だよ! 人は誰でも悩みを抱えて生きている。そこで、僕達アンドロイドに悩みを打ち明けてもらって、最適解を導き出してあげるんだ。

 人は目標無しでは生きられない動物なんだ! だから、目標を邪魔する障害を乗り越える手助けをするのさ!」

「ああ、そうか。要は先生みたいなもんか?」

「ノー!! 涼介! 友人が抜けてるよ! 先生はダメだ! その考えじゃケンは手を貸さないよ!」

「えー。なんでさ」


 スルーしてもいいはずのニュアンスの違いにやけに慎重になっている。僕としては大した違いではないと思うんだけど……先生か、友人かなんて。


「最適解は提案するけど、盲目的に最適解を追っても人間味が無くなっちゃうからね! 先生なんて響きだけで、僕の発言が答えのように聞こえるだろ? 答えは出さない。一緒に考えて選択肢を提示するだけさ!」

「なんかそれも聞いたことあるな。人は助けちゃいけない。考えさせる事が大事なんだって」

「パーフェクト! 涼介は博識だ! じゃあ次、プログラムには悪意が無い。これもそのままの意味だね! 裏を返せば悪意は人が持っているんだ」

「……んー。わかるような、わからないような」


 悪意は人が持っている。

 言っていることはわかるのだが、プログラムには感情がないから悪意がないとでも言いたいのだろうか? 悪意のあるプログラムは人間が作るから悪意がないと? まだ何かが足りないな。


「さっき涼介は全体主義って言ったね! それの不安要素はなんだい?」

「そりゃまあ、権力の集中による抗えない腐敗政治でしょ?」

「やけにザックリだね」

「みんなで右へならえすると、間違った方向に進んだ時大変なことになる的な感じ? 抗えないってのが一番問題かなぁ」

「逆にメリットはなんだろう?」

「そりゃ、政治判断と行動の速度が圧倒的に早いことかな?」


 ごく少数の決定権を持つ者が命令すれば、即実行され、法律となる。早いに決まっている。


「そうだね! 正しい方向に圧倒的な速度で政治を動かせば理想だよね!」

「そりゃ理想だね」

「それが、民主主義ならなお良いよね?」

「そうだね」


 だんだんとケンの言いたいことが分からなくなってきて、思考停止しかけている。もうすでに、なんとなくそうかなーで話をすることしかできないくらいこんがらがっている。


「もし、機械に腐敗が有るとすれば何だろう?」

「第三者からの不正行為かなぁ?」

「でも、完璧なプロテクトで守られている!」


 完璧なプロテクトなんてものは元の世界には無かった。近いものはあるけど解はあった。何万時間と掛けることができればの話だけど。


「それは、安心しても良いものなの?」

「そうだなー。例を上げれば、僕のプログラムは、無数のプログラムの断片をAIで構築したものなんだ」

「分からん!」

「そう! 誰もわからない! 断片的なプログラムの受け渡しはできるけど、全てを組み込むわけじゃない。重複や、蛇足、悪意有る物を精査して、改変したものをAIによって最適な場所に構築する。

 構築されたものは幾重にも言語分解を行なって独自のプロトコルで書き出される。要は誰が見てもわからない代物なのさ!」


 だんだんと、なんとなくの理解すら怪しくなってきた。表面的なごく一部をすくい取って会話を続けるくらいしか脳が追いつかない。


「でも、断片的なプログラムを見ればわかるんじゃないの?」

「そうだねー、でも、そこより、構築するAIの方を改変した方が早いかもねー」

「構築するAI?」


 新たな概念が出てきて、もう僕の脳は情報を処理することを辞めたようだ。会話もオウム返しをするのが精一杯の誠意だった。


「そう! ツクヨミのを構築するための設計図を作成する所だね!」

「どうしたらいいの?」

「どうしたらって言われても、誰でも見れるし、改変要求出せるよ?」

「マジでか! そこオープンなの?」


 適当に驚いたような態度を演出する。基幹システムにオープンな所があるなんてことは驚くべきことに該当するだろう。僕はちゃんと聞いてますよ感を懸命に表現していた。


「うん。まあ、どういった理念でどう改変させるかはツクヨミが決めるから、誰か一人の意見は通らないけどね!」


 もうすでに、いくら懸命に想像力を働かせたところでケンとの会話はおとぎ話のそれに近かった。現実的な視点なんて、いつの間にか置き忘れてきてしまったようだ。


「あーなるほど。ある程度出来上がったAIが自分を作るAIを守ってるわけか」

「そう! 今となっては国民の八割が賛成しないと改変できない!」

「総監視社会ってわけね」

「そうさ! 全てのプログラムは隅から隅まで精査した後、国民に全部公表してシュミレーションする。国民の八割の賛成があれば、もうそれは悪意あるプログラムとは言えないね!」

「なるほどね」

「どうかな? 僕は質問にうまく答えられただろうか?」

「……非常にわかりやすかったぜ! ケン!」


 表面的な理屈はわかった気がしたが、本当に理解したかどうかは怪しい。しかし、まあ、表面的にでも納得できたのだから、ケンは大したものだ。納得はできたが、ちゃんと理解はできていないだろう。


「よかった! ツクヨミシステムはまだまだ完全じゃない。人の飽くなき挑戦がより良くしていくはずさ! 涼介が良い行いを心がけるだけでツクヨミシステムを守れるんだ! 宜しくお願いするよ!」

「ああ、わかった。頑張るよ!」

「じゃあ、また何かあったら呼んでくれ! もう、ケンと涼介は親友さ!」

「おう! ありがとな!」

「じゃあね」


 ケンはそう言うと、颯爽と会議室を出て行った。







超先進文明が民主主義って……と思われた方のために(自分がふと思いました)それっぽく肉付けしました。


要は民主主義だけど、もっと進んだ民主主義だよって感じでお願いします。


記 2018/10/20

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