別れと友情と博打。
ガチャ。
「ただいまー」
「……姉ちゃん⁉︎」
部屋の奥から子供の声がする。男の子だろうか?
「ただいま。リュウ」
「姉ちゃんどこ行ってたんだよ! 今は連絡つかないんだから……ってこの人達は?」
「この人達は……ちょっとした知り合いよ」
「アムルタートだ。お姉さんには世話になっている。はじめまして」
「グレースです。はじめまして」
「あ。はい。僕はリュウです。はじめまして」
「お母さんとお父さんは?」
「二人とも今はいないよ。定期の集まりに参加しに行ったみたい」
「そう……」
「定期の集まり?」
「システムダウンしてから、定期的に街のみんなで集まることにしたのよ」
「そこで何をしてるんだ?」
「状況報告とか、安否確認とかかな。簡単な情報交換よ」
「おまえは行かないのか?」
「一応二十歳未満は任意だからね」
「おまえ……まだそんな歳なのか」
「何が言いたいの?」
「なんでもない」
「んで? これからどうするの?」
「おまえはどうしたい? このままここに残りたいか?」
「そうね。そうしたいわね」
「そうか……。では、ここに残るといい。今まで助けてくれて感謝する」
「え?」
「リュウ。その会合はどこでやってるんだ?」
「ちょっと!」
「講堂で集まってるはずだよ!」
「そうか、案内を頼めないか?」
「いーよ! じゃあ、アムルさん行こ!」
「ちょっと待って!」
ミーアが焦ったように俺とリュウの前に立ち塞がる。
リュウが心配なのだろうか? 別に何かするわけじゃないのに。
「どうした?」
「どうしたじゃないわよ! 講堂に行って何する気?」
「何って……情報交換と交流だが。それ以外に何かあるのか?」
「お姉ちゃんどうしたの?」
「……なんでもないわ。なら、行けばいいじゃない」
「え?……ああ。では、リュウ。頼む」
「うん! 行こ!」
俺は去り際に最後の別れを告げる。
こういった事を欠かしてはいけないと俺の中の何かが訴えている。
「ミーア。私のせいで不安であっただろう。すまなかった。だが、感謝している。また何処かでな」
「……」
ミーアは後ろを向いたままこちらを振り返らなかった。
いろいろ思うことがあるのだろう。こんな事で怒りはしないが、最後までミーアらしく強情だったな、と感心する。
そして俺は、リュウに連れられ部屋を出る。
「こっち!」
リュウは元気いっぱいだ! 楽しそうに駆けていく。
「アムルタート様、ミーアはよかったのですか?」
「ああ。嫌がる娘にわざわざ居てもらうのも気が引けるからな。おまえも同じだ。いつでも言え」
「……かしこまりました」
「なんだ? ミーアと離れるのは嫌か?」
「いえ……ミーアにはまだちゃんと謝っていなかったもので」
「そんなことか。それなら大丈夫だ。そもそもおまえが最初に私の腕を切って助けたのは義体だ」
「なっ……そっ……そうでしたか……」
「あれは全部狂言だった。軽蔑したのなら構わない。私があの時言った言葉は全て本当の事。
おまえは何もできなかったのだ。どうだ? 憎いか?」
「……いえ。それでも……いや、より一層アムルタート様について行きたくなりました」
「そうか、おまえは相変わらず面白いな」
「それはどういう……」
「気にするな」
「はい……」
「さっきから何話してるの?」
リュウが後ろを向きながら走っている。俺達が遅いので気になってしまったらしい。
「すまない。すぐいく」
「うん!」
なんでこんな良い弟がいながら姉がああなんだろうか?
不思議でしょうがない。
リュウは終始嬉しそうに俺達を導いてくれた。
「着いたよ!」
「ここか……。デカイな」
「そうなの? 僕はここしか知らないから、わからないや」
『扉だけでも十メートルくらいありそうだ。一体この先はどうなっているのやら』
「じゃあ、入るよ!」
「ああ。頼む」
ガチャ
リュウは扉に付いている普通の大きさの扉を開けた。力を入れれば大きな扉の方も開くのだろうか?
中に入ると、そこは大広間だった。ただただ広い空間に大勢の人が集まっていた。
「リュウ。皆は何をしているんだ?」
「気の合う人と立ち話かな? 特に何かあれば拡声器で知らせる事になっているよ」
「そうか」
そんな事を話していると、拡声器の音が聞こえてきた。
——えー、皆様にお知らせです。クロウ家のミーアさんが八日前に外出したきり行方が分からなくなっています。ご存知の方がいらっしゃいましたら、講堂集会本部までご連絡ください。繰り返します……
「あ……」
「……姉のことか?」
「そうみたい。僕ちょっと行ってくる!」
「そうだな。リュウ、おまえはそのまま帰れ。私達は少しまわってすぐ帰る」
「そっか。わかった!」
「ここまで連れてきてくれてありがとう。おまえの姉は私にとって命の恩人だ。宜しく言っておいてくれ」
「うん! バイバイ! アムルさん! グレースさん!」
「ああ」
俺は駆けていくリュウの後ろ姿を見送る。
ミーアの時より名残惜しいのは何故だろう。友情に時は関係ないということか。
リュウとはいつかまた会えるだろうか。
この人混みの中に消えて行くリュウを見て、少し寂しい気持ちになった。
「さて……どうするかな」
人は多いが、皆知らない人ばかりだ。
適当に話掛けても良いが、この世界に疎いせいで怪しまれても厄介だ。
思慮を巡らせ、ポツポツと歩きながら辺りを見回す。
すると……
『あれは……大道芸か?』
派手な衣装を着た人が芸を披露している。
よく見ると、中央の方でいろいろやっているみたいだ。
「グレース……おまえ、劇をやったことがあるか?」
「劇ですか? やったことはありませんが、よく王都で開催されていたのは見たことがあります」
「では即興で、勇者が魔王を討伐するシーンをやろう」
「え?……え?」
「何を狼狽えているんだ。おまえは勇者であろう? 何も演じる必要などないではないか。私を倒しに来たあの時の感じでいい。
しかし今度は私も攻撃するぞ! 大丈夫、私のレベルは一だ。おまえに傷一つ負わせる事は出来ない。それに、私は物理攻撃では消滅しないから大丈夫だ。」
丁度いい事に、講堂と言いながら、その広さのせいか観葉植物が多数飾られている。
グラビティなんちゃらをされても問題ないだろう。
「え? 本当に? え? レベル一? え?」
「グレースよ……レベル一な事は少しばかり気にしているのだ。責めないでくれるか?」
「いや、そういうつもりでは……」
「何をさっきから狼狽えているのだ、勇者とは、勇敢で勇気のある者の事だろう?
その名に恥じぬ気概を見せてみよ!」
「ですが……私はもう……」
「そうか。これだけ頼んでもダメか……グレースと共に劇をやりたかったのだが……そうか……」
「あ……いえ、やります! アムルタート様のためなら……なんでも!」
「ふっふっふ……そうか。やってくれるか! よしでは早速、手短に説明するぞ」
「はい!」
ちょろいグレースを引っ掛けたら、すぐに作戦会議を始める。
そして俺はグレースに四つ大きな条件を出した。
まず一つ目に、とにかく派手な魔法で攻撃する事。
二つ目に、観客には絶対に危害を加えない事。
そして三つ目に、グレースが来た時と同じ気持ち……要は、俺をグレースの国を蹂躙した魔王と思い、勇者として討伐せよという事だ。
最後に四つ目として、俺を呼ぶ時は「魔王アムルタート 」と呼ぶ事とした。
後は細かな演出として、卑怯な手を使わない真っ向勝負。セリフを無視して攻撃しない。見えない速度で移動しない。
などを付け加える。
そして、広場の中央、少し広いスペースを陣取ると、近くに居た楽団に声をかける。
即興で劇をやるから音楽をつけて欲しいとお願いしたら、二つ返事で承諾してくれた。
これで環境は整った。俺は悠久の時を生きる親父に娯楽を提供しなければならない。
行き当たりばったりのドタバタ劇だが、演目は「魔王討伐」演者は本物だ。
観客には派手に酔いしれてもらおう!
そして、楽団が開幕前の客引きに音を奏でると、周りにいた人達が音楽につられてチラホラとこちらに集まり始めていた。
伸るか反るか……俺の今後を賭けた半丁博打が、今、始まろうとしている……。
「今、始まろうとしている」は、どうするか悩みました。
ですが、あまりにも使ってみたくてついやっちゃいました。