ミーアとグレース
祭壇を出て少し歩くと、道路に出た。
この道を辿ればどこかの街に出るのだろう。
考えてもわからないので、適当に道路を歩く。
特にめぼしい物も無い荒野だ。
「とりあえず街まで歩くぞ」
「はい!」
「ちょっと待って!」
「なんだ?」
「ここから街までどんだけあると思ってるの? 一日中歩いても街になんて着かないわよ」
「そうなのか?」
「そうよ」
「そういえば、おまえはミーアにどうやって連れてこられたんだ?」
「ミーアさんは私を抱えて空を飛んだのよ」
「なるほどな……ふん!」
俺はそこらへんの植物で籠を作り、背中に羽を生やす。
「……なんでもありなのね」
「植物の王だからな」
「アムルタート様が運ばずとも、私がフライの魔法で皆を飛ばせます!」
「……そうか。ならばそうしよう」
そういえばそうだった。腐っても異世界の勇者。
誰かに頼るという思考があまりないため失念していた。
「フライ!」
「わっ!」
グレースが魔法でみんなを飛ばす。
自由に空を飛べるのかと思ったが、そうではなかった。
「フライ」は浮かせて操れる魔法のようで、進行はグレース頼みだ。
ミーアがバタバタともがいている。
焦った表情が面白い。
「アムルタート様どちらに向かいましょうか?」
「なら、行けるとこまで高く飛んでみるか。街も見えるだろう」
「ちょっと! ちょっと待ってよ!」
ミーアが悲壮感漂う顔で叫ぶ。
「どうした?」
「どうした? じゃない! 怖いのよ! これ以上高く飛ぶのはイヤ!」
「却下だな。高く飛ばなければ街が見えない」
「わかった! わかったから! ここの道を辿れば一番近い街に着くわ! だからもっと低く飛んで!」
「わがままな奴だ。グレース」
「はい!」
グレースは高度を下げ、地上から人ひとり分くらいの高さに固定する。
「よし、では、頼んだ。遠いようだから早く飛ばせよ」
「かしこまりました! ウインドプロテクション! はぁあああ!」
パーン!
グレースが気合を入れると、グンっと視界がズレる。
なにかが弾けた音がしたと思ったら、地上があり得ない速度で景色変えて行く。
速い。いや、速すぎる。そして不思議な事に風圧を感じない。これは発進前に唱えたウインドプロテクションの効果なのだろう。
ふと後ろにいるミーアを見ると、目を瞑って叫んでるようだった。……叫んでるように見えるのだが、ミーアの声は聞こえなかった。
「到着しました」
「早いな」
「有難うございます」
「これを……ミーアの顔を拭いてやれ」
「はい」
俺は布切れを出すとグレースに渡す。ミーアの顔が涙と鼻水で汚かったからだ。
それにしても……体感一、二分くらいで到着してしまった。
フライ恐るべし……。いや、この場合は勇者恐るべしか。
「もうイヤ……」
ミーアが心身ともにボロボロだ。とりあえずフォローしなければマズイだろう。
「ミーア、すまない。こんなに速いとは思わなかったのだ。帰りは私の背に乗り帰ろう」
「……そっちの方が何倍もマシね」
「それで、ここはどんな街なのだ?」
「ここは私が生まれた街で、二百二十三番街よ。どの街も同じような作りで無い物は中央機関の本部くらいね」
「そうか、ならばミーアの家族に会いに行こう」
「え? 何で?」
「おまえがいなくなって心配しているだろう?」
「……そうかもしれないけど」
「何か帰りたくない理由でもあるのか?」
「そういう訳じゃないわ」
「じゃあ、グズグズするな。すぐに行くぞ!」
「なによ、偉そうに! わかったわ。行けばいいんでしょ!」
ミーアは不貞腐れながら俺たちを先導する。
俺は人目につくであろう羽を消し街に入る。
三人で街を歩く。ざっと見回して感じたのは、お店が無い。ここは住宅街なのだろう。
「ミーアよ。ここは住宅街で店は無いのか?」
「お店? そんな物あっても誰も使わないわよ。
欲しいものならアンドロイドがすぐ届けてくれるもの」
マジか! お店が無いとか……まあそうだよな。
人が働く必要が無いならお店なんて無いか。
いや、でも、娯楽施設とかにフードコートみたいな物くらいあってもいいもんじゃ無いか?
「娯楽施設は無いのか?」
「あるけど、そこもお店じゃ無いわ。出入り自由で、食事はアンドロイドが届けてくれる」
「そうか。それは……」
「なに?」
「いや、なんでもない」
何か言いかけてみたが、なにを言っていいかまとめられなかった。
幸せか? なんて聞くつもりだったのだろうか? そんな質問は無粋だろう。
見渡す限り高いビルが立ち並び、どこまでも両脇に壁を作っている。
統一されたそれは、無機質で牢獄のようだった。
「面白みのないところだな」
「そうね」
「これで、自分の部屋の場所がわかるのか?」
「大丈夫。番号が振ってあるでしょう? 私の部屋はCXD棟の2325室よ」
「そうか」
結構歩いているが、まだ人に出会わない。
ゴーストタウンのようで不気味な感じだ。
「これだけ歩いたのに、誰にも会わないな」
「普段部屋から出るなんて滅多にしないわ」
「外で遊ぶ事は無いのか?」
「あるけど、棟内を歩いて庭園や遊戯施設に行けるもの。ここは管理システム用の通路よ」
「アンドロイド達の通路か。だが、アンドロイドすらいないぞ」
「シューゼ法国全土でシステムダウンしているの。今は、ここを使うアンドロイドはいないわ」
「そうか」
「着いたわ」
「やっと中に入れるのか」
つまらない管理用通路を辿って飽き飽きしていた。
これで中もそんな感じだったらげんなりしてしまうだろう。
ミーアの後について中に入る。
……中も外も同じようなつまらない空間だった。
「この国には遊び心が足りないな」
「そうね」
「なんだ? さっきからやけに素直だな」
「自分の家の近くだからじゃないかしら」
「そんなものか」
ミーアとエレベーターに乗り上へ上がる。
「そういえば、おまえはどこでラミアに連れてこられたんだ?」
「娯楽施設よ。一人でキャンプするのが好きなの。二日目に捕まったわ」
「キャンプか。そうだな、キャンプは私も好きだ」
「…………そういえば、あなた人間だったのよね」
ミーアには俺が人間だった事を伝えていた。
だが、その時は、きっと信じられなかったのかもしれない。
「ああ。記憶の一部は奪われて、思い出は虫食い状態だが……キャンプが楽しかった記憶は大丈夫だったようだな」
「……そう」
ミーアが珍しく弱々しい表情をしている。
俺の境遇を憐れんでいるのだろうか?
「そう暗い顔をするな。おまえ達のお陰で私はここにあり続けられているのだ。
私の境遇を憐れんでも仕方のない事。
私は、こんなどうしようもない状態を救ってくれたおまえ達に感謝している。
それに、人間に戻りたいと思うような、未練が湧くような記憶は無い。
最初から無いのだ。問題など無い」
グレースがギリギリと握りこぶしを震わせている。
急にどうしたのだろうか? そんなに泣ける話でもなかっただろうに。
「どうした? グレース」
「アムルタート様……」
声が震えていた。
グレースは目の前で跪き、俺の手を両手で握り締め額に引き寄せる。
「私は……私は……そんな事とも知らずに……私は……アムルタート様に……」
グスグスと鼻をすすりながら泣くのを堪えている。
弱々しく震える声は、勇者の面影など無かった。
俺は膝をつき、腰を落とすと、自由の効く方の腕でグレースの頭を抱きかかえた。
「おまえの事は全て許したはずだ。
私は今まで何度もおまえの好きにするよう言った。
時には突き離したりもしたが、おまえは私を救う事を選んでくれたではないか。
私は感謝しているぞ」
「あぁ……あっ。くっ……うぅぅ。うわぁーああぁぁ」
ついには堪え切れずに泣き出してしまった。
俺は仕方なく胸を貸し、頭を撫でてやる。
感極まったグレースは、なかなか泣き止みそうになかった。
「グレース。泣き止め。おまえを泣かせるつもりなど無かった。
私だっておまえに謝らないといけないような事を沢山言ったのだ。お互い様だ」
「うぅぅ。すみません……。アムルタート様は、私を叱ってくれただけです。
私はミーアまで手にかけようとした愚か者です。
お互い様など……」
ミーアも何故か目が赤い。そういえばあの時いたんだったな。
もらい泣きってやつだろうか?
「わかった。グレース。おまえの気が済むまで私を助けてくれ。
私にはおまえが必要だ。これからも宜しく頼む。
だから、泣き止め。私が泣かせたようで落ち着かん」
「すみません……アムルタート様……私は……アムルタート様のお側で……アムルタート様のために、……生きたいです……」
「それがおまえの望みならば願っても無い事。宜しく頼むぞ」
「はい……」
俺はグレースが落ち着いたのを確認して立ち上がらせる。
先程からエレベーターが到着しているのはわかっていたが降りられなかった。
ミーアが開ボタンを押して扉を開く。
この先に向かえばミーアの家族とご対面だ。
俺はいろいろな言い訳を頭の中で巡らせ、両親のとの対話に備えていた。
連投になってしまいました。