悠久の娯楽
「すまない。言ってなかったが、エネルギー吸収はここからしか出来ないのだ」
困惑しているマリアに謝罪する。
絵面が悪すぎて、これを実演するのはマズイと判断した結果だ。
「こっ……これは大丈夫なのですか?」
「ああ、問題ない。傷ひとつ残さないと約束しよう。服は後ほどラミアに持ってこさせる」
「あっ……はい。お願いします」
その場の勢いで押し切った形になってしまったが、この世界の人達にはこの方が成功すると思っての事だ。
未知の事象に対する理解力が柔軟であり、排他的な発言が少ない。故に、特に問題なければ大丈夫だと分かっていた。
そして俺はマリアを味わう。
甘い……心地良さの中に、ほのかな甘さがある。
「あの……。どうでしょうか?」
「甘い」
「えっ? 甘い? 私は甘いのですか?」
「ああ。心地よさの中に、ほのかな甘みがある」
「はぁ……あの……お役に立てそうでしょうか?」
「ああ。問題無い。マリア、ありがとう。次は八日後に、またお願いしたい」
「はい。アムルさんのお役に立てて良かったです」
「そう言って貰えると助かる。よし……今日はもういいだろう」
マリアから触手を抜く。
傷は付いていないが、服は破けてしまった。
「マリア、他の皆には内緒にして欲しい。隠しているわけではないが、心臓を貫くと知れば怖がる者もいるだろう」
「……わかりました。でも、みんなびっくりすると思いますよ」
「だろうな。では、ラミア」
「はっ!」
呼ぶと必ず居る不思議なラミア。今度どうやってるのか聞いてみよう。
ラミアはマリアを連れて戻っていった。
『さて……これからどうするかな……』
当面の問題点は解決出来たので、いよいよ親父のリクエストを叶える番だ。
しかし、これが一番厄介で、人類を家畜化せよとのことだ。
さて、どうするかなぁ。
『親父、家畜化って具体的にはどうなったらいいんだ? 規模感とかどうなの?』
——解釈はお前に任せる。規模は全人類だ。
『全人類か……本当にそんな事が可能なのか? 俺にまだ伝えてない事って無いか?』
——おまえに伝えて無い事はある。だが、無いとも言える。
『また謎な発言で誤魔化して! じゃあ、親父ならどうするんだよ』
——私ならば植物の進化を促し、すべての動物の食物を断つ。
『うわぁ……。エゲツないなそりゃ』
——だが、この世界では難しいだろう。
『えっ? なんで?』
——この世界の文明は、植物に近いが植物でない生命体を自在に操る事が出来るようだ。
『マジか。兵糧攻めは不可能ってわけだな』
——そうだ。だが、やり方はある。この世界の機械人形を操ることのできる植物を試行錯誤中だ。
『機械人形?』
——この世界ではアンドロイドと言うらしいな。
『ほー』
——それが出来てからまた考えるさ。
『親父でも難儀するなら、わざわざそんな危ない橋渡るより共存でいいんじゃね?』
——そうだな。
『……あれ? いいの?』
——そもそも最終目的は暇つぶしの娯楽だ。
『あー。そうだったね。殺せ殺せ五月蝿かったから、人間を毛嫌いしてるもんだと思っていたよ』
——人間はそんなに好きではない。だが、おまえが苦悩して問題解決しようとする姿は実に面白いぞ。
『うわぁ、うわぁ、それ、ちょっと悪趣味じゃない?』
——では、無謀な戦に果ててみるか?
『すいません。頑張らせていただきます』
——ああ。楽しみにしている。
『イエッサー!』
親父との会話が終わり、なんとか与えられた難問のハードルを下げることに成功した。
今回の親父との対話は、珍しく有意義なものとなった。
全人類の家畜化は必要無くなり、共存と娯楽の提供ですみそうだ。
ただ、ひとつ非常に引っかかることがあった。
この世界は、親父の力をもってしても危ういということだ。
植物の神に近い親父が、全植物を食用不可にしても問題ないらしい。
もし可能であったなら、1年もしないうちに人類は半数近く減る筈だ。
徐々に減っていくのは目に見えているので、適当な数になったら数人に食物を与えることで家畜同然の状況が容易く作れるだろう。
だが、そんなウルトラCはこの世界で通用しない。
それでいて、アンドロイドがいるらしい。ということは相当な文明の力があり、一筋縄ではいかないっぽい。
『こりゃやっぱり共存がベターだよなぁ』
早い話、こっそり、ひっそり暮らそうと思えば難なく可能だろう。
だが、悠久の時を持て余す親父にとって、それは牢獄にいるのと同じだ。
『果てることのない永遠の時間とは、どんな……想像もつかないな。
もし俺が親父の立場なら……ダメだ。うわべだけで誤差が大き過ぎる』
親父の深層心理を探るなど、無理、無駄、無謀のトリプルコンボだろう。
ここは素直に、苦悩しながらピエロを演じ続けるしかない。
親父は終わらない時間を生きているのだ、俺の挑戦も終わることは無いのかもしれない。
ぶつぶつと思慮を巡らせる振りをしながら、言い訳や逃げ道が無いことに悶々とする。
『明日になったら本気を出そう』
そう心の区切りをつけたい気持ちはあったが、自分の弱い心のせいで、眠りにつくまで悶々とした気持ちは晴れなかった。
***
「アムルタート様。起きてください」
今日もラミアが起こしにきた。
昨日は何だかんだでなかなか眠れなくて寝不足気味だ。
しかし、せっかく起こしにきてくれたからには起きなければ。
朦朧としながらも素直に起床する。
「贄を連れて参りました」
「すまない。えー……あー、お前は……エリ……」
「はい」
「……綺麗なブロンドだな」
「はい。手入れは欠かしてませんから!」
昨日までの大人しい印象とは少し違い、落ち着いた大人の雰囲気だ。
気の利いた受け答えがすんなりできるタイプは、だいたい裏腹だったり、適当だから苦手だ。
嘘と社交辞令を見分けられない俺には手に余る。
「はは、そうか。では、まず……エリ……ありがとう。このような所に残り、益の無い慈善活動に協力して貰って感謝しかない」
まずはそう、俺は助けて貰っている側だ、人として感謝しなければ始まらない。
「んー。アムルさんは分からないかもしれないけど、この世界で慈善活動ができるのは恵まれた一握りの人だけなんですよ?
だから、大丈夫です。私も役に立てて嬉しいので」
『こいつは何を言っているんだ? 意味がわからない……。自己犠牲を快楽とでもしているのだろうか? ……あっ。社交辞令的なアレか? 調子乗ると痛い目見るアレだろう。まったく……こういうタイプは本当に厄介だ……』
苦手なタイプに直面してすこぶる調子が悪い。
寝起きのテンションじゃなかったら、危なく乗っかるところだった。
「すまない。気を使わせてしまったな。だが、今はエリ達に感謝しかできないのだ。
いつか必ず礼をしよう」
「あら? こちらこそ、そんなつもりじゃなかったのに……アムルさんごめんなさい。
でも、さっきの話しは本当のことだからね!」
『これが社交辞令か……確かに円滑な人付き合いには大事なのだろうが、非常に面倒くさい』
内心穏やかじゃなくなりつつある気持ちを抑え、相手の本心を探る事を諦める。
相手が悪い。どちらにせよ、本心などどうでも良い。
こいつなら、不都合があればやんわり伝えてくるだろう。
相手のしたたかさに丸投げして、思考をやめる。考えても無駄な、つまらない女だ。
「どうかしましたか?」
エリが白々しいポーズでこちらを伺う。
俺は寝不足も相まって少しイライラし始めていた。
僕はこの手のお姉さんが嫌いなのだろうか……?勇者の時と良いよくわからない……。