美女達
初日はミーア、二日目はグレース、そして今日はサーシャの番だ。
「アムルタート様。サーシャは美味しいですか?」
心をエグる様な背徳感。特に卑しい事をしているわけではないのだが、従順にされるとどうも良くない。
だからと言って、嫌がる者を無理やりってのもまあ……。
「サーシャは……ふわふわとした心地良さがあるな」
「サーシャはふわふわ?」
「ああ、サーシャはふわふわだ」
俺は何を言っているんだろうか? だが、ふわふわとした心地良さは間違ってはいない。
「ふふふ。良かったね! サーシャが美味しくて!」
「ん? ああ」
何というか、サーシャは不思議だ。何がと言われれば、まだよくわからないけど。
さて、もう十分だろうからそろそろ食事を終わりにしよう。
真っ当な食事シーンの筈なのだが、この絵面は正直慣れない。
「よし、良いぞ。今日はこんなところだろう」
「はーい」
触手を抜き、サーシャに傷が出来ていないか確認したら終了だ。
「ラミア」
「はっ」
ラミアにサーシャを任せ、俺は例の扉へ向かった。
何をしても壊れない、あのグレースにも壊せなかった扉の前に到着する。
きっと俺が何かしたところでどうにもならないだろう。
ぼーっと眺めていても、解決策は浮かばない。
こういう時は誰かに聞くのが一番だ。
『親父。この扉の事知ってるか?』
——私のいる世界には必ず有ったな。
『……ああ、そうなんだ』
これは、親父が関係しているお約束系の超常現象って感じなのだろう。
異世界転移を軽々やってのける親父の超エネルギーの副産物って感じだろうか?
よくわかんないけどここに有って、壊す事が出来ない。もうこれはお手上げだ。
俺はそんな扉の話を聞いて早々に立ち去ろうと腰を上げる。
ギギギギギ……。
扉の開く音がした瞬間、俺は後ろに跳び物陰に隠れる。
『またか……』
いとも簡単にしょっちゅう開かれる異世界への扉。
そこから顔を出したのは一匹の猫だった。
——あ……。
『どうしたん? 飼ってた猫?』
——あれはやばい。もっと身を隠せ。
あの親父がやばいとか言い出した。しかし、ビジュアル的にヤバさを感じる事が出来ず、あまり気が入らなかった。
もし俺が、この時親父の言うことをちゃんと聞いていれば未来は大きく変わったかもしれない……。
なんて心のナレーションを付け加えるくらい油断していた。
そんな事を考えているうちに、猫はどっか行ってしまったらしい。
『行っちゃった』
——そのようだな
『ただの猫じゃないの?』
——あいつは私と同じ、永遠の時を生き、転移しながら放浪する者だ。なぜ扉からなど……
『自分で出来るのにって事?』
——ああ。
『んで、何がヤバイの?』
——あまり近くで接していると、世界が異常をきたし、やがて消滅する。
『えー嘘っぽい』
——嘘ではない。まず先にお前が消滅する。
『おい! メチャクチャヤベェ奴じゃねぇか! スレスレだよ! スレッスレ! 調子乗って驚かそうとかしてたら消滅してたかもしれねぇなんて死にゲーもいいとこだよ!』
——ラミアに追跡を任せたが……どうやらここを離れたみたいだ。
『ほぁー。これからスニーキングミッションでも始まるかと思ってヒヤヒヤしたぜ』
突然ラスボスとの戦いなんてゲームの中だけにしてくれ。現実は強くてニューゲームじゃなくて、普通のニューゲームなんだ!
ん……でも、見方によって……俺のこの境遇は強くてニューゲームかな?
『まあ、取り敢えず脅威は去ってくれたから良かったんだが……。んで、親父! これどうにかなんないの! これからもあんなのがホイホイ現れたら、安心して夜も眠れないよ!』
——そう言われてもな。わからん。
『そんなサクッと……親父が最後の頼みの綱だったのに……まだまだ眠れない夜が続きそうだ……』
そう沈みかけて突然名案が浮かぶ。まあ、名案って程でもないがなんとかなるだろう。
『扉……縛るか』
なんとか頼みの綱繋がりで出来の悪い頭の回路が繋がった。この文章からも出来の悪さが滲み出ているね!
俺は早速扉の周りに蔓を巻きつける。何重にも重ねてキツくキツく締め上げた。
『ふー、これでやっとぐっすり眠れる……』
俺は自分で自分を褒めた。
目覚めていきなりハードモードだった世界で、ようやく心休まる時間手に入れたのだ。
しかしながら、まだまだ問題は山積みだ。明日には食料問題が発生する予定になっている。
『まあそこはラミアに任せてるから大丈夫だろう』
今日は一つ大きな問題を解決出来た、これでやっと安らかな眠りにつける夜を手に入れたのだ。
今まで眠れなかった分たっぷり寝ようと思う。
それから今後の事をあれこれ考えながら歩いて行き着いた場所は寝床だった。
……もう寝よう。そう目を閉じ明日やる事を反芻する。
そしていつのまにか、俺は深い眠りに落ちていった。
その日の夜は何事もなく、俺も起きる事は無かった。
「アムルタート様。起きて下さい」
誰かの声に起こされ、寝ぼけた目を懸命に開ける。
するとそこには見知らぬ美女達がいた。
『……誰?』
毎回毎回展開が早くて困る。もう少し怠惰な日常をエンジョイしてみたいものだ。
「ラミア。この女達は?」
「贄でございます」
「贄か……贄?」
「はっ!」
目覚めたら目の前に五人の美女が立っていて、その五人は贄である……と。
起きてすぐ理解するには少々ハード過ぎではないでしょうか? ラミアさん。
ただ、何もせずに今日やろうと思っていた問題が解決していたことは……ラミアに感謝しなければならないだろう。
美女達は皆不安げな表情で冴えない顔をしている。
「ラミア。ミーアを連れてこい」
「はっ!」
彼女達も同じ世界の人間が居た方が安心出来るだろうと思いラミアを使いに出す。
そして、ラミアが出て行ってから重大な事に気付かされた。
『あ。ヤベ。一人になっちまった。えーっと。どうしよう……』
俺は美女達に一人囲まれるという経験した事の無いシチュエーションに焦る。
どの子も不安な様子で、こちらを見る視線が痛い。
見たところ拘束はされてい様なので、無理矢理連れてきたわけじゃなさそうだ。
では、ラミアはどうやって連れて来たのだろうか?
そんな事を考えていると……
「連れて参りました」
俺はラミアの手際の良さに改めて感謝した。
美女達に囲まれ無言でチラチラと目が合う状況は心身共に良くない。
「……」
ミーアが美女達を見て引きつった笑みをこぼす。
「これからお前の仲間入りをする者達だ。よろしく頼む」
「……あなたの頼みを聞くのは嫌だけど、断ればこの子達に悪いわ」
相変わらず強情だ。この性格はもう直らないのかもしれない。
ミーアが来て安心したのだろうか、美女達の一人が沈黙を破り発言する。
「あっあの! アムルさんという方は……」
「私だ」
「えっ? えーっと、ご病気で明日にも大変な事になると伺って来たのですが……」
ラミアは泣き落としで連れてきたらしい。
そういった事は最初に口裏合わせないと駄目だろ。
手際のいいラミアらしからぬミスじゃないだろうか?……もしかしたらミスじゃないかもしれないが。
「そうだ」
「え? えーっと……でしたら、私たちは何をすれば良いですか?」
「ミーア。説明してくれ」
「……嫌」
『えぇ……』
魔王と呼ばれていた威厳や、異世界チート供を追い返した脅威など意に返さないミーアには改めて感心しかない。
名案だと思って連れて来させたにも関わらず、ミーアにあっさり断られて自分で説明するしかなくなる。なんだか非常にカッコ悪い……。
しかし、今は何を言っても墓穴を掘るだけで好転は望めそうにない。
渋々自分で説明する。
「あー。そうだな。私は人間じゃなくて、異世界の知的生命体なんだ。君達が私に力をくれないと明日から耐え難い苦痛が始まり、一週間後には消滅してしまう。……だから、力を貸して欲しい」
自分で言ってても到底納得出来るものではなかった。あまりにも直接過ぎた。
前提から意味不明すぎて、怪しい新興宗教のプロ信者でもない限り納得しないだろう。
「……」
「信じられないとは思う。なので、これを見てくれ」
俺は右手を触手に変え美女達に披露して見せた。
「……手品ですか?」
「いや、違うぞ! 私の体の一部だ」
「え?」
俺は触手を自在に動かし新体操のリボンの様にクルクルと振って見せた。
「えっ、すごーい! 本当に体の一部なんですね!」
反応はまあまあ良かった。よし、こんな感じで興味をそそる程で行こう!
ミーアは多分言うこと聞かないので、ここはサーシャの出番だな。
あの反応からして、そもそもこの子達を引き込むのは反対なのだろう。ミーアに何か言っても俺が傷つくだけだ。
「ラミア、サーシャを呼んで来てくれるか?
「はっ!」
……ふと思ったが、ラミアが反抗的だったらどうなってたのだろうか? という恐怖が過った。
美女達に囲まれて訳のわからん話を納得させるなんて羞恥プレイは、ラミアの忠義的な振る舞いが無ければただの痛い奴だ。
『あれ? でも、こんな状況を作り出したのはラミアだったっけ……』
……もしかしたら、この状況を一番楽しんでるのはラミアなのでは……いやいや、それは流石に邪推だろう。
俺はそれ以上は悲しくなりそうなので、サーシャが来た時どうするか考えることにする。