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魔王の名

「いや! いや! やめて! もうやめて!」



 エルフの姉は五月蝿く叫ぶばかりだ。妹がこんなに頑張っているのに。



「妹は勇者のために頑張っているんだ、姉としてもう少し節度ある行いをして欲しいものだな」


「何を言っているの? あなた……これのどこが……離して! お願い、サーシャを離して!」



 言われた通りサーシャを地に置き、離してやる。



「サーシャ!」



 エルフの姉は慌てて駆け寄り、光る手でサーシャを癒す。



「お姉ちゃん。サーシャ全然痛く無かったよ。ちょっとびっくりしたけど、何にもなかったよ! サーシャ頑張ったよね?」



 エルフの姉は治癒の手を止めない。サーシャの体に傷など無いのに。



「ダメ! ダメよ! いくら勇者様のためとは言えこんな事……」



 サーシャを抱きながら涙が止まらない様だ。姉として、看過できないのだろう。

 うん、俺もそう思う。



「サーシャはね、まお……あ! お兄さん! お名前は何て言うの?」


「目覚めたばかりでな、名前はまだないのだ。実はサーシャの方がお姉さんなんだぞ?」


「えー! お兄さん可愛そう……。じゃあ、サーシャがお名前つけてあげるね! じゃあねー、うーん、えーっと、あ! そうだ! お兄さんにぴったりのお名前があるわ! お兄さんのお名前は「アムルタート」ね!」


 サーシャは自身たっぷりにちょっとカッコよさげな名前を提案した。

 サーシャを抱くエルフのお姉さんは何か驚いている様子だった。涙も止まっている。


——クックックックック……。私にアムルタートと名付けるとは……。


『あれ? 何か面白かった?』


——何でもない。邪魔をしたな。


 なんか親父もお気に召した様で何よりですな。

 特に不満も無いし良いか。



「では、私はこれからアムルタートと名乗ろう。感謝するぞ、サーシャよ」



 エルフのお姉さんは一連の成り行きを困惑気味に見守っていた。

 魔王と疑い拒絶していた者が、サーシャに名前を付けて貰うなど……到底理解出来ないだろう。



「それで、なぜこの名前が合うと思ったのだ?」


「うーんとねぇ、それは、エルフの里に伝わる昔のお話なんだけど、植物の神さまのお名前なの!」



『なるほど……親父の機嫌がいいのはこれか。本当にピッタリだったな』



「そうか……クククッハーッハッハッハー! サーシャは良く出来た子だ。育ててくれた者達に感謝するんだぞ」


「うん!」



 なんでこんなにも俺はサーシャに優しく接しているのだろうか? 

 ……そういえば、この子からは特に何もされてないな。案外そういうものなのかもしれない。


 ふとエルフの姉を見ると、何か深妙な面持ちでサーシャを見つめていた。


「……サーシャはここで、勇者様と一緒にいたいの? お姉ちゃんと一緒に帰らない?」


「サーシャは勇者様と一緒にいる!」



 サーシャは考える間もなく答える。姉を少し不憫に感じた。



「わかった。……なら、もう止めないわ」



 急にお姉さんの聞き分けが良くなった。何かあるのだろうか?



「その扉を抜ければ、もう戻れないかもしれないぞ」


「……サーシャの意思は固いわ。私は……サーシャを信じる」



 なんだか知らないが、サーシャは態度の変わったお姉さんに信じられたようだ。

 展開が急過ぎてついて行けない。


 お姉さんはサーシャを降ろし隣に立たすと、別れの言葉を告げる。



「サーシャ……サーシャの信じたものを、お姉ちゃんも信じてみる。もしかしたら、もう会えないかもしれないけど……お姉ちゃん帰らないといけないの。一緒に居てあげられなくて……ごめんね」


「ううん。大丈夫だよ! きっとまた会えるよ! だから泣かないで、お姉ちゃん」



 サーシャは姉を抱きしめる。どっちが大人なのかわかったもんじゃない。



「ありがとう、サーシャ」



 エルフの姉は、サーシャの腕をそっと解き、こちらを向く。



「サーシャを宜しくお願いいたします」



 深々と頭を下げたその姿は、怖いのだろうか? 悲しいのだろうか? 小さく震えていた。


——ラミアに用意させたものがある。持って行かせよ。


『おっ? どうしたん? いっつも殺せ殺せって言う癖に』


——伊達や酔狂の類いだ。気にするな。


『うっす!』


 親父のする事はよくわからんけど、従っておこう。



「顔を上げよ」



 エルフの姉はゆっくりと顔を上げる。



「ラミア、この者に例の物を」



 カッコよく言っては見たものの、例の物とやらを俺は知らない。



「はっ!」



 ラミアは大きな瓜の様な物をエルフの姉に渡した。なんだあれ? なんか栓がされている。お土産?



「では……」



 そう短く告げると、エルフの姉は扉の向こうへ帰っていった。




 話は変わるが、この時持たせた物とサーシャの姉の報告が、エルフの里の認識を大きく変えてしまう。


 魔王を前にした幼いサーシャが感じたという「アムルタート神」という見立て、そして持ち帰って来た物が、里に伝わる伝承とあまりにも酷似していたのだ。


 そのせいか、エルフ達は多様な議論を重ねる事は無かった。


 皆揃って同じ結論に帰結する。


 多くの者を絶望の淵に追いやった厄災。


 それは、現世に顕現した「アムルタート神」による神の裁きであったと。


 争い、憎しみ合いが横行する世界への戒めであったと。


 そしてこのお話は時を重ね、神話として末永く伝承される事となる。


……ただし、それはまた別のお話。




閑話休題




「お姉ちゃん……」



 気丈に振る舞っていても、やはり幼い身。姉との別れは辛いのだろう。



「良き姉であったな」


「うん! ありがとう! アムル!」



 呼・び・捨・て だと⁉︎



 いくら親父が寛大だからと言っても、それは超えちゃぁいけねぇラインなんじゃないか?

 優しくしてりゃぁ調子にノリやがってこのガキが!


『親父! 親父! このガキ、調子に乗って呼び捨てにしやがった! どうする! お仕置きか?」


——私はお前達の様に短き時を生きてはいない、やがて死ぬ者になんと呼ばれようと些細な事。取り繕う様な無様な行いはしない。


『うひょー! カッケー! 親父! 流石だぜ! じゃあ俺も気にしないぜ!』


 俺は永遠の時の中を生きた者だけが到達出来る頂点の一角を見た気がした。



「サーシャ。呼び捨てとはどういう了見だ?」



 ラミアが憤る。その気持ちはわからないでも無いが、親父は気にしてないみたいだぞ?



「!!……ごめんなさい。……アムルタート様」


「……よい」



 ……ラミアは自分の意思で動いたんだよな。決して親父が…………やめよう。

 俺の中にある何かが思考を遮った。何かはわからないが、きっと良くない何かだろう。



「さて、この扉をどうするかだが……グレース。お前が壊せるか試そう」


「かしこまりました」


「ラミア、聖剣を」


「はっ!」



 ラミアは何処から出したのか、目を切った隙に聖剣をグレースに手渡していた。

 相変わらず手際が良い。


 そして、グレースは扉に向かい何やら気を溜めている。

 なんか威力がヤバそう。



「勇者様頑張って!」



 怒られて凹んでいたサーシャは、いつのまにか元気いっぱいだ。

 勇者の活躍を心から応援している。



「はぁああああ!!!」


 

ゴォォン!


 うん。やっぱり見えない。レベルが七になったとしても見えない。七じゃないかもだけど。


 大きな音と共に崩れ落ちたのは、奥にある祭壇の壁だった。

 扉は傷一つなく健在だ。



「申し訳ありまでん。壊せませんでした」


「いや……良い。それよりも、なぜ奥の壁が壊れているんだ?」


「勢い余って力み過ぎてしまい、剣圧が波となって伝わったのだと思います」


「そうか」



 多分ポーカーフェイスは保てていただろう。剣圧で離れた物まで壊すとか、どこの海賊の一味だよ。


 その後もいろいろ試してみたが、サーシャの応援も虚しく、扉を壊すことは出来なかった。


 それにしても、サーシャはこの扉を壊すことに少しも嫌な顔をしなかった。姉に会えなくなるかもしれないのに。

 ただ、それについて聞くことは藪蛇だろう。まだまだ扉は健在なのだ。無駄な事に時間を割く前に、対策を練る方が先だ。



「今日はもう良い。明日になったら考えることにしよう」


「かしこまりました」


「はいです!」


「ラミア」


「はっ!」



 ラミアが二人をドナドナする。


『はあぁ。結局ビクともしねぇなこの扉。放っておいたらまた誰か来るかもしれねぇし……。めんどくせぇ』


 あの扉がある限り、心休まる時は来ない。

 俺は深く溜息を漏らした。






「閑話休題」を使いたくて、物凄く試行錯誤しました。


自分的には納得のいく「閑話休題」だったと思います。

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